第一話
連載始めました!週二話ペースで投稿していくつもりです。よろしくお願いします!
彼らは確かに人間だった。たとえそれが、人々の思惑によって強制的に精神を作り変えられた人工生命体であったとしても。
──レン・アークライト「共和国革命史」
丁寧に刈り込まれた生垣が鮮やかな翠の色彩を放ち、噴水から迸る澄んだ水飛沫が、その奥に屹立する白亜の宮殿に良く映える。
普段ならば思わず溜め息を漏らしてしまうだろうと思える程に美しい、帝国の宮殿前広場は今日、大勢の国民で溢れかえっていた。
「帝政反対!」
「国民の事を考えろ!」
咽せかえるほどの人々の熱気が陽炎を生み出し、あちこちから響く怒号が時折空気を震わせる。いたる所に掲げられた赤色のプラカードには、白いマーカーで乱暴に書き殴られた「独裁反対」の四文字。
帝国の民で構成された黒山の人だかりは、今にも白亜の宮殿――帝国の政治の中心、白陵宮の中へ雪崩れ込もうとしていた。
しかし我先にと突撃してきた民衆は不意に、白陵宮を守る憲兵隊によって遮られる。
色とりどりの魔方陣が宙に複雑な紋様を描き出し、瞬間、虚空から次々に無色透明で半球状の障壁が生成、憲兵隊のすぐ手前に降下。
そこへ一斉に国民が殺到。まるでガラス窓に顔を押しつけているかのような態勢で、食い入るように憲兵隊を睨み付ける。
「くそっ、邪魔するなっ! この人形風情が!」
侮蔑の言葉を投げつけられても、彼らはびくりとも反応を示さない。悲しい顔も辛い顔もせず、ただ無表情のままに障壁を維持し続ける。
それもそのはずだ。
彼らは生まれながらにして魔術回路を脳内に持つ代償として、一切の感情を持たない。そういうように設計された人工生命体――ホムンクルスなのだから。
これはホムンクルスの少女と、帝国の圧政下でたくましく生き抜く一人の少年の物語。
† † †
廃墟と化したビルが黄昏の光をさえぎり、狭い道の傍らに堆積した瓦礫は闇に包まれたまま。
その内の一つ、腰掛けるのに丁度良い高さの瓦礫にレンは座っていた。
「おう、戻ってきたか、坊主」
レンが帰って来るのを見咎めたのか、腕にバンダナを巻きつけたスキンヘッドの大男――カイがニュっと顔を出す。
「……寝てなくて良いのか、おっさん」
じと目で言うレンに、カイは片手で頭をガシガシとおおげさに掻いてみせた。
「いやあ、布団の中でじっとしてるのは、どうも性に合わなくてなあ」
そう言って、もう片方の手で松葉杖をぷらぷらと振るカイに、レンは盛大な溜め息を洩らす。
「この前だって勝手に外に出ていた所を見つかって、奥さんに散々お小言頂戴してたじゃん……」
カイが思いっきり視線を逸らした。
「ま、まあ、んなこたぁどうでも良い。それで、デモの方はどうだったよ?」
先ほどの情け無い態度とは一転。ニカッと柄に合わない笑いを浮かべ、野太い声で問いかけてくるカイをちらりと見て、レンは悔しそうに歯噛みする。
「……駄目だった。あと少しで国王に直談判できそうな所までは行ったんだけど、そこであ
いつら……ホムンクルスの奴らに妨害された」
「だから言っただろ? 何度やろうと無駄だ、奴らがいる限りはな」
そう言って、カイは小さく嘆息する。
「じゃあ諦めろって言うのか? 街に出れば廃墟だらけ、食糧なんて全く手に入らない。父
さん達が命賭けで国境の外まで買い出しに行って、辛うじて食い繋いでいる、そんな腐りきった生活を受け入れろっておっさんは言いたいのか?」
勢い良く立ち上がり、声高にまくし立てるレンを、彼はごつい手で制した。
「そう熱くなるな、レン。俺は何もこの生活に満足しろと言ってる訳じゃない。ただ、自分が買出しに行っている間に、息子が無茶をして逮捕されたと聞かされるお前の父親の気持ちも少しは考えてやれ」
「……分かってるよ」
逃げるように視線を逸らしたレンを、今度は玉を転がすような、明るく澄んだ声が出迎える。
「レンくん、おかえりっ!」
紫色の髪を短いおさげにし、先端に三日月の形をした髪留めをつけた少女はレンを見るなり飛びついて来た。
「ルナ、お願いだから見つけた瞬間に飛びついて来るのはやめてくれ……」
はしゃいだ様子から一転、ルナは期待を込めた無垢な眼差しで一心にレンを見上げる。
「でもでも、本当は嬉しいんでしょ?」
訂正しよう、ルナは無垢な眼差しに見せ掛けて、レンをからかっていた。
「んな訳無いだろっ!」
「でも、レンくんの顔、赤くなってるよ? あ、ひょっとして照れてる?」
「い・い・か・ら離れろっ!」
「……もうっ、レンくんつまんない」
どうにかして引き剥がすと、ルナはぷくーという擬音が聞こえてきそうなくらい、思いっきり頬を膨らませてこちらを睨む。
演技だと分かっていても噴き出してくる冷や汗を、レンは気づかれないようにこっそりと袖口で拭った。
「あれー、なんでレンくん汗かいてるの?」ドキッ。
「ひょっとしてレンくん……興奮しちゃった?」
「んな訳無いだろっ!……ああもう!」
まだ五分も経ってない内からやり取りでの既視感に、レンは思わずに呻き声を上げてしまう。
「あはは、レンくんはやっぱり面白いね!」
散々レンをからかいつくして大いに満足した様子のルナは、心底楽しそうな笑顔を浮かべ、
「はぁ……」
レンの口からは、自然と溜め息が零れ落ちた。