第一話 ~二度の旅立ち~
初投稿になります。楽しんでいただければ嬉しいです。
都心近郊の住宅地にある私立高校の屋上、一般の生徒の立ち入りは禁止されているが、教師である俺は、職員室の鍵を使って登ってくることができる。
周辺の住宅よりも一段高い建物だから、屋上に居れば誰からも見られる心配が無い。
何時ものように東京スカイツリーが見える方へ、備え付けの梯子を使って出入口の上へと登り、懐からタバコを取り出す。
タバコに火を付けて煙と一緒に溜息を吐き出す。昔は職員室でタバコが吸えたらしいけれど、今の日本じゃタバコを吹かす人は肩身が狭く、こうしていることも近隣住民に見つかったら定職か減給かになるだろう。
そんなことを考えていると、屋上へと通じる窓が開いて、一組の男女が校舎から出てきた。何か言い合っている。女子生徒は赤ちゃんがどうとか言っているから、そう言う事だろう。明らかに男子生徒の狼狽した声も聞こえる。
はぁ……。俺は、紫色をした溜息を深くついた。不良教師でも教師は教師。話を聴いてやるくらいはしてやらないとな。
そして、タバコを咥え直して、重い腰を上げた途端、見に飛び込んできた光景に対する俺の反応は速かった。
女子生徒が男子生徒を振り切って屋上の金網に寄りかかった。その反動で、錆びついていた金網は女子生徒が寄り掛かったまま、ゆっくりと倒れていく。
俺は、2m程の高さを飛び降りると、惚けて動けないでいる男子生徒を押しやり、最短距離で女子生徒の手を掴んで、力の限り引き戻す。女子生徒は、俺と入れ替わるように屋上へと戻っていった。つまり、俺は屋上から空中へと身を乗り出す結果となった。
「やべっ!タバコ咥えたままじゃん!」
これが、俺の今生の別れの言葉となってしまった。
女子生徒は、屋上へと戻っており、男性生徒がしっかりと抱えているのが一瞬見えた。
「せんせーいっ!」って悲痛な女子生徒の呼んでくれている声が聴こえる。ごめんよ。悩み相談をしてやれそうにないや。
急速に遠のく屋上を見ながら、急な事だったけれど、2人の命を守れたと思えば、教師としての最後として、まぁ悪くない終わりかな。なんて考えていた。
直後に背中に強い衝撃を受けて、俺の意識は、そこで途切れた。
こうして、何もすることが決まらず、何となく安定収入を求めて教員になった俺の人生は、唐突に実にあっけなく終わりを迎え、死後の世界へと旅立った……そのはずだった。
真っ暗な空間を垂直に落ちている感覚を味わっていると、突然、世界が真っ白な空間に満たされた……そんな気がした。
そして、俺の側に幾つかの輝く力の塊が側に居るのが解かる。
「貴方の最後の行動を“神様”が御覧になり、生まれ変わる機会を授けるように言付かりました。何か御希望は、御座いますか」
鈴の音色のような声が俺に話しかけている。この声を聴けただけで、俺は幸福感に包まれていた。
(生まれ変われるなら、物語に語られるような、剣と魔法のファンタジーな世界で、強靭な肉体に膨大な魔力を宿し、前世の知識を使って色々な魔法やアイテムを生み出しながら、思う存分それらを使ってみたいな)
無意識に俺は、心の中で返答していた。
「わかりました。では、試験世界【楽園の箱庭】で、心行くまで、第二の人生をお楽しみください。また、“神様”から出来るだけ希望を叶えるように仰せつかっておりますので、先ほど考えられた事柄は、可能な範囲で実行させていただきます」
それだけ言うと、輝ける力の塊は、急速に遠ざかっていった。そして、俺も何処かへ向かって動いていることが感覚的にわかった。
さっきの言葉を信じるなら、俺は試験世界とやらで、剣と魔法の世界で主人公宜しく物語を紡ぎだすことができる存在となれるらしい。
不良教師が不良生徒を助けたら、転生の機会を得られて、第二の人生は過剰技能で楽勝って、何だか物語の主人公にでもなったようで、嬉しくてしょうがない。
俺は、そんな明るい未来(来世)を考えながら、明るい場所を高速で動いている感覚を味わっていた。
……あっ貴族かお金持ちの商人の家に産まれたいって、追加で言っておけばよかった。っと、思ったのは、少し冷静になってからだった。
何はともあれ、憧れだった異世界で俺の第二の人生が始まると、心躍らせ転生が訪れるのを待っていた。
ふと気が付くと、何やら全身が濡れている感覚があって、頭の幅も無いような狭い通路を無理やり通っているような感覚で意識が覚醒した。
数分間と言う短い時間だったと思うけれど、呼吸が出来ないし、身体は潰れるんじゃないかってくらいに締め付けられるし、幸せな感覚が一気に吹っ飛ぶくらい、物凄いストレスを感じての覚醒だった。
通路を出ると、俺が入っていた何か袋のようなものを破って、外に取り出される感覚があり、直ぐに濡れていた身体を拭いてもらえた。
しかし、目も見えなければ、身体を自由に動かすことも出来ない。しかも、異様に腹が減っていたので、良い香りのする方へ懸命に動くと、目当ての“もの”があって、夢中になって吸い付いて腹を満たした。
そんな状況が変化したのが、10日程経過した頃だろうか。
俺の新しい身体の目が開いたのだ。
俺は、美しい濃紺の毛皮を纏った四つ足の姿をしていた。母さんもお揃いの毛皮を身に付けており、兄弟は6人居た。うん。この動物は知っている。オオカミだ。俺は、狼に転生していたらしい。
野生動物だし、確かに狼なら強靭な肉体は持っているかもしれないけれど、高い魔力は無さそうだ。でも、前世の知識はきちんと継承されているらしく、大まかな記憶は残っている。
そこからは、環境や状況整理をする時間に大半を費やした。だが、知りたいことの大半は分からなかった。遠くを見るには目が慣れておらず、身体は立ち上がる事すらできなかったからだ。
俺は、母さんと6匹の兄弟たちの温もりとモフモフ感に囲まれ、至福の時を過ごしていた。
それから2週間が過ぎたころ、俺は四つ足で立ち上がる事が出来るようになり、巣の中で兄弟たちと動き回れ得るようになった。俺は、他の兄弟たちと同じように振る舞っていた。
それから1ヶ月、母さんや兄弟たちの“言葉”が理解できるようになってきた。言葉と言っても、母さんからは、思念が直接伝わってくる感じだ。子供同士の会話は、意味をなさない音声による会話が多い気がするが、興奮すると少しだけ意味のある思念による会話も混じるようになってきた。
たまに母さんの真似をして遠吠えをしてみるが、可愛らしくしか鳴くことができない。
それから2週間くらいの離乳期間があり、住みかとしている洞窟から少し離れた場所まで出歩くことも多くなった。その時、他の群れの個体にも偶然、出会うことが出来た。
また、父さんからは、森の中で狩りの仕方を教わった。その後は、狩りの練習が始まり、自分の獲物は自分で捕まえてくるようになった。
この世界に生れ落ちて約3ヶ月。狼の身体にも慣れてきて、四つ足で森の中を走り回れるくらいには活動が出来るようになった。
そこで分かったことが有る。この狼の身体は、非常に高性能だ。
全力で走れば、追いつけない生物は存在しないのではないかと思えるほどの速度がでる。そして、それを自在に操る筋力も有しており、急加速と急停車、急旋回もお手の物である。
まるで、地上を走る戦闘機と言った感じだ。
俺は、魔法を使う事こそ出来ないけれど、森の王者と言った雰囲気を醸し出す、狼の身体に満足していた。……できれば、人間の王族か貴族か商人に生まれ変わりたかったけれど。
そして、もう一つ分かったことが有る。それは、身体の大きさだ。
今の俺は生後3ヶ月程度だが、生前見た一般的な狼のサイズを超えて、虎と同じくらいの大きさがあるような気がする。父さんや母さんは、俺よりも当然大きいから、サイや小さな象と同じくらいのサイズがあるのではないだろうか。
また、爪や牙を使って狩りを行うのだが、森に生息する生き物に負けることは無かった。
若干苦労したのは、木の上に住んでいる獲物を捕らえる時だった。けれど、生前の熊の動きをまねて爪を使ってよじ登ったり、チーターのように枝に飛び乗ったりし、獲物を捕まえたり、木の実や果物を食したりすることが出来るようになった。
これには、群れの皆が驚いていた。誰も気の上の獲物に興味がなかったようだ。
川魚も取れるようになった。水面の反射も目を凝らすと気にならなくなり、水中を泳ぐ魚を明確に見ることが出来るようになった後は、取りたい放題の状態だった。
けれど、動物としての掟なのか、食べきれない量の獲物を取ることは無かった。
森の恵みに感謝して、狩や採取をして過ごす日々は、都会に近い場所で生前暮らしていた俺に刺激を与えてくれた。
春先に産まれた俺たち7匹も季節か変わる頃には、まだ両親とは一回り程小さいが、それでも、生まれたときは子犬程度の大きさだったことを考えれば、随分と大きくなっただろう。
狩りも1匹で殆どをこなすことができるようになったから、そろそろ独り立ちの時期かな。前世での知識で、動物の親離れが何となく3ヶ月程度だったような気がして、そんなことを考えていた。
その頃になると、人間に生まれ変われなくて残念に思っていたのが信じられない程、俺は今を楽しんでいた。
そんな風に考えていた、ある日。
その日は、白夜の夜だった。母さんは、何時も以上に警戒した感じで、洞窟から外を眺めていた。
すると突然、母さんの毛並みが波打って、間をおいて遠吠えが聞こえてきた。
母さんは、俺たち兄弟を起こすと、洞窟の外へ出るようにと促した。
兄弟全員が洞窟の外に出て、母さんの側に寄りそうと、俺たちを覆うように透明なシャボン玉のような幕が張った。そう思った瞬間、一気に周りの風景が変化した。
興奮冷めやらぬ俺の脳裏に浮かんだ言葉は、空間跳躍だ。
目の前に父さんがいるので、母さんは父さんの気配を目印に空間跳躍をしたらしい。
その目印となった父さんは、毛を逆立てて、物凄く警戒しているのがわかる。
父さんと母さんの目線の先には、耳と鼻が異様に大きくお腹が異常に出っ張った人の二倍はあろうかという醜い大男が、巨大な木の棒を持って歩いていた。
母さんから「トロルよ」と言う短い思念が入る。
俺はトロルについて、生前の知識を掘り起こしてみる。確か、白夜の夜に表れる醜い巨人で、それに見合う怪力と圧倒的な体力を誇り、回復力も十分にあるから生半可な攻撃だとトロルの回復の方が勝ってしまう。その結果、なかなか討伐に時間がかかる魔物だったか。
父さんは警戒をしながら「これから、魔狼の狩りを教える」と言う思念が伝わってきた。
んっ?魔狼?ただの狼じゃなくて?そりゃあ、ただの狼に空間転移なんてできないよな。
混乱しているのは俺だけらしく、他の子供たちは、何時にない緊張を肌で感じながら、両親の行動を待った。
次の瞬間、父さんと母さんの意識がトロルに集中する。次の瞬間、両親の力が一気にトロルへと向けて流れ注がる感じがした。その結果、トロルは蒼い炎の柱に包まれ、一瞬のうちに灰も残らず、この世界から消し去られた。
圧倒的だった。俺が持っている知識だと、トロルを討伐するのは、かなり大変なはずだったのだけれど、俺の両親は、そんなことはお構いなしに、一瞬にして消し炭にしてしまった。
余りの事に驚いている子供たちへ、両親から瞬間転移と蒼炎ノ柱の二つを使いこなせるようになったら、一人前だと言われた。
それからの日々は、狩りと“魔法”が生活の中心となった。
まず始めたのは、音声による会話を全て思念伝達にて行う練習だ。これは、強く意識すれば、相手に自分の思いを届けられるし、普段から興奮した時などに意識せずに行えていたので、難なく出来るようになった。
次に、自分を守る魔力の幕の形成。これはがなかなか難しい。しかし、これができないと空間転移も蒼炎の柱も使えないらしいから、魔力を最大限に放出して、力業で何とか魔力の幕の形成に成功した。
三段階目は、魔力の幕を形成した状態を維持しながら、空間座標を指定して実際に空間転移をするのだが、なんと一回で成功してしまった。見える範囲での転移なら簡単らしい。難易度が高いのは、母さんが行ったような、気配を頼りに長距離を飛ぶことらしいが、これは慣れが必要なようだ。
それが出来たら、最終段階だ。空間座標を限定して、魔力の壁を柱状に形成し、その中に自身の魔力を流し込んだら、蒼炎ノ柱を創り出す。こちらも力業で強引に行く感じだ。
俺と兄弟たち全員が最終段階まで使えるようになったのは、トロル討伐から一月が経った頃だった。
そして、これらの魔法を無意識のうちに行うことができることから、“魔狼”と呼ばれるらしい。まだまだ、その域に達するのには時間がかかりそうだ。
それでも、初夏を超えたころ、魔狼として使える魔法を習得した俺たち兄弟は、群れから独り立ちをるすように言われ、これから独立して生きることとなった。
こうして俺は、魔狼の群れから旅立った。
……ちなみに旅立つ段階になって、俺が7匹兄弟の末っ子で、兄が4匹と姉が2匹いることが判明した。名前は、まだ無い。
【使用技術】
思念伝達・魔法障壁(バリア?)・空間転移・蒼炎ノ柱
【魔狼転生】前章は、いかがでしたでしょうか?
次回から、異世界での勝手気ままな生活が始まります!
毎週金曜日に更新予定なので、気に入って頂けたら、続きも読みに来てください。