それぞれの旅路
エンペスティアとヴィルゲルムは、魔界で生活する十年の間で、驚くほどに力を付けた。
エンペスティアは細身の身体であることには変わりはないが、鍛えこまれた体躯は、力と素早さを高次元で整えていた。闇に溶け込み、素早くそして力強く振るわれる漆黒の鎌は、濃紺のフード付きマントと相まって、死神を色濃く連想させるのに十分な迫力があった。
ヴィルゲルムは巨漢を更に鍛え上げ、2メートルを超える慎重で体重は170kg程有るのではないだろうか。確か、日本の相撲で最高位と言われている横綱の平均身長が180cmで体重が140kg程度だったと記憶しているので、丁度二割り増しと言ったところか。
面白いことに、二人とも体つきは大きな変化があったのにも関わらず、見た目の年齢的な衰えは一切見せていない。そのことをハナズオウに聞いてみると「魂と肉体的な寿命は、人間世界での時間軸に影響されているので、仮に魔界で百年の歳を刻んだとしても、肉体的には人間界で100日を過ごしたのと変わらないぞ」と、言われた。そして、ついでに「精神的な年輪は魔界でも相応に重ねていくので、余り長時間の滞在はお薦めしないがな」と良い笑顔で言われた。
俺はどうしていたかと言うと、ハナズオウの支配する領域を心底堪能していた。千年の月日を魔界で過ごした古のレイス二人を師と仰ぎ、魔導の深奥に触れる事に成功したのだ。今の俺は、あらゆる現象を前世の科学で得た知識と、今生の魔法を組み合わせることによって、解き明かすと共に再現することが出来るようになっていた。
その為に必要な魔道具なども自ら創り出していたので、魔界に残ると決心した時に作成した大量の賢者の石も相当量を消費したので残り僅かとなっている。
「これから、どうするつもりだ」
唐突に食事の席でハナズオウから尋ねられた。
食後の紅茶が入ったティーカップを動かす手が止まる。
即答することが出来ない。……沈黙が流れる。
「人が住む世界で暮らすには、些か強大な存在になり過ぎたかと実感しています」
俺はハナズオウの……この第十三世界の支配者を前に素直な気持ちで返答する。
「お主の力は、既に魔王すら凌駕する域にまで達しておる。このまま魔界で暮らす方が得策だと提言しておこう」
「きっと人の住む地では、この力は禍以外の何物にもならないでしょう。それでも私は戻らねばなりません。義理の兄と姉に戻ると約束をしたので、その誓いを果たさなければならないのです」
私も理解している。……ただ、理性がその結論を拒んでいるだけなのだ。
「では、直接行く以外の方法を模索するが良い。助言を与えるとしたら、それくらいしか言えないからな。よくよく考慮することだ」
それだけ言うと、ハナズオウは席を立ち、食堂を後にした。
残された俺は、彼が話した内容を熟考した。意味のない事を言う事が無いことは、ここ十年の歳月を共にしたので理解していたから。
それから数日間で、俺は城の中に与えられた実験室に必要な物を取りそろえた。
魔力で空気中から集めた酸素と炭素、それから水素。他にも炭素にナトリウムにマグネシウム。更には少量のリンや硫黄、塩素にカリウム、カルシウム、鉄……。
これらを塵に混ぜて基礎となる素材を創り上げる。
これには錬金術を使うときと同じように魔法にて空間を創ってから、中で混ぜ合わせていった。
ある程度、納得が出来る物が完成したら、そこに大量の純水を流し込んで練っていく。
重さは感じないが、総重量は七十キログラム程になるだろうか。
俺は異界の門を開いて、ミュレイ達の住む城の研究所と少しだけ繋いだ。
全ての準備が整ったので、心を落ち着け、頭の中で“生前の自分”をしっかりと思い浮かべてから、ゆっくりと口にする。
「地重を司る精霊王と契約を交わせし者、エヴェイユの名において、17番目の地の精霊を行使せん。仮初の身体!」
徐々に液体は人の骨格を形作り、臓器を配置し、筋肉によって覆われた後、皮膚が被せられた。血管も前世で見た血管標本を思い出しながら細部まで作り込んだ。こうして、俺の前世の姿が錬金術と魔法によって、目の前に復活した。
第一段階は、無事に成功した。
「爆炎を司る精霊王と契約を交わせし者、エヴェイユの名において、13番目の地の精霊を行使せん。保温空間作成!」
体温と同じ三十六度程の温度で、仮初の身体を温める。
そこへ少しずつ、されど確実に細部まで行きわたるように注意を払いながら魔力を注いでいく。
ある程度、体温と魔力が行きわたるまで待ってから、次の行動へと移る。
「暗夜を司る精霊王と契約を交わせし者、エヴェイユの名において、14番目の地の精霊を行使せん。憑依!」
自分の魂を分割して、1/10程を魔狼の吐息と共に仮初の身体へと移していく。
後は、最後の仕上げをするだけ。
上手くいくと言う保証は何も無いはずなのに、何故か成功するイメージしか湧いてこない。
「日光を司る精霊王と契約を交わせし者、エヴェイユの名において、17番目の地の精霊を行使せん。短き蘇生!」
ドクンッ!
呪文と共に心臓の鼓動が研究室に響き渡る。
血液と一緒に停滞していた魔力が循環を始めた。
“人間の俺”は、うっすらと目を開くと、自分の右手を顔の上まで持ってきて、手を握ったりひっくり返したりして確かめている。その後、左手でも同じ動作を繰り返した後、ゆっくりと上体を起こした。
今度は自分の足を見て、膝を曲げてみたり足首を動かしてみたりして、一つひとつの動作を確認するかのように、ゆっくりと動かしていた。
生後三か月の赤ちゃんが自分の手を認識する作業……確かハンドリガードだったかな。そんな事を思い出しながら、“人間の俺”が納得するまで待っていた。
「あぁ~……」
声帯も問題なく機能しているようだ。
魔狼としての姿をしている俺を見ても、怖がる素振りも見せないという事は、ある程度の知識を持っていて、状況も理解できているのだろう。
“人間の俺”が“魔狼の俺”に向けて右手を差し出す。
「感覚共有」
温かい気持ちが俺の中に魔法と共に流れ込んでくる。
「無事に産まれてくれたことを喜ばしく思うよ。でも、喜びを噛みしめている時間が無いんだ。エンペスティアとヴィルゲルム、そして、エヴェイユの名と共にミュレイの元へと向かってくれるかい」
そう言って、魔力を賢者の石と混ぜ合わせて、簡単な衣服を創り出して着せてやる。
「僕を生み出してくれたことに感謝を。そして、僕は自分の役目を果たそうと思う」
感覚共有は、今日この日の為に創り出した魔法だ。どちらかの五感に意識すれば、お互いの感じている感覚を共有できるという魔法だ。
お互いに見ている景色が共有できるのは、淋しさを紛らわす意味でも必要なことだと思って、急遽創り出した魔法だが、“人間の俺”が使用できたという事は、全てが予定通りに上手くいったのだろう。
“魔狼の俺”は、魔界に残って自分の居場所を確保していく。
“人間の俺”は、魔力や体力に制限がかかった状態で人の世界で暮らしていく。
俺たちは、両方の世界で魔法を極めていくと決めた。
エンペスティアとヴィルゲルムが研究室へと入ってくる。
二人には今回の予定を伝えてあったので、驚くことも無く“人間の俺”と共に異界の門へと向かっていく。
三人を見送る“魔狼の俺”。
長時間は異界の門を開いていられないので、本当にギリギリの時間になっている。
「また、会いましょう」
「何時でも呼んでくださいよ!」
「俺を通して、ミュレイ達を見守ってください」
三者三様に一言残して、異界の門を潜っていく。
俺は一息ついて、門へと続く魔力の供給を切断した。
異界の門は、霧散して消えて行った。
一瞬だけ感覚を“人間の俺”へと向けてみる。
涙を溜めたミュレイが駆け寄ってくるのが見えた。
大丈夫だ。俺は魔界で生きていける。
研究室を出た俺は、魔力で縮めていた身体を本来の大きさに戻して、漆黒の世界を銀色の体毛をなびかせながら疾走する。
---おわり---
予想していたよりも沢山の方に読んで貰えた幸福を、噛みしめながらの執筆をさせて頂きました。
まだまだ拙い文章でしたが、少しでも楽しんで頂けたなら嬉しいです。
定期的に投稿することが難しいと感じましたので、「魔狼転生」は完結とさせて頂きます。
読んでくださった方々に感謝をして、最後の言葉とさせて下さい。
「今まで、ありがとうございました」




