中編
「さて、材料も機材も揃ってる。準備は万端」
来る二月の十四日の決戦に向けて、私たちは手作りチョコの試作を行おうとしていた。
らんの家は何度も来たことがあるが、その時はらんの部屋に直行するので、リビングダイニングを見るのはこれが初めて。まぁそうだとは思っていたけれどすごく広いです。
当初私は別段誰にあげるわけでもなく、あげる際は市販のちょっとお高いものを用意するくらいの気持ちでいたのだが、少し気が変わってなりなりと一緒にらんの教えを乞うことにした。
「まぁ問題は何を作るかなんだけど、無難なところでガトーショコラとか、トリュフチョコとかでいいと思うんだが異論は?」
「ありません先生」
「右に同じですせんせー」
「先生いらん。調子狂うから」
そんな空気で始まった試作会だったが、意外となりなりの気合が入っていることと、らんが真剣に教えてくれるので、私もあまりいい加減には出来ず、つい真面目に取り組んでしまった。
「とりあえず出来たね」
「とりあえず出来た。味は保証しないけど」
「とりあえずは出来たね。何入ってるか分かったもんじゃないものが」
数時間後、見た目はいいガトーショコラ、トリュフチョコ、ブラウニーがテーブルに並べられていた。
とりあえず無難なチョイスにしようということで選ばれたこの三つだったが、なんというか、まぁ作るの地味に大変よね。何より時間がかかる。
「それではみなさま、試食の時間でございます。覚悟はよろしいでしょうか?」
らんに教えてもらいながら作ったので、そんなにやばいものが出来上がってることはないはず。なのにこうしていざ食べるとなると、ちょっと躊躇してしまう自分がいたりするわけであって。
「大丈夫大丈夫、私がついてたんだから、ひどい出来になってるとかないから、たぶん」
らんさん、そのたぶんはいらない。不安になるだけだから。
「じゃあ……いただきます」
先陣をきったのはなりなり。さすがに自分から言い出して手伝ってもらった手前、先に私達に食べさせるわけにはいかないと思ったのだろう。
「がんばって」
「違和感あったら吐き出していいからね」
私達の応援を背に、トリュフチョコを持ったなりなりは小さく頷いてから一口。
そしてつかの間の静寂が訪れる。
「……どう?」
「美味しい?」
問題なく呑み込んでいるあたり、最悪の状況は避けられているようだが、それでもまだ問題がある。美味しいかどうかだ。これ重要。
形だけどうにかなって、食べられるものになっていたとしても、味が普通であればあまり意味がない。手作りっていう特別感は何物にも代えがたいだろうが、それだけでは足りないだろう。やはり食べてもらうからには美味しいものを作ってあげたいと私は思うのだ。きっと誰でもそうだろう。
「……悪くはない。でもやっぱりすごく美味しいってわけでもない。ちょう普通」
その言葉を聞き、私とらんも同じものを食べてみる。確かに普通だ。可もなく不可もなく。これと言って特徴のない、なんとも無個性な味。
「まぁ、初めはこんなもんでしょ。あとはなるべく多く作って慣れる。そのあとアレンジしてみるって感じでいいと思うよ」
「そうだね、時間はまだあるし、焦ることはないよ」
「……よし! それじゃもう一回作ってみよう!」
おー! とみんなで声を合わせて団結力を深める。そして私は当分チョコは食べたくない気分になるんだろうなと、少しだけ思ってしまった。
結局大量生産された試作品の数々は処理しきれず、各自持って帰る運びとなる予定だったのだが、なりなりが「家族にも食べてもらって、感想聞きたいから」と全部持って帰ってしまった。
あとなりなりが作ったものは必ずと言っていいほど私には食べさせてくれなかった。ちょっと不思議。
「ま、別にいいんだけどさー」
しかし、なりなりは一体誰にあげるというのだろうか。それがちょっと気になったり。らんなら知ってそうだけれど、訊いても教えてくれないだろうなぁ。
「明日直接訊くか」
明日はアレンジを多少加えてオリジナル感を出すらしい。私はまぁシンプルなものでいいと思ったので、アレンジは加えない方針を取るが、どうにもなりなりはやってみたいようで、結構ノリノリである。
失敗しないといいけれど。
「とは言いつつ、らんが付いてるからそんなにひどい失敗なんてしないはずだから、いらん心配だとは思うけれどね」
それよりも何よりも、私が心配しないといけないことは一つだけ。
「手作りチョコ、どう渡そうかなぁ」
何を理由に、どういう意味で渡すべきか。それが問題である。
どうしても渡さないといけないわけではない。むしろ渡す間柄でもない。じゃあもう渡さなくてもいいんじゃないかなってちょっと思うけれど、なんでだろうな、それでも渡したいと思ってしまう。
これが恋とか愛とか、そういう感情なのかもしれない。
まだ確証は、ないけれど。