彼女が世界を救う理由
あの時。
サナがファイにかけられた制約を解く為にファイに解除の術を施した時それに気づいた。
"あるべき記憶がなくなっている"
それはファイの存在する理由だった。
彼女はその為に辛い過去の記憶を繋ぎこのファレンの大地に何度も生まれ変わって来た。
何故、その事に気付いたのか。
あの瞬間に思い出したのだ。
彼女の記憶の一部を。
それは確かにシャイアに助けられるまでは持っていた記憶だった。
彼女は自分の身体だけでなく自分の魂にまで影響が出ていた事を知り彼に心臓を返そうと決めた。
例えそれで自分が死ぬ事になったとしても彼女の役目は果たす事は出来るだろう。
本格的に世界の崩壊が起こる前に準備を整えなければならない。
ファイは思う。パメラが羨ましいと。
彼女は別に世界など、どうでもよかった。
けれど彼女には愛する者達が沢山いた。
家族や仲間。そしてこの地で懸命に生きる人々。
彼女は彼等の生きる場所を守る為自らを犠牲にし続けた。
どんなに懸命に危機を回避してもそれはまたやって来た。
こんな使命をファイに与えた神々に復讐できるのであればしてやりたい。
しかしファイはいつも自分の運命に絶望するのに失敗した。
「ファイ!」
ファイが生まれ変わると彼等はいつもファイを待っていた。記憶は無くとも、その姿は別人でも、必ず間違えずファイを見つけ彼女を愛した。
[おーい!ファイ!こっちこいよ!]
大切な物さえなければ、こんな世界すぐにでも見捨てることが出来たのに、彼女も彼等を愛した。何度でも。
そしていつも失った。
エリィは今回の終焉が最期だと言っていた。
それならば今度こそ皆んなの最期は見送りたくない。
[馬鹿だなぁ?じゃあ見送るんじゃなくて皆んなで生き残ればいいだろ?]
(プリィティシア?)
その声は何処からか降ってきた。懐かしい彼女の声だ。
[お前達が死ななくてもいい方法を探すんだ。聖の御子はそのすべを見つけたぞ?お前にもきっとある筈だ!]
(そうかな?そんな事可能なのか?)
[お前の中には他の奴らにはない記憶が残ってる。その中にお前達が生き残る為のヒントがきっとある。お前達はただ、無駄に転生を繰り返していたわけじゃない。少しずつお前達も変化しているんだ。その1つがシャイアだ]
そう。彼の様な存在は今まで彼女の前に現れなかった。
使命とは関係なくただ彼女を愛してくれる存在。
[お前は馬鹿だなぁ。やっとお前だけを愛してくれる奴を見つけたのに、そんな大事な奴を置いて死のうとするなんてさぁ]
ふと、ファイは自分が今何処に居るのか疑問に思った。
すると天井から眩い光が差し込んで来た。
[ファイ!もっと人生を楽しんで生きろ!!必死で生きて長生きしろ!子供も沢山作ってさ?皆んなに愛されて、そんな奴らに囲まれながら最期を迎えろ!」
それは当たり前でファイにはあり得ない人生だった。
それでもファイの心はそんな自分を想像して幸せな気持ちで溢れた。彼と家族になる。そう。ファイはずっと自分の本当の家族が欲しかった。
いつもすぐに失ってしまう大事な家族。
[お前なら出来る。お前なら運命を変えられる。変えろ!シャイアと共に!!]
ファイは無意識に天に手を伸ばした。
ファイはその手を光の中で握られた瞬間、目を覚ました。
「ファイ」
ファイは呼ばれて声がした方へ目を向けた。
そこにはベルグレドがいた。
「・・・・・ここ。ガルドエルムか?」
「ああ。ここならラーズレイの近道があるからな。さっきまでロゼが居たんだがタイミングが悪かったな」
ベルグレドはそう言ってファイのおでこを触った。
ファイは黙ってされるがままになっている。
「お前。覚悟しておけよ。皆んな怒ってるぞ。とくにサナ」
「・・・・そうか」
ファイは笑った。
そんなファイにベルグレドは怒ったり笑ったりせずただ柔らかい声で聞いた。
「俺は前世ではどんな奴だったんだ?」
ファイは姉妹だった頃のベルグレドを思い出す。
「ベルは、沈着冷静どんな時でも狼狽えず堂々としていたな。私よりも剣の腕前は上だったんだ。魔法は私の方が強かったけど、頭が良かったから戦略でいつも勝てなかった」
ファイの最初の頃の記憶だ。
初めてこの大地を救った時の。
「ベルはあんなに綺麗だったのに結局誰とも結ばれなかった。親父が、どうせ死ぬから必要ないって・・・それが悔しくて腹が立って・・・でもベルは笑ってた。私は他の仲間を助ける為にベルから離れてたんだ。だから間に合わなかった・・・」
前世のファイ。エリィはゼスティを助ける為に彼のもとへ行ってしまった。その間にベルは殺された。
「結局。誰も助けられなかった。ギリギリファレンを封じ込める事は出来たけど皆死んだ。私、以外」
ファイは気が付いていなかった。話しながらその瞳から流れる涙に。ベルグレドは黙ってファイの話の続きを聞いた。
「帰ったらさ?私を英雄扱いしてガルドエルムの王になれと親父が言ったんだ。だから言ってやった。お前らの望み通り俺はこの世界を救う為死んでやるって。あの時の親父の顔は傑作だった。あいつ。ベルが死んだ事を少しも悲しまなかったんだ」
ベルグレドはファイの握り締められた拳に手を重ねた。
「ファイ」
ベルグレドの呼ぶ声にファイはハッと我に返った。
目の前にいるのは彼女ではない。自分もエリィではない。
「彼女は俺に未来を変えろと言った」
ベルグレドはファイがずっと苦しんでいたことがわかった。そして、これは自分の役目だと思った。
ベルグレドは彼女に初めて会った時から、とても懐かしい放って置けない気持ちだった。
「皆んなで変えろと。だから、変えよう。一緒に」
ファイの止まらない涙をタオルで拭いながらベルグレドは笑った。
「もう、一人で苦しむな。もっと皆んなに甘えていいんだよ」
扉の向こうからオルファウスとエリィが歩いて来る。
ファイはシーツを被ると顔を隠した。
「ファイどうしたの?起きたんじゃないの?」
「すまん。俺が泣かせたみたいだ。皆んなには言うなよ」
「えーーー?ベル怒ったの?泣くまで怒るなんて酷い!」
エリィは子供らしい思考でぷりぷりしている。
ベルグレドは息を吐いてそんなエリィを抱き上げた。
「お腹空いただろ?持ってきてやる。暫くは誰も入れないからゆっくりしてろ」
出て行く二人の後を追わず、オルファウスはファイの側までやって来た。ファイは顔を出すとオルファウスを見た。
[貴方が無事に帰って来て良かった]
「死に損なったみたいだ」
誰かに助けられたという自覚はある。死にそうだったのではっきり覚えていないが。
[すみません。貴方の秘密を喋ってしまいました。貴方の最期を]
「いや、あの計画を成功させる為にあそこへ誘き出すと決めた時、それは覚悟してたしな?逆に助かった」
ファイが死んだ時の事を考えガゼルと話しあそこで心臓を取り出すことにしたのだ。死んだ直後でなければ火山に力を与えられないのだ。
[私もプリティシアもずっと貴方を見送って来ました]
ファイはゆっくりと目線を上げた。オルファウスの瞳がじっとファイを見つめている。
[私達は精霊です。人ではない。あなた達の様な複雑な感情は持っていません。それでも・・・・・]
オルファウスはファイの手にすり寄った。ファイは震えた。プリティシアの最期のセリフを思い出す。
[貴方が救われるのをずっと願っていました]
「・・・オルファウス」
[貴方の願いを今度こそ叶えなさい。そして、幸せになりなさい。プリティシアの為にも]
ファイの周りでは妖精達が心配そうに飛んでいる。ファイは笑った。
「まったく。なんでこんなに愛されてんのかね?私」
こんなに愛しいものに囲まれて愛さずになど、いられる訳がないのに。
ファイはずっと自分は幸せになってはいけないと思っていた。けれど彼女を愛してくれる者達は皆ファイの幸せを願っていた。
そして彼女も心の底では幸せになりたいと思っていた。