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第八話

こんばんは!

 捕まってから一か月が経過し、殺風景な牢獄を新鮮と無理矢理に楽しむ生活にも飽きてきた頃……


 レンは相変わらず牢獄に閉じ込められていた。


 捕まった時はすぐに殺されてしまうのではないかと怖れ、必死で誰も来ない事を祈っていたのに、今は何の音沙汰もないのがかえって不気味で怖かった。


「いい加減、外の様子も気になってきたしな……」


 容赦なく牢獄の中を吹き抜ける、十二月の突き刺すような風に手を擦り合わせながら、そんな事を呟く。


 イリナの事もだいぶ理解は出来たつもりだった。彼女が新型ホムンクルスの「試作品」であるという事も、感情が全てにおいて失われている訳ではなく、極端に感情の起伏の薄い状態でロックがかかってしまっている状態だ、という事も。


 隣に座り込み、下を向いて黙々と小さな掌に息を吐きかけ続けるイリナの表情はレンの位置からは見えない。それでも、今の彼女の頬が紅潮しているのは分かった。


 そんな彼女の様子を少し ……本当に少しだけではあるけれど、可愛いかもしれないと思ってしまった。


「 ……外に出れないのは自業自得ってものじゃない?」

「んなこたぁ分かってるっつーの!」


 やっぱこいつ可愛くねぇ!


 頭に手を当てて一瞬でもイリナを可愛いと思ってしまった自身を呪うレンに、しかしイリナは一瞥もくれようとはしなかった。


 俯いて自分の掌を見つめたまま、イリナはゆっくりと口を開いた。


「……ねぇ、レンは本心から外に出たいと思ってる?」


 普段通りの静かな声の内に秘められた、弱々しい語調。体中から自信を溢れ出させているいつものイリナとは似ても似つかない。


 理由なんて大層な物は無かったが、レンにはイリナの言いたい事が言葉通りではないように思えた。


 ひょっとして、ここから離れる事の出来ないイリナにとって「外に出る」という行為は自分から離れて行ってしまう事を指しているのだろうか ……


──「さぁ、どうだろうな」


 永遠にも、一瞬にも思えた沈黙の末、レンが返した言葉はたったそれだけだった。


 出たい出たくないの前に、ここから出る事は不可能だろう、そうはぐらかしたくは無かった。


 確かにイリナと過ごす時間はレンにとってかけがえのない物だったが、だからといって今までルナたちの様子が気になっていなかったと言えば嘘になる。


 心の底から可笑しくて笑い転げた時でさえ、心の奥底にはルナが浮かべていた辛そうな笑みが鋭いくさびとなって刺さっていた。


 ルナと離れたあの日から、脳内にはずっと後悔の二文字がこびりついたまま。

 だから、よく分からないというのが、紛れも無いレンの本心だった。わざわざ心配しなくても、イリナと一緒にいる、そう言ってやれないのが辛かった。


「……そう」


 イリナはたった一言、小さな声でそう返しただけだった。それが余計に悲しかった。


 伊達に牢獄で一ヶ月の間、一緒に過ごしていた訳ではない。イリナも自分の質問がレンを困らせてしまう事は痛いほど分かっていたのだろう。


 だから今の質問はきっと、ふとした弾みでイリナの心のうちが零れ出してしまっただけだ。何故だかレンにはそう信じなければならないように思えた。


「それなら、一回外に出てみる気はない?」


 少々強引過ぎる話の続け方だったが、イリナなりに精一杯考えた結果なのだろう。そこに口を挟むのは野暮な気がした。


 無謀に思えるこの牢獄からの脱出も、イリナならばいとも簡単に成し遂げてみせるのだろうと思える。


 それに、気ままなこいつが自分から人に気を使うなんて事、考えてみれば始めてのような気もするし……


「 ……今、何か失礼なこと考えていたわね?」

 返す言葉もございません。


 視線を泳がせるレンを見て「もう知らないっ」とまるでいじけてしまった子供のようにフイッと後ろを向くイリナ。やがて、ゆっくりと蠱惑的な眼差しを向けてレンを振り返った。


「それにね──この時期の帝都はすごく綺麗なのよ」


    † † †


 牢獄にポカリと浮かんだ暗紫の渦へと、レンは恐る恐る手を伸ばす。誰かに強く手を引っ張られるような感覚を感じた次の瞬間、二人は白陵宮の上部を構成する尖塔、その内の一柱の上に立っていた。


 これもイリナの魔法の効果なのだろうか、吹きすさぶ木枯らしは確かに全身を叩いているはずなのに、全く寒さは感じない。


「……こんな所に跳んで大丈夫なのか?」

「ええ」


 仮にもここは帝国の中で最も警備が厳重な宮殿なのだから、どうせならば宮殿の外に飛べば良かったのに。非難の意味を込めてレンは言ったつもりだったが、イリナに応えた様子は皆無だった。


「騒がなければ気付かれる事は無いわ。知ってる? 人間の一番の死角は背後じゃなくて真上なのよ? そんな事より、ほら」


 意外と博識なイリナの一面にへぇ、と相槌を打ちながら、促されるままに眼下を見下ろして──レンは息を呑んだ。


 連日デモが行われていた広場が、赤や緑の電飾でクリスマスカラーにライトアップされていたのだ。


「もうクリスマスだったのか……」


 カレンダーの無い牢獄生活のせいで、すっかり日付の感覚を無くしてしまった事に苦笑を浮かべつつ、微かに得意気な顔を浮かべるイリナを見てこんな表情も浮かべられるようになったんだ、とレンは思わず頬を緩めた。


 大通りを豪奢な金の装飾を付けた馬車が行き交い、優雅に着飾った貴婦人たちが小路地にあるお洒落な店へと入ってゆく。皆、楽しそうに笑っている。


 そう認識した瞬間、レンの頭の中をズキンッ、という鋭い痛みが走り抜けた。ルナの苦しそうな顔が、カイの痛々しい傷痕が、そしてついに帰って来なかった父の最後の笑顔が、走馬灯のように次から次へと流れ、レンの脳内で狂ったように暴れ回る。


「ぐ……あ、ぐぁあああ!!」

「レン……どうしたの?」


 思い出した。俺はこの景色を、帝国の全てを憎むと誓ったんだ ──


 イリナに背中をさすられ、ようやく落ち着いた時、見ている景色は寸分違わず同じ物のはずなのに、レンの目には先程までと全く違う景色に映った。


「……ああ、イリナの言った通り、確かにここからの眺めは最高だ」

「レン? 気分でも悪いの?」


 もう二度と見られないかもしれない、帝都を俯瞰する「絶景」を目の当たりにして、しかし低い声のトーンで呪うように呟き始めたレンを、イリナが心配そうに覗き込む。


 それを全く意に介そうともせず、レンは射抜くように眼下に広がる帝都を睨みつけた。


 ここはまさに天国のような場所だ。こんなところで暮らせたら幸せだろうなと思える、素晴らしい場所だ。


 素直に認めよう。ああ、ここは最高だ。思わず羨んでしまうくらい最高に綺麗で、美しい。そして──最高に吐き気がする。


 ルナたちが、カイが、俺の父さんが断腸の思いで搾り出したなけなしの税金を、彼らはこんな事で浪費していたのか。


 イルミネーションが街を明るく彩る、その遥か遠くに、ルナたちが暮らす黒ずんだ街区が見えた。


 所々に明かりがぼんやり灯っているだけの、いつも通りの街区。クリスマスを祝う余裕なんてどこにもない、貧困に喘ぎながらただ命を長らえるだけの生活を送る人々が住む場所。


 レンの歯の奥から軋んだ音が漏れた。


「なあ、俺は、俺達は何の為に苦しんできたんだ? こいつらに楽しいクリスマスを過ごさせてやるためか? なあイリナ、教えてくれよ。俺達は一体何の為に──」

「落ち着いてレン。こんな所で騒いだらすぐに見つかってしまうわ」

「これが落ち着いていられるかよ! こんな事、許されていいはずねぇ──」

「……見つかった」


 レンの体調を確認する為に座り込んでいたイリナが急にすくっ、と立ち上がったのを見て、怪訝そうな表情を浮かべるレン。


「イリナ、一体何してんだごふえっ!?」


 そのまま自然な動作で再び座り込み、レンの腹部に手を伸ばすイリナにいよいよレンは訝しげな声を上げ ──瞬間、ガン、という激しい衝撃に襲われた。まともに立っている事すら難しいレベルのダメージを受けて、レンの意識は急速に遠ざかっていく。


「こんな日まで素直に楽しむ事が出来ないなんて、本当に難儀な性格しているわね……。まあ 、そういう所も嫌いじゃないのだけど」


 イリナはまるで懺悔でもするかのような手つきで、塔の床にそのしなやかな指を触れさせ、そして大の男と遜色ない体格を持つレンを片手で軽々と持ち上げた。


 その時のイリナの表情を知る者はいないが、もしいたとしたら、その人間はきっとこう言っただろう。


 ほんの少しだけ、寂しそうに歪んで見えた……と。

次回は主人公以外に視点を当ててみようかな……

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