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3.カミングアウト

 エドガーに事情を話そうと決めて二日後、シーナはようやくベッドから出ることを許された。この家の人は執事やメイドも例外なくシーナに対して過保護で、熱が下がっても一日はベッドを出ることが許されなかった。また、疲れてはいけないからと言う理由から、エドガーやジャックの見舞いは執事により却下されていた。唯一見舞いが認められたのはマリアのみで、それも数分のことであった。なので、今日やっとエドガーに会って話をすることができると言うわけである。


 朝は時間がなかったため、エドガーを午後のお茶に誘っておいた。メイドに、テラスにお茶の準備をしてもらうように頼み、シーナはエドガーが来るまで、庭をブラブラすることにした。数日ぶりの外の空気はひんやりと気持ちが良かった。エインズワース領は温暖な地域のため、冬でも天気が良ければ暖かく感じる。学園のある王都は四季がしっかりしていて、冬には雪も降るらしい。日本みたいなので、それがシーナは少し楽しみだ。今日はとても天気が良く、部屋でのお茶会と迷ったが、テラスで正解だったかもしれない。


 テラスに人影が見えたので、シーナは散歩を引き上げてテラスに向かった。テラスにはすでにエドガーがいて、椅子に座ってシーナを待っていた。ここでシーナは迷った。登場時にかける一声はシーナで行くか、newシーナで行くか。


「ごめんなさいエドガー、呼んでおいて待たせてしまったわね」


「いや、今来たところだ」


 結局シーナで行くことにした。流石にしょっぱなから混乱を招くのは可哀想だ。エドガーはこれからシーナが話すことなど知る由もないので、穏やかに笑っていた。これからこの顔がどのように崩れるのかが楽しみである。


「朝も聞いたが、体調は大丈夫か?」


「大丈夫よ。本当は昨日から元気だったのに…みんな過保護すぎるのよ」


「普通だろ。シーナに何かあったら大変だからな」


「いやそこまでヤワじゃねえわ…おっと失礼」


「えっ」


  エドガーはひどく驚いた顔をした後、心配そうにシーナの顔を覗き込んできた。


「シーナ、やっぱりまだ熱があるんじゃないか?寝ていたほうがいいんじゃ…」


(まあそうなるわな…)


 思わず素が出てしまったシーナであったが、これは良いきっかけだと思うことにした。切り出すタイミングをどうしようかと思っていたところだったのだ。こうなったらさっさと話してしまった方がいい。ずるずる引き伸ばしても面倒なだけだ。


「エドガー今から俺が言うことを黙って聞いてほしい。それから、今から言うことは事実だからどうか信じてほしい」


「…分かった」


 そしてシーナは前世のこと、乙女ゲームのこと、そして今のシーナの性格のことなどを話し始めた。


*****


「と、言うわけだ」


「……….正気か?」


「正気も正気なんだなこれが」


 エドガーは始めのうちは真面目に聞いていたが、途中から渋い顔で考え込むようにしていた。シーナは一応この世界の人にも分かりやすいように言葉を選んで説明したが、突拍子のないことに頭が追いついていないのかもしれない。しばらく考え込んだ末、口に出た言葉がシーナの正気を疑うものであった。残念ながらシーナは至って正気である。


「前世の記憶があるからって、性格がそんな変わるものか?」


「エドガー、人間ってやつは同じ奴でも育つ環境が違えば性格はそれぞれなのだよ」


「いやまあそうかもしれんが…」


 エドガーはなかなか信じられないようであった。無理もない、いきなり前世の記憶がどうのこうの言われてすぐに信じる人間はなかなかいないだろう。シーナとて、エドガーにいきなりそんなことを言われたら正直信じるのに時間がかかると思う。ただし、30分くらい考えたら多分信じるとも思う。


「でも、今までのシーナの記憶もあるんだろ?」


 少し黙った末、エドガーが再び口を開いた。だが考えが甘い。


「引きこもりの15の小娘と75のじじいの経験値比べるなよ。そりゃじじいが勝つわ。じじい舐めんな」


「自分のことじじいって言うのやめないか???」


「じじい舐めんな」


「二回も言うな??」


 エドガーがリズミカルに突っ込むようになってきた。エドガーが突っ込み気質とは驚きである。シーナは心の中でほくそ笑んだ。自分の発言に突っ込んでくれる存在は大切なのである。ボケとボケしかいない会話ほどカオスなものはない。


「は〜〜〜〜…よし、信じた」


「いや早すぎだろ。打ち明けてからまだ15分くらいしか経ってねえぞ」


「俺がシーナを信じないことなどありえないからな」


 実際エドガーは、シーナの話を聞いた時から、信じてはいたのだ。受け入れと情報の整理に15分を要しただけで、信じることは当たり前だと思っていた。エドガーはシーナを全面的に信じている。というより肯定している。もちろん、シーナが間違ったことを言っていたら訂正するし、よくないことをしようとしていたら止めるが、基本的に真剣なシーナの言うことはどれだけ突拍子のないことでも絶対に肯定する。


「信じてくれるとは思ったけど早すぎるんだよ。絶対に30分はかかると思ったのに」


「残念だったな」


「くっ…エドガーをみくびっていたようだ…」


 シーナとて、エドガーが自分の言うことを信じないとは思っていなかったがいかんせん早すぎた。信じてもらえたと言うのに悔しがってしまうくらいには早くて驚いた。これがエドガー。シーナ全肯定botみたいな男である。シーナは、しばし悔しがった後、まあ信じてくれたんだしいいかと気持ちを持ち直した。エドガーのシーナに対する気持ちは考えれば考えるほど疲れるのだ。


「ちなみに聞いていいか?」


「よかろう」


「あ〜……シーナはその…ゲームとやらでどれだけの男と恋人になったんだ?」


 エドガーは少々気まずそうにそんなことを聞いてきた。なのでシーナは自信満々に答えることにした。


「安心してくれ。すべての男は俺に落ちた」


「何に安心しろというんだ??」


 安心できないらしい。エドガーは存外この手の冗談が通じないようだ。


「や、まあそれはゲームであって主人公は俺ではないしな。疑似恋愛だよ、用意された相手と選択肢で、作られた恋愛をしてただけだよ」


「そうだな。シーナはまだ俺たちのお姫様だよな…」


「じじいを姫扱いするのやめろよ」


「姫をじじいって言うのやめてくれよ」


 そしてエドガーは何がなんでもシーナを姫扱いしたいらしい。正直、すでに記憶だけは75+15=90歳となるガチじじいなので、姫扱いは本当にやめてほしいのだが、聞いてくれそうにない。


「分かった、この争いは不毛だ。やめよう」


「勝った」


「勝ち負けじゃねえんだよな〜」


 そこでドヤ顔をしてもなんの意味もないことにエドガーは早く気付くべきである。シーナは本気でそう思った。


「しかしシーナ、俺たちの前でそんな風に話すのは構わんが、流石に外ではちゃんと取り繕えよ?3ヶ月後には学園に入学だし」


「流石にだわ。逆に前よりちゃんと令嬢やったるわ」


「その自信はどこから来るんだ」


「じじいだからな」


「じじいでなんでも通ると思うなよ」


 心外だった。これでも椎名は近所でも評判のジェントルマンで、若い子から高齢のお嬢さん方にまでモテモテだったというのに。ここまで考えて、シーナはこれは今関係ないことに気づいた。変なことを考えていることがバレないように、シーナは話を切り替えることにした。


「そんなことより気にするべきは学園生活なんだよなあ。まじでアリスちゃんが入学してくるのか。そんでそのアリスちゃんは誰かが操っているのか、はたまた意思がちゃんとあるのか」


「操られていたらどうなるんだ?関わらなければいいだけじゃないか?」


「甘ちゃんだな坊ちゃん。アリスちゃんがもし操られていたらこの世界は作り物の世界だってことが確定する。つまり、彼女が落とす男を決めて、その男のルートに入ることができれば、その男の意思はどうなる?そんなのお構いなしにストーリーは進んでくんだよ」


「しかし、細かいところは違っているんだろ?」


「う〜ん、確かにエドガーが騎士の称号を取るのは学園在学中だったし、シーナは魔道士じゃなくてただちょっと魔法に詳しいエドガールートに出てくる脇役…このまま行けばゲーム通りにはならないとは思うけど」


「ならきっと大丈夫さ。俺たちにはきちんと意思がある。そんなわけの分からないものにねじ曲げられることはない」


「アリスちゃんがエドガーを好きになってもか?」


 ありえない話ではないだろう。エドガーは身内の贔屓目で見てもかっこいいし、この年ですでに騎士の称号を持っている。おまけに次期侯爵様だ。そこらの女の子なら好きになること必須であろう。


「はっ、関係ないな。俺が好きなのは、昔からずっとシーナだけだ」


 急のことで一瞬シーナはフリーズした。おかしい、今はそんな雰囲気ではなかったはず。エドガーはしてやったりというようにニヤニヤ笑っていた。それに対して少々いらつきつつも、申し訳なさを感じた。


「俺は椎名の時から、恋愛感情を理解できなかったんだぜ?しかも今は思考が男寄り。そんな女を好きでいいわけ?」


「ははは、5歳の時から口説いてるんだぞ?今更変わらん」


 そう、エドガーは5歳の時からちょくちょくシーナに告白をしてくるようになった。それは、シーナがエドガー一家と暮らすことになったとある出来事が関係しているとシーナは思っているが、それはエドガーにしか分からない。何度否定してみても、全部ねじ伏せてくるのだからこの男は本当に馬鹿だとシーナは思った。


「…エドガーは本当に馬鹿だなあ」


 シーナがそう言うと、エドガーはなぜか一瞬驚いた顔をして、そして嬉しそうに笑った。どうしてそんな顔をするのか分からず、シーナはついキョトンとしてしまう。


「それに」


「?」


 笑ったまま、エドガーは口を開いた。抑えきれない笑い声が口から漏れ出てしまっている。意味もわからず笑われて、シーナはなんとなく面白くない。


「最初はだいぶ変わったと思ったけど、案外変わっていないさ。さっきの表情も、言葉もな」


「さっきってなんだよ」


「いや?」


「おいなんだよ!気になるだろうが!!」


「なんだろうなあ〜」


 エドガーは、昔から何度もシーナに告白して、その度にいろいろな理由を並べて断られてきた。その理由を何度も何度もねじ伏せて、何度も何度も好きだと伝えてきた。そして最後に言われる言葉はいつだって同じで、照れ臭そうにはにかんで。それを見る度に、更に愛おしくなる。そのことに、シーナは気づいていない。そんなシーナが、エドガーは好きなのだ。


「まあいいや、後3ヶ月、取れる作戦を考えていこうと思う。目指すは平穏な学園生活だ!他人の色恋沙汰に巻き込まれてたまるか!」


「だな!」


 他人の色恋より自分の色恋の方が大事だ。この大事な幼馴染みが、他の男に取られないようにしっかり警戒しなければならない、そうエドガーは思った。今まで人と関わることがなかったためにバレていないが、シーナはかなり魅力的な女性だ。彼女が平穏な学園生活を望むなら、エドガーはそれを全力で叶えるまでだ。


 作戦を次々挙げていくシーナを見ながら、エドガーはエドガーで、シーナを余計な虫どもから守るために、多くの作戦を考えるのであった。

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