シャイアの気持ち
「お?起きたか?」
「・・・・ここは?」
知らない部屋の一室でファイは目を覚ました。身体を起こそうとして身体に力が入らない事に気づき、声がした方へ目をやる。そこには銀髪の美しい顔の青年が座っていた。
ファイはその見覚えがある顔に自分の記憶を必死に思い出そうとした。
「こうやって会うのは初めてか。親父さんが居なくなって以来だからな。三、四年ぶりか?」
そう言われてやっと彼を思い出した。彼はロゼの父親が帰って来なかった事を伝えに村に来た青年だ。
「ロゼは隣の部屋で寝てるから安心しろ。数年ぶりに顔を出して見れば、あの有様で俺もかなり混乱してるんだが。一体何があった?」
ファイは説明しようとして自分が声が出せない事に気がついた。おかしく思い、違う事を口にする。
「ロゼ以外に、生存者は?」
青年は引き出しから一枚の紙を出すとファイに見せた。そこには村人達の名前が書かれている。
「近くの村の自警団が調べたものだ。お前達以外、生き残りはいなかった。村人全員死んでいた」
ファイは寝たままその紙を受け取った。その紙の中に身元不明の子供の死亡も記されていた。恐らくアーシェだ。
ファイはその名の中にファイ達を助けようとした少年の名も見つけた。
「半分以上が何者かに襲われた形跡があり、残りが焼死だ。火災が起きて煙に巻かれ逃げ場を失ったようだ」
ずっとあいつらが嫌いだった。自分達に意地悪をする、あいつらが。
「何故すぐに外に逃げなかったのか・・・部屋の中で亡くなっていた者も大勢いた。部屋の鍵は内側からかけられたままだったからな」
ファイはその紙を自分の顔に覆い被せた。恐らくあの少年は大人達を足止めしてくれていたのだ。
「しばらく一人になりたい」
ファイは紙を思い切り握りしめた。青年はそんなファイに何も言わず立ち上がると部屋を出て行った。
「ーーーーーーーっ!」
叶うなら、大声で狂ったように叫び声を上げてしまいたかった。ファイは今まで、ロゼ以外、信じていなかったし心も許していない筈だった。あの村人がどうなろうとパメラ達が敵だろうとロゼさえ無事ならそれで良かったはずだった。
だが、ファイの心は苦しさで押し潰されそうだった。
「・・・どうして、なんで」
きっと頭の何処かでは理解していたのかもしれない。あの閉じられた世界で子供の自分達は大人の事情に振り回されていた。その大人達さえも日々の困窮した生活に疲弊しながら、もがき苦しみ必死に生きていた。
自分達が背負わされた、よく分かりもしない使命を守る為に。
「・・・・・・シャイア」
そしてファイは思った。全ては、弱い自分の所為なのだと。
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サナは最近ファイの様子を見て不審に思っていた。どうもおかしいのだ。
「何だ。ジロジロ見んな気持ち悪りぃ」
口が悪いのは相変わらずだが、制約を解いたあの日以来、ファイはサナがファイに触れても文句を言わなくなった。
「お前。どこかで頭でも打ったか?」
つい、考えた事をそのまま口に出してしまうサナをファイは面倒くさそうに睨んだ。
「頭が悪りぃのは生まれつきだ。ほっとけよ」
そんな事が言いたい訳ではないのだが、それ以上は突っ込まなかった。
サナはファイの精神的な不安定さを肌で感じていた。
それはよく観察していないと分からない些細な事だ。
例えば彼女は普段妖精を嫌い邪険にしているが、彼等が視界から見えなくなると、途端不安そうな顔をする。
それなのに彼等が近づくと怒るのだ。それに魔法を使う時に渡す魔力の量も多すぎる。妖精達はいつも何か言いたそうに、しかしファイの意思を尊重している。
彼女はダービィディラルである。本来妖精や精霊に無条件で愛される者なのだ。
「国境が見えて来たな。彼方はこちらに比べると気温が高い。装備を変えなければならないな」
「この辺りも東側に比べたらかなり暑いぞ。もう半裸でいいんじゃね?」
笑いながら戯けるファイにサナは眉を寄せた。
やはり変だ。サナと出会ってからファイは今まで冗談など行った事は無い。
「安心しろ。実行しようとしたら全力で止めてやる」
さらりと流すサナに、ファイは特になんとも思わなかったのか笑いながら歩いている。気持ち悪い。
「ガルドエルムの首都には行ったことねぇや。基本人間が多い所嫌いなんだよ」
「今の所首都へ向かう予定はない。とりあえずはガルドエルムを通り過ぎてラーズレイに向かう。どうも雲良きが怪しいしな」
二人はパラドレアの街を通る度パラドレアがガルドエルムに戦争を仕掛けるつもりらしいという噂を耳にしていた。恐らく豊かな資源を奪うためだ。だが軍事力はガルドエルムが圧倒的に有利だ。そもそも資金力も兵の数もガルドエルムの方が優っているのだ。
「巻き込まれる前にさっさと出て行くか。もしかしたらややこしい事になるかも知れないしな」
ファイが意味深な言葉を口にしたのでサナが目で問いかけるとファイは歪んだ笑みを浮かべた。
「私に伝言を残した女がいただろ?あいつがこの国にいたというなら、何かしら余計な事をした可能性がある。戦争が長引くような、もしくはガルドエルムを潰す何かしらの手立てをこの国の王に与えたか」
「お前とそいつはどんな関係なんだ」
サナの問いにファイは黙った。言いたくないらしい。
二人はそれ以上話す事なくパラドレアを後にした。
「ーーーあちぃ」
ガルドエルムに入り装備が厚い二人はその暑さに目眩がした。季節は夏である。
「さっさと装備を買いに行くぞ。お前金は?」
あれから何度かサナからお金を受け取っているファイは使わなければある程度お金がある筈なのだが。
「あ?ねぇよそんなもん」
ファイは手に入れたお金をすぐ使ってしまう。つまり一文無しである。サナはラーズレイに着いたらまずこいつに仕事をさせようと誓った。
「貸してやるが必ず返せ。そこまで甘やかしはしないぞ」
「おう!付けといてくれ。一発当てて倍にして返してやるよ!」
ファイの物言いに頭を引っ叩いてやりたくなる衝動をサナは辛うじて我慢した。ファイは賭け事が好きである。
「・・・・勿論利子もつけるからな」
二人はそんなやり取りをしながら装備屋に入って行った。
「げ!」
ガルドエルムに入りラーズレイに向かう途中。ファイは突然変な声を出しサナの腕を掴むと林の中に身を隠した。
サナは訳もわからずとりあえずは大人しく従う。しばらくじっとしていると歩道の方から誰かの声が聞こえて来た。
「それにしてもファイ、どこに居るのかなぁ?こんなに探してるのに殆ど形跡を追えないなんてことある?」
垂れ耳をピクピクさせ小柄なコルボの少女が溜息をついている。どうもファイの知り合いらしい。
「もう少し探す範囲を広めて見ようか?ロゼの今置かれている状況もファイに伝えておいた方がいいと思うんだよね。後で分かった時激怒しそうじゃないかな?」
もう一人は人間の青年だ額に大きな傷の跡がある。こちらも知り合いだろう。
「あー。確かに!戻ってきたらロゼが貴族の男と結婚してました!なんて知ったらファイ相手の男を殺すかもね〜?ファイはロゼ命だから」
ファイが近くにいるとも知らず、好き勝手に言っている二人をよそに、ファイは呆然とその話を聞いていた。
(結婚?あいつら結婚って言ったか?)
俄かに信じ難いその話をファイは落ち着いて消化しようとしているとコルボの少女は更に信じられない事を口にした。
「しかもさぁ。ロゼ、結構本気だよね?」
「・・・・そうだね。ロゼも意外と分かりやすいんだよね。俺も始めて知ったけど。まぁでも本人が気づいてなさそうだけどね」
ファイは今すぐ飛び出して二人に掴み掛かりたい衝動をなんとか抑えた。今出て行ったら二人の言う通りになってしまう。気に入らない。
「でも、本当に上手く行くのかな?ロゼは仮初めの婚約者だって言ってるし、相手はガルドエルムの竜騎士だよ?いつ、死ぬかも分からないし」
「そんなのお互い様じゃない。人間って本当にまどろっこしいよね?さっさと番って子供作っちゃえばいいのに」
コルボ族は人族の中で一番獣に近い種族である。人間的考えより野生的感覚で生きている為、そういう発想になるのだ。青年は困ったように笑った。
「それこそ、見つかった瞬間ファイに殺されそうだね」
そんな会話をしながら通り過ぎる二人を見送りながら、ファイはしばらくその場から動けなかった。衝撃的すぎて頭が処理できない。学校を卒業して冒険業をしていると思っていたロゼは、あの二人の言うことが事実ならば今現在、ガルドエルムの竜騎士の貴族と何故か婚約し、しかもそれをロゼも了承しているということになる。全く意味がわからない。
「ガルドエルムに行く」
「駄目だ」
予想出来たファイの言葉をサナは速攻で拒否した。
「今はまだ駄目だ。もうじき戦争になる。行くならしっかり準備してからにしろ。予定通りラーズレイに向かう」
睨むファイにサナは淡々と言った。
「お前が何故仲間から逃げているのかは知らんが、もしロゼを助けに行くのなら一人で飛び出して行くな。仲間がいるのならそいつらの手も借りるんだ。どんな事が起こっても確実にロゼを助けられる様に」
「お前、ロゼの事も知ってるんだな」
「お前の事情を聞くのにあの女の話が出ない事の方が不自然だろう?シャイアはあの女が嫌いみたいだがな」
ファイは驚いてサナを見た。サナは微妙な顔で笑っている。
「お前が余りにロゼを必死に助けようとして死にそうになっていたのをあいつはその目で見ている。何とも思っていないとでも思うか?禁忌の術に手を出す程、お前を大事に思っていた男だぞ」
改めてそう説明されるとファイは何も言えなくなってしまう。そう、シャイアはファイを助ける為やってはいけない事をしたのだ。
「・・・シャイアは、私に心臓を貸してやると言った。具体的にどんな術なんだ?」
ファイはあの事件の後、自分の身体の変化に気がついた。
まず時折今まで感じる事が無かったシャイアの気配を遠くからでも感じる事が出来るようになった。そして魔人らしき人間を見分ける事が出来るようになっていた。
「その術は本来、自分の後継者に渡すものだ。魔女の末裔は一族と言われているが数が少ない。実質魔女の末裔は一人だ」
「じゃあ他の奴等は?」
「元々俺達は魔人にならなかった出来損ないなんだ。魔人にも人間にもなれない。まぁ半魔人って所か。皆、人間社会に上手く溶け込んで暮らしている。俺達と魔人の大きな違いが分かるか?」
魔人と魔女の末裔の違い?何だろうか。
「黒魔術を使えないんだ、俺達は。だがその代わり俺達は黒魔術を無効化できる。そして奴等から奪った魔力を使う事が出来るんだ。そして俺達は魔人の様に伴侶に対する狂った執着心はない。つまり限りなく人間に近い存在だ」
成る程。だから彼等は狂った魔人を止める事が出来るのだ魔力を無効化してしまえるなら確かに勝ち目がある。
「だが、俺達は数がとても少ない。その為、殆どが弟子に力と寿命を引き渡す形でその使命を引き継いでいく。シャイアは丁度それを受け取ったばかりだった。だが、事件が起き、シャイアは自分のもう一つの心臓を仲間でなくお前に与えた。暫くはバレなかったが仲間の目にはその心臓の波動が分かる。シャイアを探すお前を見つけた仲間が気がついてしまったんだ。そして今現在シャイアはそれらから身を隠している。シャイアが死ねばお前の中にあるシャイアの心臓も止まってしまうからな」
「・・・・何だよ。それ」
「心臓がお前に馴染むまでかなり時間が必要だった。お前の側にいたら、すぐに消されてしまうと分かっていたからお前から距離を置いていたんだ。だが、もうだいぶ良さそうだな。それにお前の元の心臓もまだ機能している。だからお前の姿は変わらずそのままなんだ。もし、万が一お前の心臓が止まればその姿も変化する筈だからな」
ファイは自分の心臓に手を置いた。
そこまで大事だとファイは思っていなかった。
「シャイアは、どうして、そこまで」
ファイの言葉にサナは苦い物を噛んだ様な顔をした。
それを見てファイは思わず肩を竦めた。
「そんなもの・・・本人に聞け。付き合いきれん」
そんなの分かりきっている。シャイアはそこまでしてファイを助けたのだ。彼にとってファイがそれほど大事な相手だったという証明である。ファイは顔から火が出そうになり顔を伏せた。