失った彼女が得たもの
(お父様。お母様)
彼女は目の前で悲しむ両親を、ただ見つめることしか出来なかった。
彼女の人生はこの部屋で完結した。
生まれた時から身体が弱かった彼女は元々長生き出来ないと宣告されていたが、両親の努力の末結局10歳まで生きる事が出来た。だが、彼女は嬉しくなかった。
(もっと早くに死んでいれば二人共楽になれたのに)
ドロリとした感情が彼女から這い出る。すると、そんな彼女に声をかけてくる者がいた。
[駄目よ。余計な事を考えては。道を見失ってしまうわ]
すぐ横には美しい黒髪の女性が立っていた。
両親には二人が見えていない。と、言うことは彼女も死人だろう。
[あら?貴方まだ死んでいないわね?それなら早く戻りなさい。今ならまだ生きられるわよ?]
彼女の言葉に、しかし少女は首を振った。
女性は笑って彼女の頭を撫でた。
[貴方。身体と魂の繋がりが上手くいっていないのね?そのせいで何度も死にかけたでしょう?]
[そうなの?]
意外な事実に彼女は首を傾げた。女性は笑うと少女に聞いた。
[まだ生きたい?そう思うなら力を貸してあげましょうか?]
少女は少し考えて、やはり首を振った。それには女性が不思議そうな顔をした。しかし、少女が発した言葉が彼女の胸に突き刺さった。
[何故そんなに頑張って生きなきゃいけないの?生きていたって辛いことしかないのに]
それは。その女性にもわからなかった。彼女の人生の大半が苦痛そのものだったから。
[お父様もお母様も私を愛していると言う。私に生きて欲しいって。でも、私は早く楽になりたかったの]
それでも彼女は両親の為頑張った。
そしてやっと解放されようとしている。
[愛ってそんなに大切?苦しいのを我慢する程?]
少女の問いに女性は彼女の前に膝をつくと微笑んだ。
[ねぇ。私と賭けをしない?]
[貴方があの身体をいらないというのなら暫く私に貸してくれないかしら?その代わり貴方の代わりに私が貴方を演じてあげる。貴方の両親を愛する演技を]
彼女の赤い瞳は楽しそうにユラユラ揺らめいて吸い込まれてしまいそうだ。少女はコクリとうなずいた。
[貴方はそれを暫く一緒に見守ってくれる?そしてもし貴方がそれでも死にたいと思ったら貴方の勝ち。貴方をここから解放してあげる。でも貴方が少しでも生きたいと思ったら私の勝ち]
女性は悪戯っぽい笑みを浮かべている。
少女はそれにつられて思わず笑ってしまった。
[私はパメラよ。貴方の名前を教えてくれる?]
[・・・いいよ、私はね・・・]
「カテリーナ!!あまり無理しては駄目よ?」
「はーい!お母様」
彼女はカテリーナ・レミュー。五大貴族の家に生まれた長女である。
彼女の母親は心配そうに彼女を見ている。
彼女はつい最近生死の境を彷徨ったばかりだ。
しかしもう駄目だと医者にも言われ諦めかけた時、何と彼女は死の淵から息を吹き返した。
そして現在。
彼女は今までの病が嘘のように治り今では外に出れるまで回復している。
「お母様。お庭でお友達と紅茶を飲んでもいい?」
「・・・・構わないですけれど。貴方、その方って」
カテリーナの母親は少々顔を引きつらせた。
それにカテリーナは微笑んで大丈夫だよと笑った。
「あの方はロゼ様のご親戚の方よ。大丈夫」
それを聞いて母親は少しだけ緊張を解いた。
ロゼとは今、この国の重大な問題を手助けしてくれている使者の名である。そして秘匿されているがファイズ家の元婚約者でもある。
「一体いつそんな方とお知り合いになったのです?」
「私が話をかけたのです。とても美しい髪だったので」
カテリーナの髪は天然パーマでふわふわである。サラサラな金髪ヘアが羨ましい年頃である。
彼女は心配する母親を置いてサッサと庭に歩き出した。
庭に着くとそこにはすでにテーブルやお茶の用意がされていた。カテリーナはそこへちょこんと腰掛けると辺りを見渡し声をかけた。
「・・・・出てきても大丈夫よ」
その瞬間。彼女は木の上から降ってきた。
着地と共に肩についた葉を払いながらカテリーナの下へやってくる。
「お前相変わらず演技が上手いな。感心するぜ」
「あら?褒めてくれてるの?嬉しいわ。ファイ」
ファイが話しかけた瞬間その少女はガラリと口調を変えた。ファイは苦笑いすると向かい側に腰掛けた。
「よく、私を見つけたわね?」
「あまりに不自然だったからな。それにタイミングも同じだったから直ぐに疑った。身体、もう駄目だったのか?」
ファイの問いにパメラは微笑んだ。
彼女の本当の体はもうない。
つまり実質的にはパメラは死んだはずだ。
だが、彼女の魂はまだ生きている。
「別にこんな事する予定ではなかったのだけれど。成り行き上。それで、私を殺す算段はついたのかしら?」
「一応な。だが、その状態で使えるのかどうかはわかんねぇなぁ」
ファイは懐から白い羽根を取り出した。
パメラはそれに見覚えがあったのかピクリとも眉間を動かした。
「お前を追い詰めた姫さんが、お前に残したものらしい。後、これも返してやる」
ファイはもう一つパメラの前にガラスの花を差し出した。
その二つをパメラはお茶を口にしながら交互に見た。
「ねぇ。エレナは何故私に謝ったのかしらね」
パメラを追い詰めたエレナは、パメラにはトドメを刺さず逃す事を選択した。そしてその時パメラに謝った。
「普通。謝るのなら悪い事をした方だと思うのだけれど?」
「じゃあそう思ってたんだろ。自分の所為だと」
輝くガラスの花を見つめながらパメラは目を閉じた。
彼女はイントレンスを出て全てを失った。この世で一番愛する夫。その愛する人の子供。そして、善良な心を。
「皆んな馬鹿ね。私はこの世に混乱をもたらす悪。ただ、滅ぼせば良かっただけなのに。いちいち悪者に情けをかけるなんて、馬鹿げてるわ」
パメラの呆れた口調にファイは微かに「そうだな」と呟いた。
「本当に。馬鹿げているわ。ファイ」
パメラはここまで来るのに数えきれない数の命を奪っている。魂もきっと穢れを纏っているはずだ。ファイが彼女の魂を戻し失った物を与えたとしてそれが、何になるというのか。
それでもファイは彼女の手にそれを握らせた。
「私は確かにお前を憎んでいる。そして同じだけお前を愛しいと思ったんだと思う」
ファイの言葉にパメラは眼を見開いた。
「お前がバルドだけしか愛さないと知っていても。それでもお前を愛した者はいる。私やアーシェやロゼだ」
カテリーナの身体が手先から輝き光に包まれていく。
「お前がした事は許される事じゃない。だが、人間がお前達にした事もまた許される事じゃない。誰か一人が悪なんじゃない。何か一つが悪いんじゃないんだよ」
「・・・・ファイ」
「お前の物は確かに返したぞ。後はお前が決めろ。私はお前が望むならいつでもお前を殺してやる」
全身が眩い光に包まれ放たれる瞬間パメラの耳の奥で聞き覚えのある少女の声が聞こえてきた。
[パメラ。貴方に祝福を]
パメラはその声を聞いてやっと自分の愚かさに気づいた。
(本当に馬鹿馬鹿しいわ)
ずっと解放されたかった。この苦しみの中から。
人を恨む事も憎む事もそして抑えられない自分の衝動にさえパメラは疲れていた。だから、バルドがもういないと分かった時、後はもうファイに殺される事を望んでいた。
しかし彼女は気付いていなかった。
自分がファイに助けを求めていたのだという事に。
「ありがとう。ファイ」
パメラは形は歪でも確かに自分はファイを愛したのだと、この時やっと理解した。




