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第七話

お待たせしましたm(_ _)m

 翌日。薄暗く、気味が悪くなるくらい静かだった白陵宮の牢獄に少女の声が響いていた。


「レン、本当に何も持っていないの?」


 同じ台詞を先程からしきりに繰り返しているのは、白いワンピースに銀色の髪を靡かせた少女、イリナ。


 その台詞は、聞き様によっては危険物を持ち込み確認のようにも取れるかもしれない。


 むしろ牢獄で行われる会話としてはそっちの方が適切なのだろうが、少女の歯切れの悪い語尾から滲み出た「私いかにも残念がっています」的なオーラが、良くも悪くもその可能性を否定していた。


「しつこい。……大体、そんなもん持ってきてる訳ねぇだろうが。子供が遠足に来てるんじゃあるまいし」


 イリナの質問の内容は、省略せずに言うと「何か遊べる物を持っていないか」というものだった。


「……だからって、チェス盤ぐらいは持ち歩いているものでしょう? まがりなりにも帝国初の白陵宮侵入者なのよ? 自覚が足りないんじゃない?」

「いやそれ全く関係無いから」


 諦め悪く食い下がろうとするイリナの支離滅裂な物言いに、疲れきった顔でレンは溜め息をつく。


「……そんなにやりたいなら、自分で持ってくれば良かったじゃないか。イリナは自由に外に出れるんだからさ」

「何を言ってるの? 私がそんな億劫な事する訳無いじゃない。捕まった後の事を考えていなかったレンが悪いのよ」

「くっ……」


 捕まった後の事を考えていなかったのが悪い。悔しいが、この台詞には言い返す事はできなかった。


 捕まった時の事も考えておくべきだというイリナの台詞は確かに正論だ。


 やっぱりルナにだけでも侵入の事、伝えておくべきだったかな……


「つまり、宮殿に侵入する前に、暇潰し道具としてのチェス盤を買っておかなかったレンが全部悪いのよ」

「それは違う。断じて違う。ついでに言っとくと、神に誓っても違う」


 人が言い返せないのを良い事に、しれっと罪状追加してんじゃねえ。


「ああくそっ……俺はド○エモンじゃないってのに……」

「あら、レンを水死体扱いするつもりは無かったのだけれど……でもそうね、水死体も確かに似合いそうね」

「Oh……土左衛門じゃないんだけどなぁ……」


 きょとんとした顔で首を傾げるイリナ。頭に?でも浮かんでいるようなその姿に、レンは頭に手をあてて深い息を吐いた。


 悲しいかな、我等が愛すべき国民的アニメ「ド○エモン」は宮殿に引き込もりっぱなしの少女には通じないのである。


「……つーかさ。今さりげなく人の事殺そうとしたよね?」

「ああ、そういえばそうだったわね。で、死に方は水死で良かった?」


 そう言うなり、イリナは虚空から毒々しいパープルで縁取りされたA4サイズのメニューを取り出した。


「……お前そんな魔法も使えるのか」

「ある程度の適正があれば、こんな事くらい誰にでもできるわよ。それと、魔法じゃなくて魔術ね」

「……その違いが分からない」


 どっちも同じようなもんじゃないのかよ。


「魔術とは魔を利用する術の事。単なる技術よ。でも魔法は違う。魔法とは魔の理を突きつめた結果、自然と浮かび上がってくるもの。」

「言い換えるなら、それは神の意志。だから本当の意味で、魔法を使える人間はいないの。……最近は魔法を使えると嘯いている紛い物も結構いるみたいだけどね」


 急に声のトーンが下がるイリナ。魔法師について、何か嫌な事でもあったのだろうか。


「で、結局どの方法で死にたいの? ほら、早く選びなさいよ」


 反応に窮してしまったレンに、一転、しれっとした笑顔でメニューを突き出すイリナ。あのなぁ……


「今ここで死ぬつもりはないんだが……」

「どうせ死ぬんだったら今殺されても同じでしょう? そんな些事が気になるなんてやっぱりあなたは小さな男ね」

「それは大きい小さいの問題では無いと思うんだが……」


 …………


「……そこまで嫌なら別に死んでくれなくてもいいわ」


 数瞬の沈黙の後、イリナはそう呟いて空中にメニューを放り投げた。


 ゆっくりと弧を描いて落ちるメニューは牢獄の冷たい地面に触れる直前でキラキラとした青いガラスの破片の粒子に包まれ、サァァァ、と消えてゆき――

 瞬間、レンはぞくっ、と背筋が凍るような、言いようのない不快感を覚えた。


 やっぱり魔法は好きになれない……


「その代わり、今度はこっちから一つ選んで頂戴」


 メニューが消えてゆく方向には一瞥もくれず、イリナは虚空に手を突っ込んで再び何かを取り出した。


 一体今度はどんな物が出て来るんだと警戒するレンだったが、イリナは取り出したのはB5サイズと、少し小さめのメニューだった。先程の毒々しいメニューと違い、縁が可愛らしいピンクのレースで装飾されている。これなら多分だ……大丈夫だろう。


 そのメニューを、イリナは顔を赤らめてもじもじと内股でレンに差し出した。


 可愛らしいその仕草に、レンは不覚にもどきどきしてしまう。内心の激しい動揺を必死に隠しながら、レンは口を開いた。


「こ、今度はどんなメニューなんだよ?」

「レンの調理方法」

「食うのかよ――――――――――――――――――――――っ!!」


 ……会話の内容は「おかしい」を通り越して相当にシュールだったが、何だかんだ言って、二人の間にはほんわかとした空気が醸し出されているようだった。

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