シャイアとの約束
ファイ達が祠に辿り着くと、そこには数人の男達に囲まれたパメラとロゼがいた。男達は怒鳴り声を上げている。
「こんな所で何をしていると聞いているんだ!まさか、ここにある物を狙ってこの村に近づいたのか!?」
村人達の手には剣や鍬などが握られている。パメラは困った顔で男達を見ている。
「あの、何をおっしゃっているのか・・・私はただ神聖な場所があるのなら祈りを捧げさせて頂きたいと思ってロゼに案内を頼んだだけなのですが・・・」
「嘘を言うな!?最初から知っていてここに来たんだろう?卑しい盗人め!今すぐここで殺してやる!!」
男が剣をパメラに振り下ろした瞬間。目の前で勢い良く血が飛び散った。しかし、その血はパメラの物ではない。
「それはこちらの台詞よ。貴方達、最初からここで私とロゼを殺すつもりだったでしょう?」
血塗れで倒れた男から大量の血が地面に流れていく。パメラの横にいるロゼの顔にはすでに色がない。
「う、うわああああああああ!!」
「ひぃぃぃぃ!ば、化け物!!」
パメラの右手は長く伸びた爪から血を滴らしている。パメラは美しく微笑むと逃げ出そうとした男二人を次々と刺し殺した。
「生贄が欲しいのでしょう?丁度いい。貴方達がそれになりなさい」
ファイは、目の前で村人達を殺していくパメラを目の当たりにし、動けなかった。出来上がっていく死体と血溜まりをただ呆然と見つめていた。
「パ、パメラ・・」
パメラは一通り片付け終わると、やっとファイとアーシェに気が付き笑顔を見せた。
「あら?早かったのね?どうして気付いたのかしら?アーシェ?」
ファイはそのパメラの言葉にゾッとした。思わず隣にいるアーシェに目線を向けてしまう。しかしアーシェは予想に反して冷静な顔で立っていた。そして淡々と告げた。
「僕は僕がしたい様にするよ。パメラみたいに」
アーシェがそう口にした途端、パメラは今まで見たこともない様な形相でロゼの首元を掴むと、そのまま上に持ち上げた。
「ーーーあぅ!!」
「そんなにこの小娘が大事なの?アーシェ!!お前も私を裏切るの!?」
「ロゼ!!」
ファイはロゼの下に走ろうとしてアーシェに阻まれる。
ロゼは目の前で掴まれたままだ。
「裏切る?僕は最初から貴方にとって、いつでも切り捨てられる存在だった。貴方が大事なのはバルドだけだ」
アーシェはそう言うと一歩ずつ進んでいく。パメラは顔を歪ませてアーシェを見ている。
「一度だって僕を見なかった貴方に責められたくない。僕にとって大事なのはロゼとロゼが愛する者だけだ」
アーシェはそう言うと腰の剣を引き抜いた。
パメラは咄嗟に剣を避け、その反動でロゼから手を離した。その隙にアーシェはロゼに手を伸ばすと彼女の身体をファイに投げた。
「行け!!」
ロゼを受け取ったファイは呆然とするロゼの腕を掴むと、そのまま外に走り出した。しかしロゼが抵抗する。
「いや!!アーシェが!!」
「後から来る!走れ!」
二人が祠から出た瞬間。さっきまでいた祠から恐ろしい地響きが鳴り出した。その音に思わず二人は振り返る。
空を見ると先程まで晴れていた空が、どす黒い雲に覆われ雷が鳴っている。ロゼは思わず耳を塞いだ。
「怒ってる。とても・・・なんで・・」
ロゼは知らなかったが、この地には神竜が眠っている。
この地には、いくつかそういう場所がある。
彼等の安らかな眠りを守りこの地の平穏を保つ、それが本来のロゼ達一族の役割だった。しかし。
「祠が血で汚されたからだ。何を勘違いしたのか、生贄を差し出せば暮らしが楽になるとでも思ったのか」
[ファイ!急げ!パメラが追ってくる!村人達も異変に気付いたぞ!]
遠くからプリティシアが飛んでくる。祠は穢れ過ぎていて近寄れなかったのだ。
「おい!居たぞ!!捕まえろ!」
見つけられ二人は逃げ出した。しかしロゼもファイもどこに逃げたらいいのか分からなかった。この後自分達がどこに行くべきかも。
村の中心まで走って来るといきなり後ろから腕を掴まれ捻られそうになりファイは思わず魔術を使ってしまった。
「うわああああ!!」
その火はあっという間にそこら中に広がり、村全体を焼いていく。男は吐き捨てるように喚き立てた。
「もっと早く気付くべきだった」
地響きは止まず真っ暗な空の下赤い炎だけが鮮明にその形を作っている。
「化け物共め!お前達のせいで何もかもメチャクチャだ!神竜様を守る為今までどれほど我々ルイズの民が苦労して来たか!それをお前達が一瞬で無駄にしたんだ!」
辺りでは逃げ惑う人々の悲鳴が聞こえる。それがファイの放った火によるものかパメラが近づいているのかも分からない。
「ふざけるな!お前らがロゼの母親を生贄にして殺したことを知らないとでも思ってるのか!!」
ファイが叫ぶと男は僅かに顔を歪ませた。
「う、うるさい!仕方なかったんだ、殺すつもりなんてなかった・・・彼女だけは殺してはいけなかったのに・・」
男が苦々し気に言葉を吐き出した時、男は突然苦しみ出し悲鳴を上げて地面に倒れた。周りにいた者達はそれを見て散り散りに逃げ出したが、そのまま同じ様に倒れていく。その後方から二人は声をかけられた。
「こんな所にいたのね。私の可愛い子猫ちゃん達」
ファイは追って来たパメラの左脇に抱えられているアーシェを見て一瞬理解できなかった。しかし、その地面に落ちている赤い跡を見てやっと理解し悲鳴をあげた。
「アーシェ!!」
ファイは信じられなかった。あのパメラが実の息子を殺すなど。ファイは思わずパメラに向かって走り出す。武器も何も持っていない状態で。
「残念だわ。貴方だけは生かしておこうと思ったのに」
パメラが憂いを帯びた表情で手を振り上げた。ファイは分かった。自分は死ぬと。
「いやぁああああああああああああああああ!?」
「きゃあぁ!?」
だが思わぬ事態が起こった。パメラの手がファイをとらえる瞬間、激しい突風の刃がパメラの身体を切り刻んだのだ。
ファイは倒れ行くパメラに抱えられていたアーシェの身体を掴み、パメラから引き剥がした。
そしてロゼを振り返り愕然とした。
彼女の身体は風に包まれ空中に浮いていた。そのすぐ上にはとんでもない大きさの竜が空からその姿を現している。
「お、のれ・・・ロゼぇ!!」
パメラは致命傷を与えられながらも黒い炎を作り出しロゼに放った。ファイは自らの火を体に纏わせながらその黒い炎を体で受け止めロゼの盾になった。
「あああああああ!?」
「なっ!!」
ファイの肌が黒い炎に焼かれていく。あまりの激痛にファイは成すすべなく地面に崩れ落ちた。その上では虚ろな目をしたロゼがいまだ空に浮いている。
(ロゼ・・・)
ファイはこんな場面を他にも知っている。まだファイとして生まれ変わる前。何度も助けようとして助けられなかった。
(今度こそ守る。今度こそは・・・)
ファイは動かない身体を無理やりひっくり返しロゼに手を伸ばした。
「こ、この力は、まさか、お前達。そうだったのね」
パメラは忌々しげにファイを睨んだ。ファイは霞む目でパメラを見る。
「パメラ・・・」
ファイがパメラを呼ぶとパメラは驚いた様にファイを凝視した。ファイの瞳にみるみるうちに涙が溢れてくる。
ファイはもう保たない。きっとこのままロゼを助けられず死んでしまうだろう。だから。
「ロゼを殺さないで」
何故。そんな事をパメラに言ったのかなんて分からない。実の子供までも躊躇なく殺したパメラに、そんな事を言って聞いてもらえるなどと、普通は思わない筈だ。けれどファイはパメラに懇願した。その最期に。
「馬鹿な、子。ほんとう、に」
しかしパメラはそんなファイを見て悲しそうな顔をした。それは、あるはずが無いのにまるでファイが死ぬのを悲しんでいる様にも見えた。
村の外から誰かが近寄ってくる気配がする。
パメラは血塗れの身体を起こすと身体を引きずりながら村の奥へと歩き出した。
「ファイ、生きなさい。そして私を止めに来て」
息さえもまともに出来ない中パメラの言葉だけはファイの脳裏に焼き付いた。
「貴方に殺されるなら悪くない」
ファイの意識はそこで一旦途切れた。
[ーファイ!ファイ!!しっかりしろ!]
「・・・・・プリティシア?」
一瞬気を失っていたファイはプリティシアの声で目が覚めた。しかも何故か少しだけ身体が動かせる様になっている。
「ロゼ、は?」
[駄目だなありゃ。目覚めた竜を抑えきれてない。依り代を失ってロゼの身体に身を封印しようとしたみたいだが・・・あの子はまだ幼過ぎる。魔力も足りない]
あれだけの魔力量でも抑えられないとなると、どうにもならない。ファイは無理やり身体を起こすと地面に魔法陣を書き出した。
[ファイ?どうするつもりだ?]
「私の魔力、をロゼに移す。今なら、膨大な量の、魔力でも受け入れ、られる筈だ。ロゼの中の、魔力が空っぽになる前に、あの竜を、それで封印する」
遥か昔に使った方法だった。しかしそれをすれば今度こそファイの身体は保たないだろう。だがこのままここにいてもいずれ死ぬ。ロゼと共に死ぬか、ロゼを生かして死ぬかなら後者を選ぶ。
[成る程な。じゃあ私がやろう]
「だ、めだ。プリティシアは、魔力が、無くなったら消えちま、う。」
[そうだな。だが今のお前にはその術は使えない。死にそうだからな。だから私がやろう]
プリティシアはそう言ってファイを突いた。するとファイは体から力が抜け、その場に座り混んでしまう。
[お前と居た時間は、とても楽しかった。だが、私はいつもお前を助けられないのが嫌だった]
「プリティシア?」
プリティシアの身体から光が溢れ、その姿がみるみる大きくなる。そしてそこに現れたのは大きな翼を持つ美しい鳥だった。
[悲しむな。生きていれば別れは来る。どんな生き物にも平等にな!ファイ!私の愛し子。お前を愛しているぞ!]
プリティシアは笑いながら叫ぶとロゼに向かって飛び立った。ファイは訳がわからずプリティシアとロゼに向かって手を伸ばした。
(嫌だ)
プリティシアはずっとファイといた。何度生まれ変わっても変わらずファイを覚えてくれていた。
(嫌だ!行かないで!)
ファイが何度打ちのめされてもプリティシアが側に居たからファイは生きて来れた。彼女がいたから孤独ではなかった。
「プリティ・・・・」
初めて見た美しい彼女の身体はファイの目の前で泡の様に消え失せた。それと同時に物凄い魔力の放出がロゼの周りから巻き起こった。そしてそれは竜に絡まり、あっという間にその竜をロゼの身体に吸い込んでしまう。
全ての形を吸い込んだロゼの身体はそのままゆっくりと地面に降りてそのまま地面に倒れ込んだ。
ファイはもう、何も出来なかった。
「かはっ」
苦しくて吐いた口元から大量の血が溢れおちる。ファイはそのまま後ろへ倒れた。
(ロゼを安全な所へ移動させないといけないのに)
もう、指の感覚すらない。ファイは震えた。
(このまま死ぬのか。プリティシア)
怖い。ファイは初めて恐怖した。いつも自分がその命を終える時プリティシアが側にいた。
「ううっ」
ファイの瞳から涙が溢れ落ちる。ファイは思った。
もし、次生まれ変わったら今度は自分の為だけに生きてみたい。自分の好きな事だけをして。幸せになりたい。
「ファイ」
その時ファイのすぐ近くで聞き覚えのある声がした。
ファイは信じられず幻聴かと頭を動かした。
「身体を動かすな。お前の身体はもう限界を超えている」
目の前に美しい黒い髪と見覚えのある赤い瞳が見えた。
ファイは、はくはくと口を動かした。
「何も言わなくていい。ロゼは無事だ。ファイ、時間がないから返事だけ欲しい」
ファイは彼女の頭に触れているシャイアの手の温もりを嘘みたいに感じながら彼の言葉を待った。
「お前を生かす方法が一つだけある。だがそれをするのならお前は俺の物にならないといけない。お前、俺の伴侶になるか?」
「・・・・・うん」
夢だと思った。そんな夢みたいなことあるだろうか。
「お前が大人になるまで俺は身を隠さなければならない。だが必ず迎えに来る。お前が16歳になったら。それまで探さず俺を待て」
シャイアはそう言うと瀕死のファイに口付けた。そして自分の胸とファイの胸に手を乗せ黒い魔法陣を組み上げた。
「俺の心臓は二つある。その一つをお前に貸してやる」
「シャイア・・・・」
ファイはシャイアに手を伸ばした。彼は笑ってファイの手を握ると唇を落とした。
「本当に。俺の女は暴れ馬で目が離せない。約束だからな、絶対にお前を迎えに来る」
それ以来。ファイはシャイアに会っていない。