拾う神なし?
何故こんな事になったのか。
ファイは眼を閉じ考えていた。
ここはファレンガイヤ。
そして彼女が今いるのはウィンドレムという極寒の地である。全ての息が一瞬にして氷つく此処は常人では住めない場所だ。しかし此処は人間族の治める島国である。
此処の人間達は殆どが地下へ潜る。
年中雪が降っている為地上でずっと暮らせないのだ。
しかし地下は驚くほど暖かい。
地下熱が貯まっているらしいのだが・・・・・・。
(おかしい。何でこんなに避けられてるんだ?)
その話はとりあえず横にやり、ファイは地上の雪に埋もれながら一人考えていた。側から見たら自殺志願者である。
(シャイアは確かに16歳って言ったよな?なのに何で、いつまで経っても逃げられてんだ?訳わかんねぇ)
彼女は数年前からずっと探している人物がいた。それは彼女がまだ子供だった頃出会った青年である。
彼の名はシャイア。髪は艶がある黒髪で瞳は深い血のような紅い瞳である。彼女はその青年と16歳になったら再会する約束をしていたのだが・・・・・・。
(やっぱ、待ちきれなくて探し回ってたのが行けなかったのか?まぁ確かに16歳になるまで絶対会わないって約束だったけどさ)
考えてる今も彼女の身体には雪がずっしりと覆い被さっている。もぅ顔まで埋まりそうである。
しかしそんな事構わず考え混んでいると、いきなり誰かがファイの脇腹を蹴飛ばした。いや、正確には引っかかった。
「ん?何だ?」
男は走っていた足を止め下を見て暫し考え息を吐いた。
「何だ、行き倒れの死体か」
「まだ、死んでねぇよ」
喋るはずのない死体がいきなり声を出したので男は僅かに動きを止めたが急いでいるのか関わりたくないのか、そのまま通り過ぎようとする。
「いやいや、無視すんなよ」
「急いでるんだ。後にしてくれ」
この状況で冷静にそう返せるこの男。中々の強者である。
ファイは目を開くとその人物へ目を向けた。
「何人に追われてんだ?」
「・・・・・・言ってどうなる?」
「そいつら追っ払ったら飯奢れよ」
ファイの軽い口調に男はやや考えて、出来るものならと返答した。ファイはそれと同時に飛び起き、背後からザクザクと追いかけて来た数人の男達目掛けて炎の矢を繰り出した。慌てて防御する男の顔面火の矢が弾けた。
「ぎゃあ!!」
「うぁ!!な、何だ?前が見えない」
動けなくなった隙を狙い、ファイはその男達に飛び込もうとしてこの腕を掴まれた。
「こっちだ」
「は?え?まだ・・・」
「もう充分だ」
男はそのまま地下の抜け道にファイの腕を掴んだまま降りて行った。
「で?お前はあんな所で何をしていたんだ?」
その男はあの後、約束通りファイを食堂屋まで連れて来た。
淡々と聞いてくるこの男にファイは適当に答えた。
「ああ?物思いに耽ってたんだよ。そういうお年頃なんでね」
ファイは物凄い勢いで料理を胃袋に収めている。
男は呆れた。その食事の量もそうだが、ファイの嘘にである。
「お前。仕事が無いんだろ?」
「もがっ・・ふぉんなこほねうほ」
「嘘つくな。此処でそんな簡単に仕事が見つかる筈が無い」
口一杯に頬張って喋った彼女の言葉を男は見事に正確に聞き取った。ファイは少しこの男に興味を持った。口の中の食べ物を飲み込み、お茶をグッと飲み干すと、男に向かって指刺した。
「あんたこそ、こんな所で何してんだよ?観光か?」
男は薄紫色の長髪を後ろに束ね銀色の瞳をしたまぁまぁ綺麗な顔で魔術士の格好をしている。腰には細剣が見える。此処に仕事で来たとは思えない。此処にくるのは力が必要な労働者だけである。
「探し物があって世界中を旅して回っている最中だ」
「へぇ?あっそう?」
聞いたはいいが興味が湧く内容では無かった為ファイは聞き流した。基本、彼女は自己中である。
「で?お前はこの後どうするんだ?金が無いんだろ?」
「しつこいな。別にどうだっていいだろ?あんたに関係あるのか?」
「あると言えばあるし、無いといえば無いな」
ハッキリしない言い回しに若干イラッとしてそれでも残りの食事に手をつける。男はそれ以上何も言わず自分も食事している。
(何だこいつ。もやもやすんなぁ)
普段他人に興味を持たないファイは、あまり他人の態度を気にしたりしない。特定の人物以外は。しかしファイはその気持ちを無視する事にして食事を全て平らげた。
「ご馳走さん。助かったわ」
食べ終わって、もう用が無いとばかりに立ち上がろうとしたファイの手首をその男が突然掴んだ。
「全部食べたな?」
ん?ファイは首を傾げた。
「俺は一言でもお前に追っ手を追っ払えと言ったか?そして食事を奢ってやると?」
えーと?言っては無い。言っては無いが・・・・。
「いやいやいやいや、だってお前。止めなかったじゃん?」
「お前は俺の進行方向を妨害して、勝手に暴れた。仕方なく俺はお前を連れて此処に来た。お前が此処で何を頼もうが俺が何か言う必要はない。お前が勝手に頼んで勝手に食っただけだ。この馬鹿みたいな量をな」
そのテーブルにはうず高く何枚もの皿が積まれ列を成している。ファイは若干遠い眼をした。
「汚ねぇ。・・・・じゃあなんか売るかな・・・」
ファイが手に嵌めている金のブレスレットに触れたのを見てその男は手を離した。
「お前、しばらく俺の護衛として働け」
「・・・・・・・は?」
男は店員に金貨を渡すと立ち上がった。
「俺はサナだ。ちょっと危険な物を探している。強い奴が丁度必要だった。どうせ世界中を回るからついでにお前の用事も済ませばいいだろ?冒険者ファイ」
ファイは改めてその男を見た。
線が細くて弱そうなのにこの男から脆弱さは感じない。
もしかしたらさっき追われていたのも本当ならこの男一人で何とかなったのかも知れない。だが、この男はファイの事を知っていて声を掛けてきた。
「お前。シャイアの関係者か?」
「まぁ。近いな」
やはり。きっと仲間か、もしくはシャイアの敵。
「敵じゃないぞ。知り合い程度だ」
ファイの思考を先読みしてくる。ファイにとってかなり面倒くさい人物である。だが、ファイは了承する事にした。
「いいぜ。じゃあ報酬の話からしようぜ?」
「1日金貨一枚だ。充分だろ?」
確かに、充分だ。
ファイは怪しげにサナという男を見た。
「また、何か企んでないか?」
「その中に魔力の供給も含めたい」
その言葉にファイはハッと男を凝視した。
サナはニヤッと笑うと肘をついた手に顎を乗せた。挑戦的にファイを見ている。
「もし、それに応えないのなら報酬は旅費を全額俺が出すのみだ。それ以上は出せない」
確かに妥当である。
ファイは舌打ちした。
「なら、それでいい。お前に魔力は渡さない」
ファイは芯から冷えた声を出した。男は分かっているのかわざと笑ってそれでも聞いてきた。
「何故だ?魔力は1日も経てばまた生産されるだろ?」
「私の全てはシャイアの物だ。この体も全て」
その言葉に男は笑みを消した。そして溜息をついて立ち上がる。ファイはもうサナを見なかった。
「じゃあ。交渉成立だな」
やっと掴んだ手掛かりを此処で手放す訳にはいかない。
ファイはそっと自分の肩に触れた。