追う者
ウィンドレムからパラドレアに到着した二人はウンザリした顔で船を下りた。
本来ならウィンドレムの首都に向かっていたのだが、余りに道中に出現する魔物の数が多い為、一度この国から出た方がいいと判断したのだ。
「よかったのかよ?移動しちまって」
「構わない。そろそろ追っ手がうっとおしかったしな」
そう言われ、ファイはウィンドレムの道中での出来事を思い返してみる。しかし追っ手など記憶にない。
サナは表情を変える事なく淡々と説明した。
「道中しょっ中絡まれただろう。あれは物盗りじゃない、雇われ俺を追ってる奴等だ」
確かにいた。だが、余りに弱過ぎて記憶にも残っていない。
「狙われているにしては追っ手が小物すぎねぇか?わざわざウィンドレムから出てくる必要無かったんじゃね?」
「そうだ。だが奴等が来る度、目の前で死体の山を跨いで行くのも鬱陶しい。あの国は今危険だ、しっかりと準備してからでないと閉じ込められる可能性がある」
サナはやる気が無さそうに歩き出した。
ファイも渋々ついていく。パラドレアはウィンドレムに次いで寒い国である。だがそれでもパラドレアの方が断然温かい。二人は港から近い町を目指し歩き出した。
「で?この国も見て回んのか?」
サナは顔を上げ懐から黒い本を取り出した。それを開くと本は一人でにパラパラとページをめくりだす。そしてしばらくするとパタリと動きが止まる。
「・・・・この国には無いな。お前はどうだ?」
「・・・・シャイアの気配は感じない・・・だが、いないとは限らない」
ファイにはシャイアの気配が辿れるが、それもシャイアに隠されてしまえばわからない。地道に情報を集めるしかない。
「ではお前に着いていく。この国の用事が済んだらガルドエルムへ向かう」
サナはそう言って本をしまう。シャイアを探す事に協力する意思があるらしい。
「じゃあ一先ずシャイアが行きそうな所に行くとするか」
ファイはそう言って手のひらから炎を出すと、チラリと隠れている妖精を見た。彼等はそれに素早く反応してファイの所に集まって来る。
[力貸す?]
妖精が遠慮気味に聞くとファイは頷いた。
「あの山まで飛びたい。コイツも一緒に。どれぐらい必要だ?」
ファイが聞くと妖精は嬉しそうに頷いた。
[それで充分だよ。皆んなで運んであげる]
しかしファイは更に大きな炎を創り出し、その形を薔薇の結晶に変えると妖精達に差し出した。
「多めにとれ、エネルギー切れしたら困る」
[・・・・・・・・・うん]
妖精達は何か言いたそうだったが黙ってそれを受け取った。下手に断ると後が大変だと知っているのだ。
妖精達がそれを受け取ると、二人の背に炎の羽根が現れ二人の身体が浮き上がった。
体が上昇していくにつれ、気温がぐんと下がっていく。
しかし炎のお陰か身体は全く寒さを感じなかった。
二人は空の上から地上を見つめる。そして崖の上に降り立つと、その入り口の洞窟に入って行った。
かなり高い所まで来たので人の気配は無い。
ファイは迷いなく奥に進んで行くとある一角で足を止めた。
「ここは、何だ?」
「魔女の隠れ場所だ」
ファイが壁に手を置くと、その壁は消え道が現れた。サナは驚いてファイを見た。ファイはそれには構わず更に奥へ進んでいく。
「ここをどうやって見つけた?」
「どうやってって、見えんだよ。シャイアの気配と同じだ」
普通、魔女の末裔は身を隠しながら生活している為、その場所を知られる事を恐れている。それを暴けるなどと知られれば命を狙われる可能性がある。
サナは周りを警戒した。
「シャイアが使っていたかはわからんねぇけど、来た事はあるかも知れないだろ。一応な」
奥の突き当たりまで来て二人は思わず足を止めた。
サナは険しい顔でその場所を睨みつけた。
「・・・ここは、一体・・・」
その洞窟の奥は、まるで地獄の様な惨状だった。
壁には血で書かれた魔法陣が描かれ、血に染まった拘束具が、あちらこちらに落ちている。その下には人なのか動物なのか判別がつかない残骸や骨が散らばっていた。
「禁忌の黒魔術・・・その生贄か」
ファイは手をかざすとそこに火を放った。そしてその火は描かれた魔法陣の血の上を道を進む様になぞっていく。
するとその魔法陣から声が聞こえて来た。
[誰だ。私の邪魔をする者は]
低い重いその声はその空間に響きわたった。だがファイは怯まず話しかける。
「お前に契約を持ちかけた奴は誰だ?こんなデタラメな生贄をお前に渡した奴だ。余程頭のおかしい狂人か考えなしのバカだろう?」
[お前に話す事など何も無い。これ以上邪魔するのならお前を殺す]
「お前、魔物の癖に力量を読み違えるなよ。お前に私が殺せると思うか?」
ファイは剣を抜くと魔法陣に剣を当てた。その声はしばし黙ってから返答した。
[契約者の名は言えない。例えお前が強くとも邪魔をするのならお前は私の敵。それだけだ]
縁から黒い炎が立ち上がった。サナはファイの肩を掴む。
「関わるな。こちらから仕掛けなければ何もされない。それに、この契約に人の血は恐らく使用されていない。大した呪いでは無いだろう」
その言葉にファイは渋々剣を納める。そして溜息をついた。サナはそんな彼女に疑問を投げた。
「この地にこんな場所は多いのか?」
「そうだな。前来た時も何箇所か見つけた。ここは初めてだけどな」
ファイは興味を無くしたのか、そのままその場を立ち去ろうとする。すると魔法陣から声が掛けられた。
[ファイ。伝言だ]
その声にファイはピタリと足を止める。
[私に会いに来るのを楽しみにしている。私の可愛い仔猫ちゃん]
その女の声にファイは素早く剣を抜き、そのまま地面に剣を叩きつけた。その瞬間地面は勢いをつけ炎と共に亀裂をつくりそのまま魔法陣を真っ二つにした。黒い炎がファイに向かって襲いかかってきたが、その炎はファイの炎に全て焼かれてしまう。
「私も楽しみにしてるぜ」
ファイの目には怒りの炎が灯っていた。その様子にサナは眉を寄せた。どうやらこの場所を使った者をファイは知っている様子だ。
「知り合いか?」
「ああ・・・もう随分と長いこと会っていないがな」
ファイは歯ぎしりしながらその場を後にした。
サナは黙って後をついて行った。
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「そういやぁもうすぐ春だなぁ」
パラドレアは年中気温が低いので季節を感じにくいが、やはり春になると実りが多くなる。
ファイは自分の従姉妹のロゼの事を思い出した。
「春に何かあるのか?」
珍しくシャイアとは関係ない話を振ってきたので、サナは内心驚いた。尋ねるとファイは少し嬉しそうに目の前のパンにかじりついた。
「私の従姉妹が学校とかいうのを卒業すんだよ。あいつが学校に行く前は二人で旅してたんだ」
「お前家族が居たんだな?それで?そいつと合流するのか?」
「いや、あいつは他のパーティーと行動してっからわざわざ合流しねぇ。そもそもロゼはシャイアが嫌いだからな」
その言葉にサナは首を傾げた。そのロゼという女もシャイアと知り合いらしい。
「シャイアと仲が悪いのか?」
「いや?一方的に嫌ってる。私があまりにシャイアを好いてるから嫌なんだと」
それはいわゆる、シスコンというものでは無いだろうか。
サナは微妙な顔をした。
「それは、シャイアに同情する」
変な女に好かれ追い回され窮地に追い込まれて逃げ回っているのに、その女の身内から目の敵にされている。損な役回りである。
「なぁなぁ!シャイアって今どんな感じに成長してんだ?やっぱ相変わらず淡々としてんの?」
ファイの知っているシャイアはいつも飄々としていて感情の起伏が少ない。余計な事は喋らないタイプだ。
「結構喋るぞ。それにふざけている。かなり性格は悪い」
「ヘェ〜そうなんだ。早く会いたいな」
ファイは人の話を聞いていたのかいないのか、夢み心地でパンにかぶりついている。サナはジト目でファイを見ている。
「お前。シャイアに会ったらどうするつもりだ?」
その問いにファイはキョトンとサナを見た。サナはそんなファイに首を傾げる。
「そんなの決まってるだろ?」
何を今更とばかりにファイは満面の笑みで言い放った。
「シャイアの嫁になるんだよ」
サナはそのあまりにファイとかけ離れた発言に思わず飲みかけのスープを吹き出したのだった。