召喚の兆し
「記憶が無い?」
銀髪の美青年はその名をルシフェルと名乗った。
彼は神官であり冒険者でロゼの父親とはよく一緒に行動していたらしい。彼はファイに聞き返した。
「記憶が無いって・・お前の事も覚えてないのか?」
「あの事件前後の記憶をまるっきり無くしてるみたいだ。その前の記憶はちゃんとある。父親が死んでる事も覚えていた。母親の死は・・・覚えていなかった」
ファイが目覚めたのは古びた教会の一室だった。
あの後すぐにロゼの所に行ったのだがファイはすぐにロゼの様子がおかしい事に気がついた。
「ファイここはどこ?お母さんは?」
キョトンとした顔のロゼの顔を見た時ファイはあまりのショックに声が出てこなかった。ロゼはここ数年の記憶を完全に失っていた。パメラの事もアーシェの事もここ数年のファイとの思い出さえも。
「お前ら今幾つだっけか?」
「・・・・10歳」
ルシフェルは暫く考えてからファイに尋ねた。
「まだ今は無理だがお前冒険者になるか?」
そう問われファイは驚いてルシフェルを見た。
「あと一年すれば資格査定が受けられる。それを合格出来れば一応冒険者にはなれる。子供だから仕事は対して貰えないだろうが一度なっておけば資格を破棄しない限り冒険業が出来る。親父さんの事もあるし、ロゼの事もある。このまま孤児として暮らす事も可能だが・・・」
「なる!冒険者に。それがロゼとの約束でもある」
「じゃあ、それまでは形式上俺がお前らの養い親になる。この歳で親とか冗談じゃないが、まぁ仕方ないか」
ルシフェルはうんざりとした顔でファイをみた。ファイはそんなルシフェルに疑問を投げかけた。
「お前、何で関係ない私達を助けるんだ?」
「お前達の親父さんとの約束なんだよ。俺はあのおっさんに大きな借りがある。自分が家に戻れなくなったらお前らの面倒を頼むと言われてた。お前らの母親には断られたけどな」
ファイはやっとそれで納得した。ルシフェルを信用していた訳ではないが何故かこの男から懐かしい感じがしたのだ。まるで、ロゼの父親と同じ匂いかした。
「ったく面倒くせぇなぁ。俺アイツと違って、人育てんのは得意じゃないんだけど」
きっとロゼの父親の事だ。ファイは思わず吹き出した。
「何だよ?」
「いや、本当に親父の知り合いなんだと思って」
ロゼの父親はとても気さくで面倒見がいい。その割に豪快で驚く様な事を難なくやり遂げたりする人物だ。
「お前達の話も耳にタコが出来るほど聞かされてたからなぁ。もう他人って気がしねぇんだよ」
ルシフェルは苦笑いしながらファイの背後を覗き込んだ。なんだろう。
「丁度いい。あと一人お前達と暮らす奴を紹介する。おいで」
ルシフェルはさっきの口調より柔らかい声でドアの近くにいる人物に声をかけた。そこには薄ピンクと銀色の混じった長い髪の同じくらいの歳の少女が立っていた。
「あの子はリュナ。両親を亡くして暫く預かる事になっている。あの子も冒険者になる予定だ。仲良くしてやってくれ」
その子供はスタスタとファイの前まで来るとまじまじとファイを見た。そして満面の笑みで笑った。
「私リュナ!貴方すごく綺麗ね!良いなぁ〜」
ファイはそんなリュナの反応に驚いた。今までロゼ以外の同世代の子供にこんなに好意的に話しかけられた経験がファイにはない。ファイは困って思わず言い返した。
「綺麗じゃねぇし!どっちかっていうとお前の方が綺麗だろ!」
きつい言い方だが褒め言葉になっている。リュナはその言葉に素直に照れた。
「いやぁ?それ程でも?」
いや、素直過ぎる。否定すらしない。
そんなリュナにルシフェルは呆れた。
「お前、社交辞令って言葉を知っているか?」
「子供だからわからない」
真顔で返すリュナにルシフェルは項垂れた。そんなやり取りをしていると声を聞きつけてロゼがやって来た。
「ファイ?」
不安そうなロゼにまたしてもリュナは目を丸くし、ロゼを指刺してファイを見た。
「え?姉妹?貴方達の顔面偏差値どうなってるの?」
コイツ、絶対さっきのルシフェルの言葉の意味を理解していたに違いない。流石のファイも呆れた顔をした。
「私リュナ!貴方達と同じ孤児よ!貴方は?」
「・・・・・・ロゼ」
ロゼは不振気にリュナを見た。リュナはそんなロゼを見てファイを見た。
「あれ?もしかして恥ずかしがり屋さん?」
この辺りでファイのリュナに対する評価はかなり上がった。コイツのメンタルは半端ない。
リュナはしばし考えファイに抱きついた。
「ロゼ!そんな隅で、もじもじしてたら私がファイを連れてっちゃうわよ?いいの?」
「え!?い、嫌!!」
ロゼはリュナの言葉に慌ててファイに駆け寄って来た。そこをリュナに捕獲される。
「捕まえた!!よし!じゃあ取りあえず遊び行きましょ!」
リュナに腕を掴まれた二人は抵抗も出来ないまま引っ張られていく。
「おい!夕飯前には帰って来いよ。後あまり遠くに行くなよ!危ないからな」
「はーい!」
リュナは笑顔で返事を返した。そんなリュナに二人は狼狽えながら顔を見合わせた。
今思い返しても、あの頃のリュナの存在は二人にとってかなり救いだった。何より彼女は二人に余計な事を考える隙を与えなかった。実は後々のロゼの性格は、この時作られたのではとファイは思っている。
「後、ここにいる以上バリバリ働いてもらうから!私一人で全部やるの大変だったんだよ?なんせルシフェルったら一切家事が出来ないんだもん!本当使えないわ!」
本気で怒っているリュナの様子に二人は思わず吹き出した。そういう事なら二人も役立つはずだ。二人とも家事は出来る。
「でも良かった。来てくれたのが同世代の女の子で。ずっと一人で寂しかったんだぁ。仲良くしてね?」
人当たりの良い満面の笑顔のリュナにとうとうロゼは根負けして笑顔を見せた。ファイはとりあえず安心した。
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「この国はパラドレア程荒れてねぇな。魔物も出ないし作物も土も枯れてない。隣接している国なのにこの違いはなんなんだ?」
ファイは休憩しながらこの国とパラドレアの余りの違いに驚いていた。サナはそんなファイの問いに頷いた。
「この国は元々は全ての人間族が住んでいた人間族の国だ。つまり他の国と違い恐らくこの地の神に守られていたはずだ。だから他の国と違って実りが多く厄災が少ない。基礎力が違うんだろう。だが、きっと見えない所から傾き始めている可能性がある。世界が終わりに向かっているのならな」
そう。もう数年前からガルドエルムは危機的状況を迎えていたのだが、そんな事はファイ達にはわかるはずもなかった。実はその一つに自分達が関わっているという事にも。
ファイはふと何か異変を感じて自分達が休んでいた洞窟を出た。そんなファイを不思議に思いサナは声をかける。
「どうした?」
しかしそれに応えずファイは遠い向こう側の空を見上げた。今、自分が見ているものが信じられない。
彼女の手は無意識に胸元にあるネックレスを握りしめている。彼女の目線の先にはドス黒い雲が広範囲に集まっていた。それは彼女達が来た方向である。恐らくパラドレアとガルドルムの境界線だ。ファイは顔を歪めた。
「あの馬鹿野郎。呼びやがった」
やはりサナの反対を押し切ってでもガルドルムに行くべきだった。ロゼがここまで本気だとファイも思っていなかったのだ。サナもそれを見て、顔を顰めた。
「・・・・・戻るぞ」
サナの言葉にファイは驚いて彼を見つめた。
「止めてもお前は行くんだろう?好きにしろ」
サナはさっさと荷物をまとめると、ファイに荷物を渡した。
ファイはそれを受け取りながら思わず余計な事を口にした。
「お前・・・もしかしてかなりのお人好しなのか?」
「もう、お前は口を開くな」
サナはそんなファイを見ずにさっさと来た道を歩き出した。