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4.1年Aクラス

 シーナの誕生日から3ヶ月、迎えた入学式では、自分の所属クラスにまさかのオールスター大集結でシーナの心は悲鳴を上げていた。


(いやいやいや、なんでみんな同じクラスなんだよ!?)


 確かに、これでゲームとそっくり同じというわけでもないことが明らかになった。しかし彼らと同じクラスになったことは、シーナにとって大誤算である。ただ、学校側の気持ちもわからないこともない。要は、管理の面倒な生徒を人クラスに集めてしまおう、という魂胆なのだろう。まさに、入学式最後の担任の先生紹介では、いかにもベテランと思われる先生がAクラスの担任であった。


 入学式が終わって、生徒が司会の先生の指示に従ってそれぞれの教室に移動していく。シーナとエドガーもそれに伴って、1年Aクラスに向かった。


 この3ヶ月の間にシーナとエドガーが立てた作戦はこうだ。ずばり、『ゲームに登場した主要キャラとなるべく関わらないようにすること』である。当たり前のことだと侮るなかれ、考え尽くした末のこの作戦なのだ。つまりシンプルなのが一番いい、そう言うことだ。ただ、同じクラスに固められてしまったが故、それもなかなか厳しくなりそうだ。シーナもいい加減周りときちんと交流しようと考えているし、エドガーは元々社交的。詰みゲーであった。


(でも公爵令嬢も王子も次期宰相も特待生も位が高い生き物だからな。俺みたいなじじいが仲良くしようとしてもできないんじゃね?)


 ならば普通にしていれば関わらなくて済むのではなかろうか。エドガーは主要キャラに含まれているから仕方がないとして、シーナは脇役であるためことなきを得るのではなかろうか。シーナは、いざ自分たちがあのスターたちと関わる状況がやってきたらエドガーを生贄にして自分は逃げようと決意した。


「おい、なんか良からぬことを考えてないか?」


「あら…何のことだか」


 察しのいいエドガーである。世の中は少し察しが悪いくらいが生きやすいという事を知らないようだ。シーナはエドガーのジトリとした目線に気づかないふりをして、教室に入った。


 教室にはもう大半の生徒が集まっていた。シーナとエドガーはちょっとゆっくり歩きすぎたらしい。急いで自分の席を確認して座ると、隣の席の女の子は、シーナを珍しいものでも見るように眺めてきた。シーナが可愛いから、ということではなく、単純にシーナの悪評が故だろう。引きこもりの魔法オタク、ただし魔道士の称号ありの令嬢がどんなもんか観察してやろう、という事なんだろうが、あまりにも不躾すぎる視線にシーナはうんざりした。まさか、ほとんどの生徒からこんな風にみられるのでは…?と気が重くなるばかりである。


 おまけに、シーナは社交界デビューしょっぱなのパーティーで大ヤラカシをしたのでそのイメージも大きいのかもしれない。しかし、これはまだ予想の範囲内であった。これからそのイメージを払拭しつつ、スター達との接触を避けながら、友達を作っていこうとシーナは決意した。


「ああいやだ、平民の隣だなんて。卑しい匂いがうつってしまいそう」


 不意に、前方の女の子がそんな事を言い出した。アリスの左隣の席の子だ。右の席の令嬢に小声で話しかける仕草をしているが、その声は周りに筒抜けであった。現に、彼女の2つ後ろの席にいるシーナにもその声は聞こえてしまっている。わざとであろう、悪質なイヤガラセである。シーナは彼女を存じ上げなかったが、これから心の中で、イヤガラセ令嬢と呼ぶことに決めた。イヤガラセ令嬢はなおも言葉を畳み掛ける。


「この教室には殿下やロゼリア様、次期宰相様もいらっしゃるというのに、学園の方は何を考えていらっしゃるのかしら。こんな下賤な存在を同じクラスにするだなんて」


 クスクスと笑う声が聞こえる。この令嬢のさらに嫌なところは、この発言があたかも自分ではなく他の人のためを思って言っているようにしている事である。媚を売っているのだろうか、残念ながらその高貴な身分の方々は聞こえているのかいないのか知らんぷりである。聞こえていたとしても彼らの立場からおおっぴらにアリスを庇うことも難しくはあるのだが。


 アリスの表情はシーナから見ることができないが、俯いているのだろう。小さくなった背中は小刻みに震えていた。その様子に気を良くしたのか令嬢達の笑い声はまだ収まらない。シーナは居心地の悪さを感じたと同時に、今笑っている令嬢達を友達候補から外した。ここでシーナがアリスを庇うのは簡単だが、それはそれで面倒くさいことになる。この貴族ばかりの学園でこれから3年間生きていくのならば、これぐらいのことには耐えていかなければならないし、耐える精神を持たなければならない。今庇ったところでいつでも庇うことなど不可能であるし、シーナという侯爵家の人間が庇ったということで更に反感を買うことだって十分にあり得る。そもそもアリス自身が成長できなくなってしまう。だからこそ、シーナも高貴な方々と同じように聞こえないフリをした。エドガーもおそらく同じだろう。


(頑張れお嬢さん。現実とはかくも厳しきものなり…なんてな)


 こんなことがあるからこそ、貴族と平民が行く学校は分けられているのである。そこそこの貴族から王族まではハイデンフィールへ。成金やそこそこの平民、下級貴族の何番目かの子なんかは別のセオドア学園というものに行く。また、そこにも行けない平民は居住区ごとにある教会に勉強しに行くか、もしくはそれすら行けずに働いているかだ。


 確かにアリスは特別な魔力を持っていて、だからこそこの学園を選んだのだろうが、彼女にはそれ以外の選択もあった。選んだのはアリスだ。そしてこの学園に入るために努力だってしたのだろう。だからこそ、シーナは、アリスに強くなって欲しいと思う。ゲームのアリスは、それはもう聖母のごとく穏やかで優しい、天真爛漫な女の子で、攻略キャラたちに支えられて卒業までいっていたが、ここはどうやらゲームそのものの世界ではない。ご都合主義よろしく、彼女をすぐに好きになって、支えてくれる男はほぼいないと言っていい。誰しも面倒ごとには関わりたくない。平民の彼女を好きになっても、特別な魔力を持つという付加価値以上に面倒なことになる。よって、男たちは積極的にアリスに関わろうとしないだろう。


 そして貴族の女は、全員とは言わないが、とてもイイ性格をしている。女は群れる生き物だと思うが、その群れに属する人間全てが仲がいいというわけではない。常に腹の探り合い、マウントの取り合い、悲しいかな、これが貴族女の集団である。そして彼女たちはいつも退屈している。その退屈しのぎに誰かを貶める人は一定数存在する。例えアリスがいなくても、おそらく下級貴族の誰かが生贄となって陰湿ないじめに遭うだろう。アリスは退屈している令嬢にとって、都合の良い標的なのだ。シーナは、自分の身分が侯爵令嬢でよかったとつくづく思う。下級貴族の場合、シーナは確実にいじめられる側であった。


(だから俺は社交会ってやつが嫌いなんだよ)


 思考が明後日の方向に飛びかけた時、教室に担任の先生が入ってきた。入学式ではよく見えずわからなかったが、かなり長身のイケメンであった。流石は乙女ゲームの世界、顔の良さの比率がえげつない。先生は軽く自己紹介した後に、今後の予定について話し始めた。


 途中何度か意識が飛びそうになったが、チャイムにより先生の話は終わりを告げた。今日はこれで解散らしく。先生(ハートレー先生というらしい。確か子爵だか男爵だかだった気がする)はさっさと教室から出て行った。シーナもそれに倣い、エドガーと共に教室を出た。


 ほんの少ししか教室にいなかったシーナだったが、充分分かったことがあった。


(この先不安しかねえわ)


 この一言に尽きる。

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