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前編



 好きという気持ちはどんなものだろうか。

 そんなことをずっと考えてた時代が、私にもあった気がする。というか今もずっと割と本気で考えている。

 昔から異性から意識される程度には可愛いらしい私の容姿は、その気になればいつでも誰かと付き合えるような気もしていた。本格的に思ってましたとも。

 しかしそんな私の思いと、周囲の勝手な想像は見事に実現せず、花盛りの高校生活も残りわずかとなってしまった。

 進学か、就職か。この学校ではあまり就職という選択肢を考える子は少ないらしいが、それでも現実問題としてどちらかを選択せねばならぬという。もちろん私はまだまだ働く気は起きないし、両親とも健在かつ応援もしてくれるので、迷いなく進学を選択。安定したレールに乗っているようで心地よい。

 たいていの子はそんなものだろう。人は安定を求めているし、ペナルティさえなければ楽な方を選びたいと思うものだ。私もそんな人達の一人であって、普通のどこにでもいるちょっと可愛い女子高生でしかない。

 そんな普通のどこにでもいるちょっと可愛い私は、最近気になる子が出来た。

 恋だとか愛だとか付き合うだとか、何度も言うけど今でもずっとどういうことか考えている私ではありますが、それでもちょっと気になる子が出来てしまったのだ。

 好きだとか、付き合いたいだとか、そう思うほどではないが、しかして気になる。

 でもどうして気になったのか、その始まりが思い出せない。うーん、特別何があったわけでもないと思うんだけどねぇ。

 まさに心は複雑怪奇。たとえ自分の心でも理解が追いつかないことがよくある。

「ちょっと、ちなっち。聞いてる? さっきから生返事だけど」

 友達に名前を呼ばれて意識を現実に戻すと、そこにはおかんむり寸前の表情がアップアップしていた。

「うーん? ちゃんと聞いてるよ、フランスパンが美味しいって話でしょ?」

「全然まったく違うし」

 全く違ったか、かすりもしないなんて今日はついてない。

「まなり、ちなに相談したのがそもそも間違い」

「らんさん、その言い方はひどくない? 私だって相談の一つやふたつ、ちょいちょいって解決できるから、甘く見ないでもらえます?」

「ちなが解決できる相談事なんて、たいてい答えが決まってるものじゃない」

「そうだよねー。ちなっちに相談した私がバカだった。悪い、今の話はナシで」

 ナシ以前に私の記憶に今の話が無いから。

「でも、らんには手伝ってほしいんだけど、時間ある?」

「授業料取っていいなら」

 私を戦力外通告した友達は、すでに私抜きで何かのご相談をしていた。目の前に友達いるのに無視とかひどくないですか? あ、今さっき自分がやってたことか。

「今度なんかおごってあげる」

「駅前に新しく出来たケーキ屋、名前『クラクラ』だっけ? あそこのケーキで。美味しいらしいから」

「よし分かった、それで手を打とうじゃないか」

「あー、私もそこ行ってみたい。おごらんでいいから一緒に連れてってー」

 私にとってケーキはエネルギー源、美味しいとあらばチェックは怠らない。

「しょうがない。連れて行ってやろう」

「なんだかんだ言っても、まなりはちなに甘いよね」

 なりなりは私のこと大好きで仕方ないからね。

 女の子の大半が甘いものが好きなように、好きな人にはみな甘いのだ、きっと。



「私ケーク・オ・ショコラ。コーヒーセットで」

「じゃあ私はチーズケーキ。紅茶のセットで」

「私はー、ザッハトルテとベリータルト、紅茶のセットで」

 放課後、私たちはパティスリー『クラウン:クライ』に来ていた。併設されたイートインスペースはそれなりに賑わっていて、特に中高生が目立つ。お昼などの時間には奥様方のお茶会にでも使用されるのだろう。

 しかし、まぁお値段もそれなりになるので、学生のお小遣いでは頻繁に来れる場所でもなさそうである。

「それで、お二人は私にナイショで何するの?」

「別にナイショじゃないから。あんたが聞いてなかっただけだから」

 むぅ、そうとも言える。

「もう二月、って言ったら分かる?」

「正月終わったね」

「まなり、こいつまともに聞く気ないぞ」

「待って待って、今のはぽろっと思ったこと言っただけだよ。聞く気ないわけじゃないってば」

 二月、二月ねぇ。大したイベントが控えてるわけでも……あるか。

「聖ウァレンティーヌスの命日があるね」

「素直にバレンタインって言えばいいのに、この子はもう……」

 だって恥ずかしいじゃない?

「それで、そのチョコレートパニックデーで、なりなりは好きな人に手作りチョコ渡したいと」

「まぁ、そんな感じ」

 照れくさそうに肯定するなりなり、可愛いすぎ。こんな子からチョコ貰えるとかそいつ羨ましすぎてぼっこぼこにしちゃいそう。

「で、私はその手作りチョコのお手伝いってこと。一応そういうの得意そうなちなにも声かけたってわけ」

「お手伝いなららんだけでも足りるでしょ」

 私必要かね。まぁ必要っていうのであれば、手伝ってもいいけど。というか本音を言うと仲間外れっぽくなるから手伝わせてほしいです。

「そうなんだけどね……少しばかり特殊な事情があってさ、ちなにも手伝ってもらえるとありがたい」

「ちなっちがどうしてもヤだっていうなら、別にいいけどさ……」

 なりなりの曇りがちな表情も可愛いが、あんまり見たくはないかな。私が了承すれば笑顔になってくれるんであれば、喜んで。

 それと、らんが頼み事するなんて珍しいし、私がお役に立てるのであれば雑用でもなんでもしますぜ。私はこう見えて友達思いなのです。とか言ってみる。

「ヤじゃないし、というかむしろ嬉しいし」

「じゃ決まりだね。今週土曜に試作、本番は来週火曜の放課後ってことで」

「ありがとちなっち! ほんとありがと!」

 もう、なりなりは大げさに喜びすぎたよね。

 話が一段落したところで、タイミングを見計らっていたように注文したケーキがやって来た。

 さてはて、このお店の実力はどうなのかなっと。



 その後とりとめのない話に花を咲かせ、私達は家路についた。

 ケーキはぶっちゃけめっちゃ美味しかった。常連確定です。紅茶も何種類か選べるようで、私達は指定をしなかったけれども、その際はケーキに最も合う紅茶が出されるんだとか。あまり紅茶には詳しくない私は何を出されたのか知る由もないが。

 しかし、バレンタインねぇ。

 私としてはいつもの日、変わらず日常が流れる日であって、特別とか一世一代とか、重大で重要なイベントってわけではないからなぁ。特に思い入れもあるわけでなし、思い出があるわけでもない。正直言ってタダでお菓子がもらえる日以上のことを感じたことはないのである。

 済まぬなりなり、やっぱり私はあまりお役には立てそうにないです。

「とはいってもなぁ、どうしたもんかね……」

 独り呟く。

 それはきっと、特別でも重要でも重大でもない日。けれどたぶん、いつもの日よりかは、少しだけ特別に近い日。

 ほんの少しのちりちりとした感情と、ちょっとざわつく心についた『色』の正体を探るには、いい日かもしれない。




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