皇帝との謁見
帝都へと辿り着いたエヴェイユ達は、皇帝へと謁見する。
翌朝、朝食を食べた俺たちは、騎士レオンに連れられて女将のジェシカさんや女中のサラさんたちに見送られ、帝都の中心にある荘厳な城へと向かう馬車に乗っていた。
「中央通りがあるのですね。もっと道が蛇の様に曲がりくねっていると思っていました」
「これから二つ門を潜りますので、外壁と合わせると三つの門を潜りぬけることになります。ですから、街中に真っすぐな道が有るとは言え、攻め手にしてみれば厄介な街だと思いますよ」
外を眺めながら言う俺の言葉に騎士レオンが答えてくれる。
その言葉通り、その後、二つの豊富な水を蓄えた堀を越え、二つの城壁を通り抜ける為の門を潜り抜けた。城門を潜る度に街の雰囲気が一気に変化する。外壁に囲まれた一番外側の街は、城下町と言った雰囲気で、どこを見ても活気があった。城門を一つ潜ると、貴族街となっており、活気が失われて上品さが街全体を包み込んでいる。更に内側の城門を潜り抜けると、王族とその関係者の住まう場所となり、城を中心とした荘厳な雰囲気に圧倒されそうになる。
城の前には手入れの行き届いた広場があり、中央には膨大な量の水を巻き上げる噴水があった。
俺たちの乗った馬車は、広場の噴水を回り込むように城の正面玄関へと続く外階段の前まで進むと、ゆっくりと停止した。
御者の方が馬車の扉を開けてくれて、俺、真竜アラインヘルシャフト、騎士レオン、ミュレイの順で降りてくる。さり気なく、ミュレイが降りる際にレオンが手を取っている姿は、とても様になっており見習いたいものだと思った。
俺たちは、品の良い調度品がまるで美術館のように配置された城の中を歩いていく。足音が経たないのは、ふかふかな絨毯が通路一面に敷かれている為だろう。
先頭を歩く騎士レオンが手を前に向けると、通路を遮るように存在していた巨大な扉が左右に控える騎士たちによって開かれていく。
俺達四人の後ろには、霧騎士の皆さんが隊長のアルベルトを筆頭に付き従ってくれている。どうにも場違いな感じがしてしょうがない俺には、見知った顔が少しでもいてくれることは心強かった。
随分と歩いたような気がしたなと考えていると、今までの扉よりも一段と大きく荘厳な扉が目の前を阻んでいた。それでも騎士レオンは同じように手を扉へと向ける。すると、他の扉よりもゆっくりと扉は左右に開かれていった。
「こちらが謁見の間になります。皇帝陛下との謁見は、こちらにて行われます。付きましては、毛足の長さと色が他と変わる場所の手前にて御待ちいただくよう、御願い申し上げます」
隊長のアルベルトが俺とアラインヘルシャフトの隣まで来て耳打ちをしてきた。多分、謁見の時の礼儀なのだろう。前世でも経験のない俺には有難い。
更にアラインヘルシャフトから極細の魔法の糸が手首に巻かれ、他の誰にも聞かれないように「我等は人の理の外に存在するものだ。人の国の王と対峙したとしても、膝をつくことも頭を垂れる必要も無いと肝に銘じておくのだぞ」っと、こちらは魔狼としての俺の存在を気にかけてくれての助言をくれた。
俺たちは、言われた通りに絨毯の毛の長さと色が若干変化する手前で止まった。俺たちの後ろでは、霧騎士の皆さんが片膝を絨毯に付けて頭を垂れているのが判る。
そんな中、案内を担当してくれた騎士レオンとミュレイが境界となっている絨毯を越えて、玉座の方へと進みゆく。そのまま騎士レオンは、玉座まで数段の階段を上って振り返り、こちらを見下ろす形となった。ミュレイは、その階段の手前で振り返って目線を合わせてくる。
状況が飲み込めないなりに理解をしようと試みるも、考えたくない結論しかしか出てこない。
「余がライオネル帝国皇帝レオン=フェリクスである。真竜殿と魔狼殿がどのような方なのか、それを余自信の目で判断したかったのでな、少し余興を行った。許されよ」
そう言うと皇帝レオンは玉座に腰を下ろした。
「我こそは真竜にして独裁の王アラインヘルシャフトなり。人の国の王よ、我も余興で参っただけだ、気にするな」
アラインヘルシャフトの外見は白子の巫女って感じで儚くも気高い風なのに、吐く言葉は流石竜といったところか、豪胆の一言に尽きる。しかも良い笑顔だ。
「私の名は、魔狼エヴェイユ。六人の精霊王を行使する者です」
何となく名乗るだけでなく、簡単な自己紹介みたいなものをしなければいけない雰囲気だったので、昨日の夜、宿でミュレイに言われたことを付け加えてみた。
「私の名前は、ミュレイ=フェリクスと申します。皇帝レオン=フェリクスの妹に当たります。どうぞ、お見知りおきください」
騎士が七人も仕えているので、偉い身分なのだろうなとは思ったけれど、ミュレイが皇帝陛下の妹君だったとは驚きだ。てか、魔狼の俺と二か月も一緒に野外で生活するとか大丈夫だったのだろうか。
「狼殿には、余の妹が世話になった。魔物の暴走を乗り切れたのは、間違いなく狼殿の機転のお陰だろう。礼を言う」
皇帝レオンは、頭を頷く程度に軽く下げた。帝国を束ねる者が魔物に頭を下げる。本来ならば在り得ない光景だろう。
「いえ、俺の方こそミュレイには助けられてばかりなので……」
咄嗟に否定したせいで、皇帝陛下の御前だと言うのに言葉が素になってしまった。
「それを言うのであれば、我の魔力が強すぎるせいで魔物の暴走を起こしてしまったようだ。済まなかったな」
隣に立つアラインヘルシャフトは、俺の方を向いて謝罪を口にする。
予想外の展開に狼狽している俺に対して、予想外のところから更なる攻撃が加えられて様なものだ。もう、どう対処したらよいのか完全に混乱になってしまう。
すると、皇帝レオンと真竜アラインヘルシャフトは、同時に笑い声を上げた。続けるようにしてミュレイも抑えてはいるが笑っている。
「悪いな。少し悪戯が過ぎたようだ」
ひとしきり笑った後に皇帝レオンが話す。
「少しからかうつもりが、我も其方が此処まで場馴れしておらぬとは思わなんだ」
「ごめんなさい、エヴェイユ」
どうやら三人に俺はからかわれていたようだ。
「こういった場面は初めてなのですから、からかわないでくださよ……」
俺は冷や汗を拭いながら控え目に反論しておく。
「我等の本音の部分も多分に含まれているが、その様に緊張していては、相手に呑まれてしまい、交渉事の時に不利になるぞ」
「ぼくも同感です。貴族相手の化かし合いなど、日頃から気をつけておかないと、良いように利用されてしまいますからね」
そう言いながら、皇帝レオンは玉座から立ち上がり、階段を下ってくる。
「そうならない為にも、皇帝、真竜、魔狼、皇帝の妹と、立場は違えども“友”となり、お互いに対等な立場で意見を言い合える者となりたいものだ」
「それでしたら、用意がありますよ」
「アラインヘルシャフトの戯言を真実にしようと企んでいるミュレイさん。本当に勘弁してください」
「あら? 真竜様は、本気で仰っているに決まっているじゃないですか」
あっアラインヘルシャフトの逃げ道を塞いだ……。
そうこう話しているうちに、一枚の羊皮紙と羽ペン、それから一角獣の頭部を模した金属製の置物が机と一緒に運ばれてきた。
「先ずは僕から書かせて貰いますね」
そう言って名乗りを上げたのは、皇帝レオンだった。彼は、すらすらと羽ペンで羊皮紙に名前を書くと、一角獣の角の先に右手の親指を軽く押し付け、流れた血を軽く伸ばすと、署名の後ろに押し付けた。
「次は、我だな」
真竜アラインヘルシャフトも嬉々として名前と捺印をこなす。
「さあ、エヴェイユの番ですよ」
やけに楽しそうなミュレイさんが勧めてくる。この流れから逃れることは無理そうだ。俺は、机の前まで来て文面に目を通す。そこには、次のようなことが書かれていた。
一、此処に署名のある者を対等な立場として扱う。
二、発言権などは、署名時の最高位と同じものとする。
三、対等な立場であるが故に、如何なる発言・行動も不敬には値しない。
四、公文書として残すと共に、全ての国民に公表するものとする。
前世で小市民だった俺が、何か色々とぶっ飛ばして皇帝と対等とか有り得ないだろう。
そんな俺の心の声は、他三人の期待に満ちた視線に黙殺された。
俺は渋々と羽ペンを持つと署名して、一角獣の角の先に親指を突き付け、捺印をする。
「最後は、私ですね」
ミュレイが同じことをして、契約が完了した。
僅かな期待としては、これも冗談でしたと言ってもらえることだが……。
「此方の文書は、契約用に魔法付与された羊皮紙に魔墨で署名されており、魔法契約と同等の効力を発揮します。これによって、私たちは、義兄弟と同等になったことを表明します」
ミュレイが羊皮紙を掲げて見せてくれた。
「これで、アラインヘルシャフトもエヴェイユもミュレイも、帝国国内で知り得ない情報は無くなった訳だ。好きに権力を行使して、好きな知識を深めていくと良い」
俺は騙されたと思った。
これは、俺が好きに知識を求められるようにする為の方便だったのだ。
「錬金術も付与魔術もエヴェイユが望むがまま、帝国は貴方に協力を惜しみません」
ミュレイが何処まで話したのか判らないけれど、皇帝レオンと真竜アラインヘルシャフトも協力してくれて、俺に帝国国内での立場と権力を与えてくれたのだ。
「有難うございます。与えて頂いた立場と権力を最大限に活用させていただき、魔法についての知識を深め、魔法の新たなる扉を開けるように研究いたしましょう」
「我も人の知識に興味がある。一緒に研究に明け暮れるとしよう」
「僕も興味はあるのですが、何分にも忙しい身の上なので、研究結果を誰よりも先に特等席で見せてください」
「私も居た方がつつがなく行くことが多いでしょうし、私も独自の魔法を開発する助けになることも多いでしょうから、行動を共にさせてくださいね」
各々、思うところはあるようだ。義兄弟たちの期待に応えるためにも、俺も思い描いている構想を実現する為にも出来ることを精一杯することにしよう。
「それで、発案者は誰ですか?」
俺は、判っているとばかりに聞いてみたが、意外なところから返事が来た。
「エヴェイユの願いを“精霊を束ねる者”が認めたと言うことは、この世界の理が君の願いを受け入れたと言うことに他ならない。つまり、君に協力すると言うことは、世界へと貢献することに等しいのだ」
皇帝であるレオンが答えるが、そこへミュレイが付け加える。
「想像を絶する可能性を持ったエヴェイユを、どこの誰とも判らぬ輩に取られるよりも、自分たちに与えうる最大の権力と知識を持って、一番に買収した方が良いとの政治的判断だそうですよ」
ミュレイは笑顔で話してくれたが、俺にとっては笑えない。
「表と裏の事情があるだろうが、真竜としての我と世界に認められたエヴェイユの両方の力を帝国が求め、人間の世界で考えられる最大限の権限を与えられた。そう捉えればよいだろう」
「その上で知り得た知識や技術を、どのように活用するかは、私たちに委ねられた訳ですね」
「何か新たな事を行う構想は、もう頭の中に出来ているのか」
皇帝としての立場からなのか、“義兄”としての立場からなのか、判断が付きにくい質問をしてきた。
「そうですね。先ずは賢者の石を用いた、錬金術の知識と技術を習得したいですね。様々な金属の錬成実験を行いたいと考えています。そこで、ある程度の目途が立ったら、次は付与魔術を学びたいと思っています。そうしたら、巻物や薬液などを創らせてもらい、ある程度の技術が身に付いたら、魔道具の作成にも手を伸ばしたいですね。そして、最終的には錬金術と付与魔術の知識と技術を総動員して、三種類の鎧を作成したいと考えています。多分ですが、それまでに十数種類の新魔法を作成する予定です。今の段階では、此処までですね」
元の世界でアニメやゲームが好きだった俺は、その知識を実現できるか試したくて仕方が無かった。まあ、研究者としての血も騒いでいたことは否定できないが。
俺が考えながらも一気に話をすると、暫しの沈黙の後、笑いが謁見の間に渦巻いた。
「状況分析や判断能力の速さは、誰よりも優れていると言えるだろう。やはりエヴェイユは特別よな! 流石は、余の“義弟”よ! 余の分まで自由に研究に励むと良い!」
レオンが義兄弟を代表して、俺に激励を飛ばしてくれた。
こうして、俺は皇帝レオン=フェリクスと真竜アラインヘルシャフト、そしてミュレイ=フェリクスの三人と義兄弟となった。
その知らせは、瞬く間に城の内外へと伝わり、俺たちは直ぐに特権を享受することができるようになった。伝令役は、一部始終を見聞きしていた霧騎士の皆さんだったらしい。
第三話の第二部は、いかがでしたでしょうか?
また、来週の金曜日の夕方に「錬金術を知る」を予定しています。
宜しければ、またお越しください。お待ちしております。