本編
とうとうと言うべきか、やっとと言うべきか、十四日がやってきた。
朝早くに家を出て、なりなりとの約束の時間に間に合うように、でも急ぐことなくいつもの歩幅で学校へと向かう。
寒いのが苦手な私は、この朝の澄み切った寒さに顔をしかめる。できれば暖かな部屋で惰眠を貪っていたいとどれだけ思ったことか。
重いまぶたを懸命に開き、車の行き交う大通りを一人歩く。早い時間のためか、いつもより人が少なく感じるのは、気のせいじゃないはず。
人が少ないと余計に寒く感じるし、人が少ないと今日が休日なんじゃないかと不安にもなる。そして余計に家に帰りたくなる。学校は嫌いじゃないけれど、行くか行かないか自由に選択できるのであれば行かないを積極的に採用したいくらいには、面倒と感じてしまう。
毎朝恒例の負のスパイラルを脳内で繰り広げていると、前の方に見知った背中を見つける。こういう時に声をかけようかどうしようか迷うのは私だけでしょうか。
さてどうしましょうと迷っていると、私の気を察知してか、くるりと後ろを向いてきた。
「お、おはよちなっち」
「……おはよう」
今日約束をしていたなりなりである。
「まさか通学路で会うとは……まぁちょっとは思ったけど」
そうだね、なんだかんだ言っても家近いしね。
「……昨日は、何してたの?」
「ん……まぁ、クラスの子たちとカラオケに」
「ふぅん、そう……」
いつもの調子で話そうにも、なぜか普段どおりに話ができないでいる。なりなりが緊張しているのが表情から分かるし、私もそこまで話を積極的にする方ではないので、自然と沈黙が空気を支配する。
けれど、それは暖かくて心地の良い沈黙だった。
すれ違う人の忙しない足音と、行き交う車の音と、となりで寒そうに白い息を吐くなりなり。
言葉はなくとも、確かに積み重ねた時間がそこにあって、それを二人で共有できているからこそ今の関係がある。
それは、恋とか愛とかいう感情とは少し違うかもしれないけれど、きっとどこか似ていて、やっぱり同じような感覚なのかも。
未だ少し眠気が残る思考回路で、そんなことを思った朝だった。
「はぁー、やっと着いたよ」
「あったかいねぇ」
寒さと必死に格闘しながら、やっとの思いで教室までたどり着く。
すでに朝の教室は快適な温度に設定されており、寒気をまとった私たちの身体を暖かく包み込んでくれるようだった。
「それで、本日はどういったご用件で?」
なんと話を切り出したらいいのか少し迷っていた私は、いつものようにちょっとふざけた感じで話すことにした。
「今日はですねぇ、これを食べてもらいたいと思いまして」
それに乗っかるような形でなりなりも今初めて話す風に手提げのバッグから小さな箱を取り出した。きれいにラッピングされたそれは、とてもではないが手作りとは思えない出来であった。
しかし、肝心なのは中身である。
いくら外側を取り繕っても、中身がそれに釣り合わなければなりなりのご本命にもがっかりされてしまいかねない。慎重にいかねば。
「まぁまぁ、そう緊張せずにいつもの感じで感想くれればいいから」
「それじゃ遠慮なく」
赤色のリボンを解いて丁寧に蓋を開けると、大小さまざまな形をしたチョコが並んでいた。見た目もそこまで悪くないし、ぱっと見た程度では市販とそう大差ないように思える。
「でも、やっぱりスタンダードなものにしたんだね」
「まぁ、そこに入ってるのはね」
と言うことは他にも色々持ってきてるんだろうなぁ。
「私的に自信作はこれ」
と言ってまたしても手提げ袋から取り出された箱は、先ほどの箱よりもいくらか質素な飾りだった。
なりなりはそそくさと蓋を取ると、「ちょっと飾りつけとか不格好だけど」といって、私に箱を手渡す。
「なるほど、オランジェットですか」
一瞬宝石と見紛うほどにきれいな出来栄えだった。ちょっと一部不格好なやつが潜んでいるけれど。それでも手作りの味をだせているから、それはそれで成功と言えるだろう。
「……うん。どれも美味しい」
「良かった」
私が素直に感想を言うと、なりなりは安堵したように表情を緩ませる。私もその表情につられて頬が緩んでしまう。
やっぱり私は未だその「色」に名前を付けることが出来ず、ふわふわとした感情を抱いているけれど、この瞬間にだけは名前を付けられる気がする。
気持ち以上な、感情以下の、そんな掴みどころのないものだけれど、確かに私はそれを今日自覚できた。
これが「好き」という気持ちなのかも、と。