魔法契約
人間としての死を迎え、異世界で魔狼として転生した俺は、狩りの仕方などを教わり、群れを離れて魔法使いの少女ミュレイと出会う。そして……。
どうして俺は、小学1年生みたいな姿になっているのかを考えていた。
ミュレイの魔法で魔狼の姿から、人間の姿へと変化させてもらった。
その時に前世の姿を想像した方が、上手く行くと言う助言をもらって、出来るだけ人間だった頃の自分を考えるようにした。
そこで、ふと思い出したことがある。それは、こっちの世界で産まれたのが春先で、今は夏だということだ。細かい日数は判らないが、約4ヶ月と仮定する。そこを基準に前世での犬の年齢を人間の年齢に換算する方法があったと思いだす。
「確か、大型犬の年齢を人間に換算するには、生後2ヶ月で3歳、半年で9歳程度だったはずだから、4ヶ月で約6歳か!」
こっちの世界での常識は判らないけれど、どうやら年齢換算は、大型犬と同じ扱いで良いらしい。魔法で外見を変化させているのにそれが反映されていることに驚きだけれど、種が判れば理解できないことも無い。
「どうも魂や精神年齢では無く、肉体の年齢が外見に反映されたみたいです。それと、体重は元のままみたいなので、魔法障壁を張っていないと沈んでしまうようです」
俺が見た目の事をミュレイに伝えると、彼女は納得した表情で頷き、右手を地面に付けて呪文を唱えた。
「水氷を司る精霊王と契約を交わせし者、ミュレイ=フェリクスの名において、4番目の水の精霊を行使せん。氷乃壁」
一瞬にして学校の教室程度の広さの地面が凍り付いた。
「この上でしたら、魔力障壁を張っていなくても歩けると思います。それよりも、裸で何かをする訳にもいかないので、服を着て、靴を履く必要がありますね。私の予備の服しかないので、少し大きいかも知れないですが、それを身に付けてください」
そう言うと、ミュレイは少し離れた場所に置いてあった旅行鞄から、半袖の白い服と靴を持ってきてくれた。
俺の身体が6歳くらいの大きさしかないこともあり、ミュレイの半袖は、ワンピースのようになって、ひざ下まで隠していた。もちろん、靴もぶかぶかだ。それでも、真っ裸で足を霜焼けにするより良いだろう。
俺は魔法障壁を解除して、氷の上に立ってみる。沈んだり、氷にヒビが入ったりすることも無く、安定して立っていられる。
「魔法力を全開にして、精霊召喚に挑まないと、下位の精霊しか呼べないこともありますから、少しでも魔法力を使える状態にしておきましょう。さあ、時間もありませんし、魔法力を全力で、大きな魔法陣いっぱいに注ぎ入る感じでやってみて下さい。細かい補助は、私の方で行いますので、何も気にせずに上位精霊や精霊王を呼び出して下さいね」
何か期待されている気がするけれど、見た目は小さな男の子なんだよな。そこに一抹の不安を抱えながら、俺は魔法陣を見据え、両手を魔法陣の方へ向け、ミュレイに言われた通りに全力で魔法力を注ぎ込む。
ふと隣を見ると、ミュレイは右手を魔法陣へ向けて、何やら小声で詠唱をしているようだが、聞き取る事が出来ない。
俺は身体から、ごっそりと魔法力が魔法陣へと吸われていることを実感していた。そして、俺が描いた外周部分に遮られるように、魔法力が水のようにゆらゆらと、魔法陣の上を揺らめいているのが見えた。
「なんて濃密な魔法力なのでしょう」
ミュレイが詠唱をしながら、俺の放っている魔法力に魅せられている。
すると突然、魔法陣から光が溢れ出して弾けた。
光が収まった時、魔法陣の上に神々しい光の塊が、人の形を取って立っていた。
ミュレイは、反射的に膝を着いて、首を垂れる姿勢を取った。
精霊王2人と契約しているミュレイの取った態度から、どうやら俺は、精霊王より上位の存在を召喚してしまったらしい。だけど、どこか懐かしいと言うか、知っている気配と言うか。
「まずは、ミュレイ。依頼通りに人間から転生した魔狼を導き、無事に我を召喚できるまで準備を整えてくれたこと感謝する」
「お褒めいただき、至極光栄にございます」
ミュレイは下を向いたまま、余計なことを言わず端的に答えるに止めていた。
「其方には、今回の報酬として、三度だけ我の力を行使する権利を授けよう」
神々しい光の塊がそう言うと、同時にミュレイの魔導書が輝いた。
「矮小なる我が身には、過ぎた報酬をいただけたこと、誠に感謝致します」
ミュレイは、顔を上げることも報酬を確認することも無く、跪いた姿勢のまま答えた。
「さて、魔狼となりし、元異世界の人間よ。転生の間で我と逢ったことは、覚えているか」
俺の中で感じていた、懐かしさの原因が判った。
「やはり、神様の使いの方でしたか」
俺は確信が無かったから、相手の方から言ってくれて助かった。
「其方の『剣と魔法のファンタジーな世界で、強靭な肉体に膨大な魔力を宿し、前世の知識を使って色々な魔法やアイテムを生み出しながら、思う存分それらを使ってみたい』っと、言う願いを叶える為、下準備として、異世界で魔狼へと転生させた。そして、準備は整った。今こそ、この世界の全ての魔法を授けよう」
俺は神様の使いから、厚さが10cmほどもある分厚い魔導書と思われるものを受け取った。
「両手で表紙と背表紙を挟み込み、契約する旨を名前に誓うがよい」
神様の使いが厳かに言う。
俺はそれに従って、分厚い魔導書を小さな手で挟み込むと言葉が自然と紡がれる
「我が名は覚醒の意味を持つ“エヴェイユ”。神の使いであり、精霊を束ねる者と此処に契約する者なり」
契約が成立したことを示すかのように魔導書が光り輝き、俺の小さな手形が表紙と裏表紙に黄金色で刻まれた。
「エヴェイユよ。其方には、各系統の魔法を1つ新たに創造する権利と、新たなる1系統を創造する権利を与える。その為に力の根源たる無色の精霊を18人、魔導書に眠らせてある。見事、新たなる魔法系統を確立して、7番目の精霊王となることを楽しみにしているぞ」
そう言うと、神々しい輝きは力を失い、瞬く間に消えてしまった。
消え入る瞬間に『其方が、この世界での会話に困らないのは、我からのささやかな贈り物だ。是非、楽しんでほしい』という少し嬉しそうな思念が神の使いから届いた。それに関しては感謝を。そして、読み書きは自力で頑張ります。
手元に残っているのは、A4サイズで10cmと言う厚さがある“たぶん”重たい魔導書である。俺の魔導書だから、自分にだけは軽く感じるのかも知れないし、魔狼としての筋力を維持しているから軽く感じるのかも知れないけれど、見た目に反して、殆ど重さを感じない。
パラパラと魔導書をめくってみる。紙質は羊皮紙に近い感じだ。羊皮紙の厚みで計算するなら、1枚が0.1mmと仮定して1系統18個の魔法だから、白紙の系統を1加算して、0.1×7×18は12.6mm。そんなもんか。魔法の種類は、6系統各18個として108個ある訳か。
ミュレイも立ち上がり、自分の魔導書を確認している。最後の頁に目的のモノがあったらしく、満足した顔をしていた。
「しかし、驚きました。まさか精霊王よりも上位の存在が、召喚と契約に応じるなんて。ましてや、エヴェイユに7人目の精霊王になる為の力を授けるなんて。そんなことがあるなんて、聞いたことも見たこともありませんよ」
ミュレイは砂浜に腰を落とすと、後ろに手を突き、少し暗くなりだした空を見上げる。
俺も氷の上で大の字になって空を見上げた。
その瞬間、ドクンッっと心臓が大きく鼓動を刻んだ。みるみるうちに俺の身体が人間の子供の大きさから元の魔狼の大きさへと変わっていく。当然、ミュレイから借りた服や靴は弾け飛んでしまった。
ひっくり返って、腹天している巨大な狼……。
ミュレイが勢いよく立ち上がり、そんな俺の腹目掛けて飛び込んでくる。
ふかふかな腹毛に沈み込むミュレイ。何を思ったのか驚いて動けないでいる俺をよそに、一言も話さないでいた彼女だが、疲れていたのか、気が付くと寝息を立てていた。
暫くの時間、そのままの状態でミュレイが目覚めるのを待つつもりだったのだが、何時の間にか俺も寝ていたらしく、腹の上で、もぞもぞ何かが動く感覚で目が覚めた。
「おはようございます。魔法力は回復しましたか」
ミュレイは、俺の腹の上で微睡を楽しんでいるかのように寝転がりながら、俺に寝起きの挨拶をしてきた。
『召喚の際に魔法力を根こそぎ持っていかれた気がしたけれど、今は脱力感など残っていないから、回復したんじゃないかな』
こんなに魔法力を消費した経験が無かったから、どの程度、魔法力が回復しているのかは判らないけれど、気を抜くと気絶してしまいそうな脱力感は嘘のように消えていた。
「じゃあ、ちょっとだけ魔法の練習をしましょうか」
そう言うと、ミュレイは俺の腹の上で寝転がったまま、左手を上空に持ち上げて
「契約の書よ。我が手に戻れ」
そう唱えると、ミュレイの魔導書が持ち上げた左手に向かって飛んできて、すっぽりと収まった。
続いて、ミュレイの唇が流れるような呪文の詠唱に入る。
「日光を司る精霊王と契約を交わせし者、ミュレイ=フェリクスの名において、1番目の光の精霊を行使せん。光球招来」
ミュレイの目の前に、ソフトボール程の光の玉が1つ浮かんでいた。
「1系統の魔法を使うには、契約している精霊と自分の名前を名乗り、その系統の何番目の精霊を行使するのか、その効果は何なのかを明確にすれば、魔法が発動します」
続いて、彼女は詠唱をする。
「水氷を司る精霊王と契約を交わせし者、ミュレイ=フェリクスの名において、6番目の水の精霊を行使せん。幻影作成」
すると、光の玉は8つに増えて、俺たちを囲むように浮かび、かなりの明るさで周囲を照らしていた。
俺は光の玉へ鼻を近づけてみたが、特に熱を感じることも無く、単純に明るく輝いていることが解かった。
「こんな感じで、持続系の魔法であれば、違う系統の魔法を重ねて使うこともできます」
良い感じで魔法を使って、説明をしてくれるミュレイを腹の上に乗せながら、俺は周囲の魔法による光を眺めていた。
『俺は、全部の系統の魔法を覚えて、それを使いこなせないと行けないんだよな』
色々な事ができる。そう確信した俺は、期待に胸を膨らませていた。
「でも、その前に学ばなければならないことが有りますね」
ミュレイが俺の腹の上でうつ伏せになり、肘を立てて、その上に顎を乗せている。完全に寛いでいる様子だ。
『文字を読めるようにならないとな』
魔導書を見た時に思ったことだ。文字が読めないと、どんな魔法なのか検討が付かない。
「他にも魔法の知識も必要ですよ。魔法陣の意味や各種魔法を行使する為、精霊の力や有効性なども覚えてくださいね」
『どれだけ時間がかかるか判らないけれど、俺は、魔法を使う為に“この世界”へと転生してもらったのだから、一歩ずつ確実に覚えていくさ』
俺の揺るぎない気持ちだった。俺が“この世界”へと来た理由は、魔法を思いっきり使う為だ。その為の努力なら惜しむつもりも無い。
それから俺は、ミュレイに様々なことを教わった。
文字の読み書きには手を焼いたが、数字を覚えた瞬間に計算が出来た事には驚かれた。
他にも、精霊が“この世界”の自然現象を司る根源たる力であること。
自分の魔力を呼び水として、その系統毎の精霊から力を借りることによって、魔法と言う形を創り出せること。
また、魔法の威力や範囲を決めるのが魔法陣であること。
魔導書には、その魔法陣が記載されているので、魔法の威力や効果範囲を変更したい場合は、根本的に変更したい魔法の理屈を理解しなければならない事も教わった。
時間がある時には、ミュレイの魔法を見せて貰ったり、俺も人の姿となって魔法を使ってみたりすることもあった。
「水氷を司る精霊王と契約を交わせし者、ミュレイ=フェリクスの名において、13番目の水の精霊を行使せん。外見変化!」
ミュレイに魔法陣を描いてもらい、そこで、俺は外見を変化してもらった。
「契約の書よ。我が手に戻れ」
俺は、自分の魔導書に向かって唱えた。すると、地面に転がっていた魔導書は、俺の手にすっぽりと収まりに飛んできた。
感傷に浸る間も無く、次の呪文を唱える。のんびりしていると、地面にのめり込んでしまうからな。
「地重を司る精霊王と契約を交わし者、エヴェイユの名において、2番目の地の精霊を行使せん。重力操作!」
魔法障壁を張ったり、地面を凍らせたりしても良いのだけれど、自分の幅で自由に動くために1番良い方法を考えて、地重魔法を使うことにした。
直ぐに自分の体重に意識を向けて、適切な重力まで身体を軽くする。
俺は、初めて使った魔法に感激していた。
そして、自分だけでは魔法が使えないことを実感していた。
今回もミュレイの補助で人の姿を取ることが出来なければ、自力で魔法を使う事すら出来なかった訳だからだ。
せめて、外見変化と重力操作だけでも魔道具みたいな物を創り出して、なんとか自力で人の姿を維持したいものだ。
そんな感じでミュレイと過ごす月日は、あっと言う間に過ぎ去り、約2ヶ月が経過する頃には、俺は読み書き計算が完璧に出来るようになっていた。そして、言語を覚えた俺は、魔導書の読解に勤しみ、全ての頁に目を通すことが出来た。
こうして、俺の魔法使いとしての第一歩が刻まれた。
ちなみに、俺の人間としての外見が9歳くらいまで、一気に成長した。
3話は、いかがでしたでしょうか。
今回は、手違いから投稿が遅れてしまいました。すいませんでした。
次回は、金曜日の夕方に投稿できるように頑張ります。