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最初の記憶

ファイの両親の記憶は、燃え盛る火の中から逃げ出す所から始まっていた。血を流し倒れる父親。そしてファイを抱え、必至に逃げる母親の温もり。母の髪は美しい赤色だった。母は重傷を追いながら屋敷から逃げ出し、林で待っていた男にファイを渡した。


「どうか、この子を無事生かして下さい。ロゼやローダリアにも・・・どうか、生きて・・・・」


彼女はファイを男に渡すと安心したのか、そのまま力尽きた。ファイはその光景をジッと見ていた。それしか出来なかった。力尽きた彼女の近くでは、赤いドレスを着た妖精がくるりと円を描き彼女の顔に近付くと、息のない彼女の頬にキスをした。そしてファイの肩にフワリと止まる。


[大丈夫だよ。お前は私が守ってやる]


その妖精はファイが死に、生まれた時からいた。そしてファイはそれを覚えていた。


[私の愛子。お前を一人になんてしない]


彼女はずっとファイと居た。そんな二人を他の妖精達も優しく見守っていた。

ファイは男に抱えられ遠目に見える炎の明かりを見ながら自分の生まれ故郷を離れた。





「ファーイ!!」


一人生き残ったファイは、母方の親戚の家の子供として育てられた。そこには歳が同じロゼという従姉妹がいた。

その子供はファイの母親と同じ赤色の髪にファイと同じグリーンアイである。ファイがここに来てから、本当の姉妹のように喜びを分かち合い喧嘩もしたりした。そして何より彼女はファイと()()だった。


「何だよ。親父また出てったのか?帰ってきたばかりじゃん!」


「そうなの。次の仕事があるんだって・・・冒険者だからしょうがないってお母さんが・・・・」


ロゼが、がっかりして項垂れているのを見てファイの肩に止まっていた妖精が笑いながらロゼのおでこを叩いた。


[辛気くせぇなぁ?じゃあ親父が次帰ってきたら驚かせてやろうぜ?]


そう言われてロゼとファイは顔を見合わせた。そしてニヤリと二人して笑う。実はロゼの父親の誕生日が近かったのだ、その為二人はこっそり母親に禁止されている魔術を使う練習をしていた。


「そうだな!じゃあ飯食ったら行こうぜ!」


ロゼはもうすっかり笑顔になってファイに抱きついた。

ファイはこの子が大好きだった。嘘偽りなく真っ直ぐ自分に向けられる好意は素直に嬉しい。それに彼女は遥か昔もファイと運命を共にした仲間だった。それをファイと、その妖精だけは覚えていた。



ファイはロゼと二人で歩いて行く。すると集落の子供達がいつの間にか側まで近寄って来ていた。ファイは思い切りそちらを睨んだ。奴らは隙を見てロゼにちょっかいを出してくる気に入らない奴らだ。


「よう!ロゼ、ファイ。また二人だけでお散歩か?いい加減友達を作れよ?」


ぞろぞろと大勢の引き連れてお山の大将気取りの少年はにやにやしながら二人に話しかけて来た。ロゼとファイは一気に表情を冷たくした。少年は気に入らなそうにロゼを見た。


「何だよその眼!相変わらず生意気な奴だな!」


ロゼは前髪を掴まれて引っ張られそうになり思わず少年の手首を捻って持ち上げてしまった。


「いでででででで!?」


取り巻きの少年達は慌てて加勢しようとするが、ファイに睨まれて動けない。ロゼは、パッと手を離すと前髪をはたいた。


「行こう。ファイ」


「まてよ!!お前絶対いつか此処から追い出してやるからな!?父さんに今日の事も言いつけてやる!!」


今思えば、あの少年はただロゼの事が可愛くて気になっていたのだと分かる。だがあの頃、ファイ達にそんな少年の心が理解出来る訳もなく、そして余裕さえ無かった。

あの集落の中で二人は明らかに孤立していた。


きっとロゼだけならそんな風にはならなかった。彼女は本来社交的で、可愛らしい性格だ。一人ならそれなりに上手く躱して波風が立たぬ様立ち回れたと思う。


だがそこにはファイがいた。

ファイにとって、ロゼが唯一守る相手だったように、ロゼにとってもファイはそんな存在だった。この集落の大人達は信用出来なかった。ファイ達の能力の事を知りながらも二人を疎ましく思っていた彼等を。


「大丈夫だ。もし何か言われたら私のせいにすればいい」


ファイがそう言うとロゼは笑って首を振った。


「大丈夫だよ。ちゃんと訳を話すから。ありがとファイ」


二人は手を繋いで仲良く家に帰った。



家に着くと何やら人の気配がして二人は緊張した。

ドアの前で二人、顔を見合わせる。すると目の前でドアが開いた。


「おや?お嬢さんが帰ってらっしゃったみたいですね?」


「こんにちわ」


そこには旅人のマントを羽織った二人組が立っていた。

一人は大人の男性でもう一人は恐らく子供だろう。

その子供は黙っている。


「あらロゼ!丁度良いわ!今やっと材料が揃って素材の説明を受けていたのよ?貴方も一緒に聞く?」


ロゼは母親の誘いに目を輝かせた。ロゼの母親は装飾技師の仕事を生業としている。ロゼも将来は母親と同じ仕事に就くつもりだ。その為、時間の合間を見ては勉強している。ファイは少し面白くなかったが、頷いてロゼの背中を押した。すると男は傍の青年に声を掛けた。


「シャイア。君は暫くこのお嬢さんのお話し相手になって来なさい。少し時間がかかる」


ファイが断る前に扉は閉められ、二人は沈黙の中見つめ合った。どうしようか。


「・・・・私はファイ」


「シャイアだ」


そして沈黙が流れる。

何だろうか。気まずい。


どうしようかと考えていると、シャイアは目の前で被っていたフードを外した。ファイは、そこからこぼれ落ちた黒い髪と彼の赤い瞳に少々見入ってしまった。


「黒髪が珍しくか?」


「うん。初めて見た」


そう言ってファイは笑った。

シャイアはそんなファイを見て少し考えてから落ちてる棒を拾うとファイに手渡した。


「話より、身体を動かす方が好きか?」


打ち合いをしようと言われファイの目が思わず輝いた。

しかし直ぐ思い直す。


「いや、あんたが怪我するといけないし・・・」


「・・・・大丈夫だ。こう見えて結構強い」


シャイアは淡々と答えると棒を構えた。

ファイはソワソワしながらシャイアを見ている。


「疑ってるなら試してみろ。それで気が乗らないなら止めればいい」


ファイはそう言われて思わず嬉しくなり、満面の笑みでシャイアに向かって棒を振り下ろした。



****







「本当にクッソ強かったんだよなぁ。シャイア」


ウィンドレムを出港する船の中、ファイは一人呟いた。

ファイは幼い頃、商人見習いとして村に来ていたシャイアと、時間潰しの度に打ち合った。

その内ファイの剣術はみるみる強くなっていった。ロゼの父親もかなり強い剣士だった為、二重で鍛えられ才能もあったらしいファイは10歳には大人と対等に打ち合える程の強さに成長した。


それで守れると思っていた。ロゼを。




「おい。馬鹿でも中に入れ。身体を冷やし過ぎるな。血が不味くなるだろう」


「なんなんだお前は!私はお前の餌か何かか?」


「血が嫌なら粘膜の接触でも構わないが?」


そう言われてファイは身を引いた。駄目だこいつ、やばい奴だ。


「どちらもお断りだ変態野郎。魔力を使って身体がつらくなるなら使わなきゃいいだろうが!!」


「お前が使わせたんだろうが。あんな密室で煙に巻かれたら一溜りもないぞ」


確かにちょっと火力は強かったが、燃え広がらないよう調整した。・・・・筈である。


「それに、ちゃんと報酬もやっただろう?いつまでも細かい事を気にするな面倒くさい」


確かに、ファイは魔女の末裔達が特定の相手から魔力を供給し力を発揮する事を知っていた。知っていたが、ここまで節操が無いとは思わなかった。もしや、シャイアも?と考えると気分が悪い。だがまぁ今の状況から考えてサナが供給を求める相手がファイになるのもしょうがない。

事実を知っているのも力を使わせているのも彼女なのだ。


「全く。何で会いに来たのが、こいつなんだ」


(だからそれはお前の行動の所為だろうが)


サナは突っ込み疲れたのか、黙ってファイの腕を掴むと、中に引きずり込み近場の毛布を無理矢理被せた。

会ってそんなに経っていないのに、この男大分馴れ馴れしくファイに触れてくる。いくら男勝りなファイでも女である。あまりベタベタ触られたくない、のだが。


「お前も何処かで会ったことあったか?」


「何故そう思う?」


これはやはり何処かで会ったことがありそうだ。

しかし全く記憶に無い。


「初めて関わる感じがしない」


「まぁそうだな。思い出したら教えてやる」


サナはそう言ってファイを無理やり船の奥の暖かい場所へ押し込んだ。ファイは鬱陶しそうにサナを睨む。


「自分が平気だと思っていても案外体はそうでもないものだ」


ファイはそれを聞き流し、目を閉じながら別の事を考えた。


(気分は最悪だが、これでシャイアは私を見つけ易くなった筈。それなら・・・・・)


彼女にはやり遂げると決めた事があった。それを果たす為ファイは次の手を考えた。

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