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ドラゴンイーター シラカワアリスⅡ

よろしくお願いします。ようやくアクションぽくなるその②


          ◇◇◇◇◇


 前々から思っていたのだが、人間という生き物の一部には、学生の僕らからすると目の飛び出るような高額な金銭を支払ってまで、少々見た目と味が違うだけの、そこらのジャンクフードからでも摂取できるような栄養素を取る――いわゆる富裕層(ブルジョア)と呼ばれる連中がいるわけだが。


 そういう彼ら彼女らが、その自尊心のために支払う金銭のいくらかを別のところに回せば、たったそれだけのことで世界はいくらか平和になるんじゃないだろうか?


 白川の先導の下、学校からも程近い駅前通りの()洒落(じゃれ)たケーキ屋の前に差し掛かったところで、僕はふとそんなことを言ってみたのだが。

 白川はただ笑って、


「うん、きっとそうだね。それじゃあそこの三種のベーリーパイと、ベイクドチーズケーキと……ああ、あとそこの、抹茶ロールとモカロールを一つずつ。うーん、四つじゃ数が悪いから、ついでに、その季節のフルーツタルトっていうのもお願いします」


 ――と。

 全くもって僕の意図に反した注文を、ショーケースの向こうで媚びた笑顔を浮かべるおねえさんに伝えるのだった。


「……減らすという選択肢は?」

「うん?」


「……四つを三つに減らすという選択肢は、ありませんでしたか?」

「あれ? 知らなかった? うち、四人家族」


「……有沙(アリサ)ねーさんは、確か先月あたりからダイエット中のはずでは?」

「甘いねワトソン君。まるでケーキのようだ。だからこそ、買って行くのが妹の優しさというものなのだよ」


「……加えて言うなら、親父さんは結構前から糖尿でどうしたと聞いた気がする」

「ああ、あれならとっくに治った。先月だったかな?」


「……糖尿病って治るんだっけ?」

「先々月くらいかな? アメリカ大学って所の偉い人が、治療法を発見したんだってー」


 白川はケーキが一つずつ丁寧に箱に仕舞われるのを笑顔で見守ったまま、こちらを見ようともせずにそんな風に(うそぶ)くのだ。

 僕は鞄から取り出した財布を白川に押し付けて、レジに合計金額が表示される前に店を出た。


 時刻は既に八時を回り、この白羽女(シラバメ)駅前通りに並ぶ商店も、既にその半分ほどが灯りを落とし、ひっそりと静まり返っている。時折、会社帰りのサラリーマンやら学校帰りの学生たちが通るが、誰も彼もが脇目も振らず、一心に理想の夢が待つ家路を急いでいる。


 十年ほど前までは、日付が変わる時間帯まで営業している店舗も相当数あったと聞くが。夢が現実を侵しつつある時代に、この地方都市でそんな奇特な商売を行おうとする人間はいない。


「クリスマス、じゃないね」

「そりゃまあ、そうだろうな」


 僕は耳元で聞こえた囁きに応えて、視線を向ける。

 僕のすぐ左で、明かりを落とした飲食店の電飾看板が、まるで透明人間に腰掛けられたように軋みを上げた。不可視化した、アリスの仕業だった。


「なーに不機嫌な顔してんの? デートのお邪魔だった?」


 白川有栖と似ているが、わずかに低いしゃがれ声。僕の胸の辺りまである電飾看板が、ぎしぎしと錆びた悲鳴を上げる。


「この顔は生まれつきだ。つーかお前には、この惨劇がデートに見えるのかよ?」

「惨劇というほど惨劇でもないし。愛の形は色々だし」


 わずかに冬の冷たさが残る夜風に、嘲笑が混じる。


「テキトー言ってんじゃねーよ。そもそも、誰のせいでこうなったと思ってるんだ?」

「鞄に気付かなかったアキハルのせい。正確に言うと、鞄に気付かず部屋の鍵も閉め忘れた間抜けなアキハルのせい。もっと正確に言うと、自分の仕事を無理やり起こした歳下の夢遊(ウォーカー)中毒者(ホリッカー)に押し付けようだなんて浅はかな考えを持った(いや)しいアキハルのせい」

「……大正解だよ」


 ちくしょうめ。


 自分が生み出した幻想に、いいように遊ばれている。あまりにも面白くないので、ここは一つ、また不意打ちで透明化を解除して盛大にすっ転んでもらおうかと、通りの人気に視線をやった時だった。


「溶けますじゃ」


 澄んだ鈴の音と共に、皺枯れた女声が響いた。


「……は?」


 いつからそこに居たのだろうか。

 通りを挟んだケーキ屋の向かい側。錆びたシャッターを降ろした衣料品店の前に、身長一五〇センチほどの、一人の老婆が立っていた。

 鈴のついた錫杖をつき、市女笠に薄汚れた白衣という出で立ちは、どこか遍路巡りや修験者を思わせるが、両の肩から下がった黒い袈裟布には白字で「夢」の文字がびっしりと書き込まれており、一度気付いてしまえば目を離せなくなるような、そんな異様な存在感を発している。


 老婆は唖然とする僕に笠の下から一瞥をくれると、地面にドンッと錫杖を鳴らした。人気の無い駅前通りに鈴の音が鳴り響く。


「ヒッヒッヒッ。溶けますじゃ」


 老婆のひび割れた唇が弧を描き、薄っすらと血を滲ませる。怖気(おぞけ)が走る薄ら笑いだった。


「もてるんだね、アキハルって」


 いやあ知らなかったよ、と完全な棒読み調子で囁くアリスに合わせ、三度(みたび)、鈴の音が鳴り響く。同時に老婆の視線がわずかに右へ、そこに見えるはずも無いアリスを見つめたような気がした。


「溶けて、混じりますじゃ」


 気のせいではない。その目は、言葉は、確かにアリスへと向けられていた。傍らにいるアリスもそれに気付いたのか、息を呑む気配が伝わってくる。


 老婆に――何か言葉をかけるべきか? だが――一体、何を?


 思考が鈍り、躊躇い、指の一つさえ動かせない膠着状態に陥っていた。


夢幻(ゆめまぼろし)に色づけば、(うつつ)(ごと)こそ()とならん」


 老婆の声色が妖しく歪み、四度目の鈴の音が響く。

 同時に、突き鳴らされた錫杖と地面の接地点が、奇妙に波打つような錯覚にとらわれた。

 ちりちりと、まるで頭の奥が焦げるような痛みに襲われ、気付けば金縛りにでも合ったように身体が動かず、呼吸さえ出来なくなっていた。


「……なにやってんの、秋春?」


 横合いからの声。途端に体の自由が戻る。

 見るとケーキの箱を抱えた白川が、息を荒げた僕を不思議そうに眺めていた。


「白、川」

「なにしてんの? ちょっとあんた、大丈夫?」

「いや、その、気分が」


 しどろもどろに応えながら正面に視線を戻すと、そこにいたはずの老婆が消えていた。

 急ぎ周囲を見渡すと、いつの間に移動したのか、百メートルほど離れた交差点を折れていく白い衣装を見つける。老婆は気付いた僕に怪しく笑むと、緩やかな足取りで交差点の角へと消えて行った。


「――っ、【call(コール)……っ」


 直感は、追うべきだと告げていた。だが、もしもあの老婆が本当にアリスを見ていたとするなら、得体の知れない存在を一人で追わせるのは危険過ぎる。


 躊躇いを見せた僕の隣で電飾看板が大きく軋み、軽やかな着地音が響いた。


「〈追迅(チェイス)〉」


 躊躇いの欠片も無い声で、電飾看板の陰に夜盗の衣装をまとうアリスが出現した。

 アリスは声をかける余地も与えず、駅前通りを影となって駆け抜ける。突如、吹き抜けた暴風が駅前通りの街路樹を揺らし、並ぶ店舗のシャッターをかき鳴らした。


「あっ、のバカ!」

「……なに? ……今の?」


 白川はケーキの箱を抱えた格好で、夜風の抜けた先に呆けた顔を向けていた。


「すまん、白川っ! 急用だ!」


 投げるように言い残し、ケーキ屋の前に止めた自転車に跨る。

 全力の立ち漕ぎは、タイヤでアスファルトを焦がさん心持ちであったが、主に筋力的な問題で現実のヤツに却下された。


 僕は全力でペダルを漕ぎながら、老婆に問うべき言葉を模索する。



          ◇◇◇◇◇



 風を追う行為は、残念なことに最初の交差点を折れたところでさっそく困難となった。

 

 ――当然だ。相手は風である。


 風でなくとも、スタートが遅れたことはもとより、まずは平均的な移動速度の点で大きく水をあけられていたのだから。

 だから、目標を見失って迷走を続けた僕が偶然にも、駅前通りから直線距離で八百メートルほど離れた場所に位置する自然公園の前で、見たくもない夜盗の衣装をまとったアリスを見つけたのは、それから十数分ほど経った頃だった。


 公園の入り口で佇むアリスは、ようやく自転車で乗り付けた僕を横目に一言、


「遅い」


 と漏らした。


「あのなあ……」


 言いたいことはそれなりにあったが、まずは第一に言うべきことを優先した。


「……僕もさすがにあの状況で追うなとは言わないが。とりあえず、その格好だけはやめろ!」


 頭を抱える僕に、アリスはことさら不満げに「はあ?」と声を寄越す。


「知ってるでしょ? 私、走ったり隠れたりは〈黒盗士(バーグラー)〉じゃないと――」

「使えないのは知っている。だから、終わったらさっさと着替えろよ! どっからどう見ても不審者なんだよ、その格好っ! もっとあるだろ? こう、比較的普通の――」

「【change(チェンジ) form(フォーム)】〈護剣士(ガーディアン)〉」


 発声。衝音。ガチャン、と重々しい金属音を伴って、アリスが巨大な盾と積層鎧で身を固めた姿に変貌した。酷い嫌がらせに、頭痛がする。

 なんかもう、ここで言い争うより、さっさと用を済ませた方が早い気がしてきた。


「……わかった、もうそれでいい。それで、さっきの婆さんはこの公園にいるのか?」


 アリスの視線は一周四百メートルほどの広さがある、公園の内部へと向けられていた。

 街に緑を添える目的で作られた公園は、小さな森をイメージして作られており、随所で群生する木々のおかげで視線が通らない。いくつか電灯も設置されているはずだが、故障を放置しているのか、黒の一色に染められた園内は、見るからに重々しい気配を漂わせている。


 僕の問いに、しかしアリスは、


「わかんない」


 と短く応えた。


「……わかんない?」


 繰り返す僕に、アリスは視線を公園の闇へと向けたまま、動こうとしない。


「さっきのお婆ちゃんは、あの後すぐに見失って――探してたんだけど、変わりにこれを見つけたの」


 アリスが公園へ向け、手甲に包まれた手を伸ばす。伸ばした指先が公園の敷地に入る寸前で、バチンッ、とまるで雷に打たれたような発光と衝音で弾かれた。

 アリスの積層鎧の手甲がまるで焦げたように黒煙を(くすぶ)らせるが、僕はそれとは違う存在に目を奪われていた。


「……は? え? ちょっと待て……」


 公園の敷地を囲むように、何も無いはずの空間に【KEEP OUT! ガキはクソして寝ろや!】の文字が無数に浮かび上がったのだ。


「これって、まさか【DREAM WALKER】の、防壁(ブロック)か!?」

「多分」

「……多分? いや、違うだろ! 否定しろよ! どうして――いつの間に僕は……ここは現実のはずだろっ!?」


 公園の敷地を眺め続けるアリスの肩を掴み、強引にこちらへ振り向かせた。アリスの白い髪が褐色の肌の上で跳ね、猫科を思わせる金色の瞳がまっすぐに僕を見つめる。


「そうだよ、アキハル。現実だよ」


 アリスの黒い瞳の中に、どこか印象に残らない薄い顔が映り込む。


「だけど現実に――私はここにいる」

「違う! お前は僕の幻想ゆめだ!」


 衝動的に口にして、言葉の意味に気付く。しかし、アリスの瞳は揺らがない。真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに僕の瞳を見つめていた。


「違うよ。判っているはずだよ、アキハル。私は幻想ゆめなんかじゃない」

「だったらなんだって言うんだ? お前は、自分がなんなのか判るってのか?」

「わからない」


 アリスは静かに瞼を閉じて、開ける。


「だから、見つけたい」

「……だから? ……だから見つけたい?」


 だからどうしたというのだろう。

 それがどうしたというのだろう。


 急速に、頭の中が冷めいてく。


「バカか、お前は……バカバカしい」


 僕は言いながらその場に自転車を止めて、足元に転がっていた石を拾い上げる。小ぶりな石の存在を手の中で確かめながら、アリスの腕を弾いた障壁に向かって投げると、石は弾かれることなく放物線を描いて公園の敷地へ侵入を果たした。

 次に、僕は自分の指を公園の敷地に向けて伸ばす。敷地に入るかどうかの瀬戸際で、明らかに拒絶の前兆と見られる、微細な火花のようなものが発生した。


 改めて、状況を整理する。目の前には、現実にはありえない防壁(ブロック)

 恐らくは、四年前のアリスと同じようにして【DREAM WALKER】の内側から引き摺り出された幻想と見て間違いないだろう。


 理屈は不明。理由も不明。

 ……だが、実に単純な話だ。壁の奥にいるのは、きっと僕の同類だ。

 ただ単純に、僕は特別(ひとり)ではなかった。それだけのことだ。


「って、アキハルっ? どこ行くの?」


 のったりと自転車に跨る僕の背に、アリスが声を投げた。


「……どこって、帰るんだよ」

「はぁっ!?」


 激昂(げっこう)と驚愕が等しく混じったその声に、僕はペダルを踏もうとする脚を止め、振り返る。


「別に警告に従うワケじゃない。その壁が干渉不能と諦めたつもりも無いが、文面を見る限りじゃ、歓迎されるとも思えないからな。君子危うきに近寄らず、というやつだ。お前も適当に帰れよ、じゃあな」


 再び前を向いて、ペダルを漕ぎ始める――と、風切り音。顔のすぐ横を黒い塊が通り抜けた。影は僕の進路を塞ぐようにアスファルトの上で転がり、ガランガランと耳障りな金属音を響かせる。

 影の正体は、アリスが持っていた大盾だった。


「っ、のっ、危ねえじゃねえかっ!」


 慌ててブレーキをかけて振り返った僕の目に、盾を投げた格好のまま、顔を俯けるアリスが映った。積層鎧に包まれた肩を震わせ、目に見えるような怒気をまとっている。


「アキハルは」


 アリスは責めるような声を絞り出す。


「アキハルは、私のこと! 自分のこと! 知りたくないのっ!」

「知りたいに決まってんだろ! バカかお前はっ!」


 僕の叫びに、アリスがきょとんとした顔で硬直する。その反応に、やっぱりこいつは、どうしようもないほどのバカ野郎だったのかと、改めて理解を深める。

 僕はその場に自転車を停めて鍵をかけると、アリスがブン投げたバカ重い盾を引きずってアリスの傍まで歩み寄った。呆けたままのアリスに盾を押し返して、一発、頭に右のゲンコツを喰らわせる。


「……痛い」

「痛くて当然なんだよ。僕はなあ……なあアリス、僕は怒ってるんだ」


 頭には茹だるほど血が上っているのに、声は驚くほどに冷めていた。


「せっかくお前の、僕の、このわけ判らん力の謎が解けるかもって時に。僕の最大の武器で、アドバンテージであるはずのお前が、自分勝手に気ままな独断専行ときたもんだ!」

「――だけど、――私はっ!」

「私はアキハルのためにーっ、てか? バカ野郎」


 また一発、アリスの頭に右のゲンコツを喰らわす。


「それが迷惑なんだよ! 見ろ! ほら、よく見ろ!」


 僕は公園の敷地に右手を伸ばした。途端に発光と衝音が弾け、右手が勢いよく跳ね返される。


 ……痛い。凄く痛い。凄く凄く痛い。間違いなく失敗だった。涙が出そうだ。


 こんなことで泣いてはあまりに情けないので、僕は怒りを抑える演技でもって硬く目を閉じ、黒く焦げた右手を隠すように腕を組む。


 ――続けて失敗だった。焦げた右手は冗談ではなく重傷で、上着に触れるだけでも激しく痛む。


 額に尋常ではない脂汗が浮かぶが、今更引き返せないのでそのまま続ける。


「どこの誰だかわからんが、ともかくこの公園の中にいるらしい、明らかに友好的ではない雰囲気の【クソして寝ろ夫】は、【DREAM WALKER】の防壁(ブロック)まで現実(こっち)で使えるような相手だ! そんなのと接触しようって時に、またお前の独断専行で勝手に無茶されて困るのは、どこの誰でもなく僕なんだよっ!」


 ここしかないだろうというタイミングで、僕はクワッと目を見開く――と、アリスの姿が消えていた。

 視線を下ろすと、何故かその場にしゃがみ込んだアリスの姿を発見。


「ってお前はどうして僕が話してる途中で僕の右手を見てんのっ!? 突っつこうとしてんのっ? バカなのっ? ()てえんだよっ! (さわ)んなバカっ!」


 反射的に、焦げた右手でアリスの頭を殴ってしまった。痺れるような疼痛が、頭の先まで一気に響く。無様過ぎる。泣きたい。もう帰って泣きたい。


「ようするに、アキハルは」


 と。頭をさすって立ち上がったアリスは、どこから用意したのか、まるで駄々をこねる子供相手に呆れる母のような表情を浮かべていた。


「名前も顔も知らないどこかの誰かが、自分よりも優れているかもしれない誰かが、怖いんだね?」

「…………はあっ?」

「だってそうでしょ?」


 アリスの顔が、母のそれから魔女のそれへと切り変わる。


「アキハルが言ってるのは、私がアキハルの命令を無視して好き勝手やって、その結果、ボクが正体不明の相手にフルボッコされちゃうかもしんないじゃーん。怪我するかもしんないじゃーん。怖いからやーだーっ! てことでしょ?」

「…………大体あってる」


 ちくしょうめ。

 正確ではないにしろ……何故だ? 何故、アリスに言語化されると、自分の情けなさがこうも際立つ?


「仕方ないね、それじゃあ帰ろっか」


 静かにそう言ったアリスが、ガチャンガチャンと鎧を鳴らして歩き出した。


「アキハルきゅんは、右のおててがイタイイターイでちゅから、早く病院行かないとダメでちゅねーっ!」

「こっ【call(コール) weapon(ウエポン)】っ! 〈月刃戦斧(バルディッシュ)〉っ!」


 僕の右腕に影がまとわり付き、三日月型の刃を持った長柄の戦斧が実体化する。


「ハッハッハッ! よーし、行くぞアリスっ! 僕らの謎を解きにいこうじゃないか!」

「え? なに、アキハルきゅん? 謝ってるようには聞こえないなあ?」

「あーあー、どうもすいませんでしたぁーっ! 生意気言ってすいませんでしたぁーっ!」


 僕のブン投げたような謝罪に、アリスは肩を持ち上げて「仕方がないなあアキハルは」などと漏らしながら、また鎧をガチャンガチャンと鳴らしながらに戻ってくるのだった。


 右手は痛いし、アリスはこうだし……くそっ、僕のモチベーション、ガッタガタである。

 平時は僕にあるはずの主導権が、どうしてこう、よりにもよって重要なタイミングで、アリスに渡るのか。


 そうして頭を抱えた時だった。


「――うるっさいのう」


 公園の暗がりから、男の声が響いた。


「っちゅうか自分ら【イーター】のくせして、そのけったいな力ぁ隠す気ぃないんか? アホなんか? ああんっ?」


 現れたのは、黒いパーカーを着込み、金髪の上から黒いバンダナを巻き、右眉に二連の銀ピアスを付けた長身の男。気だるそうに欠伸をかみ殺し、右手の小指で耳を掻いていた。

 僕もアリスも、しかし男の問いに言葉を返せない。四つの瞳はただ、男の腕に巻きついた異形――琥珀色の大蛇へと注がれていた。


 視線に気付いた男が、訝る視線で僕らを眺める。


「ん、なんや揃って? 【使役者(エンプロイア)】なんぞ、そない珍しいモンでもないやろ?」

「……【使役者(エンプロイア)】?」


 僕の反応に、男が怪訝そうに眉根を寄せる。


「ちょー待て。なあ? まさかー思うが、自分ら【イーター】やんなあ?」


 引きつった笑いを浮かべた男に、僕とアリスは揃って「【イーター】?」と首を傾げる。


「……嘘やん。うっそーっ! 絶対嘘やんっ!」


 男は驚愕の顔から、哀愁の混じった笑いを浮かべ、かと思うと唐突に膝を折って地面に両手を着いた。


「せっかくこない遠出して、こない粘って、ようやっと見つけた思うたんにっ!」


 そうしてしばらくの間伏せっていた男だったが、見かねたアリスが、


「ねえ、ちょっと。お兄さん?」


 と声をかけると。男は酷く落ち窪んだ目を上げ、僕とアリスの顔を交互に眺めやった。

ケーキは全部、お姉さんがいるときに食べました。

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