恋い焦がれた再会
ファイは貴族街のファイズ家の屋敷が見える木の陰から中の様子を伺っていた。
その日はベルグレドは出かけており屋敷にロゼとエルグレドが待機していた。ファイはエルグレドを見てすぐに彼がアーシェだと分かった。
(見た目はアーシェのままだが、やはり全然違う。別人だ)
彼は昔の記憶が無いと聞いている。しかし記憶が無いだけなら仕草や癖が出てもおかしくないのに彼からアーシェを思い出すようなものは何一つ感じられないのだ。
(アーシェはあんな顔で笑わない。やはりアーシェそのものは死んだのか)
ファイはある仮説を立てた。
アーシェそのものはあの時、命を落とした。しかし、魔人には心臓を2つ持つ者が稀にいる。その片方が機能して身体は生き返った、だがその時アーシェの魂に何らかの変化が起こったのだとしたら・・・・。
(どちらにせよ、ロゼは後戻り出来ない。あの男に最後まで責任を取らせるしかないな)
幸か不幸かロゼは一人で不老不死になったわけではない。一人でないということは、とても重要だとファイは思う。
そんな事を考えながら屋敷内の二人を覗いていると何やら揉めている。いや、喧嘩ではないのだがエルグレドに何かを言われロゼが困っている。暫く会話したのちロゼは真っ赤になりながらエルグレドに抱きついた。エルグレドはそんなロゼを抱き返してうっとりと見つめている。正直、目の毒である。
(分かってはいるけどよ。イラつくわ!!)
ファイは馬鹿馬鹿しくなり、その場を離れようと腰を上げ瞬時に近くにいる気配に気が付いた。
「よく気付いたな。流石だぜ」
「お褒めに預かり光栄です。ファイ様」
ファイのすぐ近くにはファイズ家に仕えている執事ブラドが立っていた。ファイも彼の事は知っていた為、驚きはしなかった。
「中にお入りになられては?」
「その内な。あれを見せつけられて堂々と邪魔する気にはならないぞ」
二人はまだ屋敷の中で引っ付いている。目の前にいったら引き剥がしてしまいそうである。
「まぁまぁ大目に見てあげて下さい。やっと両想いになれたのですから」
「だから黙ってろよ?私のことを知ったらロゼの奴、あの男を置いて私に引っ付くぞ」
「・・・・それは、確かに困りますね」
ブラドの顔は笑っているが内心は顔を引きつらせていた。それを想像して面倒くさくなるのは分かりきっている。ブラドはファイの妨害を恐れて彼女の事を黙っている事にした。
「賢明な判断だ」
ファイは笑ってその場を去った。
ファイがもたもたしているうちに、季節は変わり暑さが無くなりだいぶ涼しい日々が続いている。ガルドエルムにも冬が近づいていた。
ファイは少し焦っていた。
「ファイ」
あれから暫く顔を合わせていなかったサナがファイを見つけて歩いてくる。ファイもそちらに向かって行く。
「パメラの気配が消えた。身体を捨てたかも知れない」
そろそろ動くと思っていたファイは慌てなかった。パメラの体力も回復してきた頃だろう。
「知ってるか?つい最近貴族の子供が危篤になったらしいぜ」
ファイは歪んだ笑いを見せた。サナは思い切り顔を顰めた。
「黙ってみてたのか?」
「最初から分かってたら止めたが、気付いたのが遅かった。確信したのは今だしな」
ファイは溜息を吐いた。
「元々助かる見込みは無かったみたいだ。親は子供が目覚めて泣いて喜んでいたぞ」
「一体どうやって人間の身体を奪ったんだ?瀕死のパメラに禁忌の術は使えなかった筈だ」
サナはまさかパメラがこんな手段を選ぶとは思わなかったのか複雑そうだ。
「無理やり奪ったという訳ではなさそうだ。しばらく泳がせる」
「お前、何を企んでいるんだ?」
ファイの僅かな変化をサナは見逃さなかった。しかしファイは虚ろな瞳で関係ない事を呟いた。
「今すぐ、シャイアに会いたい」
ファイの呟きに彼は驚いた。サナはしばし考えてから懐から神器の鏡を取り出した。
「・・・・・・お前、今日の夜。この前の時計台へ行け」
その鏡を押し付けられファイは首を傾げた。
「誰にも知られず潜んで行け。期待はするなよ?来るかどうかは俺にも分からない」
サナはそれだけ言うとその場から居なくなった。ファイは呆然とサナを見送った。
****
その夜。ファイは一人時計台の天辺にいた。
もう三時間くらい居るが誰も来ない。
ファイはそれでも待ち続ける。散々待って追いかけ回したのだ。たとえ今日会えなくても構わない。
彼女は手元にある鏡を見つめた。そこには自分の姿が映っている。鏡はもう曇っていなかった。
「・・・・・疲れた」
ファイは待つのが苦手だった。何もせず待つ間、余計なことを考えてしまうからだ。何かをしていないと、おかしくなってしまいそうになる。
「体力馬鹿だけが取り柄では無かったか?」
いきなりすぐ横から声を掛けられファイは驚いた。全く気配を感じなかったからだ。
「久しぶりだな。ファイ」
その声にファイは震えた。顔を上げるとそこには見覚えのある黒い髪と美しい紅い瞳の男が立っていた。
ファイは立ち上がって近付こうとして足を止めた。
「シャイア」
言いたい事は山程あった。だがいざ本人を目の前にしたら何から話したらいいかわからない。
シャイアはジッとファイを見つめている。ファイは口をパクパクさせた。
「シャイア。怒ってる?」
そう問いかけられシャイアは一瞬目を見開いたが、すぐ笑った。
「怒ってない。俺に会いたかったんだろ?」
ファイは素直に頷くと恐る恐るシャイアの服を掴んで訴えた。
「全然会えなかったから。嫌われてるかと思った」
「・・・・・ファイ」
気がつくとファイはシャイアに抱き締められていた。ファイは、初めてシャイアに抱き締められ顔を赤くした。それでも自分もシャイアにしがみついた。
「会わない間に随分と可愛くなったな」
「中身は変わってねーけど」
でも嬉しい。可愛いと言われただけなのに舞い上がってしまう。
「シャイア、会いたかった。心臓のことも聞いた。ごめんな」
「俺が決めてやった事だ。謝らなくていい」
彼の手がファイの頭を撫でる。その触り方が今まで経験した事ない様な触れられ方で、ファイは少し狼狽えた。反応に困る。
「状況はサナから聞いたな?まだお前と行動を共に出来ない。俺にはサナ以外味方がいない、もう少し我慢してくれ。あと少しでお前へ与えた心臓の譲渡が完了する。そうすれば一緒に居られる」
その説明にファイは違和感を覚えた。シャイアを見つめるとシャイアは幼い頃の面影を残した整った顔をファイに近ずけてきた。ファイは慌てて目をつぶった。
「ファイ。確認していいか?」
「え?」
キスされると思って目を閉じたファイは声を掛けられ目を開けた。至近距離から見つめられて心臓が痛くなってくる。
(な、なんだこれ)
ファイにはロゼと同じく誰かと恋をする余裕など今まで無かった。ファイにシャイア以外の選択肢しかなかったとも言えるが。もちろん男性にこんなに迫られたこともない。どう対応したらいいか分からない。
「お前。俺が好きか?」
「んなあ!?」
今更。今更である。
そうでなかったとしてもファイに拒否権はないが。
ファイは、なんとも言えない気持ちになった。
「お前。それ、今聞くか?」
「今だからだ。気が変わってたらどうする」
「変わんねーし!なんなんだ一体!」
いつもの調子に戻ったファイにシャイアは笑った。そしてそのままキスをする。
ファイは驚いて目を見開いた。
「・・・・・・ん」
驚く程優しい触れられ方にファイは恥ずかしくて固まった。サナとは全然違う。
「シャ、シャイア・・・」
「俺はお前だけだ。お前さえいればそれでいい」
赤い瞳が真っ直ぐファイを見つめている。ファイはそんなシャイアを目の当たりにして新たな疑問が生まれた。
「な、何で・・・?見捨てられなかったからか?」
「お前。純粋に好意を寄せられていたという発想にならないんだな?」
呆れたシャイアにファイはじわじわと顔が赤くなる。正直その可能性はあまり考えてなかった。
自分が異性に好かれる対象でないとファイは思っているからだ。しかし見た目だけならファイはとても美しい。
「純粋にお前が好きなんだが、何か問題が?」
(っーーーーーーーーーーーーええええええ?)
子供の頃もそうだった。
シャイアは平然と、とんでもない事をサラリと言う。
しかしファイは素直にそれを受け入れた。
「わ、私も。・・・好き、だ」
チラリとシャイアを伺うと、彼はとても嬉しそうな顔をした。ファイは自分の中にある感情の処理にとても困ってしまう。それはシャイア相手にしか出てこないものである。それが何なのかファイには今いち掴みきれていない。
その合間にもシャイアはファイの至る所にキスをしている。ファイは頭の片隅で昼間見た二人を思い出した。
(私達も今、あんな風に見えてるのか?)
そう思うと凄く恥ずかしい。だが抵抗出来ない。
「ファイ。俺がちゃんとお前の側に行くまで無事でいろ。どうしても辛くなったらサナに今日の様に言えばいい。絶対ではないが近くにいる時は飛んで来てやる」
そう。ファイが限界が近いと思い、飛んで来てくれたのだ。ファイは嬉しくて抱きついている手に力を少し入れた。
「うん、大丈夫だ。会いに来てくれたから暫く頑張れそうだ」
その言葉にシャイアは少しだけ顔をしかめた。そしてもう一度ファイの唇を塞いだ。今度は少し深くキスをする。ファイの身体がびくりと震えた。シャイアはそんなファイを愛おしそうに撫でた。
唇を離したシャイアは少し辛そうにファイを見た。ファイは訳が分からず首を傾げる。
「また離れるのが辛くなる。時間もあまり無いから少し話をしよう」
シャイアはそう言うとファイを抱っこして腰掛けた。
ファイはその行為に驚いて固まってしまっている。
今。自分は最愛の男に抱っこされているという事実。
「シャ、シャ、シャイア?」
「それで?何を悩んでいるんだ?」
ファイはもう、彼に対抗する気力は残っていなかった。