決着の行方
予選のバトルロワイヤルを勝ち抜き
準決勝も危なげなく勝ち進んだ
闘技祭の決勝戦の行方は……。
決勝戦は、予想通りの白熱した展開となっている。
死神エンペスティアの一撃は、砂塵を巻き上げ、掠っただけでも大きな傷を負う事間違いないと思わせるに十分な威力が見て取れた。
それに対して、試作品一号を纏ったサラさんは、蝶が舞うようにひらりひらりと攻撃を躱している。それでも時には盾で防いだり、時には短剣でいなしたりと見ている聴衆を飽きさせない。
決勝戦が始まって、随分と時間が経過している。
人間は、短距離と同じように試合中に呼吸する回数は極端に少なくなる。
意識していなければ、三十秒から一分位は平気で息を止めて攻撃をし続けることもある。
その間、死神は自分の百パーセントの力で攻撃を繰り返しているのだ。
少しずつ上限を増す訓練をして、次第に百パーセントに近い所まで出せるようになったなら、まだ理解できる。けれど、死神は闇夜魔法の“呪い”によって、強制的に上限を取っ払っているに過ぎない。
そんなことを続けていれば、どのような結末がまっているかは想像に難くないだろう。
衣服の隙間から辛うじて見えている、腕や足の部分に青い内出血の跡が浮き出てきている。
筋肉や筋、ひょっとしたら骨にも深刻なダメージが加わってきている事だろう。
本来、人間には自分で自分を傷つけないように無意識化で力に上限を設けている。もしも全力でコンクリートの壁を殴ったなら、その反作用の影響を受けて、殴った拳と腕は手術が必要な程に破壊されるだろう。そうならない為に上限が備わっているのだ。
もともと鋼の様に鍛えられている死神の肉体であったから、その全力の動きに短時間であれば耐えられたのだろう。
しかし、一日に何試合もしたり一試合が長引いたりすれば、御覧の様に自滅してしまう。
既に死神の鎌が振り下ろされる後には、死神自身の血痕が真っ白い砂の舞台を染めて言っている。
そう、この試合の間にサラさんへと当たった攻撃は皆無なのだ。ひたすらに死神の攻撃を躱しているだけで、自分からの攻撃は一切していない。更に言うなら、回避する時もギリギリで躱すように伝えてある。
……そうすれば、勝手に自滅することは目に見えていたから。
派手に斬撃を切り結ぶよりも、頭に血が上って冷静な判断が出来ないように仕向けたのだ。
もともと冷静な判断と言うか、呪いによって正確な判断が出来ないようにされていたから、罠を仕掛けやすかったとも言える。
強引な力の解放は、己を蝕み続け、遂に肉体の限界を超えた。
全身から噴水の様に鮮血を吹き出す死神。そして、次の瞬間、力なく砂の舞台に倒れ込む。
徐に貴賓席で椅子から立ち上がった人が居た。宰相閣下だ。
「何を呑気に寝ておるのだエンペスティア! お前の飼い主たるワシの顔に泥を塗る気か! こんな負け試合の為に力を与えてやった訳じゃないんだぞ! 立ち上がって、ワシに勝利の栄冠を届けるのじゃ!」
レオンやミュレイと目が合うと『我が意を得たり』っと、言った顔をしている。
我が兄上に姉上も狙い目は、宰相の悪事の暴露と言ったところでしょうね。
距離的にはギリギリの所だったのだけれど、俺は呪文の詠唱に入る。
「日光を司る精霊王と契約を交わせし者、エヴェイユの名において、9番目の光の精霊を行使せん。魔法除去!」
舞台で地に倒れ込みんでいる死神エンペスティアへ向けて、魔法を発動させる。
通常だと接触していないと効果が無い魔法なのだけれど、魔法力を余分に消費して闘技場全てを網羅できるくらいの出力で行ったので、十分に届いているだろう。
後は、死んでもらっても困るので、魔法を重ねることにする。
「日光を司る精霊王と契約を交わせし者、エヴェイユの名において、15番目の光の精霊を行使せん。再生促進!」
これによって、細かい傷は瞬時に癒され、深い傷でも致命傷には至らないくらいには回復するだろう。
それと、遠目だから良く判断ができないので、保険をかけておくことにする。
「日光を司る精霊王と契約を交わせし者、エヴェイユの名において、17番目の光の精霊を行使せん。短き蘇生!」
死者を短時間だけ現世に留める為の呪文なのだけど、死んだ直後で尚且つ身体が健康である場合に限り、その後も身体機構が活動を停止するまでは生きる事が出来る。
今回の場合なら、呪いは解除したし、身体は回復させてあるし、万が一の時でも十分復活させられると言う訳だ。
エンペスティアが深紅の砂に塗れた手を僅かに動かした。
「良かった。取りあえずは生きているようだな。」
過去や未来に置いて、こんな世界だから人を殺めなければならない場面もあるかと思うけれど、祭りという公衆の面前でサラさんに殺人を犯してもらいたくは無かったから、第一関門突破と言ったところだ。
「流石は死神と呼ばれるだけあってしぶといな。さあ、立ち上がってワシの為に戦うのだ!」
宰相閣下に買われた剣闘士は、どれも非業の死を遂げている。っと、観客の誰かが言っていたが、呪いをかけて自由意思を奪い、限界以上の力で戦わされれば、一時は強いかもしれないけれど、長く戦い続けることは出来ないだろうな。
それ以前に、あんな奴の為に命を賭して戦いたくないなと言うのが、正直なところだな。
意識を取り戻したのかエンペスティアは立ち上がろうとするが、失われた血液は回復しないので、どうにも貧血で起き上がる事すらできない様子だ。
その姿に円形闘技場を埋め尽くす観客から少しずつ声援が送られ始める。
声援は何時しか歓声へと変わり、サラさんが手を取ってエンペスティアを立ち上がらせ、肩を貸す形で何とか立っている状態を維持する。
今日一番の歓声が上がり、惜しみない拍手が巻き起こる。
ただ一人を除いては。
「なんだこの茶番は! 剣闘試合なぞ殺し合って何ぼではないか!」
貴賓席で誰に咎められることも無く暴言を吐いていた宰相は、自分の背後に自分よりも高位の存在が居ることに気が付かない。
既に取り巻き連中は退席させられており、宰相一人きりの貴賓席に声がかけられる。
「宰相閣下。先程の発言に置いて、少々お聞きしたいことが御座いますので、同行して頂いても宜しいでしょうか」
「五月蠅い。ワシは今忙しいのだ! ……」
喚いた後に振り返り、言葉を無くす。
その眼前には皇帝レオンが王室守備隊を伴って立っていた。
「エンペスティアに対する心無い発言や『力を与えてやった』方法などについて、宰相を預かる身として、少々不適切ではないかと思われるので、御話を伺いたいのですが、宜しいかな」
宰相は青筋を立てて何かを言おうとしているのだが、上手く言葉にならないらしい。
そして、深く息を吐き出す。
「陛下。今回のゲームは此処までの様ですな。いずれまた、お会いしましょうぞ」
そう言うと貴賓席から身を投げ出し、舞台へと落下していく。はたから見たら、投身自殺の様にも見える光景だが、俺は空中に居る宰相が口を開いて呪文を唱えるのを聞いた。
「暗夜を司る精霊王と契約を交わせし者、クピドゥスの名において、14番目の闇の精霊を行使せん。憑依!」
その直後、糸の切れたような宰相の肉体は、受け身も取らずに舞台へと叩きつけられた。
その光景に気を取られている隙を付いて逃げる算段なのだろうけれど、同じ闇夜魔法の使い手には、憑依で魂が飛んでいった先を見る事ができた。
観覧席の端へと駆け寄るレオン。その背後で、ゆっくりと白銀の刃を鞘から引き抜く一人の王室警備兵。
今まさに振り下ろされようとしている刃を押しとどめる。
「この若造め! どこから湧いて出た!」
王室警備兵に咎められる俺。
「なんてことは有りません。空間転位で、少し飛んできただけですよ」
驚愕の表情に王室警備兵が顔をしかめる。
そして、直接触れているので、はっきりと判別できることがある。
「やはり、二人分の魂が宿っていますね。このままだと、後々面倒なことになりそうなので、宰相閣下には肉体と共にお亡くなりになったことにして頂きますね」
自分が宰相であることも気づかれていると分かり、抵抗しようとするが、俺の本気に何か出来る訳も無く。
「なぜ、ワシが憑依していると判ったのじゃ!」
当然であろう質問をしてくる。
「単純な御話です。魔法の詠唱が聞こえたので、魂の行く末を観察させて頂きました」
俺は当然といった風に話す。
「憑依の魔法の使い手が少なく、魂の行く末を見るなんてことが出来る訳が……」
「それが、出来てしまうんですよ。同じ闇夜魔法の使い手にして、貴方よりも上位の魔法を扱う事ができる私には」
宰相の魂に乗っ取られている身体が驚愕の色に染まる。
「では、長話をしている状況でもないので、最悪な死出の旅路をプレゼントさせて頂きますね」
「まっ待ってくれ! ワシの話を……」
何か宰相閣下が喚き出したが、無視して次の行動へ移行する。
「闇夜を司る精霊王と契約を交わせし者、エヴェイユの名において、10番目の闇の精霊を行使せん。精神崩壊!」
無慈悲に魔法の詠唱を告げ、たった一人に向けられた最高出力の呪文は、容易く宰相の精神だけを魂ごと、それこそ跡形も無くこの世界から消滅させた。
その時になってレオンが振り返り、俺と目が合う。
「おや? エヴェイユじゃないか。こんなところで何をしているんだい」
気を失った王室警備兵を片手で軽々と持ち上げている俺を見て、皇帝陛下が言うセリフでも無い気がしたけれど、他に言いようも無いか。
「後始末を少々。今、終えたところです」
「そうか……済まなかったね。ありがとう」
少しだけ困った顔をしたレオンが詫びる。
そのやり取りを聞いた他の王室警備兵は緊張を解き、俺から気絶した仲間を預かると後ろに控えた。
「宰相閣下は御乱心の上、貴賓席から舞台へ落下。魂の一欠けらも残さず一緒に砕かれたようなので、回復は不可能かと」
「……判った。下がって良いよ」
俺は僅かに頷き、空間に溶けるように消えていく。
そして、貴賓席と反対側から舞台へと降り立ち、未だサラさんの肩にもたれかかっているエンペスティアを抱えると、控室へと下がっていった。
今回の投稿で、第5話が終了です。
私事で大変申し訳ありませんが、この後2か月間の投稿が出来なくなります。
次回の投稿は、9月最初の金曜日となりますので、ご了承下さい。
その間、少しでも自分の考えを文章に乗せられるように努力いたします。
また、2か月後にお会いできるのを楽しみにしております。