消えたファイ
ある日の昼下がりロゼはラーズレイの食堂で見覚えのある人物達を見つけ声をかけた。
「貴方達。何してるの?」
「あ!ロゼさん!」
「ロゼ。久しぶり」
彼女達は最近知り合ったステラとネオンである。ステラはロゼ達と同じ神の御子で聖の魔力を司る者だ。
そしてネオンはもう一人の神の御子バッツの恋人でエルフである。
「実は。リュカさんから頂いた試供品があるんですけど、装飾品ではなく、飲み物で」
つまり、直接身体に取り込む物なのだ。怪しい。
「どんな効果があるの?」
「転移装置と同じやつよ。ステラとカイルが使ったことがあるものらしいのだけど・・・・」
そういえばステラは知らないうちにレイヴァンにこれを飲まされた事があるらしい。ロゼはとても興味が湧いた。
「面白そうね?で?誰が使うか決めたの?」
「それがまだ、でも意見を聞きたいと言われているので返すわけにもいかず・・・・」
ステラは困ってその液体を見つめている。
ロゼはその液体の1つを摘み上げると蓋を外し、口をつけた。二人はギョッとして立ち上がった。
「ロロロロロロロ!!ロゼさん?!」
「ちょっと!ロゼ!」
心配する二人を他所にロゼはケロリとしている。
「なんだ。結構美味しいのね?ジュースみたい」
ロゼの感想に二人は「え?」ともう1つの液体を凝視した。
(美味しいの?)
ステラとネオンはお互い目を合わせた。
「す、少しだけ飲んでみようかな?」
「わ、私も。味の感想でもいいかな?」
どうやら興味に負け半分ずつ飲むらしい。ロゼは笑ってこれは性能調査は無理だなとリュカに報告してあげようと思った。頼む相手がそもそも悪い。
二人はキャーキャー言いながら液体を飲んでいる。
平和である。
つい数ヶ月前彼女達と出会った時は色々大変だった。
たまたまギルドの依頼でスノーウィンを訪れた時、ロゼは暴走するステラを見つけ彼女達と行動を共にする事になった。そして彼女と彼女の幼馴染が自分達と同じ者だと分かりロゼは新たな真実と仲間を手に入れラーズレイに帰ってきた。ファイにも紹介しようと思っていたのだが・・・。
「全く。また、行ったきり帰ってこないんだから」
ロゼがこちらに帰って来てから一度もファイの姿を見ていない。
「ロゼ。ここにいたのか」
エルディが道の反対側から歩いて来る。その横にはステラの恋人のカイルがいる。
「結局二人で飲んだのか?効果半減するかもしれないぞ?」
「だって味に興味があって・・・」
「不味けりゃ何かに混ぜればいいだろ?原液で飲むなよな」
カイルの最もなアドバイスにステラとネオンは成る程!と顔を見合わせた。本当に平和である。
「あ!ロゼ!さっきホネットに会ったんだけど。ロゼを探してたよ?」
更に反対側からステラの幼馴染のバッツがやってくる。
しかし、ホネットがロゼを探してると言われて首をかしげる。彼は最近までドワーフ国に帰っていたはずだ。
何かあったんだろうか?
「なんか、誰かが拐われたとか何とか・・」
その場の空気がピタリと停止する。
ロゼはゆっくりバッツを見た。
「誰が?」
皆ロゼの様子にゴクリと息を飲んだ。エルディもまさかという顔をしている。
「えっとね、フ、ファイ?って人らしい」
その場にいた全員が目を見開いた。
ファイがロゼが紹介すると言っていた従姉妹だと皆知っているのだ。
「ホネットはどこ?」
「さっきまで広場に居たけどもう移動し・・・」
ロゼは聞いた途端広場に向かい走り出した。エルディも慌ててその後を追う。皆しばし固まっていたが、ロゼの様子に只事ではないと立ち上がった。そこへ一人の男が近づいて来る。
「・・・・今のロゼか?」
「え?は、はい。あの、貴方は?」
その男は真っ青な顔で今にも倒れそうだ。
「・・・俺は、サナだ。ファイと行動を共にしていた。そうロゼに言えば、わかる」
男はそう言うとそのままその場で気を失った。
****
「なあ。1つ聞きたいんだけど?」
ドワーフ国の宴が終わった夜ファイは唐突にサナに聞いて来た。
「お前。私の事好きなのか?」
「何だお前、とうとう本当に頭のネジが飛んだのか?」
真に受けないサナに更に追い討ちをかける。
「いや、だって。どう考えてもお前私の事意識してるよな?私の事抱きたいとか思うのか?」
サナは額に青筋を立てた。何てデリカシーのかけらもない女なんだろう。サナは思わずファイの頭を叩いた。
「俺はお前に手を出すほど飢えてもいなければ困ってもいない。心配するな」
「ふーん?じゃあ私が他の男の物になってもいいんだな?」
そのセリフにサナは思わず信じられない物を見る目でファイを見た。さっきからこいつは何を言っているのか。
「シャイアも迎えに来ねぇし、もういいかなぁって思ってんだよ。お前が私を要らないなら他に欲しいって奴の所に行く事にした」
到底理解し難いファイの言葉にサナは何て答えたらいいのかわからなかった。ただどうしようもない怒りだけがそこにあった。
「シャイアを裏切るのか?」
「裏切るも何もねぇよ。じゃあ、このまま死ぬまで一人でいろと?」
サナがファイに手を伸ばすとファイはそれをスルリと避けた。それと同時にファイの足下に見覚えのある魔法陣が現れた。
サナは、怒りで剣を引き抜いた。
「オルフェイズ!!!貴様!!」
「ごめんね?ファイ、俺の方が良くなっちゃったみたいだから連れて行くね?」
オルフェイズと呼ばれたマルコはファイを抱きしめると、そのまま魔法陣に吸い込まれ消えていった。
サナは堪らず叫んだ。
「ふざけるな!!馬鹿女!!」
サナはそれっきりファイの気配を追えなくなった。
「・・・それで、ファイの行方がわからないのね?」
「ああ。心当たりは探したが・・・どこにも、いない」
室内はひんやりと凍りついている。
ロゼは深い溜息をついた。
「あんなに必死にシャイアを探していたファイが今更誰かに乗り換えるとは考えられない。あの子あれで結構一途なのよ」
知っていると、サナは心の中で呟いた。
そして止められなかった自分を悔いた。
「ファイは何をするつもりなんだ?」
エルディにはファイの思考が全く読めない。他の人間もそうだろう。
ロゼが考え込んでいるとサナは決心し真実を打ち明けた。
「ファイは子供の頃瀕死の状態から生き返っている。シャイアがギリギリの所で助けたんだ」
ロゼの肩がピクリと反応した。サナは気付いていたが話を進めた。
「彼女の中にはシャイアの心臓がある。それで彼女は今も生かされている」
「では、シャイアはどうしてるんだ?」
「彼の中にはもう1つの心臓があるが、それは元々身体の寿命を延ばすものだ。生きてはいるが上手く活動出来ていない。それも彼女の近くにいれない原因でもある」
そんな事誰も知らなかった。ロゼさえ。
「それが、ファイにバレた恐れがある」
「え?バレるとまずいんですか?」
ステラは訳がわからないようだ。当たり前である。
これにはエルディが答えた。
「おそらくだか、彼女はその心臓を返そうとしているのか?」
「だが、シャイアは決して受け取らないと本人に言っている。ファイが死ぬかもしれないからな」
「つまり、今回の事はシャイアを誘き出すファイの作戦って事かな?」
バッツが珍しく的を射た事を言う。それにはサナも頷いた。だが納得しない者が一人いた。
「違う・・・」
ロゼだ。彼女はガタガタと震えている。エルディもやっとロゼが変だと気が付いた。
「その心臓は取り出した後どれくらい保つものなの?」
「・・・・それは、どういう」
「その心臓を取り出す方法は貴方とシャイア以外誰が知っている?」
サナはハッとした。
ファイの中にあるままではいつまでたってもシャイアは受け取らないだろう。では、先に取り出してしまったら?
サナから血の気が一気になくなった。ファイならやりかねない。
「俺の仲間は皆、その手段を知っている。俺達にしか使えない術だ」
ロゼの顔にもすでに色がない。こんなロゼを誰も見た事がない。
「急がなきゃ。あの子が死んでしまう前に」
その時部屋のドアをノックする者がいた。皆思わず一斉にそちらを見る。尋ね人はそれに一瞬固まり困った顔をした。
「お取り込み中でしたか?すみません」
そこには何故かゼイルが立っていた。その手に長い棒らしき物を持っている。
「バッツ、忘れ物です。やっと出来たのに置いていかないで下さいよ」
「あ。ごめん!つい飛び出して行っちゃった」
バッツが申し訳なさそうにそれを受け取り布を開くと美しい装飾を施されたスピアが現れた。
「それ、バッツの武器?」
「うん。リュカが俺にって。でも何でだろう?」
そういえばリュカはステラにも投げナイフを用意していた。彼女が現れる前から。ロゼはそれを見て眉を寄せた。
「その魔石。何故そんな貴重な物が手に入ったの?」
それはロゼでも滅多にお目にかかれない代物だ。しかも状態が良すぎる。
「ああ。それはファイ様が・・・・」
ゼイルは思わず口に出してしまい口を閉じた。
「・・・・え?ファイ?」
思わず手を口に当てたゼイルは何事も無かったかの様に笑って去ろうとして皆に捕まえられた。
「ファイが?どう関係してるの?」
ゼイルはダラダラと冷や汗をかいた。これは、リュカに叱られそうである。しかし逃げ場がないゼイルは抵抗を諦めた。