プロローグ
ガラガラガラ、と馬車が走り去る音を背後に、シーナは前方にそびえ立つ巨大な建物を見上げた。
「行こう」
隣に立つ幼なじみのエドガーが言った。今日から2人は、このハイデンフィール学園の1年生だ。これから入学式が始まる。2人で入学式の会場である講堂に向かうと、人だかりができていた。それを見ただけでうんざりした気分がシーナを襲う。人混みは苦手だ。嫌でも注目されてしまうから。
「ああ、クラス表が貼りだされているのか」
エドガーが納得した、と言わんばかりの顔で呟いた。なるほど、確かにそれならあの人だかりも理解できる。
「エドガー、お願いできるかしら?」
「ああ、行ってくる。ここにいろよ?」
「ええ」
シーナは、人だかりに入っていくのが嫌なので、エドガーに見てきてもらうことにした。彼は彼で有名人なので注目されてしまうだろうが、シーナが一緒であるよりはまだマシだろう。
しばらくすると、エドガーが戻ってきた。なんとも言えない微妙な表情で、口を開いた。
「俺とシーナは同じAクラスだったよ」
「あら、それはよかった。エドガーと一緒なら心強いわ。それで、どうしてそんな顔をしているの?」
「あー……Aクラスには、他にお前が言っていた、4人がいた」
「まじかよ」
「おい口調」
シーナは思わず真顔になって口調が乱れてしまうくらいには驚いた。4人とは、この学園で今、最も注目されていると言っても過言ではない人達であった。
1人目は、この国の第一王子、カイ殿下である。容姿端麗、才色兼備、眉目秀才、どれだけ言葉を並べても足りないと言わしめるほどの完璧超人王子様である。暗いブルーの髪と瞳を持ち、引き締まったお体が女性人気を更に上げる美青年である。
2人目は、ロゼリア・レドモンド公爵令嬢。カイ殿下の婚約者である。こちらもまた、見目麗しく、気高い令嬢であり、幼少より王妃教育を施された素晴らしいお方である。プラチナブロンドの縦ロールと、緑色の瞳、そして豊満なお胸をお持ちの美少女である。
3人目はこの国の宰相の息子で、次期宰相と呼び声高い、リュカ・ファーラン伯爵子息。天使のような見た目とホワホワした性格から、こちらも非常に女性人気が高い。殿下の良き友人であり、将来を期待されている。淡いプラチナブロンドと、アイスブルーの瞳を持つ癒し系の美青年である。
そして4人目は、この貴族が通うハイデンフィール学園には珍しい、平民の女の子、アリスさん。この学園には特待生制度があり、平民でも優れた能力があると認められた場合、通うことができる。彼女は、特殊な魔力を持ち、かつ学力が非常に優れているということで、特待生となった。栗色の髪と、赤色の瞳を持つこちらも大層可愛らしい美少女である。
そんな学園史上最高に面倒臭いメンツ、もとい、扱いに気をつけなければならない方々が1クラスに集まっているということになる。そしておそらく、その面倒くさいメンツの中にシーナとエドガーも含まれている。不本意ではあるのだが。
「…問題児を、1クラスに集めた感じだな…ですわね」
「まさにそんな感じだな。あと口調、気を付けろよ」
「はい…」
エドガーにじろりと睨まれたが、シーナはそれどころではなかった。なぜなら、このクラス編成は彼女の知っているものとは違ったからである。シーナの知っているクラス編成では、シーナとエドガー、リュカがAクラス、他3人がBクラスであった。
そしてシーナは確信した。ここはもう、自分の知っている『ゲーム』とは、違う流れになっているのだと。今、この世界で生きている人達は、彼ら自身の人生を辿っているのだと。
シーナが考え込んでいると、人だかりがいつのまにかいなくなっていた。どうやら、そろそろ入学式が始まるらしい。シーナは考えるのを一旦やめて、エドガーと共に講堂にに向かった。
そして、3ヶ月前の15歳の誕生日を思い出していた。