夜景
それから数日後。ファイは貴族街に足を踏み入れた。
難しいと思われた貴族街への調査は意外とすんなり進んだ。それも、ここ数日の間貴族の代表者達が宮廷に一同に集まっているらしく、警備が隙だらけなのだ。
(アイツがベルグレドか・・・)
ファイは初めてベルグレドを目の当たりにして驚いた。
彼から前世の彼女の気配を強く感じたのだ。ロゼにはそれを感じなかった。
(やはり、遠くても血が近いからか?)
ファイの本当の父親はファイズ家の血族である。恐らくベルグレドとファイは遠い親戚だ。そして、遠い昔、彼とファイは双子の兄妹だった。
歩いて行くベルグレドに声をかけようとして、彼の側から覚えのある気配を感じて、ギクリと固まった。
「オルファウス?どうした?」
そこに現れたのは美しい一匹の狼だった。
ファイはその姿を見て泣きそうになった。
(オルファウス・・・・)
ベルグレドに寄り添うオルファウスはふとファイの方を見た。そして目が合うと薄っすらと目を細める。彼はファイに気付いている。
ファイは震える腕をぎゅっと抑えた。オルファウスがいるのを見て彼女を思い出す。
(会って、なんて言うつもりなんだ)
二人は昔もダービィディラルだった。
そして彼等にはそれぞれ大切な精霊がいた。
ファイにはプリィティシアがベルグレドにはオルファウスが。その精霊同士もとても仲が良かった。プリィティシアは現世でオルファウスに会えるのをとても楽しみにしていた。
ファイはそのまま動けなくなった。
「結局話しかけなかったの?」
リュナは意外そうな顔で目の前でお酒を飲んでいる。
二人はとりあえず今日の調査を終え酒場で落ち合っていた。ファイは珍しく溜息をついた。
「アイツ、精霊に守られてるんだ。簡単には近づけない」
精霊がいるから近寄らないのは確かなのでそう説明しておく。リュナはふぅんと不思議そうな顔をしている。
「でも私、ファイ以外に初めて見たわ。あの男の人、綺麗な金髪なのね」
「貴族なら珍しくないだろ?私が珍しいんだよ」
ファイズ家は金髪が多い。リュナはそれを知らない。
「へぇ?詳しいのね?」
「たまたまだろ?」
ファイの素っ気ない返事にも慣れているのかリュナは全く気にしていない。ファイはそういえばとリュナに聞いてみた。
「そういや、お前恋人は出来たのか?」
ファイの質問に思わず酒を吹き出してリュナはむせた。いきなり話が変わって動揺している。
「こ・・・・え?はい?」
「その様子だとまだか」
勝手に話を終わらせようとするファイにリュナは納得いかず食いついた。
「ちょっと!?なんなのそれ!馬鹿にしてんの!」
「いや?お前美人なんだから恋人の一人や二人すぐできるだろ?なんで作らないんだ?」
さらりと褒められてリュナは毒気が抜かれてしまう。起こした身体を椅子に戻すと何やらもごもごと言っている。
「別に、良い相手がいないというか、なんていうか」
「気になる奴がいるのか?」
「んな!?」
リュナは慌てて首を振ると少し機嫌が悪くなった。
ファイは呆れて溜息をついた。
「なんでいきなりそんな話になるのよ。ファイはどうなの?」
「訳あってまだ会えない。だが、上手くいっている」
リュナはそれを聞いて項垂れた。やはり、何かあったようだ。
「お前達。何があったんだ?」
リュナはピクリと肩を震わせた。
「お前、ルシフェルが好きなんじゃないのか?」
ファイがその名を口にした瞬間リュナは限界を迎えたのか、泣き出した。ファイはそれには流石に驚いて席を立つとリュナの隣に腰掛ける。
「もしかして、かなり拗れてるのか?」
「うううう、ファイぃ〜!」
リュナは酒が入っているとはいえ普段こんな風に泣いたりしない。
ファイはリュナの背を撫でてやる。おかしい。ルシフェルはリュナの事を愛しているはずだ。それなのにここ1〜2年の間二人はほぼ絶縁状態である。最初は他愛ない喧嘩なのだとファイもロゼも思っていた。しかし時が経つにつれその深刻さが目に見えてわかり二人は口が挟めなくなった。
「あいつに、何かされたんだな?」
「私、もう、どうしたらいいのか分からなくて」
ファイはその夜やっと真相を聞き出し新たな厄介ごとを背負う事になった。
****
「お?」
リュナをなだめ、別れたファイは宿屋に向かう途中久しぶりにサナを見かけた。ファイはサナを自分が怒らせた事も忘れ気安く声をかけた。
「おい。久しぶりだな。どうだ調子は?」
いきなり声をかけてきたファイにサナは冷静に対応してきた。
「彼女はまだ移動していない。安心しろ」
「まぁそれもだけど、お前はどうなんだよ?」
ファイの問いにサナは眉を寄せる。ファイは首を傾げた。
「お前、酔っているのか?」
酒は飲んだがファイは酒に強い。それに酔っ払うほど飲んではいない。
「酔ってねぇよ。失礼な奴だな」
「お前が俺の事を気にするなど気持ち悪い」
そう言われファイもそう思う。何をやっているんだろう。
「・・・そういや、そうだな」
特に用事もないのに話しかけるなんてどうかしている。ファイは手を振ってその場から離れようとした。しかしサナに手首を掴まれる。
「暇なんだろ。少し付き合え」
サナに手を引かれファイは不思議な気分になった。前にも思ったがサナはファイに懐かしさを感じさせる。
「お前、この数日間どこ行ってたんだ?」
「・・・俺も動けるうちに動いていた。お前はどうなんだ。手立ては見つかったか?」
「いや。まだ相手に接触出来ていない。あいつの側に精霊がついてるんだ。その精霊は私を知っている」
ファイの事情を全て知っていると思っているファイは隠さずベルグレドとの関係を話した。サナは歩きながら黙ってファイの話を聞いている。
「オルファウスがどこまでベルグレドに話しているか分からないからな。少し様子を見て接触する」
「お前にしては慎重だな。顔を合わせずらいか?」
図星を突かれファイは黙る。サナは時計台を指差し上に昇るように促す。
二人は時計台の頂上まで上がるとそこから美しく輝くガルドエルムの街を見下ろした。
「ここは、お前の知っているガルドエルムとは大分変わってしまったか?」
昔、ファイはここで生まれ双子の妹と過ごした。もう、何千年も前の事だ。
「全く違うな。だが、人間同士揉めているのは今も昔も変わらない」
自称気味に笑ったファイを見るサナの表情は暗くてよく見えなかった。
「昔に比べて豊かになった。この国の人間は過ごしやすいだろうな、そうでなければ困るけどな」
せっかく救ってきた世界が荒れ放題ではファイ達の苦労が報われない。特にファイは記憶が残っているため複雑である。
「初めてお前の話を聞いた時、俺は自分が小さい人間だったのだと思った」
「は?」
「使命を与えられた者はきっと一度は思うだろう。何故自分がそんな事をしなければならないのかと。シャイアも俺もそうだった」
それは恐らく昔シャイアにファイの秘密を打ち明けた時の話をしているのだろう。
「だが、お前が背負わされた物に比べれば、俺達など生きて死ぬまでの些細な出来事の一部でしかないのだと思えた。お前は1つの人生を終えてもなお、その運命から逃れられないんだからな」
「シャイアがそう言ったのか?」
サナはそれには答えなかった。ふと、ファイが顔を上げるとサナの瞳の色がいつもと違う色を浮かべていた。
「ファイ。シャイアと会うまで決して諦めるな」
ファイはサナの言いたい事がよく分からなかった。一体何のことを言っているんだろう。
「俺はシャイアにお前を託された。俺の身体は確かに補助魔力が無ければ役に立たない。だが、お前がそれを背負う必要も身を捧げる必要もない」
この前のやり取りのことだと気付いたファイは少しびっくりした。まだ気にしていたらしい。
「どうしても必要な時は確かにある。だが、それ以外は決してシャイア以外にその身体を触れさせるな。必要最低限におさえろ。最初の時のように」
これは、なんだろう。シャイアに何か言われているんだろうか?ファイは不思議に思った。
「いや・・・正直どうでもいいというか、そこは割り切ってんだけど?」
「泣くほど嫌がってた奴がよく言う」
「・・・あれは、違ぇよ」
サナの誤解にファイは笑った。今度はサナが首を傾げる。
「違う?どういうことだ?」
「そのうち教えてやる。今は言わねぇ」
それ以上ファイは口を開かなかった。
サナもそんなファイに先を聞くのを諦め二人はしばし美しいガルドエルムの夜景を見つめていた。