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FREEKS  作者: 空原 梨代
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4話:役者達

今回は少し短めです

 其れは(いなな)く者、或いは猛る者、或いは吼える者。それは怪物、肉を裂く爪を牙を持ち、満月の夜に自我を失い殺戮の限りを尽くすそれは、古典の怪物。其れが歩けば(とばり)が落ちる。深い深い、夜の帳が落ちるのだ──


「俺は、ルゥ・ガルー、最後の人狼(ライカントロピー)だ……」


 獣の様な声でルゥはそう告げる。


「最後の……?」


 メルシェは不安そうな声で呟く


「あぁ、聴くには俺以外の人狼は絶滅したそうだ。だが俺はその理由も起因も覚えていない……!」


 ルゥの悔恨混じり声は咆哮のように夕闇に響く。


「見ろ!!俺はこの通りの化け物だ……それに今もご覧の様を見ればわかるだろ、俺は人殺しだ。以前も怒りや激情に抗えず暴走して人を殺めたことも……」


 項垂れるルゥにメルシェはゆっくり近づく


「来ないでくれ!この姿では自制が効かない!」


 しかしメルシェは足を止めない。夕暮れの作り出す彼の長い影の中に足を踏み入れ、なお止まらない。


「今にもお前を切り刻んでしまい……!!」


 彼女は歩み寄り続ける。我慢ならずルゥはその爪で彼女に襲いかかる。メルシェはそれを避けるどころか体の力を抜いてゆっくり彼の懐へ潜り込む、そして、優しく彼を抱きしめたのだ。


「……!」


 ルゥは激しく抵抗し、彼女の腕に爪を立てる。爪は深々と彼女の二の腕に食い込む。しかし、メルシェは臆することなくルゥから離れようとはしない。


「確かに、貴方は怪物かもしれない。それは恐らく誰にも変えようのない事実、けれどそれが貴方が貴方自身の自由を、在り方を縛っていい理由にはならない。そう思うんです……」


 メルシェはルゥの懐でまるで母親のような優しい声でそう囁くのだ。彼女の辿々しい寸鉄はしかし、ルゥに突き立つには十分だっようで


「ではどう生きろと言うのだ⁉︎この(いた)ましい、(うと)ましい、醜い姿で!!どう生きろと言うのだ⁉︎」


 と、ルゥは狼狽えながら嗚咽混じりにそう叫ぶ。


「もしあなたが隠遁(いんとん)しなければならない道理なら、私は街の玩具店の窓際に置き去りにされています。けれど私たちはここに立っている、立つ意味を持って立たされている。だからそんなことを言っては、思っては、考えてはいけない。そう思うのです。意味を、意義を持つことを許されなかった者たちの為にも……」


 ルゥは視線を落とす、そうだ、彼は知っていた。彼女が何であるか、彼女は人間ではない。人形である。

 彼女の同胞(はらから)(ことごと)静寂(しじま)に黙する、心を、意義すら与えられなかった人形達のなのだ。故に彼女は痛みを知らない体に押し込まれた魂で、心で痛感しているのだろう。己が存在理由を、意義を。

 正気を取り戻したルゥは徐々に元の姿に戻って行く。筋骨隆々だった巨軀の狼獣が細身の青年に戻っていく、その様を写す影絵は最早は


「落ち着きました?」


 メルシェは笑顔で尋ねる。


「あぁ……すまない……」


 ルゥはそう呟くと力なく蹌踉る。


「俺は……何故生きているのだ……」


 力無い声でルゥは呟く。


「それをこれから探しに行くんじゃないですか!」


 笑顔でそう語るメルシェに刻まれた腕の傷を見てルゥは視線を落とす。


「あぁ……痛くも痒くもありませんよ。私、痛覚ないんです」


 笑いながらそう言う彼女の顔は何処か悲しげで、何かを切望しているようにも思えた。


「さぁ、行きましょうか。急ぐ旅ではありませんが……」


 そう言いかけメルシェは東を見やる、ルゥも彼女に習いその方角に目をやるとぽつぽつと、漁火のように淡く温かい灯が夜の景色の中に浮かんでいた。街の灯だ。


「見える距離にあるなら向かうに越したことはないでしょう?」


 そう続けると、薄闇の迫る夕焼けの終わり、両々相俟った二人の影は少し先に見える煌びやかな街の灯火を目指して歩き出すのだった。


 ──

 ────



「この爪痕、件の人狼に間違いありません……」


 誰もいない寂寥(せきりょう)の荒野に、積み上げられた死屍累々を一瞥しながら少女はそう言った。深々と外套を被った細身の少女。その手には薇の意匠の施された大杖を握っており、僅かに覗く肌は屍人の様に白皙だった。


「魔法省の斥候が既に彼を追跡、教会も彼についてある程度の情報を得ている模様、彼らが動き出すのも時間の問題かと……」


「そうか……」


 彼女の答えを聞き男はそうとだけ呟き、静かに笑い出す。ひどく大柄で頬に目につくほど大きな古傷のある壮年の男は首にかけた白金で(こしら)えられた十字架の首飾りを手に取り、見つめるとそれを離す。


「解せません。人狼の生き残りだったとして、あんな小物を貴方が計画を曲げてまで追い立てるなど……」


 少女は怪訝とした面持ちでそう尋ねる。いや、正確には聞こえるか聞こえないかわからない程度の声の呟きだが、男の耳にはしっかり届いていた様で彼は少女を一瞥し


「ただの生き残りであったなら歯牙にも掛けなかったであろう。しかし、あれはダメだ。生かしておけぬ」


 とはっきりと答える。彼女は何故と尋ねようとするがそれを呑み込んだ。彼の纏う気配に殺意が混じり出したことに彼女は気づいたからである。


「灰被りどもの計画通りに進んでいるようだな」


「私は反対です……あれらは飽くまで貴方の力をを利用しようとしているに過ぎません」


 少女は怪訝にそう答える。


「こちらとて同じよ、互いに利用する価値のある力や立場にあった。故に成立した取引である。それだけの話であろう?」


「そ、そうかもしれませんが……しかし奴らは外法の魔術師達……」


「何を今更、既に我ら背教の徒……」


 その声は少女より背後、砂塵の向こうから迫ってきた。


「善悪の良し悪しは正邪のそれに在らず」


 人影は一つ、二つと数を増していく。


「我らが正しとは卿、峻厳卿」


「人の道を外れようとも」


「それが我らが為すべきこと……」


 大小様々な人影は壮年の男と白皙の少女を取り囲みそして跪く。彼らを一瞥し、再び白金十字を手に取ると、僅かな躊躇いの後その巨大な掌で握りつぶす。彼がそうした様に、彼を囲う彼らは首に掛かった銀、金、銅の十字架を各々、潰し、砕き、斬り落としていく。外套を纏う人影の彼らをさらに取り囲むのようにさらに無数の人影が雑踏を築く。


「ここより、貴様らは世界の敵だ。ある者は惨たらしく、ある者は惨めに、ある者は蹂躙され、往々にして碌でもない最期を迎えるだろう。だが……」


 壮年の男はそう語りかける。言葉が終えると人影たちはすっかり闇染となった荒野の寂寥、その星空と地平の間に広がる空の中に溶けていく。


「世界を敵に回してまで、全てを捨ててまで貴方は何を望むのですか?」


 2人になった荒野、少女は男に尋ねる。


「俺は何かを得るために戦った事など一度もない。今までも、そしてこらからもだ。加えてお前は一つ勘違いをしている」


 男は少女を僅かに一睨し


「俺は何も捨ててはいない。俺の全ては、とうの昔に世界に全て奪われ尽くしたのだから」


 さらに男は荒野を徐に進む。一歩、また一歩と進むにつれ、徐々に砂が焼ける音を立てる。気づくと、男の体躯は煮え沸る岩漿で覆われていた。


「出来損ないの神々とその代理人に変わって世界を正してくれる」


 男は空めがけ拳を突き上げる。それは今は亡き、そして傍観するそれらに対する宣戦布告。或いは決別の接吻か……とりもなおさず、彼が今この時より世界の敵になったことの徴であることに変わりない。今より昔、とても昔のことだ。神代の寓話に神に叛逆した者たちの話がある。しかし、その結末はどれも偏に悲劇で幕を下ろすのだ。ただ一つを除いて……

毎度短くてすみません…

次回は文字数も意識して書きます…!

それではもし機会があれば次のお話で…

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