1.15歳の誕生日
3ヶ月程前の1月13日。その日はシーナの15歳の誕生日だった。
シーナはデュランダル侯爵家の長女である。本来、貴族ならば15歳という成人の年の誕生日、パーティーを開いて盛大にお祝いするのが普通である。しかし、屋敷には幼なじみのエドガーと、エドガーの両親と兄、執事やメイドといった、いつもと同じメンツしかいなかった。広間は、一応きれいに装飾品が飾られ、美味しそうな料理が並んでいるものの、きらびやかなパーティーとは程遠い。
「おじさま、おばさま、オズ兄様、そしてエドガー、今日は私のためにありがとうございます」
シーナは、グラスを掲げて微笑んだ。社交会にもほとんど出ず、屋敷に引きこもって魔法の研究ばかりしているシーナにとって、豪華な誕生日パーティーなど必要ではなかった。このメンバーが1番心穏やかに、楽しく過ごせるのだ。
「シーナ、誕生日おめでとう。君が15歳だなんて信じられないよ。もう大人の仲間入りだなんて、嬉しいけれど、なんだか寂しいね。これからも可愛い私たちのお姫様でいて欲しいな。それじゃあ、乾杯」
『乾杯』
エドガーの父、ジャック・エインズワース侯爵が乾杯の合図をして、和やかに誕生日会が始まった。美しい音楽と、美味しい料理、そしてエドガー達の笑顔と祝福の言葉さえあれば、シーナは幸せだった。
シーナは、訳あって家族とは一緒に暮らしていない。シーナにとっての家族とはエドガー達であり、それで十分だった。令嬢の恥だとか、魔法狂いだとか、色んなことを周りの人は言うけれど、エドガー達がシーナを愛してくれているならば、それでよかった。
シーナは魔法が大好きだった。幼い頃、魔法に出会ってから、ずっと魔法の勉強をしてきた。空を飛べること、炎を出せること、風を操れること、まるで漫画の世界に入り込んだようだと、幼いシーナはどんどん魔法の世界に入り込んでいった。魔法はシーナにとって、人生そのものであった。勉強して、研究して、開発して、突き進んだ結果、シーナは11歳の時に最年少魔道士の称号を国王より賜った。これはかなり名誉なことではあるが、シーナにとってはどうでもいいことであった。また、この国は、重要な役職は基本男性が就くものとされていた。騎士も、魔道士も、宰相も、大臣も、男性のものであり、女性がなることはほとんどない。ましてや、侯爵家の令嬢、しかも長女がなることなんてこれまでの歴史上はありえないことである。
よって、周りはシーナを可笑しいものとして扱う。彼女を真に理解してくれるのは、彼女を身近に知っているエドガー一家だけなのだ。
シーナの横で美味しそうに料理を食べているのがエドガーの母、マリアである。彼女はいつもにこやかで優しい人だ。幼い頃にシーナを引き取ってくれたのも、彼女の優しさが八割を占めているとシーナは思っている。若い頃には社交界の花ともてはやされた程の美貌の持ち主で、今もその美しさは失われていない。シーナ的には、おじさまやったなあ、という気持ちである。エドガーと仲良く喋っているのがエドガーの兄、オズワルドである。シーナはオズ兄様と呼んでいる。彼は学者であり、ハイデンフィール学園を卒業後、その上の学術院に進み、若くして学者として認められ、働いている。昔からシーナを大層可愛がってくれていて、今日もシーナの誕生日会のために休みをとって会いに来てくれた。ちなみにいつもは学術院の宿舎で寝泊りしている。そして、先ほどからシーナやエドガーを優しく見守っているのがエドガーの父、ジャックである。彼は騎士の称号を国王より賜っており、たまに王都に呼ばれて仕事をする以外は領地で魔物を狩って過ごすゴリゴリの武人である。妻のマリアを心から愛し、息子に厳しく、シーナに大層甘い、おじさまである。
「シーナもようやく15歳だな」
つい1ヶ月前に成人したエドガーがなんだか偉そうそう言ってくるので、シーナは彼の頬をつねった。エドガーはこう見えてすでに騎士の称号を持っている。国王から称号を賜ったのは12歳の時で、史上最年少だともてはやされていた。しかし当の本人はシーナよりも遅い称号に悔しがっていた。エドガーに頰をつねったことを怒られたので、シーナは笑ってごまかそうとしたが、やり返された。
穏やかな優しい日。こんな日々が続いていけばいいと、シーナは願っていた。ただ、そうはいかないことを知っていた。
15歳になった貴族は、4月からハイデンフィール学園に入学しなければならない。勉強は好きだが、社交が苦手なシーナにとって、学園生活は憂鬱でしかない。また、成人した貴族は学園に在籍している間に身の振り方を決めなければならない。エドガーは家を継いで騎士として、侯爵家の当主となることが既に決まっている。オズワルドが学者になったため、エドガーが次期当主として現在勉強中である。エインズワース家は騎士の名門であるため、オズワルドが騎士にならないと決めた時は少々揉めたが、エドガーが12歳で騎士になったため、ことなきを得た。当主のジャックも妻のマリアも、基本的に好きなことをやればいいという精神のため、この家の跡取り問題に口を出したのは親族のおせっかいな人たち数人で、平和に解決した。
問題はシーナであった。普通、侯爵家の令嬢、しかも長女ならば既に婚約者がいて、学園を卒業したらその家に嫁ぐものである。しかし、変人令嬢の肩書を持つシーナに婚約者はいない。ジャックとマリアは自由恋愛を推奨しているため、わざわざ婚約者をあてがうこともしない。貴族の三男四男、三女四女なんかは、学園で婚約者をゲットするために色々画策しているらしいが、シーナは興味がない。結婚しないなら働くしかないが、女性で魔法関係の仕事に就くことも難しい。
(ただ魔法の研究がしたいだけなのに…)
シーナは途方に暮れていた。未来を憂いたシーナに、エドガーが心配して明るく話しかけてきた。
「なんだ、もしかして学園のことを心配してるのか?」
「ん…そうね。やっぱり、不安だわ、私、ちゃんとやれるかしら」
「安心しろ、俺がついている」
どんと胸を叩く様は確かに頼もしい。シーナは沈んだ気持ちがほんの少しだけ浮上したのを感じた。
「おっ、頼もしいじゃないかエドガー、しっかりお姫様を守ってやれよ」
「もう、オズ兄様ったら」
オズワルドはからかうようににっこり笑っている。オズワルドだけでなく、この家の人たちはみんなシーナをお姫様扱いしてくる。それがシーナはなんだかくすぐったい。照れを隠すようについオズワルドを睨みつけるも、頭を撫でられただけだった。
「おやおや、お姫様はご機嫌斜めなのかい?」
「楽しそうね。私も混ぜて頂戴な」
「おじさまおばさままで…」
二人の参入で更にシーナをお姫様扱いする人が増えた。シーナはほんのり染まった頬が更に赤くなっていくのを隠すように俯いた。するとますます声が大きくなっていく。シーナがいい加減怒ろうとしたところで、期を見計ったかのようにジャックがお開きの合図をした。結局、今日もシーナは怒れずじまいだ。
部屋に戻って眠る支度をしても、頬はまだ熱かった。思ったよりも興奮してしまっていたらしい。シーナは少しだけ本を読んでからベットに入った。それでもしばらく寝付けなくて、ゴロゴロしていると、ようやくウトウトと眠くなってきた。シーナは、今日の楽しかった誕生日会を思い出しながら眠りについた。
そして夢を見た。