エピローグ
「で、どうだったの?」
何とかちなっちにチョコを渡すことに成功した私はらんに「お昼、中庭のベンチに来て」と呼び出されたので、私何かしたっけと思いながら約束通り行ってみると、突然こう切り出された。
「何が?」
「何がって、朝渡したんでしょ? で、その後どうだったって訊いてるのよ」
「どうだったって言っても、普通に二人でチョコ食べて、感想言って、徐々にみんなが登校してきたから振る舞ってあげたけど」
私が今朝のことを話すと、らんはひとつため息をしてから、呆れたような表情で私を見る。
「つまりは、なんの進展もなかったってこと?」
「まぁ、端的に言えば」
でも、何もしないよりかはいくらか進展したんじゃないかと、私自身は思うわけであって、決して無駄ではなかったと感じている次第でございます。
「まなりはもうちょっと積極的にいってもいいと思うよ。もっとはっきりと伝えないとちなみたいな鈍感には伝わらないだろうし」
それは知ってる。幸か不幸か、未だにちなっちに恋人ができない理由としては、この鈍感さが主な原因だと思う。だから私はあまり心配せずにゆっくりと関係を進めていけるんだけどね。
でも、今の関係でも悪くはないかなって最近思い始めてしまっている。
隣にいてくれるだけで、そばで笑っていてくれるだけで、十分に幸せだから。
「でもあれか、どれだけまなりが頑張っても、ちながまるっきりその頑張りに気づいてくれなかったら意味がないもんね。どうしたもんか」
「どうしたもんかねぇ」
「こんな日に外で食事って、寒くないの?」
二人でのほほんと答えの見つかるはずのない問いに頭を悩ませていると、偶然通りかかったちなっちに声をかけられる。
「寒いけど、今はそれどころじゃないの」
「それは寒くないところじゃ出来ないの? 風邪ひくよ」
「むしろ誰かさんには風邪を引いてもらった方が色々と捗るんですけどね」
お見舞いで家まで行く、あるいは来てもらって二人きりのパターンか。でもちなっちのことだから私たちのことを考えて部屋に入れなさそう。
「それはそれとして、らん。ちょっと話があるんだけど」
「私に?」
「うん、まぁすぐ済むからここで話すけどさ……」
ちょっとめんどくさそうな表情でらんがちなっちとひそひそと話し始める。
「……まぁ、分かった。それじゃまた日を改めてってことでいい?」
「うん、急ぎじゃないし、急いでも仕方ないしね」
と、それだけ言い残してちなっちはそそくさと校舎へと入って行ってしまう。
「ちなっちなんだって?」
「……これはもしかしたらいけるんじゃ? いや、むしろ慎重に運ばないと全てが水の泡に……」
「らんさーん、聞こえてますかー」
ぶつぶつと何かをつぶやくらんは、私の声が聞こえていないようだ。
「……よし! これは頑張るしか!」
「何をさー」
ひとりで悩んでひとりで解決してしまったらんに何気なく訊くと、少し意外な答えが返ってきた。
「ちながね、まなりにお返しがしたいんだけど、どういうのが好きなのか分からないから一緒に選んでほしいって」
「それって……」
「うん。友達として普通にお返しがしたいって意味かもしれないけどさ、ちなが普通の友達にこういうお返しするって中々ないどころか、滅多にないじゃない。だからこれはあり得るんじゃないかなって」
それは、ちなっちが私のことを友達以上の存在だと思ってくれていると、そういう解釈ができるわけで、それは嬉しいけれど、同時に不安でもある。
友達以上になれても、親友で止まってしまうんじゃないかって。
「でもさ、よく考えてごらんよ。あのちながね、わざわざ友達や親友程度の子に対してそういうことすると思う? 私は思わない、というか私毎年一応あげてるけど、お返しとかされたことないし」
「それは、確かに」
ちなっちは基本めんどくさがりで、こういうことにも疎いからお返しなんてあんまり考えてないと思うし。そう考えるとちょっと期待してもいいのかも。
「まなり、今回はいけるかもよ」
「ふふっ、まぁ期待せずに頑張るよ」
そう言いながらも、心のどこかで期待を膨らませずにはいられなかった。
彼女と私の『好き』は少し違うものだと思う。
でもこれはきっと、私と彼女の、未だ名前のない関係のはじまりで。
これから二人で育てていく新しい関係の第一歩になると。
私は確かに、感じることができた。