前哨戦
迷宮最下層まで辿り着いたエヴェイユ達の前に立塞がるモノ。
それとの戦いの火ぶたが切って落とされようとしていた。
昆虫と悪魔の融合体が巨大百足の足で動き、人の大きさ程もある鎌が空気を震わせながらエンペスティアへと振り下ろされる。
普通の人間なら、今の一撃で戦闘が終了していただろう。
そう思わせるほどの速度と威力が、昆虫と悪魔の融合体の鎌による一撃には確かにあった。
だが、エンペスティアには攻撃が見えているようで、しっかりと鎌を躱していた。それどころか、自身の持っている漆黒の鎌で反撃をする余裕すらあるようだ。
自分の攻撃が当たらず、相手の攻撃が一方的に加えられた状況にも関わらず、昆虫と悪魔の融合体は表情一つ変えず、淡々と作業をするかのように自分の両手である鎌を交互に振り下ろしていく。
その攻撃のさなかに蠍の尻尾による完全に意表を突いた一撃が、エンペスティアの頭上の死角より振り下ろされる。
だが、音速にも迫ろうかと言う毒針による一撃も、エンペスティアを傷つけるには至らなかった。彼は、まるでダンスでも踊っているかのように華麗なステップで毒針を躱すと、尾っぽの先端部分を漆黒の鎌で切り落とした。
その途端、体液だか毒液だか判らない液体がまき散らされるが、既に距離を取って安全圏まで退避していたエンペスティアには、一滴も触れる事は無かった。代わりと言っては何だが、石畳の床に転がっていた、ガーゴイルやゴーレムの砕けた身体や頭がドロドロに溶けていった。
昆虫と悪魔の融合体は、普通の冒険者や賞金稼ぎには、荷が勝る相手なのだが、エンペスティアは、笑顔すら浮かべながら相対している。
「僕の今までの人生は、血塗られていて自由は無かった。だが、今は自分の意思で戦いに赴くことが出来る。それに、自分の全てをぶつけられる相手に恵まれる幸運にも感謝しなければいけないな」
まるで祈りを捧げるように言葉を紡ぎながら、昆虫と悪魔の融合体の嵐の様な攻撃を、たった一本の鎌で裁いていく。
後にエンペスティアに聞いた話によると、嵐の合間に一瞬の筋が見えた気がした……。
そんな感覚があったらしい。
そこへ自身が持つ漆黒の鎌を迷いなく差し込むと、昆虫と悪魔の融合体の左手の鎌が勢いよく弾け飛んだのだ。そして、返す刃で右の鎌も切り捨てる。
少しだけ驚愕の表情を見せ、漆黒の鎌にはめ込んだ宝石に込められた魔力【痛み】によって、普通であれば痛みを感じないはずの昆虫と悪魔の融合体に魔法的な痛みを与える事によって、その動きが一瞬止まった。
攻撃手段をことごとく奪われたそれを正面に据え、エンペスティアは感謝の言葉を唱える。
「君と此処で出会い、死闘を繰り広げる事が出来たことに感謝を」
最後に最上段に構えた漆黒の鎌を振り下ろす。
エンペスティアの漆黒の鎌を止めに入った昆虫と悪魔の融合体の先端が破壊された蠍の尻尾を物ともせず、頭から腹までを真っ二つにした。
時間を稼ぐために昆虫と悪魔の融合体を足止めするはずだったエンペスティアは、嬉しい誤算と言うべきか、相手を完全に圧倒して勝利を手にすることに成功した。
もう一つの戦闘は、地獄の黒犬と戦斧を構えたヴィルゲルム、そして短剣を持ち、盾を構えた格好でミュレイを背に戦うサラさんの戦闘だ。
とても楽しそうに戦斧を振り回すヴィルゲルムだが、地獄の黒犬も中々に素早く、攻撃は空を切り当たらない。
それどころか、地獄の黒犬の炎の息は、ヴィルゲルムを射程範囲と定めると一気に吹き上がり、溶岩でも側に流れているのかと思う程の高熱で彼を焼いていく。
「ぶはぁー! 流石に死ぬかと思ったわい!」
うん。何であれを食らって生きているのだろう?
高温の炎の息から飛び出してくるヴィルゲルム。マントに付与した闇夜魔法の魔力吸収か、盾の替わりに左手の二重にした手甲に付与した魔法遮断の魔法が効果を発揮したのかな。
と言う事は、地獄の黒犬の炎の息は物理的な炎ではなく、何か魔法的な攻撃手段と言う事になるのか。気になるな。
冷静に分析をする俺を他所に、お互いに決め手に欠ける戦いが繰り広げられている。
ヴィルゲルムの攻撃は、地獄の黒犬の速さの前に当たらないけれど、地獄の黒犬の炎の息もヴィルゲルムへとダメージを与える事が出来ずにいる。
その戦いを見ながら、普通の人間たちなら詰んでいるなと思う俺が居る。
考えてもみれば、ヴィルゲルムは試作品一号を纏ったサラさんと互角に戦うことが出来るのだ。そこへ試作品一号と同じ付与を施した鎧を渡してあるので、能力的にはサラさんよりも上という事になる。
普通の人間の上限を遥かに超越した状態のヴィルゲルムの攻撃が届かないのであれば、最早、人類の攻撃は届かないと思った方が良いと思う。
俺たちだから戦いになっているが、賞金稼ぎがどの程度の実力化は知らないが、たかが人間が束になってかかっても地獄の黒犬の攻略は出来なかっただろう。
ましてや奥に控える第十三位の悪魔ハナズオウには、手も足も出ないことだろう。
実際、今もノーモーション、しかも呪文も身振り手振りも無く、ちょこちょこ魔法で妨害工作を仕掛けてきているので、こちらも魔法流出を同じくノーモーションで呪文も身振り手振りも無く発動させて、妨害工作の妨害工作を行っている。
最初こそハナズオウは、自分の魔法が発動しないことを訝しんでいたようだけど、俺のせいで魔法が発動していないことが判ると、そのことすら楽しんでいるかのように魔法を発動させようとしている。
当然、させないけどね。
ヴィルゲルムが大ぶりな戦斧の一撃から、一転して突きをメインにした攻撃に切り替えた。
それに合わせるかのように沈黙も守っていたサラさんから小刀が飛ぶ。
ヴィルゲルムの攻撃よりも一瞬早く、サラさんが投げた小刀が地獄の黒犬の左後ろ足へと突き刺さる。
そして、動きの鈍った隙を付くかのようにヴィルゲルムの戦斧による一撃が地獄の黒犬の喉を正確に貫いた。魔法を込めた宝玉【爆発(エクスプロージョン】が解放され、地獄の黒犬の首が胴体と別れを告げ、明後日の方向へと飛んでいく。
さて、これで残るは第十三位の悪魔ハナズオウだけとなった訳だが……。
配下を二人も失ったと言うのに、相変わらず椅子に腰かけたまま、笑顔でこちらの様子を眺めている。
「少々見くびっていたようだ。まさか、人間ごときが昆虫と悪魔の融合体と地獄の黒犬を打ち負かすとは、予想だにしなかったぞ」
言葉だけでなく、ジェスチャーを交えて、本当に驚いていると言う感じに演じている。
「それに……」
明らかに俺の方を向いて、目線が交差する。
「我と戯れることが出来るくらいには、エヴェイユの魔法の扱いが優れていることが知れたのは僥倖だ」※
本当に楽しそうに話すハナズオウ。
俺の側では、エンペスティアとヴィルゲルムが武器を構えた臨戦態勢で、何が起こっても対応できるようにしている。また、ミュレイの側でもサラさんが盾と短剣の両方で対応が出来るようにしている。
ミュレイ自体も魔法を何時でも発動できるようにしているとは思うのだが、どうしても詠唱が必要なので、詠唱を必要としないハナズオウとの戦いでは不利となってしまう。
「お褒め頂き、誠に恐縮です。私の事を人間では無いと仰られておりましたので、何となく正体についてもお気付きかも知れませんが、正確には判っておられない様子でしたので、先にバラしておきますね」
そう言って、俺は魔法を解除して、本来の姿でハナズオウと相対することにした。
本来の魔狼としての姿に戻ると、灰色だった体毛が白銀となり、暗闇の中で際立った存在として浮かび上がった。
「おや? 銀色狼とは、珍しいですね。そうでしたか。貴方は、魔狼のそれも覚醒した方だったんですね。本当に嬉しい誤算です」
やはりと言うか、何と言うか。魔狼としての姿を見せても動じる素振りは見せない。
「すいませんが、私自身も毛色が変化している事を、今初めて知ったので、珍しいの意味を理解しかねます」
俺も素直だなと思うのだけれど、知らないモノは知らないと素直に言ってしまう。例え、それによって不利益を被ろうとも、それが俺だ。
「本当にエヴェイユは面白いな。良いだろう。教えてやるよ」
そう言ったハナズオウが、パチンと指を鳴らすと、彼の向かい側に椅子がもう一脚用意される。
「但し、その椅子に座って話を聞くことが条件だが、どうする?」
俺は、何のためらいもなく人の姿になり、用意された椅子に座ろうとする。
「いけませんよ、エヴェイユ! 絶対に何かの罠に決まっています!」
サラさんが俺に声をかけて、その行動を制止する。
エンペスティアも椅子と俺の間に立って、俺が椅子へと辿り着けないように身体をねじ込んできた。サラさんと同じ考えの様だ。
ヴィルゲルムも俺の肩を掴み、椅子へと行くのを止めようとしている。
皆、これが罠だと思っているようだ。当然、俺も罠だろうと思っているが、自分の探求心に抗う事が出来ないだけの事だ。
「仕方ありませんね。エヴェイユの探求心の前には、罠など些細な事なのでしょうから、座らせてあげてください。ただ、何かあった時には、直ぐに動けるように警戒だけはしておくように」
ミュレイの福音とも言える一言で、三人が渋々と言った感じだが道を開けてくれる。
俺は、ミュレイには感謝を。他のさんには謝罪を口にしながら、ハナズオウが用意した席へと腰を落ち着かせる。
「いい度胸だ! っと、言いたいところだけど、まさか本当に席に座るとは思っていなかったよ」
不思議な生き物でも見るように俺を見つめるハナズオウ。
「用意され席に座れば、私の疑問が一つ解決するならば、お安い御用と言ったところですよ」
俺が偽らざる気持ちを伝えると、ハナズオウは声に出して楽しそうに笑った。
ひとしきり笑った後。
「我は、貴方の信用を勝ち取ったと喜ぶべきか、それとも、貴方を馬鹿だと罵るべきか」
「それは、好きなようにされれば良いと思いますよ。さて、本題に入りましょう」
俺は身を乗り出して、聞く体制を創っていく。
「良いだろう。約束だからな」
ハナズオウの方も、話してくれる気になったようだ。
「魔狼の毛色は、普段は濃い灰色をしているが、魔力が充実して“呪文の詠唱が要らないくらい”魔法の扱いに慣れると、自然と本来の毛色に戻ると言われている」
「それでは、我々魔狼の一族は、本来なら銀色の体毛を持っていたという事ですか」
「その通りだ。魔狼とは、名前の通り“魔法を操りし狼”の事を指す。つまり、貴方たちの一族は、元は我と同じく魔界の生物であったのだぞ。それが、魔界を捨てて、こちらの世界へと移住する際に大半の魔力を失い、今では魔狼とは名ばかりの生き物へと成り下がっていたのだから、嘆かわしい限りだ」
全員の沈黙。まさか、魔狼の一族が魔界の出身だったなんて。
ん? ちょっと待てよ。その話が本当なら、俺は魔狼として本来の力を取り戻したという事になるのだが。親兄弟はおろか、一族の誰も銀色の体毛を持っていなかったことを考えると、本当に珍しい事という事になるのだが。これは、一度村に帰って話を聞いてみないといけないな。
「因みに付け加えるならば、本来の魔界での魔狼の地位は、全72位の悪魔の一つに数えられる程の力を持っていたのだぞ。その地位と魔力を捨てるなど、我には考えられぬ」
ハナズオウは、心底考えが及ばないと言った風な表情と声色で話をしてくる。
「貴重な話を聞かせていただき、本当に有難うございます。色々と新事実ばかりで驚きを隠せませんが、御話しいただけたこと、素直に感謝いたします」
俺は真面目な顔で礼を述べる。
それを受け取ったハナズオウは、キョトンとした顔をこちらに向けている。
「素直な礼など受け取ったのは、何時以来であっただろうか」
何とも悲しい言葉を返してくるハナズオウであった。
※僥倖:思いがけない幸運。偶然手に入れた幸い。幸運を願う気持ち。
尻切れトンボにならないように、出来るだけ定期的に投稿できたらと思っています。
また、次回お会いできるのを楽しみにしております。




