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第三話

投稿が夕方というより、夜と形容するのに相応しい時間になってしまった……申し訳ありません……

 燃えるような夕陽が空を紅く染め、黒い陰影を映し出した街が眼下一面に広がる。


 いつの間にか、レンは郊外にある小高い丘の上に辿り着いていたらしかった。

 気の赴くままに歩き回ったその果てが、以前よく父さんと一緒に訪れた場所だというその事実に、レンはどこまでも因果な巡り合わせだと自嘲の笑いを浮かべる。


 すぐにいたたまれなくなって俯いた所で、レンは驚くほど頼りなく、肩からぶらさがった自分の手を見つけた。

 刹那の内に、度重なる重労働のせいですっかり厚くなってしまった、父さんの大きな手が脳裏に浮かぶ。


 くしゃっという音を立てて乱暴に、けれど優しくその掌で頭を撫でてくれた父さんは、もういない。


「何で俺が、俺たちが、こんな目に遭わなくちゃならないんだよ……」


 不意に、掠れた声がレンの口から零れた。透明で生暖かい液体がとめどなく頬を流れ落ちる。


 もし、この国が国境を越えて買い出しに行かずとも、当たり前の生活を送る事ができる国だったら。新しく即位した皇帝が、圧政を敷く暴君ではなかったのなら。


 ――父さんは死なずに済んだのに。

 やり場のない極大の悲しみが、レンの中で憎悪の焔となって荒れ狂う。


「殺してやる……帝国の腐った皇帝も、その傀儡になっているホムンクルスも、全部、全部っ!」


 まるでその胸の内を体現したかのように、レンの後ろには黒々とした影が延々と伸びていた。


    † † †


「それにしてもレン、帰ってくるの遅いわね……」


 いたる所に茶色い染みの斑点が付いた白いテーブルクロス、その上の燭台に灯った小さな蝋燭の炎が微かに揺れる。


 レンが部屋から飛び出していった後、ほど無くしてルナはレンの父親が殺されたという事を聞かされた。


 レンの父親は、外国のお土産だといってよく透き通ったキャンディーや、珍しい押し花の栞をルナにくれる、優しい人だった。


 ルナにとっても親しかった人を失ったという事は悲しかったが、自分の父親を失ったレンの悲しみは、ルナのそれとは比べ物にならないくらい深いだろうという事は理解しているつもりだ。


 だからレンがふらっと出ていったと聞いた時、ルナは心の荒んだレンを温かく出迎えてあげようと思って、こうして隙間から入り込んでくる寒気に身を震わせながらレンが戻ってくるのを待っているのだったが……


 当のレンは夕食の時刻をとっくに過ぎても一向に帰ってくる気配を見せず、ルナは一人、食堂の椅子に腰掛けて心配を募らせていた。


「レンの馬鹿……まさか泣き疲れて寝ちゃってるんじゃないでしょうね……」


 考えてはいけない不安がフッ、とルナの脳内を過ぎる。ぼろい扉の隙間風に当たっているだけでこんなに寒く感じられる、極寒の日に外で寝てしまったら、それが誰であろうと間違いなく凍死してしまう。


 ――レンの父親だけでなく、レンまでも、自分は失ってしまうのか。


 寒さとは全く関係の無い理由でガクガクと震えだしたルナに、抑揚の乏しい少年の声が掛けられた。


「……まだ起きてたのかよ、ルナ」

「レンっ!?」


 もう振り返るまでも無く分かる、子供にしては少し低くて、だけどはっきりとした芯のあるレンの声。


「何だ、まさか帰るまで待っ……」


 苦笑いを顔に浮かべ、冗談じみた口調で話し掛けてくるレン。しかしレンが言い終わる時を待たずして、思わずルナはレンの胸に飛び込んでいた。


「良かった、本当に良かったよ……」

「…………。すまない、心配掛けた」


 言葉にならない嗚咽が、二人きりの食堂に響く。


 さすがに泣き疲れたのか、しばらくするとルナの嗚咽はだんだん小さくなっていき、ある所でぴたっ、と止まった。

 食堂に静寂が訪れる。ふっ、とルナの体から力が抜けた。


「ルナ? おいルナ!」


 レンの声が意識の狭間で聞こえる中、ルナの意識はゆっくりと薄れていった。


    † † †


 まるで糸が切れたかのようにふっつりと寝てしまったルナをそっと椅子に寄りかからせ、レンは改めてルナを仔細に観察する。


 子供ながらに整った顔立ち、その小振りの紅唇からは時折空気が洩れ、規則正しくゆっくりと胸が上下する。ぐっすり眠り込んでいるのはきっと、極限まで張りつめた緊張が一気に解れた反動だろう。


「……ん?」


 よく見るとルナはじっとりと汗ばみ、その顔はうっすらと赤く染まっていた。荒い息遣いで苦しそうに呼吸しているルナの様子に、レンは小さく嘆息する。


「人の体調なんか心配する前に、まず自分の体調の心配をしろよな……」


 何か暖を取れそうな物がないかと食堂を物色したが、使えそうな物は見あたらない。仕方なく、レンは自分が羽織っていた上着をルナに掛けた。


 少し落ち着いたのか、今はすやすやと寝息を立てて眠っているルナ。その様子を見て、レンは微かに目を伏せた。


 今から三年前、新しく即位した皇帝が圧政を敷き、国民が貧困に喘ぎ始めた折の事だ。

 他の街区で次々と餓死者が続出し、このままでは自分達も全滅してしまうと判断したモリディアニ街区は、街区そのものを一つの世帯とし、共同で生活する「ユニオンブロック」を行う事を決定した。


 買い出しには男達が交代で出掛けた。それでも足りない分は女達が内職をしてどうにか生計を立てようとした。


 子供達の世話をする余裕など、もうほとんど残ってはいなかった。女達が仕事の合間を縫って、どうにか生まれて間もない乳幼児の面倒だけは見ていたが、やんちゃな年頃の少年少女の面倒を見る事など到底不可能、誰もがそう諦めていた。


 そんな時、ルナは子供たちの世話を引き受けると自分から言い出したのだ。


 でもレンは知っている。街区の子供たちの中で最も年上だったレン達の中で、とりわけ聡明だったルナに、子供達の面倒を見てくれるのではないかと密かに大人達が期待を寄せていた事を。

 そして、それを悟ったルナが見て見ぬ振りをすることなどできない、優しい性格であるという事も。


 一人の子供が背負うにはあまりに重すぎるその責務に、ルナは、本当は、今にも押し潰されてしまいそうになっているはずなのだ。


 やはり、ルナを「計画」に巻き込む事はできない。自分の幼馴染にこれ以上の負担をかける訳にはいかない。


 ――これは、俺の復讐だ。


 決意を新たにして、レンは勢い良く座っていた椅子から立ち上がった。


「レン……待って……」


 しかしその矢先、呼び止めるルナの声がして、レンは慌てて椅子に座り直す。起こしてしまったのかと戦々恐々としているレンの内心を知ってか知らずか、ルナは全く起きる気配も無く、緩み切った顔で宙空に手を伸ばしていた。どうやら夢の中にレンが出て来て、そこに話しかけているらしい。


「……すまない」


 もう一度だけルナにすまなさそうな視線を向けると、レンは明日の「復讐」の準備を進める為、今度はそっと椅子から立ち上がって、自分の部屋へと戻った。

次回、「計画」とやらでレン少年が暴走?する予定です。

 ルナの主人公への呼び方をレンに統一しました。指摘して下さった読者様、ありがとうございました。

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