5.実力テスト
ちょっと短いです。
教室を出た後、すぐに屋敷に帰宅したシーナとエドガーは、自室に鞄を置き、すぐさま談話室で作戦会議を始めた。
「さ〜〜て、どうしたもんかな」
「…案外呑気なんだな、朝はあんなに焦ってたのに」
シーナが間延びした声を出すと、すかさずエドガーからのツッコミがきた。間違いない、エドガーは生粋のツッコミ気質だ。なんて、シーナはまったく関係ないことを考えてしまい、エドガーにジロリと睨まれた。
「いやこうなったからには腹括るしかねえよ。少なくとも、ゲーム通りの世界じゃないことはわかったわけだしな」
そう、シーナが今落ち着いている理由はそこにあった。何はともあれ、この世界はゲーム通りに進んでいるわけではない。主人公のアリスも、特に変わった様子は見られなかった。実は、アリスも転生者で性格最悪、というラノベにありがちなパターンも考えていたシーナだったが、杞憂なようで安心した。別の意味で心配ではあるが。
「だから、俺が取る対策はたいして変わんねえよ。なるべくめんどいメンツには関わらないってな」
「そううまくいくだろうか…」
「ま、なんとかなるって!それよりエドガー、明日の実力テスト大丈夫なのか?」
「うっ…」
シーナがそう言うと、エドガーは不安そうな顔から一転、嫌そうに顔を歪めた。どうやら自信がないらしい。無理もないか、とシーナは思った。
ハイデンフィール学園には、年に4回のテストがある。4月の実力テスト、7月の中間テスト、10月の確認テスト、そして2月の学年末テストだ。
中間テストと確認テストは、それまでに教わった内容について、学年ごとに行われるテストで、難易度はさほど高くない。学年末テストは、1年間の学習内容、全てが範囲であり、結果によっては留年も免れない。難易度はそこそこ高め。
そして、入学式の次の日にあるのが実力テストで、難易度はかなり高い。この実力テスト、なんと内容は全学年共通なのだ。科目は数学、歴史学、魔法学の3教科のみ。点数はそれぞれ333点の合計999点満点。全学年全く同じ内容で、入学までに家庭教師に教えてもらうような優しい問題から、1,2,3年で習うような内容の問題、そしてかなり専門的な知識が求められるような、応用問題も存在する。
今の自分の実力をわからせるためだかなんだかよくわからないが、とにかく鬼難易度のテストなのだ。3年生でも、まだ3年の勉強はしていないのだから、半分も取れないともっぱらの噂だ。そしてこのテスト、結果をこれまた全学年共通で順位を出すのだ。要は、3年生でも、優秀な2年生や1年生に負けることがある、ということを知らしめたいのだろうが…先生のいやらしい顔が目に浮かぶようだ。
「ま、まだ1年なんだし、あんまり深く考えなくていいんじゃねえの?」
「シーナは上位を狙うんだろう?」
「当然」
シーナはすでに魔道士の称号を持っているのだ。生半可な順位じゃあ許されない。特に魔法学では、他の追随を許す気はない。
「あ、そうだ。ゲームでは確か…カイ殿下が数学、歴史学で一位。リュカ様が、あー…3教科とも5位くらい?んで、アリスちゃんが7位、ロゼリア様が8位くらいだったかな。これがまた火種になるんだよなぁ」
「はあ?1年生がそんなトップにいることがあるか?そんなことがありえるのか?」
「ありえるって。正直あの人らチートじゃん。天が二物も三物も与えちゃったんだって。ま、俺も5位以内目指すけどな」
ゲームやラノベの世界では、こんなことが当たり前であることをシーナは知っている。しかし、エドガー的にはかなり驚愕らしい。ポカーンとしてみたり青ざめたり悔しがったり、忙しいやつである。ご都合主義展開というものを、彼が学ぶことをシーナは祈った。
「ん…?今火種って言ったか?それ大丈夫なのか?アリス嬢、今日もかなり腹が立つようなことをされていたが…」
やはり、エドガーもあの嫌がらせには気付いていたようだ。正義感の強い彼のことだ。それなりに憤りを感じているのだろう、顔が苦々しくなってしまっている。しかし、彼は彼で、シーナが考えたことと同様の理由で、踏みとどまったのだろう。
「ああ…う〜ん、そうだなぁ。さっきアリスちゃんの順位が7位で、ロゼリア様が8位って言っただろ?」
「ああ、言っていたな…あ、ああ…なるほどな」
「あ、わかった?そ、平民がロゼリア様より上だなんて!つって取り巻きが騒いで、それをきっかけに嫌がらせがどんどんエスカレートしてくんだよ。しかも、殿下がアリスちゃんに興味持って話しかけちゃったりとかしてさ、まあ実際どうなるかは分からんが」
「はあ…なかなか面倒くさいな、あのクラス」
「ははっ、ま、しゃーないしゃーない、切り替えてこ。とりあえず今日は勉強しとこうぜ。またなんかあったら報告会な」
「ああ、そうだな。では、また夕食の時に」
シーナは、エドガーと別れて自室に戻り、ベッドに腰掛けた。その間も、頭の中はゲームのことでいっぱいだった。切り替えて行こうとは言ったものの、そううまくはいかないようだ。
(ゲームのシーナは、確か魔法学だけは1位で、他めちゃくちゃ低かったんだよな…)
最年少魔道士ってことで、運営が魔法学だけはシーナをトップにしたのだろう。また、後からエドガールートに入る時の為の伏線でもあったのかもしれない。椎名と孫も、初めテスト結果を見た時は誰か分からずに首を傾げて、エドガールートでようやくシーナを認識したのだ。
(実際、数学も歴史学もできるけどな)
魔法学を学ぶ上で、その2つの科目は必須である。だからこそ、この3教科がテスト科目なんだろうが、シーナとしては運営よく考えろってなもんである。
ふぅ、と溜息を一つ、ベッドから立ち上がったシーナは机に向かって魔導書を取り出した。ひとまず、テスト勉強と洒落込むことにしたのだ。椎名の時から、シーナはある程度自信があってもギリギリまで勉強しないと気が済まないタイプなのであった。
夕食が終わり、寝るような時間になっても、エインズワース邸の2部屋からはしばらく明かりが消えることはなかった。
ちなみに、実力テストが終わった後のエドガーの顔はなかなか面白いものであり、それを見て爆笑したシーナは、段差で躓いて転び、エドガーにしこたま怒られたのであった。