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第十一話

 兵舎の屋根に寝かせておいたレンを回収し、イリナはコンクリートと鉄柵で構成された無骨な造りの牢獄へと戻ってきていた。


 気絶していたはずのレンの吐息は、いつの間にか規則正しいいびきへと変わっている。この様子を見る限り、当分目を覚ますことは無いだろうが、特に健康に支障が出ている様子も無い。


(はぁ……)


 なまじ心配していた分、イリナは過分に安堵していた。切迫した事態に急き立てられて必要以上に焦ってしまい、レンを気絶させる際の力加減を間違えたのではないかと密かに心配していたのである。


 火急の心配事が無くなった為に、イリナの思考は自然と先程の出来事──二人の兵士の記憶を消し飛ばした事へと促され──そこで不意に猛烈な胸を締め付ける感覚に襲われた。


(どうしてっ……!?)


 ホムンクルスは本来、生理的な不調とは無縁の生命体。どんなに寒い空間にいても腹を下す事はないし、新型ウイルスが世間を席巻していてもそれに感染する事は無い。バイオハザードの真っ只中に裸で送り込まれても無傷で帰還する、そういう風に設計された化け物なのだ。


 そのはずなのに、今はとても気分が悪かった。胸焼けでもしたかのようにみぞおちから食道の辺りに疼痛が残り、慣れない違和感に何度も空嘔吐きを繰り返す。

 曖昧模糊としていて捕らえどころの無い感覚がもどかしく、何故だか無性に腹が立った。


(気付かない内に外部からの攻撃を受けた?)

 否。もしそんな事態に陥っていたら、ホムンクルスである私が気づかないはずはない。


(じゃあ、体構造にガタが来た?)

 これも否。ホムンクルスを構成する構造の大部分は人体のコピーだ。当然、自己修復機能くらいついているし、自己修復で追いつけない程の傷は何らかの形で表に現れるようになっている。


 ……………………


「……仕方ないじゃない……そうするしかなかったのよ……」


 ──本当は分かっていた。自らの胸を蝕む痛みの理由も、何が自分をここまで苛立たせているのかも、全部、全部。


 あの時、イリナは見張りの兵士二人の記憶を跡形もなく消し飛ばし、そして結果として、二人は廃人となった。


 切迫した状況下での判断だったとはいえ、イリナはあの時の自分の決断が間違っていたとは思っていない。


 でも、もしそれが正しい行いだというのならば、どうしてこんなにも自分の胸は痛むのか。どうして、今にも息が詰まりそうな思いをしていなければならないのか。


「これが最適解だ、って思えたから実行したのに……それなのに、何でこんなに辛いと感じるの?」


 問いかける相手など、この狭い牢獄に居るはずもなく。

 故にイリナは自らの内に向かって問い続ける。どうして? と。


「それで良いんだよ、きっと」


 解を求めていた訳ではない問いに返答が返ってきたのは、予想もしなかった方角からだった。


「レン……いつ起きたのよ」

「ついさっき。『そうするしかなかったのよ……』の辺りだったっけな?」


 おもむろに立ち上がって、レンは格子窓の外を眇め見る。深夜の静謐な藍空に浮かぶ銀白色の月。


「俺だってそうだった。親父が死んだ時、ああ、俺のせいだ、って思ったよ」


 自らの過去を語るその口調は、驚くほどにあっけらかんとしていて。


「レンは悪くないっ! レンのお父さんを殺したのは──」

「ああそうだ、何処ぞのホムンクルスだ」


 辛そうな顔を見せまいと無理して作ったのだろう笑みは、けれどシニカルに歪んでしまっていて。


「でもその時の俺は、一体俺の何が悪かったのか、って散々考えまくった。考えて考えて、自暴自棄になって、そして辿り着いた結果がこの場所さ」


 そして『これが俺の末路だ』とでも言いたげな仕種で、コンクリート作りの粗い床をまるで指し示すかのように、履き潰した靴の踵でトントンと叩いた。


「最善を尽くしても、物事が上手く進まない時だってある。でもそれは、必ずしも自分の所為って訳じゃないさ」


 優しさに満ち溢れたその声音は、今までに聞いてきたレンのどの口調とも違った。


「それでも、唇を噛み締めて、掌に爪を立てて、もう出血し過ぎて貧血で倒れちゃう、ってぐらいまで自分を責めて、後悔しまくってさ」

「最後に、次こそは、今度こそはって、また訪れるかもしれない『その時』に活かそうとする。そうやって、再び前を向いて進もうって思える。俺はそれが、人間っていう生物の生き方なんだと思う」

「もっとスマートに生きられないもんかなって、思わないでもないけどね」


 最後に自分で付け加えた台詞に苦笑いするレンの背中を、イリナは恐る恐る見上げる。痩せて骨が浮き出ているのにも関わらず幅の広い背中に、二条の祈るような視線を向ける。


「レン。私は……人間になっても良いの?」


 許しを請う、かつて心を持たなかった少女の声は、今にも死んでしまいそうなくらいに酷く弱々しくて。


「何言ってんだ今更。そもそもホムンクルスってのは、人工的に作り出された『人間』なんだろ? 心配すんな、お前はもう、立派な人間なんだから」


 それに対する、かつて自暴自棄に陥った少年の返答は、どこまでも真っすぐで、力強かった。

書き出す直前に模写やっていたら、若干文体が変わったような気が……

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