第貮拾壹話 空白の貮陌年
「あ〜面倒くさいなぁ…」
頭を掻きながら歩いていく一人の男。そいつは武士の姿をしていて腰に刀を差していた。
「ここが出島かぁ……」
そう、 この男が目の前にしているのは日本で唯一、 貿易が許されている出島。この男はこんな場所に何の用があって来たのだろう…
こうして男は出島の建物の中へ入っていく。
出島は扇のような形をしている。その理由は何かというと出島は人工的に造られた島だからである。今で言う埋立地。
主に貿易をしているのはオランダで出島の周りでオランダ人を見かけることはよくあることだ。
男はここの管理者のような人に何かを聞いて管理者のような人は資料を素早く男に手渡した。
そして、 出島を出て歩き出す。佐賀に向かう方向だ。
しかし、 そのままずっと歩くことはなかった。一種、 店のようなところで止まる。刀を研ぐところのようだ。男はなら慣れているかのようにそこに入る。
奥の部屋へ行きさっき手渡された資料をすぐに取り出し、 机の上においていた資料と比べ始める。
「やはり……」
その瞬間。男は走り出した。資料を持って。
数週間前の話であった。
*
空はもう夕暮れに近づいていた。橙・赤で彩られた空はまるで絵の具で塗ったようにきれいだった。
その空を視界に入れながら江戸を歩いていた久保。けれど、 周りの警戒は怠っていなかった。いや、 怠っていないつもりだった。事実、 彼は目の前から走ってくる男に気付かなかったのだから。
その男は数週間前、 出島に行ってそこの管理人のような者から資料を受け取ったあの男であった。
「うわぁ! 」
驚きの声を上げて後退る久保に対して男は乱暴に久保の着物を引っ張って人気の少ないところへと連れて行く。そこに着くと久保は固まったまま言う。
「何だよ! 」
着物からして見方だと決め付けた久保。そういうのはあまりよくないと思う。
男は懐に入れていた紙・資料を取り出して久保に突きつける。久保はしぶしぶとそれを受け取りその資料を目にする。
「これは!! 」
驚愕の表情を浮かべて固まった久保を覚ましたのはあの声だった。
「そりゃぁそんなものを見れば驚くな…」
横を振り向く久保の視界に写った人物は新撰組・土方歳三だった。
やばいっ!
内心で呟いたのは資料を久保に渡した男。
「隊長! 逃げて! 」
その時、 久保は自分が隊長になったときの父親が言った言葉を思い出す。
『お前は隊長になったんだ。部下を切り捨てる覚悟が必要だな…』
くそっと内心で舌打ちをしてその場から逃げ出す。
「逃がしはしない……第弐ノ型…龍殺」
キィーンと音が発生して周りがピカッと光る。
*
江戸城から俯瞰風景を見ていた徳川も土方の零の技に気付く。
「排除」
徳川はにやりと口元を歪ませ、 ずっと江戸を見下ろしていた。
*
「ハァ…ハァ……」
先の攻撃で右足に光の刃が刺さった久保は右足を引きずりながら一生懸命に前に進んでいた。
これは……早く伝えないと…
「ハァ……ハァ…」
久保は前に進むのに夢中になりすぎて気付いていないようだったが光の刃は横腹のところにも刺さっていた。
途中途中で吐血しながらそれでも前に進む久保にも限界が来た。左足を踏み外し、その場に崩れ落ちる。
仰向けのまま動かなくなってしまった身体。どんどん寒気が襲ってくる。
久保の視界に写っているのはあの真っ赤な空。それを見てハハッと笑う。
「血の色で染まってるみたいだ…」
そして、 その空を遮る影が現れる。
「あいつは…? 」
「聞かないほうがいい」
その土方の頬には返り血が数滴。
久保の代わりに土方を引き受けた武士の姿は直視できないものと成り果てていた。
目の玉は飛び出て体は五十個以上に切り刻まれていた。それは屍と言うより肉塊と読んだ方が正当かも知れない。
「お前も同じところに送ってやるよ」
「……一つ…質問して…いいか……? 」
視界が霞んでいく中、 懸命に声を出す。
「いいだろう…」
「本当に……二百年…経っているのか…? 」
少しのためらいもなく土方は言った。
「ああ」
「空白の二百年か……」
「さよならだ…久保 之翠…お前の人生もこれでおしまいだ」
持っていた刀を久保に振り下ろす。
赤い空に飛び散っていく血。それは血か空か見分けがつくものではなかった。
*
「今、 出島を取り締まっている奴らは全員死刑にしろ」
景色を見たまま膝を付いた部下に命令をする。
「理由はどうしますか? 」
「不正な取引をしていたにでもしておけ」
「分かりました」
部下は一礼して部屋を出て行った。
「空白の二百年…それを悟られてもいいようにお前達がおるのだ…蘇鷺…新撰組にも伝えておけ…」
それはやはり独り言とは思えない。誰かと会話しているようであった。




