第 陸話 不完全
「徳川様は『もう手は打った』と言っておりました」
椅子に座った小さい子供を前にして膝をついて話していたのは三十代くらいの男だった。身分は子供の方が上らしい。静かに男の話を聞いていたが一つ疑問に思い口を開いた。
「その手、 とはなんだ」
「『死なない人間を送った』と言っておりました」
「そう、 もう完成に近づいているんだ」
古松 籠は不敵に笑い部下を下がらせた。
*
戦闘が終わってから数日が経ち、 地面は随分、 片付いてきた。だが、 まだ死体が地面に転がっていたりする。人手が足りないのだった。そのため、 神流は片付けなんかを手伝ったりして、 螢空は門の見張りを任されることとなった。差別の人間が見張りをしているとばれないために螢空は武士の服を着せられている。いつもの服のほうが良かったようでずっと不機嫌そうな顔をしていた。
ずっと立っているのがきついので時々座ったりもしていた。
門の外の家を見てみると少し壊れていたりする家が建ち並んでいた。
役人がここを攻めてきたときに壊されたのだろう。だが、 村の人々は全然気にしていない様子だった。その壊れた家も村の皆で助け合い直していた。
見張りをしているとよく声をかけてくれてすごくいい人たちだなあと思った。
そんな時であった。刀を抜いてこちらへ向かってくる男がいた。それが分かった瞬間、 俺も戦闘の体勢になる。だが、 相手は構えずに刀を抜いて近づいてくるだけで隙だらけであった。
何なんだ?こいつ
そう思いながら地面を力強く蹴って近づいてくる男に殴りかかった。
腹を思いっきり殴られた男は少し苦しそうな顔をするがその瞬間に素早く刀を振り下ろした。
俺の頬をかすめて頬が斬れる。血が流れ出す。
思いっきり殴ったはずなのに何で効かない
「少し痛かったな」
男が初めて口を開く。
「だが、 少しだな。今までの痛みに比べれば」
俺は相手に聞こえない程度で舌打ちをして勢いをつけて神速とも言える速さで男に殴りかかる。男は軽々とよけて螢空の背中に刀を斬りつけた。血が少し周りに飛び、 服に血が滲んでいった。
今度は男の方から攻めてくる。何回も男は刀を振るう。それをよけるが背中の痛みで動きは鈍くなっていた。そこをついて男は俺の足を引っ掛ける。
なっ!
バランスを崩して倒れようとしたときに男は刀を振り下ろし俺の腹を斬る。
くっ!
さっきよりも多くの血が飛び出し、 俺は地面に倒れた。腹からどんどん血が出て地面に流れる。その腹を必死に押さえて立ち上がるが足元がおぼつかない。息は荒く血はどんどん流れ出ていた。しかし、 体は血がどんどん出てくるほど喜びを感じでいた。
何だこの感覚。血が欲しい。もっとたくさんの。
過去にも俺には同じ感覚があった。母を殺したとき。手についた血がなんだか気持ち良いような。
そして、 本能が目を覚ましてしまった。
門の横においてあった刀を手に取り、 男を何回も斬りつける。不規則な動きで男も全然よけることができない。男は何箇所も体を斬りつけられて地面に倒れる。その瞬間を狙って男の上に乗り、 首を斬った。血が勢い良く飛び出て俺にに降り注ぐ。口元は微笑んでいた。
それだけではまだ衝動が抑えられない。刀を振り下ろそうとしたその瞬間、 首を斬られたにもかかわらず男は動き出し俺の腕に刀を突き刺した。
「痛ッ!!」
男の上から降りて身を退く。男は首を手で押さえて起き上がって口を開いた。
「いってぇな…首切ることはないだろ。血がいっぱい出ちゃったよ」
「何で…ハァハァ…生きてんだよ…」
衝動が抑えられ、 今まで受けた痛みが舞い戻ってきた。息遣いが荒くなって話すことさえも精一杯だった。
「不死はもう完成に近づいている。その実験として俺が選ばれた。本当に不死になっているのか確かめるためにいろいろな実験をされた。生きたまま燃やされ、 頭を槍で貫かれ、 目をえぐられ、 全身の皮をはがされ、 臓器を抜かれた。首を斬られて、 血がどれだけでようが、 俺は死なない」
「嘘…だろ……」
地面に倒れて、 俺は気を失った。
*
ゆっくりと目を開けるとそこは居間だった。
「ここはどこだ」
腹や背中には包帯が巻かれていた。
「やっと目覚めたか」
横から不意に声が聞こえ、 振り向く。
「神流。俺どうしてこんなところにしかもこの怪我…」
「覚えてないのか? 」
「う〜ん…何か抜けてる感じはするけど…思い出せない」
「門の前で血だらけで倒れていたんだ。誰かと戦ったのか? 」
「……思い出せない」
「そうか…傷は深いから安静にしとけだって」
「…うん」
まだ納得がいっていないような返事をした。
何か重要なことを忘れている気分で気持ちが悪かった。
*
「あまり派手に動くなといわれていたのではなかったのですか」
室内で男に包帯を巻いている老人が言った。
「思ってもいないことがおきましてね」
「思ってもいないこと? 」
老人が首を傾げる中、 男は高々と笑った。
「実験体と戦いました。あの麻薬は多分、 鬼薬ですね。血を見ると殺人衝動が抑えられなくなる」
「ああそれは良く覚えていますよ。私もその実験には参加しましたから」
「そうでしたか」
「それにしてもいくら細胞分裂が早いからってこの傷では回復するまで時間がかかりますよ」
「時間がかかって良いですよ。あっちも回復するのに時間がかかるのですから。また殺り合いたい」
「今度はしくじらないようにしてくださいよ」
「はい。あそこにいる奴らは皆殺しにしますから。楽しみが見つかってよかったですよ…うっ……がっ……」
男は急に胸を押さえて苦しみ始めた。
「くっ……くすり…」
「やはり、 不完全か…」
そういいながら老人は薬を男に渡した。それを素早く手に取り、 口に入れる。真っ青だった顔が少しずつ普通の色に戻っていく。
「これから無理はしないでください。人の一生の細胞分裂回数は決まっているのですから」
「分かってます。でも私が死んだところで全然困らないのでしょう。所詮、 実験体にすぎないのですから……」
*
「あんなもの、 駒にすぎない。で、 君は九州に帰らないのかね」
古松はフッと笑いその問いに答える。
「帰りますよ。ゆっくりでもいいじゃないですか。貴重な休息時間なんですから」
「次にこっちに来るときには分かっているね? 」
はぁーとため息をつき問いに答えた。
「分かってますよ。鹿児島以外の九州の武士を連れて江戸に行くのですね」
「反乱分子をなんとしてでも止めなければならないからな。多分、 奴らは東北まで占拠するだろう」
「じゃあ、 もう行きますね」
「ああ」
戸を開けて古松が出て行った。古松と話していた人物は━━━━




