噛み合わない二人
「神器?なんだそりゃ」
「その名の通りだ。神が作ったと言われる器。7つの神器だ。その内の2つはすでに手に入れ、3つは破壊されていた。残りは後2つ。それを回収するのが俺の仕事だ」
二人は今、ウィンドレムの地下街アレハンドを更に潜った地下坑道に来ていた。そこは地上を移動するのが困難な時街の人間達が足代わりに利用するトロッコの様な乗り物がある。モンドレールというこの国独自の乗り物である。
ドワーフ国も坑道があるが、あちらは普通のトロッコを妖精や魔法で動かすものだ。こちらの乗り物程複雑で丈夫には出来ていない。住民達が生活していく上で無くてはならないものである。
地下道には所々にこんな場所があり、街と街が繋がっている。
二人はそれに乗り2つ隣の首都ウィンドレムを目指している。ウィンドレムは独自の乗り物を作る技術に長けている国である。
「これ、どうやって動いてるんだっけか?」
「・・・人の話は聞いてないみたいだな。これは重魔石を燃料にして動いている。この地はそれが腐る程採れるからな。あれなら余分な排気も出ない。地下でも安心して使えるだろうな」
サナは思った以上に物知りだ。流石に世界を旅しているだけ有り博識である。その知識はロゼと並ぶかも知れない。ファイは窓に手を掛け外をずっと見ている。
説明させておいて無視するファイを気にすることもなくサナも外を見つめた。
坑道は結構広く明るい圧迫感は感じられなかった。
二人が乗ったモンドレールはしばらく走ると休憩地点で止まった。一時間程止まる予定の乗り物から乗客が降りて行く。サナとファイはその乗客達が降りるのを見送ってから頭上を見上げた。
「気付いたか?」
「何だこの禍々しい気は」
この国に入ってからファイはずっと重々しく澱んだ空気を感じとっていた。此処の住人達は気付いてるいないが、それは首都に近づくほど強くなっている。サナはファイの背後をチラリと見た。その目線の先をファイは睨み付ける。そこには数匹の妖精が固まって震えている。それを見てファイは舌打ちした。
「着いて来んなっつっただろ?うぜぇ!!」
ファイは近くに置いてあった自分のバックを蹴飛ばした。
サナはその様子には流石に呆れた顔をして妖精を手招きした。こんな所に放置したら妖精が危険である。
「此処は空気が悪すぎる、地上に出るかこの国の外に出るまでは俺達から離れるな」
サナが妖精と話をしているのを見て、ファイは眉を寄せた。彼はそんなファイを無視し、胸元からキラキラと輝く宝石を出した。そして集まってきた妖精の前に差し出した。
「これで暫くは保つ。だが呉々も勝手に行動するな、でなければ身体を失うぞ」
妖精達はお互い顔を見合わせてからサナに頷いて、その宝石に触れた。すると、妖精達の身体に活力が戻って来る。
ファイは少し驚いた。サナが妖精と意思疎通を図る事が出来る事もだが、わざわざ関係ない妖精を助けたからだ。
「何だお前。ただのお人好しだったのか?」
「いや?何故だ?」
「利益にも何にもならないそいつらを助けてるだろ?」
「利益にはなるぞ?」
即答したサナはニヤリと笑った。
「コイツらは神器の餌にする」
「おい!間抜け供!!サッサとこっちに来い!」
サナが言い放った瞬間、ファイは妖精達に怒鳴った。彼女達は困った顔でお互いを見ている。
「この国を出るまでだからな!出たらサッサと私から離れろよ!!」
ファイがそう言うと、やっと彼女達はファイに近づいて来た。そしてファイの周りをうろうろしている。
ファイは自分の上着をめくると、内側のポケットを指刺した。それを見て嬉しそうに妖精達は入っていく。
「お人好しはどちらだろうな?」
サナは愉快そうに薄く笑った。
ファイはとてもイラついたが我慢した。珍しく。
サナが何の目的でファイに近づいて来たのかまだ分からない。まだサナと離れるのは得策とは言えない。
「その神器とやらは、この国にあるのか?」
「怪しいな。だが確実じゃない。前に来た時こんなに気が澱んで無かったから神器が使われた可能性は高いがな。もし使われていれば、もうその神器は使えない。回収を諦めるしかないだろう」
当たり前のように言われてもファイには全然分からない。何故使われたら諦めるのだろうか。その答えをサナはアッサリ教えてくれた。
「オリジナルの神器は一度しか使用出来ない。人類が生み出された時神がこの地に落とした神の器だ。元々7つあった神器は残り2つ。俺はそれを無闇に使われる前に回収し、これ以上の混乱を防ぐ為に動いている。シャイアと同じような末裔だ」
ファイはその名にピクリと反応した。
サナはその分かり易い反応にまた笑った。
「世界の混乱を抑える為、作られた"魔女の末裔"、その関係者だと言っている」
「シャイアは何故来ない?」
ファイの率直な質問には心底呆れた顔でサナはファイの頭を引っ叩いた。それには驚き過ぎて、ファイは固まった。
「お前の所為だ阿保が!!」
「・・・・・え?」
ここまでファイがどんな失礼な事を口や態度で示しても決して声を荒らげ無かった男が、此処で始めて声を大にしてファイを非難する。
「お前。シャイアに16歳になって迎えに行くまで決して会いに来るなと言われていただろうが!!それなのにあんなに分かりやすく探し回ったら直ぐにその事が知れ渡る。シャイアは仲間に裏切り者として終われ逃げている。それで迎えに行けなかったんだ」
衝撃的事実を知らされ、思わず固まったファイは思わず両頬を手で押さえて俯いた。サナは眉を顰めてファイを覗き込んだ。そして眼を丸くする。
「・・・何だ。来なかったんじゃ無くて来れなかったのかよ・・・良かった・・・」
頬はほんのりピンク色で眉は寄っているのに口元は笑っている。そこにはさっきまでの傍若無人で態度も口も悪いガラの悪い女性ではなく、一人の恋する乙女がいた。サナは絶句する。
(・・・・・ギャップが・・・・凄すぎる)
「・・・・お前、そんなにシャイアが好きなのか?」
「当たり前だろ?!じゃなきゃこんな所まで探しに来ねぇし!!」
意外過ぎるファイの素直さにサナはそれ以上の追求はやめにした。ただ自分が疲れるだけの気がする。
「俺は、お前がシャイアと出会うまでお前と行動する。そういう話になっている」
「シャイアに頼まれたのか?」
「どちらかというと契約だな。まさかあんな所で寝てるとは思わなかったがな?」
ファイが余りにも警戒していたので、先に正体を明かす事にしたらしい彼は、この女は下手に隠して行動するよりはっきり物を言った方が扱い易いと理解したらしかった。
「頭冷やしてたんだよ。もしかして嫌がられて避けられてんのかと思うだろ?」
「そうだな。もっと反省しろ。そのお前の軽率な行動が結局、奴と再会するのを引き延ばし迷惑をかけている。その調子だとシャイアが愛想を尽かすのも時間の問題かもな」
「こっちが先に見つかればいいだろ?迎えに来れないなら迎えに行けばいい」
この辺りでサナはこの女は、とことん人の話を聞かないと、いう事を頭に刻み付けた。
その時。乗客達が休んでいた休憩所から悲鳴が聞こえて来た。二人は慌てる事なく、やれやれと立ち上がった。
「な、何この気持ち悪いの!?」
「ひぇ!!ま、魔物?!」
二人が休憩に着くと、至る所から薄紫色のスライムがウネウネと湧き上がり人の足に絡みついている。しかも中々の数である。
ギャーギャー騒ぎ立てて逃げ出している人々を避けながらファイは溜息をついた。
「剣は効かねぇな。しょうがねぇ」
ファイは人が居なくなるのを確認してから詠唱を始める。
彼女の手のひらから炎が立ち上がりグルリと円を描く。
その円は瞬く間に分裂し、いくつもの火の玉が出来上がった。ファイは敵の位置を確認すると一気にそれらを解き放った。それは的確に敵に直撃した。そこから煙が立ち上がる。
それを確認し、サナが目の前に光の円陣を呼び出した。
「悪しきものを排除しろ」
そう口にした途端、大量の煙ごとスライムが光の円陣に吸い込まれた。中の空気は濁る事なくその場は焼け跡だけ残っている。二人はだるそうに息を吐いた。
「やはり、魔物が湧いてくるか」
「ただ働きしちまったぜ」
ファイが踵を返そうとすると、サナの手がファイの腰をいきなり掴み彼の近くまで引き寄せられる。
ファイ思わずサナの背中に蹴りを入れた。しかしサナは一切怯まずファイの後頭部をいきなり掴み後ろへ軽く引いて上を向かせた。サナは薄っすら汗をかいている。
「少しだけ補充させろ」
「っは!?」
サナは理解し難い言葉を吐くと、そのままファイの肩口に歯を立てた。その途端、ファイの肩がチクリと痛んだ。ファイは力任せに身体を離すと鋭い目付きでサナを睨んだ。
「許可なく触るんじゃねぇよ!?」
肩には二箇所噛まれた痕が残っている。袖でゴシゴシ擦っているファイを見ながらサナは少し笑った。
「ちゃんとシャイアの許可は得ているから心配ないぞ」
その言葉にファイは信じられない物を見る目でサナを見た。シャイアが許可したなど信じられない。
「お前が許可すれば、だが。お前から血を貰った所でお前の心は変わる事など無いだろ?」
変わりはしないが、気分は大変よろしくない。
サナは手を振ってそんなファイを嘲笑った。
「人間と俺達の貞操観念を一緒にするな」
サナのこの言葉で、ファイはもう話をする気力を失ったのだった。