第肆拾參話 抗い
「……神速殺」
大丈夫だ。これならいける。
あの時は焦りすぎていたんだ。けど、今は違う。気持ちは定まった。そして、焦る必要もない。
俺は光る右拳を黒い奴の腹へと放った。
よし、これなら!
何故だか時間がゆっくりになっているような気がする。黒い奴の腹に俺の拳が当たる感触がする。こんな感覚、前にも――
しかし、いけると思っていたのに俺の拳の光は瞬間、弾けて散り散りになってしまった。
黒い奴の口元が歪むのが分かる。
俺はこのまま終わるのだろうか。
「終わりだね。赤い眼」
俺は赤い眼じゃない。一人の人間。上杉螢空と言う人間だ。俺は世界の命運を握る鍵とかそんな大層な物じゃないんだ。
黒い奴は俺の腹目掛けて膝を立てた。俺の体が前のめりになり、体勢が崩れたのを見計らってそいつは俺の首を掴んで持ち上げた。
口元から垂れていく真紅の液体。先の攻撃が齎したものなのだろう。肋が何本か折れているのが分かる。
絶対的な危機に陥っていると言うのに何故こんなにまで落ち着いているのだろう。
全てが鮮明に映し出され、全ての呼吸が聞こえる。
「どうした? 死が怖くないのか?」
何を言っているんだ。こいつは。俺が死ぬ? いや、俺は死なない。
首を掴んでいる手を左手で握る。
空間が崩れていくのが解る。そして、次に崩れる場所も分かる。次に俺はこいつに殴られる。そんなことまで分かる。
全てが訴えてきている。全てが呼吸をしている。
頬を殴られ、じんじんする。
俺はいつの間にか神速殺を発動させるべく右手に力を集中させていた。光が集中していくのが見なくても分かる。感じることができる。
けど、この光は以前のとは違う。純粋な光だ。光に純粋があるとは限らないけれどこの光は透き通っていて心が、体が暖かくなるような感じの光だ。こんなこと一度も考えた事がなかったのに何故、今は分かって感じられて考えられるのだろう。
瞬間、首を掴んでいた手が離れ、黒い奴は一歩、身を退いた。
俺のこの力が以前のとは違うことを悟ったのだろうか。以前より厚い黒い煙を発生させた。煙と言うよりもはや雨雲に近い感じだ。けど、そんなものに負ける気はしない!
一歩の距離を素早く縮めて右腕を大きく後ろにやり、最大の力で黒い煙を殴った。
「神速殺!!!」
ぶつかり反発する黒い煙の無の力と俺の能力。
相手のは全てを無力化にしてしまう。圧倒的にこちらが不利。でも――。
黒い煙はどんどん削れていく。周りには黒い粒子が撒き散らされていく。
―――俺には戦争を止めなければいけないんだ。無関係なんかじゃないんだ!!
黒い煙はパッと弾けた。それと同時に俺の中の深い霧も晴れたような気がした。黒い粒子がゆっくりと散っていく。
「終わりだァァァァァァ!!!」
光の拳は黒い奴の腹を捕らえた。ボキボキと肋骨が折れる音がした。そして、空間の崩れたところの闇へとそいつを飛ばした。
「面白い物が見れましたネェ。ガイド君もそう思うでしょう?」
「さぁな。俺は怖いと思ったよ」
「…どうなるのでしょうネ…全てを破壊に導く破壊神と化すのか、世界を救う救世主となるのか……これからが楽しみだ…………さて、この空間ももう長くはないでしょう。早く脱出をしますヨ。ガイド君、お願い」
「全く…勝手だな」
*
いつの間にか俺の目の前の光景は崩壊していた空間から部屋の中へと変わっていた。部屋? 部屋にしては大きすぎる。
「そんなに驚かなくてもいいですヨ。ここはあの宮殿の中なのですカラ」
声が聞こえた方向には白髪の男と黄色い髪の男がいた。
「戦争は今、どうなって……」
「見てみます?」
白髪の男が指差した透明な板から下を見下ろした。
蟻の様にぞろぞろと動く人々。その人々は全員男で手には武器を持ち、鎧のような物を着ていた。
しかし、一つだけ知らない物があった。それは大きな鳥のような形をしていて何でできているのかは分からない。その大きな鳥のような物の中には人が乗っている。大きな鳥のような物は数えれば二十を超えるくらいあった。
「戦争をしに行くのですヨ。砂漠を越えたところにあるガンドラ人が住むところにネ」
「……ここって本当に宮殿の中なのか?」
「ハイ。そうですヨ」
白髪の男のしゃべり方のせいで敬語を使うのを忘れていた。
次はちゃんと敬語で質問しよう。
「町の人に聞いたんですがこの国には国王が存在するんですよね?」
「ハイ…そうですけど、それが何か?」
「……この宮殿。その王のものなんじゃないかなぁと思っただけです」
その問いに対して白髪の男は「ハイ、そうですヨ」と何にも気にしていない表情で言い始めた。
「じゅあ、本当はここにいたら捕まるんじゃないですか!?」
「そうですネ。まぁ普通ならそうなるのでしょう。でも私達Onlookerとこの金髪の人の組織、アヴィニスはそんな宮殿や家などに許可などなくても入ることができるのですヨ。だから、捕まるとしても君だけですヨー」
「でも、俺が捕まったらあなた達が困るのでしょう? だったら何故俺は捕まらないんですか?」
「そう、君は捕まりません。私達は権限で他の人も宮殿や家に入れるようにできるのですヨ」
ふ〜ん。そんなにえらい組織なのか、Onlookerとアヴィニス。そう言えばOnlookerの事は大体分かったけど、アヴィニスってどんな組織なんだ?
透明な板から見える俯瞰風景。その風景から黄色い髪の男に視線を変えた。
すると、白髪の男が俺の気持ちを察したらしく説明を始めた。
「アヴィニスについて気になるのでしょう? 説明してあげますヨ。アヴィニスは私達と同じガバメントがおもな主導権を握っている組織。だが、殆ど動かすことはない。どうしてかというと……十人しかいないからなんだ」
十人!? たったそれだけの人数なの?
「十人って言う人数なのはその十人しか使えない魔術があるからなんだ。他の奴らは誰も使えない。私だって使えないヨ。それがどんな魔術なのか私も知らない」
「当たり前だ。お前らみたいに影でこそこそと動き回る奴らには見せたくもない」
「あらあら。心外だな〜。君がそんな考え方の持ち主だったなんて」
「誰でもそう思ってる。お前らみたいに感情がない奴らなんて―――」
瞬間、白髪の男は凄まじい速さで黒い布の下から刀のような物を取り出して黄色い髪の男の首に突きつけた。
怒りに満ちた青い眼は何か言いたそうであった。
「本当にそんな事を思っているのですか?」
「刃物を突きつけて問うとは失礼だな…」
「刃物を突きつけられるような言動を行ったのはあなたでしょう?」
睨みあう二人の間には深い壁があるのだろう。相容れない存在。
白髪の男は静かに刃物をしまった。
「すいません。醜いところを見られてしまいましたネ。話を戻しますが一つ、聞きたいことがあるのですが…………君はこの国の戦争が止めたい。それともBlack rebelの一番上の奴を殺したい。君はどちらをしたいんだい?」
そんなの決まってる。
「どちらもです」
「フフ……ハハハハハハハハッ……失礼。無理だよ。どちらも手に入れたいなどそれはできないことだ。戦争は止められない」
でも……それでも――
「――俺は可能性がある限り、抗い続けます」
「……面白くないガキ。でも、君を殺すわけにはいかない。だから、私とこの彼が一緒に同行致しましょう。しかし、私達は別に戦争を止めようとだなんて思っていませんからご自由に。あと、一つだけよろしいですか? あなたのその着ているものは目立ちますからいつも黒いマントを着ている物の上から纏ってもらいます」
歩いて広い空間の中にある小さな机の上に手をのばしそれを持って来て俺に渡した。
「で、どこに行くのですか?」
「俺達は動かなくていいんです。あちらが動くのをそっと待ちましょう。それと……あの…」
白髪の男の方向をゆっくりと向く。
俺の気持ちを察したらしく名乗ってくれた。
「ヴィリアムと呼んでください。『さん』などはつけなくていいですヨ」
「ヴィリアム……体術を教えてください」
それを聞いた瞬間、時が止まったように動かなくなったヴィリアムが突然笑い出す。
「クックック……何を言い出すかと思えばそんなことでしたか。分かりました。鍛えてあげますヨ。厳しくネ」




