第肆拾貮話 綻び
「……この子はネェ…“アヴィリニングの鍵”なんだヨ」
アヴィリニングの…鍵? 何だそれは…
「やっぱりそうだったんだ……なら、尚更僕達の方に置いておかないと。見せてあげるよぉ。闇の力を」
黒い布を纏った奴は白髪の男に指を突き立て口元を歪める。
それに呼応するように白髪の男も口元を歪めた。
「おっと、君にはなんだか分からないでしょうネェ」
白髪の男がこちらを振り向く。この場に合っていない悠長な言葉使いで口にする。
「アヴィリニングの鍵はネ、世界の命運を握る一つの鍵なんだよ。それが君だ。これから君は人々から希望を受け、君の存在のせいで死んでいく。分かったカイ?」
俺のせいで人が死ぬ? 俺のせいで――
すると、あいつの言葉が頭の中を過ぎった。
――おぬしのせいで周りのものが傷ついていく――
思い出したくない記憶が蘇る。
視界が急に真っ赤になり、そして俺は――
体に鳥肌が走る。
俺は―――檜都を――殺した。
俺のせいで周りの人々が死ぬのはもう嫌だ。それなら―――自ら死ねば…
心は揺れる。気持ちは揺れる。
揺れた心は治まり難く。揺れた気持ちも治まり難い。
こんな風に何回も揺れた俺の心や気持ちはまだ……治まらないのか…俺はどうすればいいんだ……
「さて、君のこの領域なんですが……君の闇の力で空間を歪ませて創っているようですネー。空間なんてものは安定しないのが基本。それを闇の力、所謂、無力化で安定させている。でも、その安定した空間を壊すのはたやすい」
ピキピキ
天に雷のようにひびがはいった。
「何! お前にそんな力は…!!」
「そうですネ。僕にそんな力はありません」
「なら…何故!!」
白髪の男がゆっくりと口元を歪めた。
「外から加えればいいんだヨ」
瞬間、ひびが大きくなり、その闇から一人の男が降りてきた。
そいつは髪の色が黄色だ。どうやったらそんな色になるのか俺には理解できない。
その髪は短く、眼は青い。この世界はどうやらいろいろな色が好きらしい。
そいつも白髪の男と同じように黒い布を体に纏っていた。何故、黒い布を纏っているのだろう。
「何ィィ!! 何故お前が…!」
黄色い髪の男が不機嫌そうにチッと舌打ちをして言う。
「君らみたいな違法魔術組織がいるからここにいるんだよ。そして、何故お前が動いたんだ? 傍観者のはずだろう? お前らは」
「フフフ…そうも言っていられないでしょう? この子があのアヴィリニングの鍵なんですカラ」
「頭のいかれた人ですね」
「どうも」
二人の会話は普通の会話であるようでないような気がした。なんというか反発している感じの会話であった。
「で、評議会のじじいが“アヴィニス”をここに呼んだのか。くそが、余計なマネをしてくれる。君達と戦うのは少々きつい……けど、アヴィリニングの鍵を君達の手に渡すわけにはいかないからな…………お前らを無にしてあげよう」
「クックック……フフフ…めでたい奴だな君は」
「何がおかしい! Onlooker!!」
「言った筈だヨォ。“空間を壊すのはたやすい”って」
瞬間、 空間全体が揺れ始め所々に亀裂が走る。
「全てを破壊したのか!!!」
「僕はやってないヨ。やったのはこの子だヨ」
白髪の男が指を差した。
へっ? 差されているのは俺? 何で? 俺何もした覚えは―――。
「は? こんな奴に僕の領域が壊されるわけないだろ」
白髪の男は苦笑しながら言う。
「君は分からないのカイ? アヴィリニングの鍵が齎す力を」
「齎す力だと?」
「そう。万物には全て死があるとご存知カイ? 死、つまりは綻びだ。アヴィリニングの鍵はその死を強制的に呼び寄せる。だから君の領域は崩壊をし始めたんだヨ」
死を強制的に呼び寄せる。
俺が存在するから周りの人々が死んでいく。
俺がいなければ生きていたかもしれない。
俺がいなければ…――
*
「さぁ、ここから出ましょうか」
パズルのピースが一つ一つ崩れていくように落ちる壁。それは地面も同様、崩れていき下の深い闇へと飲み込まれていく。
全く、どうしてこんな創りにしたのか…理解できないナァ
「いや…俺がしたいことはまだ終わってない」
「そんなこと言っている場合で…は……」
何だ? このガキ。あの時もそうだったが何かがおかしい。赤い眼になると、この子の空間だけが抜けているような感じに…
瞬間、視界からその子が消えた。
速い!?
赤い眼になるとここまで違うものなのか?
高速で動くその子は小さな声で呟いた。
「合成特ノ型…神速殺」
これは!? 右拳に光が集中していく。光? いや、これは魔力か? だが、ここまで現れる物なのか。魔力が濃い過ぎて私でも判別が…
速すぎて光が高速で動いているようにしか見えない。その光は地面がある場所を器用に進む。その姿はまるで―――
光速の拳は立ち尽くBlack rebelへと襲い掛かる。
しかし、そいつの目の前で右拳の光はパッと弾けた。
どうしたんだ?
光の粒子が周りに散り行く。Black rebelは素早い速度で魔術を発動していたようだった。そいつの目の前には黒い煙が渦を撒きながら浮いていた。
瞬間、口を歪めて言う。
「不発か? アヴィリニングの鍵。それは良かった。Rest――」
「お前に一つだけ問う」
黒い影の言葉を遮り、アヴィリニングの鍵は言う。
「戦争を起こして、人を殺すようなマネをして楽しいか」
「君だって殺してきたのだろう? いろいろな人々を。君の、アヴィリングの鍵の力のせいで」
「俺の問いに答えろ!!」
怒声は破壊されていく空間に深く響き渡る。
「一人も二人も同じだよ。殺したことには変わりない。そこまで悔やむことじゃない」
「俺の問いに答えろと言っている!!」
「黙れ、ガキが!! 僕たちは復讐をしているんだ!! それでどんな犠牲が出ようと関係ない。この世界の全員の奴らが僕たちを見捨てたんだ! 全てが復讐の対象だ!」
「それはお前の理由でしかない!! 他の人を巻き込むな!!」
「うるさい! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇ!!! むかつくガキが! 消してやるよ!」
黒い影は少年へと人差し指を突きたてる。
しかし、その瞬間。少年の右拳がパッと弾けるように光が漏れ出す。
その光は崩れていく空間を照らし、崩れた跡の闇をも照らした。
「お前のその力。でか過ぎて制御しきれないようだ。また不発して終わりだよ」
その言葉に対して少年は無言のまま力を右拳に集中しているようだった。
そして、全てを集中できたようで言葉を発する。
「……神速殺」
光を纏う右拳を少年は黒い影の腹へ目掛けて振るった。
*
「ハァハァ……」
逃げる。
「ハァハァハァ…」
にげる。
「ハァ…」
ニゲル。
それは全てから、現実から。
自分のせいで死ぬ。自分のせいで。
俺はどうすればいい。
――ドウスレバ楽ニナレルノ? ――
俺には重すぎる。逃げないと重すぎる。重いから逃げる。
――現実カラ、生カラ逃ゲル――
死んでどうする? 日本では徳川が計画を進めているというのに。救わなければいけないのに。俺には無理だ。本当に俺のせいで皆が死んでいく。
もういやなんだ。俺の背中に背負うのはもう無理だ。命の重さが分かっているから。
『なら、何故お前とは無関係な奴を殺せるんだ?』
「殺してない」
『殺しているだろう? 徳川の部下を。武士を』
「…………」
『人とは所詮自分が大切なんだ。他人のことなど自分のことより後になる。つまりは君が優先しているのは自分』
「……そう、自分のことがまずは大事なんだ。けど、周りの皆も同じくらいに大事なんだ」
『それが仲間だよ』
「仲間?」
『失いたくない存在』
「そう、俺は失いたくない。運命は決まってない。俺は最後まで――抗う!」




