第貮拾陸話 裏・死
刀の刃を素早く避ける。その刀が捉えようとしたのは俺ではなく横の蝋燭だった。蝋燭の火の部分だけを器用に狙ったものだったのだ。
蝋燭の火が消えて初めの暗い部屋に戻る。
よく目を凝らしながら周りを見て、 身構える。
「一つ賭けをしよう。上杉螢空」
暗闇から声が聞こえる。相手の居場所は把握できた。
こいつ……何を言ってやがる…
その時、 女性が男に対して『下がれ』と言った。その言葉通り、 男は部屋から出て行ったようだ。
「私は賭け事が好きでの…城でもよくやった。螢空。おぬしが死ねば反逆は終わり。私が死ねば、 おぬしもさっき見たであろう? この部屋にはもう一つの戸があることを。その先には家康様がおられる。おぬしは反逆を続けられるということじゃ…………まぁどっちにしろお前は死ぬがな……」
二人の間に緊張感がはしる。
はっきり言って今は俺のほうが分が悪い。先の戦闘の傷が治癒していない。それと刀対素手…………無闇には突っ込むことは出来ない。相手の出方を伺うことしか出来ないな。
タッタッタッタッタッタッタッ!
「!!! 」
何だ…こいつ……女の癖に足が速すぎる…………!! だが…来る方向は分かった……避けることは……出来る!!
しかし、 女は俺のところまで来ると体勢を変えて、 刀を俺の腹へと振り下ろした。
避け…きれねぇ…
横の障子を破り、 外へ、 屋根へ弾き飛ばされる。
くそ〜……血が足りねぇ…………
どんどん冷たくなっていき、 視界が真っ暗になった。
*
「ここはどこだ? 」
俺がいるところは真っ白な世界だった。自分の姿も見えない。あるのは白という色だけ。
「俺は死んだのか……そうだ。あんなに血が出ていたんだから」
『そう、 君は死んだ』
全体からその声が聞こえた。だが驚きはしなかった。心が何故か落ち着いている。何だろうこの気持ち…
「君は誰? 」
『ボクは君だ。君はボクでボクは君だ。つまりは君の裏側だ』
白い世界から人の形をした黒い影が視界に入る。しかし、 声は全体から聞こえて来ていた。
「うらがわ? 」
『そう、 君を裏切った人のように人には表・裏があるんだ』
「裏切った人? それで君は俺の裏側なのかい? 」
『そう、 つまりボクは君の本心と言う訳なんだよ』
「…………」
よく意味が分からないので俺は黙っていた。そしてまた黒い影が問いかけてくる。
『君はこれまでの犠牲者のためにも死ぬわけにはいかないと言っていたね』
「うん」
それは俺が心に決めたことであった。口にしたことなど一度もなかった。そんなことにも頭が回らない。
『だが今、 君は死んでいる。じゃあ君は何故死んだ? 』
「俺は暗くて視界が悪い中、 相手が予想と違う行動をされて、 斬られて━━━━」
『それは本当? 』
螢空の言葉を遮るようにして黒い影は言った。
「うん」
目線を『裏側』から離して返事をした。
『嘘だ』
螢空は驚いて声が出そうになったがこらえた。
『君は嘘をついている。君は怖いのだろう? 君のせいで何人もの犠牲者が出ているから怖いのだろう? この改革が失敗するのがそして、 君が最も怖いのは…』
螢空は唾を飲み込んだ。黒い影が言っていることは全て本当だから。しかし、 これを認めるわけにはいかない。いけないんだ。
『自分以外の人々が反逆が失敗に終わってどんな仕打ちを受けるのかが…君と一緒に反逆を行ったものは公開処刑だろうな。君は予想とは違う行動をしたせいで斬られたと言っていたが君ほどの反射神経があったら軽傷ですんだのではないか? しかし、 君はそこまでよけなかった。君の本心、 ボクは死にたかったんだ。そして、 全てから逃げたかったんだ』
「違う俺はそんなこと……考えてない! 」
螢空の声は最初よりも乱れていた。そして、 火に油を注ぐように黒い影は続ける。
『君は考えていないかもしれないけれど、 それは本心じゃない。本心はボクが言っている事。君は本心じゃないんだよ。ボクにとって君は僕を隠すための仮面にすぎない。そして、 ボク達は死んだ。君の本心はボクだから願いは叶ったんだよ。全てから解放された。』
「違う! 君は俺じゃない。俺の本心じゃない」
螢空は顔が崩れて、 頭を抱えた。
『そりゃ考えがちがうことだってあるさ…けれど君は本心じゃない。僕が本心だ。君は死にたかったんだ。君は逃げたかったんだ』
「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う…………俺は……」
『君は死にたかったんだ』
「俺は……」
『君は逃げたかったんだ』
「俺は! 」
顔を上げて力のこもった声で言う。
違うそれは俺のじゃない、 俺じゃない。
『やはり君は死にたかったんだよ。』
頭の中にイメージが流れ込んでくる。刀を手に持ち、 自分の首に向かって……
「違う! これは俺じゃない」
否定したい。否定したい。否定しないと俺は……俺でいられなくなる…
『そう、 これはボクの考えだ。だが、 君はこの考えを否定した。何故否定した? 』
「それは……それは…」
『ほら、 君は自分の考えを言えないじゃないか。君はやはり仮面でしかないんだ』
「違う……俺はあの時、 母さんのために生きていかないといけないと決めたんだ」
『君はまだ子供だな……君は自分の考えで生きていないんだな。生きる理由を人におしつけているんだな。自分のために生きないのだな……君は』
その言葉に反応して『裏側』を攻めるように言った。
「生きる? 生きるって何? 生活するって事?……そうだよ。俺だって普通に生活したいよ! 差別なんかされなくて、 笑ってすごしたいよ! 普通に生きて、 普通に死にたかったよ! でも無理だ! 戦争を起こさない限り、 俺の世界は変わらないんだ! 俺の本心と同じ行動を取りたい! 死にたい! けど後には戻れないんだ……僕は今死んでいちゃいけない。生き返らないと駄目なんだ」
覚悟するように言い、 その目は真っすぐ『裏側』を見ていた。
『そうか、 もう君は行ってしまうんだね』
「行かないといけないんだ」
『君はよく気付いた。ボク達は分かり合わなければならないことに』
「試していたんだね」
『そう、 だから早く行くんだ。君はここに長居していてはいけない。そして、 取り戻すんだ。犠牲のない皆が笑って暮らせる世界を…君の本当の居場所を…』
「ありがとう……さようなら…」
*
目をゆっくりと開けると元の場所に戻っていた。腹の傷は何故か塞がっている。だが、 そんな疑問もすぐになくなった。なんか、 そこまで引っ掛からなかった。
行かなきゃ……笑顔を取り戻しに…
屋根の上から下を見る。ひはもうすぐそこまで逼っていた。江戸の町はまだ沈んでいない。
そして、 部屋へと戻る。女はいなかった。非難したのだろう。
戸を開けて、 徳川のいる部屋に向かって歩き出す。




