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第六話

月曜日の投稿飛ばしてしまった……文字数増やしたから許して下さい……

 目を開けると、真正面に灰色の壁が立ち塞がっていた。コンクリートのごつごつとした質感は、つややかな光沢を放つ大理石のそれとは似ても似つかない。


 振り返った先にはいかにも頑丈そうな鉄柵。


 どうやらレンは今、白陵宮の外に作られた牢獄に閉じ込められているようだった。


 どうして俺はこんなところに閉じ込められているんだ……?


 まだはっきりと覚醒しない頭を捻って、レンは投獄された理由を探ろうと、自身の記憶を辿る。


 確か俺は……自爆覚悟で白陵宮に忍び込んで……ホムンクルスのいた部屋に硝煙火薬を設置したんだ。その後は……爆薬を点火しようとして……追手のホムンクルスに捕まりそうになったけれど、何とか点火は間に合って、そして……


 ――爆薬が、不発したんだった。


 父親を殺された怒りに身を委ねた行動とはいえ、レンは事前に計画を立て、硝煙爆薬まで用意して白陵宮に潜入したのだ。


 爆破まで一息という所まで来て、あと少しで父さんの敵を取る事ができると思えた、その最後の最後で――自分は時の運にまで、見放された。


 厳然とした受け入れ難い事実が、一切の情け容赦無くレンの心を抉り取った。


 ハ、ハハハ……


 自分でも驚くほど乾いた笑いが零れた。視界がモノクロームにあせ、全てがどうでも良い事のように見えた。


 何か大切な物を失ってしまったレンの心には、虚飾に彩られた上辺だけの感情と、とてつもなく深い絶望のみが残された。


 現実から逃避するように、とりあえずレンは思考を働かせてみる。


 自分はこれから先どうなるのだろうか。一日二日経ったら帰れるなんて楽観的な考えは、まず捨てた方が良いだろう。帝国のお偉いさん方が「反省しましたか、じゃあもう帰っていいですよ!」なんて生温い事を言うはずがない。


 帝国の宮殿の中で爆破騒ぎを起こそうとしたのだ。運が良くても終身刑、死刑になる事だって十二分に有り得る。いや、現状ではむしろその可能性が一番高いのだろう。


 ――ああ、自分は殺されるのか。


 レンはまだぼんやりとした頭で、他人事のようにそんなことを思った。先程の深い絶望のせいだろうか、不思議と、辛い、悲しい、恐いといった感情は浮かんで来ない。


 むしろ死んだほうが良いのではないか? 家族を失い、神にすら見放された自分のような人間が生きていて何になる? そんな卑屈な考えすら浮かんで来る。


 唐突に、レンの脳内にふっ、とルナの顔が浮かんだ。


 自分が帝国に捕まって殺されたことを知ったら、ルナは悲しむのだろうか……


「そういえば、ルナは今頃どうしてるんだろうな……」


 現実から目を逸らす為に本能的に零しただけのその言葉は、誰もいないこの場においてはただの独り言、そうなるはずだった。


「人の心配なんかする前に自分の心配をしたら?」

「まあ今の状況じゃ、そう言われてもしょうがないよなぁ……って、はぁっ!?」


 自分のすぐ後ろから聞こえた声に何げなく苦笑を浮かべ、直後、レンは飛び上がらんばかりに驚く。


「やっと起きたと思ったら……随分と余裕みたいね、咎人」


 レンが閉じ込められている金属柵の外側から、白いワンピースを纏った銀髪の少女が呆れた顔付きでレンを眺めていた。


    † † †


「……何の用だ」


 レンの声はお世辞にも愛想が良いとは言えなかった。元々鋭い目つきがさらに細められ、完全に敵対者を見るそれとなっている。


 手負いの獣のような警戒をするレンを見て、少女はくすり、とおかしそうに笑った。


「何でも無いわ。私はただ帝国史上初の白陵宮侵入を成し遂げた、偉大な咎人の顔を拝みに来ただけ」

「失せろ。今すぐ」


 一層刺々しい声で放たれた言葉も、少女は聞こえていないかのように軽く流す。


 「……聞こえないのか?」


 ――いや、そもそも平然と牢獄に入って来れるこの少女は一体何者なんだ?


 レンの内心を知ってか知らずか、不意に少女はその場でくるりと一回転した。肩の辺りで切り揃えられた銀髪が、錆ついた鉄格子から吹き込む木枯しにふわりと舞い上がる。


 格子の隙間からほんのりと青白く光る月が見えた。少し右に傾いているあの月は確か……上弦の月だったか。


 それは自然と調和した完全な美。冷徹さすら漂わせる人間を超越した美しさ。


 月を背にした少女は喩えようも無いほどに美しく、そして神秘的だった。


「ねぇ、不思議だと思わない?」


 小さく口を開けたまま固まっているレンの方を向き、けれどその場には自分しかいないのだとでも言うように、歌うように少女は話し続ける。


「月は、太陽が私たちを照らしている昼間は隠れているの。そのくせに、太陽が照らしてくれない夜には、ほんのりと私たちを照らしてくれている」


 ようやく硬直から抜け出したレンは、意味不明な少女の言葉を聞いて訝しげに眉をひそめる。一体、この少女は何が言いたいのだろうか。


「月のおかげで、私たちは真っ暗な世界で暮らさずに済んでいるのよ」


 ……なるほど、それで太陽が照らしてくれない時でも月は照らしてくれている、か。


 言葉では上手く言い表せないが、何となく、レンは少女の言いたい事が分かった気がした。


 そして同時に、思った。


 ――ふざけんな。


「太陽が沈んで、月も全く見えない新月の時だってあるんだよ。俺たちを照らしてくれるものは何も無い……宮廷育ちのお嬢様には分からないだろうけどな」


 そもそも、あんたらみたいに上を見上げて感傷に浸ってる余裕なんか、俺たちにはねぇんだよ。


「それでも、そこに月が無い訳じゃない。少しずつ明るくなっていって、気がつけばまた、いつもみたいに私たちを照らし出してくれている。違う?」


 視線を少女から外し、言外に無視すると宣言しているレンの態度に、銀髪の少女はふぅー、と息を吐き出した。


「……確かに私は白陵宮(ここ)で育った。でも私がいた場所はあなたの想像しているような良い場所じゃないわ。白くて無機質な壁に囲まれた部屋。ここなんかよりずっとずっと、牢獄みたいな所よ。幼い頃にそこに閉じ込められてから、いつも私は一人だった」


 少女の独白は続く。他人事のように自らを語る声が、月明かりに照らされた牢獄に虚しく響く。


「ある日部屋の鍵が外されて、私は自由になった。でも部屋から出て周りの人たちをじーっと観察してみて、私は自分が他の人間とは違うということに気づいたの」


「確かに、捕らえられた犯罪者を見に来る物好きなんてあんたぐらいだろうな」


「……否定はしないわ。私にはほとんど感情や欲求の類が存在しなかった。ここに来た理由だって、見に行きたいと強く思ったからじゃなくて、ただ何となく見てみたかったからってだけでしかないもの……一つはね。多少の好き嫌いはあっても、何かを強く欲する事や、何かを強く拒む事は無かった」


「……普通なら、こういう類の話を伝える時にも悲しみや寂しさという感情を覚えるんだろうけれど……やっぱり難しいわね……」


 そう付け加え、少女は諦念を漂わせた、寂しそうな笑いを浮かべた。いや、この場合は浮かべてみせた、が正しいのか。


 ――ようやく分かった。


 彼女もまた、上手に生きられない人間なのだ。感情の欠落という理不尽に晒され、しかしその事実を受け入れて生きていくしかない少女。その姿を俺は、無謀な計画だと分かっていても父親を殺された悲しみを復讐に向ける事でしか抑えられなかった自分と、重ねていたんだ。


 憎むべき敵かもしれない相手なのに、レンは何故か無性に痛たまれない気持ちにかられた。


「……それで、もう一つの理由ってのは?」


 その瞬間、ほんの僅かだけ少女の表情が辛そうに、歪んで見えた。


「それは……秘密よ」

「そうかい。……まあ、そんならそれでいいや」


 たとえそれがレンの気のせいではなかったのだとしても、今のレンにそれを確かめたいという気持ちはなかった。


「ありがとう。……私はイリナ」

「……俺はレン。レン・アークライトだ」


 申し訳無さそうに俯き、会ったばかりの時からは想像もつかない蚊の鳴くような声で感謝を述べ、少女は名乗る。それに答えるレンの声にもまた、会ったばかりの刺々しさは残っていなかった。


「……そう。また来るわね、レン」


 暗くて陰湿なはずの牢獄は今、ぼんやりとした月影に照らされていて、それが何故か、レンにはたまらなく心地良かった。

主人公とヒロインがようやく出会いました。いよいよ「シルバークロイツ」動き出していきますよ?

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