モンスターハウス
ダンジョンへと足を踏み入れたエヴェイユ一行。
そこで待ち受けていたのは。
泥と木屑を積み上げて作られた地上の掘っ立て小屋を見た時から、何となく想像はしていたのだけれど、迷宮の内部は、お世辞にも綺麗とは言い難かった。
巨大な掘削機を使ったかのように空いた空洞は、天井まで十数メートルは余裕であるだろう。だから、ヴィルゲルムの持つ戦斧のような、長い武器でも問題なく振り回すだけの空間があるとも言える。これが狭い空洞だったなら、サラさんの短剣が良い所だろう。もちろん、エンペスティアの鎌も使いどころを考えなければならなかったに違いない。
そういう意味では、今回の迷宮は、戦いやすい環境といえるだろう。だからこそ、実地検査には打って付けとも言える。
昨夜、地中掌握を使って調べた限り、この規模のままで地下道が遥か地底まで伸びている。そして、至る所で枝分かれして、側道に入れば様々な部屋と思われる広い突き当りがある。
松明の灯で照らし出された地下道が、怪しく照らし出されている。
俺は松明をサラさんに渡して、呪文を唱える。
「暗夜を司る精霊王と契約を交わせし者、エヴェイユの名において、2番目の地の精霊を行使せん。魔法乃目!」
魔法が効果を発動すると、眼鏡をかけている時の様な感覚になる。もともと魔狼としての俺の視力はとんでもなく良い。それに加えて輪郭がはっきりとして、遠くを見ようと思えば、魔法の補助で、まるで望遠鏡を使っているかのように果てしなく遠くを見る事ができるようになるのだ。
更には暗闇補正も入るのか、熱源や空気の流れですら目で見る事ができるようになる。
昨夜、事前に魔法を駆使して調査してあるので、殆ど迷うことなく迷宮内部を歩いて行く俺たち一行。
迷宮の比較的浅い場所では、洞窟で暮らす巨大化した昆虫や動物などと対峙することが多かった。
「巨大蜘蛛、巨大鼠、巨大蟻、巨大な百足、血吸蝙蝠、巨大蟷螂、そして今回は、巨大蠍ですか」
溜息は軽くは吐きながらだが、七種類目の巨大化した動物を目の前に余裕の表情をしているのは、戦斧を担いだヴィルゲルムだ。そのままの姿勢で、巨大蠍へ向かって全力疾走すると、戦斧を力任せに振り下ろす。今までの相手なら、これでケリが着いたのだ。
しかし、金属質な乾いた音を洞窟内に響かせて戦斧は大きく弾かれ、巨大蠍の表面を僅かな傷を残すだけで砕くには至らなかった。
驚いた表情で全員が見つめていたが、俺一人だけ違う感想を抱いていた。
「そういえば、昔読んだ漫画に『ここまで大きいと、装甲が戦車並みだな』って、書いてあったな」
つまり、今のヴィルゲルムの全力を以てしても、前世で存在していた戦車の装甲は貫けないと言う事だ。
「ヴィルゲルム!紅の宝玉を使ってみてくれ!」
俺の叫びよりも先にヴィルゲルムは、宝玉を取り出して、戦斧の柄の部分にはめ込んでいる。
そして、先程と同じように肩に戦斧を抱えると、巨大蠍に向かって、全力疾走する。
雄叫びをあげて、切りかかるヴィルゲルムは、なかなかに迫力がある。
先程と同じように巨大蠍の装甲に力任せに叩きつけられた戦斧ぶち当たる。その瞬間に紅の宝玉に込められた魔法が発動する。
爆炎を司る精霊の2番目の魔法。爆発。
爆風によって生まれた粉塵によって、ヴィルゲイムの姿も巨大蠍の姿も一瞬だけだが視界から消えてしまった。
俺は魔法の目の効果で視界を確保していたので、一部始終を見る事ができた。
爆発の魔法が活動した瞬間、巨大蠍の装甲にひびが入り、そこへ物理的な攻撃力を保っていた戦斧が叩きつけられたのだ。
哀れな巨大蠍は、胴体の上半分から頭にかけて真っ二つにされ、自慢の鋏も尻尾の先に込められた致死性の毒も使うことなく息絶えてしまった。
この世界の魔物は、死んだ後に霧になって消えたり、光の粒になったりはしないので、しっかりと戦利品として一部を剝ぎ取ることが出来る。
「毒の部分を少量欲しいのですが、解体の時間を頂いても宜しいでしょうか」
サラさんが申し出てくれた。
「構いませんよ。急いでいる訳もでもないですし、エヴェイユのお陰で行き来の時間を大幅に短縮できましたからね」
ミュレイが巨大蠍の側で、その装甲の硬さを確かめながら言う。
許可を貰ったサラさんは、短刀を取り出すと、巨大蠍の横に立つと、尾っぽの関節の隙間へと刃を突き刺し、慣れた手つきで解体を始める。
「しかし、魔物の種類は豊富ですが、大多数の集団に襲われることがないですね」
真っ黒な鎧のは、この暗闇と同化しているかのように存在感が希薄だ。
そんな彼だが、血吸蝙蝠を一刀両断に切り捨てたり、巨大蟷螂の鎌と打ち合ったりと楽しそうに戦闘に参加している。
各鎧と武器の性能チェックに主観を置いている俺にとっては、願ったりかなったりの状況なのだが、本人たちにしてみれば、魔物部屋が無いのが不思議らしい。
「一応、そう言う状況にならないように、魔物部屋を回避して進んでいるので、大多数の魔物に襲われる事態にならないで済んでいるのだと思いますよ」
俺は安全な道順を選ぶのも、斥候の役割だと付け加えて
「なるほど。エヴェイユ殿の御配慮に感謝いたします」
なんだか皆、また畏まりだしている気がするぞ。
「そう言った直後に、どうかとも思うけれど。この後、どうしても回避できない魔物部屋があるので、そこでは存分に力を振るってもらえると有難いかな」
「任しておいてください。僕たちの授かった力で、魔物の群れなど蹴散らして御覧に入れますよ」
元気よくエンペスティアは答えてくれたが、俺の心の中では不安が燻っている。
なぜなら、上層階と下層階を繋ぐ大広間の様な場所に居るのは、生気を感じる事が出来ない|集団なのだから。
「お待たせして申し訳ありませんでした。毒の採取、完了しました」
俺がこの先のことを考えていると、そんな思考を吹き飛ばすかの様にサラさんが弾んだ声で報告してくる。暗殺者にとって、蠍の毒とは喜ばしい品なのだろう。
「では、次の場所へと移動するとしましょう」
俺が戦闘を歩いて行く。出来れば引き返したいと言う思いは確かにあるが、既にそれを言う機会は失われている。
「サラ殿、先程採取された蠍の毒には、どのような効果があるのですかな」
水生動物の革で創られた水袋にたっぷりと入った毒を大事そうに持っているサラさんへ、ヴィルゲルムが興味津々と言った風に話しかける。
「これは、神経毒の一種なのですが、とにかく痛みを何十倍にも増幅する効果があります」
嬉しそうに話すサラさんを見て、暗殺者としての技術を徹底的に教え込まれた人だと言うことを思い出す。
「例えば、針の先に少量付けた状態で獲物に突き刺せば、その痛みで対象を気絶させることも可能です」
生き生きと説明をするサラさんとは対照的に、ヴィルゲルムの表情は、聴かなきゃよかったと言う風に青ざめていく。まあ当然だよね。先程まで、その毒を持った相手と戦っていたのはヴィルゲルムなのだから。
俺たちは、迷宮を我が物顔で突き進んでいく。道は違わず、魔物部屋と思われる場所は回避してきた。
しかし、目の前にある通路の先には、魔物が大量にひしめき合っているのだ。ここを通り抜けない限り、下層へと降りていくことは叶わない。
「巨大な昆虫は、気持ち悪さがあったけれど、まだ前世でも見知った動物だったから、拒否反応もそこまでじゃなかったけれど。これから相対する魔物は、予想が正しいなら不死系の魔物だと思うんです。生体反応が皆無なので。ゲームや映画なんかでは見たことありますが、実物となると、某アミューズメントパークのハロウィンナイトに行った時くらいですかね。あれだって、実際にはハリウッドで特殊メイクを覚えて来たスタッフの方が、ダンサーの方々にメイクを施しているに過ぎなかった訳だけど……」
正直俺は、ホラーが得意じゃない。それなのに、これから向かう先には、想像通りなら大量の不死系の魔物が大量にひしめき合っているはずだ。気が重い。出来るなら帰りたいところだが、気力を振り絞って一歩一歩、足を前に推し進める。それなのに……。
「腐臭が酷くて、鼻がもげそうだ……」
俺は鼻を手で押さえて、これ以上、一歩も前に進めなくなっていた。
匂いと言うのも凶悪な武器になると思い知った。だから、スカンクやカメムシなんかは身を守れるのだなと、見当違いな事柄を納得していた。
「水冷を司る精霊王と契約を交わせし者、ミュレイの名において、7番目の地の精霊を行使せん。水中呼吸!」
ミュレイは俺の肩に手を置いて、俺に魔法をかけて来た。でも、何で水中呼吸なのだろうかと、疑問を感じていると。
「水冷を司る精霊王と契約を交わせし者、ミュレイの名において、1番目の地の精霊を行使せん。水球!」
次の瞬間にミュレイは、俺の顔に水球を創り出した。
水中呼吸のお陰でおぼれる事は無いが、突然の事に驚きはする。
「エヴェイユ。早く持続の魔法を!」
ミュレイが必死に水球を維持しながら叫ぶ。
そこで、初めてミュレイの思惑に気が付くことができた。
『第七の精霊王エヴェイユの名において、持続を行使する!』
水中なので、かなり不思議な声になってしまったが、持続は無事に効果を発揮して、ミュレイの魔力が無くても、水球は俺の頭と顔全体を覆うように……まるで、金魚鉢を逆さまにして被っているような形で、状態を維持している。
「それなら匂いも気にならないと思ったのですが、いかがですか?」
「確かに匂いは感じませんね。魔法も使用することが出来ますから、いい感じですね」
「エヴェイユから持続の魔法を開発したとの話を聞いていた良かった。それが無ければ、思いつかない方法でしたから」
鎧に色々付与をする段階で、付与した魔法の持続時間に悩んだ時に開発したのが【持続】の魔法だ。これは、単純に発動している魔法の継続時間を延ばすと言うだけの魔法なのだが、武具への付与以外にも使い方次第では役に立ちそうだ。
気を取り直して、上層と下層の繋目であるフロアに足を踏み入れてみると、予想通りの光景が広がっていた。
どうやって動いているのか不思議なくらいだけれど、骨だけになって錆びた武器を手にするスケルトン、身体が半分腐っているゾンビ、明らかに関節や筋肉の動きを無視した動きをする悪魔付きのグール、それらが数えるのが嫌になるほどひしめき合っている。
気休めを言うなら、人間が素体になった魔物は割と少なく、大半が魔物を素体として出来上がった不死系の魔物が多かったので、見た目の印象は、最悪より多少マシだ。
俺が辟易していると、エンペスティアやヴィルゲルムが武器を構えて、不死系の魔物が押し寄せるフロアへと足を踏み入れようとしている。
サラさんは、ミュレイの傍らで武器を構え、護衛に徹するようだ。
「日光を司る精霊王と契約を交わせし者、ミュレイの名において、13番目の光の精霊を行使せん。死者鎮魂!」
最後方から放たれる眩い光が、フロア全体を照らし出し、どこからともなく聞こえる荘厳な鐘の音が響き渡る。
その光の中で、スケルトンやゾンビは、その肉体が崩れ落ちて床一面に広がった。
そして、悪魔付きであるグールだけが肉体を維持した訳だが、タイミングを合わせたかのようにエンペスティアやヴィルゲルムがフロアへと飛び込み、武器を振るう毎に数体ずつ確実にグールを破壊していく。
殆ど何の問題も無くフロアを制圧してしまった。
問題が有るとすれば、凄まじい腐臭が漂うので、皆の顔つきが険しいくらいか。
俺は、皆を一旦フロアから上層へと戻ってもらい、一人残ることにして、ある実験をすることにした。
『爆炎を司る精霊王と契約を交わせし者、エヴェイユの名において、10番目の地の精霊を行使せん。浄化の炎!』
威力を最大まで引き上げて、フロア全体を浄化の炎で焼き尽くす。
腐った死体や各種骨、それから悪魔の入れ物になっていた肉の塊も、その全てを炎で包み込んだのだ。
炎の収まると、そこには何も残っておらず、匂いも綺麗に消し飛んでいた。
「やっぱり死体は火葬するに限るね」
持続を解除して、水球を消滅させた俺は、新鮮な空気を肺に吸い込むことに成功した。
台風に不安な方々へ
少しでも気休めになればと思います。




