明日への希望
「あれ?ファイは?」
あれから数日後ファイに呼び出されたロゼ達はラーズレイの西側に位置する山の山頂に来ていた。
皆ここに来るのは初めてである。
この隣にラゴス山がありその下にルドラが眠っていた遺跡があった。
「まだ来てないよ?ここからだとソルフィアナがよく見えるね」
バッツは今ソルフィアナで暮らしながら冒険業を続けている。隣にいるネオンもその方角を眺めている。
「あ!来たよ!ファイー!ここだよ!」
ステラはすっかり敬語を使わなくなった。ロゼにはまだ少し敬語を使う。怖いらしい。
「おーう!皆んな揃ったか?」
「一体なんだ?こんな所に呼び出して。エリィを抱えて歩くのも楽じゃないんだぞ」
「私そんなに重くないよ!!」
ベルグレドの不満にエリィがすかさず反論する。エリィは日々成長している。
「それで。何をするの?」
ロゼもファイからここに来た理由を知らされてないらしい。ファイは不満そうなロゼの肩を叩いた。
「私達がやらなければならない事を伝える為に皆んなを集めた」
ファイはイントレンスを指さした。
「あそこに、この地を作ったファレンが眠っている。私達はそいつを叩き起こしてこの地の終焉を止めないといけない」
皆それは聞いていたので知っている。ファイは空を指さした。
「扉を開く事が出来るのは空からその合図が降ってきた時だ。この地を守りたい神々どもが一斉に力を解放してその場所を私達に知らせてくる。だがそこまで辿り着くのに私達はまずファレンを倒さないといけない」
ファイの説明に皆首を傾げた。
ファレンは眠っているのではないのか?
「ファレンは聖と魔二つに分かれている。あそこに眠っているのは聖なるファレン。そしてこの地に終焉をもたらすのが魔のファレンだ」
皆、自然とエルディとシャイアを見た。
「そう。魔人はファレンがこの地を創って初めて誕生させたファレンの民。ファレンをオリジナルにして作られた最初の人類だ」
「え?じゃ、じゃあ」
ステラは少し狼狽えた。その彼等は住処を追いやられイントレンスに閉じこもり暮らしている。
この地の最初の民なのに。
「魔人はファレンに近すぎた。ようは、普通に生きるには難しい生き物になっちまったんだな。魔人は余りに純粋で一途過ぎた。それ故に自分を抑えられないからだ」
エルディは眉間に皺を寄せている。
確かに彼等が人間族の中で生きるのは中々難しい気がする。人間族が平気な事でも魔人には耐え難いという事があるからだ。
「魔のファレンは人の悪しき感情や魂を餌にして徐々に力を蓄える。祝福とは真逆の蓄積だ。だが、それはファレンの民のものだけだ。人間の魂はファレンに影響を与えない。その代わり、せっかく貯めた祝福がすり減ってしまう」
「その、祝福ってガルドエルムの地の神様の所で貯めてるんだよね?それをどうするの?」
ファイはステラの素朴な疑問に微笑んだ。
「ファレンに安らかな眠りを与える。夢を見させてやるのさ。幸せな夢を」
夢、とロゼは呟いた。
バッツはまだよくわからない顔をしている。
「ファレンは眠っていなきゃいけないの?他の神様は起きてるんだよね?」
皆ファイの言葉を待っている。
ファイはゆっくりと皆に振り向いた。
「ファレンは自分で創ったこの世界を直ぐに消そうとした。躊躇いなく。それを止めたのがガルドルム神だ。その時すでにこの世界には生命が誕生していた。だがファレンは何故自分が創った物を自分が壊してはならないのか理解出来なかったんだ」
その話に皆絶句した。
つまり。ファレンは自分が創り出したこの大地を、生命を人類達をなんとも思っていないのだ。
「ここはファレンの世界だ。彼が居なければこの世界は保てない。だが、ファレンにこの世界を守る気がない。だから神々は強制的に介入しファレンをこの地に縛り付けた」
なんて乱暴な話だろう。
だが、神々がファレンを止めなければ皆ここに存在していないのだ。皆この話に頭を抱えた。
「だから、この地の民ではない私達を誕生させたのね?」
「ファレンの民には少なからずファレンの意思がある。無意識にファレンの望む道を辿ってしまうんだ。つまり、終焉に抗う事が出来ない」
皆ゴクリと息を飲んだ。
けれど、ファイは笑った。
「でも、今回は少し違うかもしれない。長い年月ここに縛り付けられ、祝福を与え続けられたファレンに変化が起こっている可能性があるからな」
皆お互いの顔を見渡した。
そう。ここには神の御子以外にもファレンの民達がいる。
「もしかしたら今回は、この大地の人類もファレンに対抗できる術があるかもしれない。今まで、私達とファレンの民が一緒に戦ったことなど一度もなかったからな」
「・・・・ファイ」
そう。それは予感だった。
今まで何も出来なかったファレンの民達。
ただ神の御子達を送り出してきた者達の想い。
「始まるぞ」
ファイの言葉に皆ファイの見ている方角を見た。
それは北にある、まだ誰も足を踏み入れる事が出来た事がない未開の島である。
一瞬の静寂の後凄まじい轟音が大地全体から響きわたった。
「な!!!」
「え?な、何!?」
それはまるで誰かの悲鳴のような、助けを求めるような凄まじい声だった。皆耳を手で塞ぎながら、それを耐えている。
しかしファイは平然とその島から目を離さなかった。
「や、やだ。なんて声・・・」
ネオンはあまりの音に吐き気がした。
バッツがそんなネオンを支えてくれる。
「か、カイル」
ステラは咄嗟にカイルの手を握った。
カイルは笑ってステラを引き寄せた。
ベルグレドはエリィの耳を塞ぎながら必死に倒れないよう地面を踏みしめている。
ロゼはエルディと並んでファイ達と同じ方向をじっと睨んだ。大地から黒い霧が湧き上がり、やがて渦になると、その島に向かって一斉に流れ出した。
「ロゼ!いけるか?」
ファイの掛け声に、ロゼは笑った。
二人は同時に詠唱を始める。
それに他の三人も応え魔力を構築し始めた。
こんな事やった覚えなどない。
しかし彼等の魂はそれをちゃんと覚えていたのだ。
その様子を見ていたネオンは魔力を高める為、歌いだした。
ネオンの歌声に妖精達が集まってくる。
五人の凄まじい魔力はエルディやシャイアが立って居られるのがやっとな程だった。彼等の力はゆっくりとお互いが絡み合い殺しあう事なく共鳴した。
その時。突然黒い霧がファイ達めがけて襲いかかってきた。シャイアとエルディは同時に前に出ると剣を構えた。
その霧がファイ達に届く前にエルディの黒い炎とシャイアの光がその霧を消し去った。
[しょうがない。私も少し手伝ってやろう]
カイルの懐で眠っていたルドラはカイルを突っついた。
カイルは、ルドラをあるべき姿へと戻した。
カイルの魔法陣からルドラの巨大な身体が現れる。
美しい金色の竜である。
[一斉に力を放て。私が出来るだけ遠くまで届けてやろう]
ルドラはそう言うと、思い切りその翼を広げた。
「ファレンの力を削いでやれ!!」
ファイのその言葉と共に、皆一斉に力を解き放った。
七色の閃光は湧き出る黒い靄を一気に浄化させながら真っ直ぐ北の方角に飛んでいく。
ルドラは飛び上がると思い切り翼を羽ばたかせた。
その豪風は遠い地まで届き木々や建物を思い切り揺らした。そしてロゼ達の放った閃光は更に勢いをつけ、そのまま北の大地にぶつかった。
しかしその光は大地の手前で弾かれ、辺りの靄を消しただけだった。それでも効果はあったのか、先程までの恐ろしい轟音は消えていた。
ファイは満足そうに笑った。
「上々だな。これで暫くは時間を稼げるだろ。淀みが貯まるまで時間がかかるからな」
「あそこに、ファレンが居るの?」
「そうだな。本体はイントレンスだが、まぁその様なもんかな」
ファイは笑って振り向いた。皆ぼうぜんとしている。
「生き残ろうぜ。皆んなで」
ファイのその言葉に皆次々と笑みがこぼれた。
ロゼはファイと手を繋いだ。
「ええ。必ず。皆んなで」
ファイはシャイアに目線をやると微笑んだ。
シャイアもそんなファイに笑って応えた。
彼等は遂に、その使命を知り仲間を揃えた。
闇は目覚め、聖はいまだ眠りの中にいる。
この大地には5つの宝玉。
神の御子と呼ばれる五人の救世主が存在した。
「あ!どうすっかなぁ。子作りのタイミング」
「え!!な、何それ!ちょっ!ちょっとファイ?何の話しなの!?シャイア!?」
かつて救世主と言われたファイは、今もその使命を背負い生きている。彼女の愛しい者達と共に彼等を守る為に。
「あはははは!!」
きっと彼女は今度こそ手に入れるだろう。
その身に宿す焔の如く強い意思で彼等と自分の未来を。
愛する男との約束を、守る為に。
ー完ー