第二話 ~帝都への旅~
今回から第2話を書かせていただきます。
1話4部構成で、全部で24話を予定しています。
少しでも楽しんでいただけるよう頑張りますね。
お付き合いのほど、宜しくお願い致します。
普段は魔狼の姿でいる俺は、自分が魔物であることを十分理解しているおり、下手をすれば、人間の少女を襲っていると、勘違いされても仕方が無いことも理解している。
だから、俺は常に周囲の気配には気を配っていた。それに反応があった。複数の人と獣の気配が近づいてくる。しかも規律正しく行動しているところから、訓練された集団だということをうかがい知ることが出来た。
俺は意識を自分に向けて、自分の魔導書を左の前足の下に置いて集中する。
『水氷を司る精霊王と契約を交わせし者、エヴェイユの名において、13番目の水の精霊を行使せん。外見変化!』
この二ヶ月間、何度も練習をした外見変化を発動させて、自分の姿を9歳くらいの人間の男の子へ転じる。そして、すぐに重力制御の魔法を使って自分の体重を軽くする。
「ミュレイ。7人くらいの人間と数匹の獣が一緒に来そうだよ」
俺の緊張をよそにミュレイは落ち着いている様子から、誰が来たのか心当たりがありそうだ。
「それならば、問題ありません。私の知り合いが迎えに来たのでしょう」
やはりミュレイの関係者のようだ。
暫くすると、全身鎧に身を包んだ騎士と思われる風貌の者達が、鎧を着こんだ軍馬にまたがってやってきた。そのうちの2人は、中央で他の5人に守られる形で馬車の御者台に乗っていた。
湖畔まで来ると、全員が歩みを止めて馬から降り、先頭の一人だけが兜を脱いで歩み寄ってくる。人の歩幅で5歩と言った所まで近づくと、一瞬だけ立ち止まり、それを合図にしたかのように全員が一斉に両足の踵を揃え、右手を胸に当てた姿勢を取った。
「お久しぶりです。ミュレイ様。間も無く皇帝陛下によって定められた刻限となります。国元へお戻り頂く為、我ら一同、お迎えに馳せ参じました」
「もう、そんなに時間が経過していたのですね。お迎え有難うございます。急いで準備をしますので、霧騎士の皆さんは、少し休憩をしながら待っていて貰えますか」
「はっ。畏まりました」
隊長と思われる人物は、回れ右をして、仲間の所まで戻ると、他の隊員達と一緒に馬の世話などをし始めた。
ミュレイは、俺の方へと向き直り、年齢よりも幼く見える笑顔を見せた。
「今回の件で、私が国元を離れるにあたり、帝より3回目の満月が天頂へと差し掛かるまでに国元へ戻るように言われていましたが、エヴェイユと一緒に魔法の実験をすることが楽しくなってしまって、帝との約束をすっかり忘れていました」
ミュレイは友達との約束を忘れていたって、程度の感じで話している。
「ミュレイは、約束を忘れても許される程、皇帝陛下と親しい間柄なのか?」
「どうでしょう。約束を違えてしまったら、少し怒られるかも知れませんね」
なんとも楽しそうに答えるミュレイを見て、どういう立場なのかを考えてしまった。
賞金稼ぎで、二体の精霊王と契約できる程の魔法使い。そして、皇帝陛下の寵愛を受けられる立場にある人物。
それと同時に俺は、知らなかった事とは言え、ひとつの帝国においての重要人物と、二か月間も一緒に生活をしていたという事実に、今更ながら驚きと緊張から思考が追い付かなくなっていた。
「これから帝都へと帰還しますが、エヴェイユも一緒に来ませんか?」
「……俺が一緒に国元へと行っても良いのか?」
逆に聞き返す形となってしまって申し訳ないが、仮にも魔狼と呼ばれる俺が、国の重要殷物と一緒に人間の国へと行っても良いかものか迷った。
「人の姿をしていれば、特に問題は無いかと思いますよ」
こともなげに話をするミュレイを見ていると、本当に何てことないように思えてしまうが、そんなことは無いだろうと考えを改める。
「じゃあ、さっきの騎士たちに俺の“姿”を見せて、動揺しなかったら同行させてもらうよ」
“動揺しない訳が無いから”と言う含みを込みでの提案だ。
「わかりました。それなら簡単ですね」
だと言うのに、ミュレイはあっさりと承諾した。
そこで、ゆっくりと俺は騎士たちへと近づいてゆき、外見変化の魔法を解除する。
当然のことながら、見た目9歳の男の子が消え去り、そこに現れるのは、元居た世界でのクロサイと同じくらいの大きさの狼だ。正確に測った訳では無いけれど、体長が約3m、体高が約2m、体重も500kg近くあるだろう。
突然、目の前に巨大な狼が出現したら、心の準備をしていたとしても驚くだろうと、俺は勝手に予測していた。
……だが。
「これは、気が付かず申し訳ありません。私は、皇帝陛下よりミュレイ様の身辺警護を任されております、霧騎士団の隊長アルベルトと申します。男の子の姿に擬態しているとは思いませんでしたので、御挨拶が遅れて申し訳ありません。それで、我々に何か御用向きでしょうか。狼殿」
隊長殿は、平然と俺に向かって敬礼と自己紹介をしてから、疑問を投げかけてきた。
『ちょっとまて! この姿を見て、どうして平然としていられるんだ?』
「どうして平気かと良いますと。ミュレイ様が城を出られる目的が、狼殿に魔法の修練を積ませる為と伺っておりましたので、また何か企んでいらっしゃるのだろうと皆で話し合っておりました。その中に狼殿を人間の姿にして王城に御連れして、謁見の間にて皇帝陛下へ披露すると言う案がありましたので、思わず予想的中といった感じで、驚くほどでもなかったかなと」
うん。なんかミュレイの意外な一面が垣間見えた気がする。
ミュレイの方を見ると、ウソがばれた生徒のように目線を逸らされた。
『ミュレイさん、本当の所、そんなことをしようと……』
「すいません。考えていました」
勢いの良いお辞儀と共に、即効で自白されました。
『そんなことしたら、帝国の威信をかけて、俺が討伐されるでしょうが!』
俺が思念伝達で、ミュレイに対して盛大に文句を言うと、
「ミュレイ様の空色の髪と纏っている儚げな雰囲気で、皆さん良く騙されるんですよ。その本質は、悪戯っ子ですから、十分に御注意下さい。」
っと、隊長のアルベルトが笑顔で忠告をしてくれた。
「了解しました。十分に注意しておくことにします」
アルベルトへと返答した後、俺はミュレイへと向き直り
「それでも……約束は約束だから、一緒に帝都まで連れて行ってもらうことにするよ」
きっと、少し照れ臭いのは、もう少し一緒に居られることの嬉しさからだろう。
その後も隊員の方々にミュレイの話を聴きながら、俺とミュレイは二ヶ月暮らした洞窟から旅立つ準備をしていく。
全ての支度が整ってから、俺は実験をしてみた。
魔狼の姿のまま、俺は魔導書を左前足の下に置き、意識を二ヶ月暮らした洞窟へと向ける。
『地重を司る精霊王と契約を交わせし者、エヴェイユの名において、4番目の地の精霊を行使せん。土壁!』
この2ヶ月の成果として、俺は魔狼の姿のままでも魔法をある程度は、扱えるようになっていた。
地面から伸びてきた土壁は、上部に天井からせり出している部分にぶつかるように作成された。
それを確認した俺は、次の呪文を詠唱する。
『地重を司る精霊王と契約を交わせし者、エヴェイユの名において、6番目の地の精霊を行使せん。魔法の錠前!』
魔法の錠前は、天井から降りてきている土壁と、今回新しく作成した地面から伸びている土壁を魔法的に接続する為に使った。
そして、魔法を続けざまに重ねていく
『地重を司る精霊王と契約を交わせし者、エヴェイユの名において、11番目の地の精霊を行使せん。結合強化!』
結合強化は、土壁全体の強度を上げる為と魔法の錠前が破られた時の備えとして使っておいた。
別に洞窟が獣の巣になっていたとしても問題は無いのだが、何となくミュレイと2ヶ月を過ごした思い出の場所が誰かに荒らされるのが嫌だったから、という感じで魔法を重ねて封印してみた。
そんな感傷に浸っている俺の横にミュレイがやってきて、おもむろに右手を俺が封印した洞窟の方へと持ち上げた。
「水氷を司る精霊王と契約を交わせし者、ミュレイ=フェリクスの名において、14番目の水の精霊を行使せん。氷乃棺」
鈴の音のように澄んだ声で、魔法を詠唱して、自然に解けることの無い氷乃棺で土壁の奥の空間を凍り付かせた。
「やっぱり、思い出の場所は、大切に保存したいですからね」
俺の思いを汲んでくれたのか、とても良い笑顔でミュレイも水の魔法を使って封印を強化してくれた。
これで、地重魔法の魔法の解錠や分子分解で、もし破壊されたとしても荒らされる心配は減った気がする。
もっとも、俺の魔法力を全開にして込めているので、普通の魔法では、砕かれる心配すらないのだが。ミュレイの優しさと捉えて置こう。
『さてと、帝都への道案内を頼みますよ』
「任せてください! アルベルトと霧騎士の皆さんが、しっかりと連れて行ってくれますから」
ミュレイの返答に若干の含みがあるが、優しい俺は突っ込みを入れないでおいた。
そこへ、隊長のアルベルトが近づいてきて、
「ミュレイ様は、地図が読めませんので、道案内は我々にお任せください」
こうして、俺の優しさは意味をなさなかった。
『少し疑問に思ったんだが、地図が読めないのに賞金稼ぎが務まるのか?』
「賞金稼ぎとしての依頼を受ける時は、隊を組んで請け負うことが多いので、探索が得意な斥候を隊に入れるか、傭兵や地元民の方に案内役をお願いして、お金で雇うこともありますよ」
地図が読めなくても平気と言わんばかりに聞こえるが、ミュレイは素直に教えてくれた。
『なるほどな。もしも帝都に付いた後、賞金稼ぎとしての依頼を受ける機会があったら、俺を斥候として雇わないか』
何となくの思い付きだったが、俺はすんなりとミュレイに提案してみた。
それを受けたミュレイは、嬉しそうに頷いた。
「優秀な斥候は、引く手あまただから、エヴェイユが私たちの隊に入ってくれるなら、嬉しい限りです。是非、宜しくお願いします」
こんなに喜ばれると思っていなかった俺は、何だか恥ずかしさと嬉しさが入り混じった感情を覚えていた。こうして、俺の帝都での目標が出来た。
「さて、話もまとまったようですし、そろそろ出発ということで、宜しいでしょうか」
隊長のアルベルトが合図をすると、馬車にミュレイの荷物を積み終え、準備が整った霧騎士の面々が集まってくる。
「帝都まで、これから三日間の道中になりますが、警備と道案内は、我ら霧騎士が責任を持って遂行させていただきます」
隊長のアルベルトに続いて、霧騎士の面々も敬礼をしてくれたが、正直、俺はその敬礼に値する立場に居ないような気がして、気まずいと言うか、場違いな感じがしていた。
ミュレイは霧騎士の面々に「宜しくお願いします」と優しく声をかけて、馬車へと乗り込んでいく。
俺は、それを見ながら魔狼の姿で、馬車の後方から付いて行けば良いかと考えていた。
すると、ミュレイが慌てて馬車から降りてきた。そして、魔導書を左手に持ち、右手を俺に向けて突き出した。
「水氷を司る精霊王と契約を交わせし者、ミュレイ=フェリクスの名において、13番目の水の精霊を行使せん。外見変化!」
途端に俺の姿は、9歳児の大きさに変化するので、俺は間を置かずに呪文に入る。
「地重を司る精霊王と契約を交わし者、エヴェイユの名において、2番目の地の精霊を行使せん。重力操作!」
そして、裸でいるわけにもいかないので、子供服を着ていると
「早くエヴェイユも馬車に乗ってください。私一人だと寂しいので」
ミュレイからの御誘いによって、何となく気恥ずかしいと思いながら、俺も馬車へと乗り込んだ。
こうして、二ヶ月暮らした洞窟を後にした俺たちは、迎えの馬車に乗り、王都への三日間という短い旅が始まった。
今回のお話は、いかがでしたでしょうか?
少しでも隙間時間が埋められたなら、嬉しく思います。
次回から本格的に帝都への旅が始まります。
また、金曜日の夕方にお待ちしております。