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FREEKS  作者: 空原 梨代
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3話:身の上≠存在証明

「決闘祭?あぁ、リスタの祭りか。それでなんでお前そんなところに?」


 ここが何処か、そんなことはわからない。ただ暗い路地の闇の中から声がした。声は通話機に向かいなにやら話しかけているようだった。


「例の被験体が参加していた?おいおい、あのお馬鹿さん自分がどう言う立場かてんで解っちゃいないご様子だ……それで、なんで確保しなかった?」


 暗闇の声は失笑気味に吐き捨てる。


 ──我々もその情報を先程得たばかりだ、尤もその後の足取りを追うのにはそう苦労しないだろう、なんでも決勝で当たった少女と共に街を出たそうだ。見つけ次第可及速やかに少女ごと処分する。


 通話機越の声はノイズ混じりに、辿々しくそう言う。


「いや、待て」


 暗闇の声は通話機の先の相手を制止する。


「決闘祭に出た、即ち衆目に晒された以上、既に教会はあれに眼をつけている可能性はある。この状況で我々があれを手にかければ追求は免れない」


 ──我々の仕業だと悟られぬように殺ればいい、私には可能だ。


「いいや、ダメだ。少なくとも教会の影響力の強い水の国(ミウル)を出るまでは……それ以降の判断はお前さんに委ねる」


 暗闇の声は通話機の向こうの相手をそう窘める。通話機はノイズだらけの沈黙の後


 ──了解。


 とだけ返答し、切れてしまう。


「それにしても、『少女と共に』か……全くそのお嬢ちゃんには同情しちまうよ」


 薄闇に煙草の馥郁と青白い煙を縷々と燻らせながら、暗闇の声は独言るのだった。


 ──

 ────


 昔々、森羅万象の理を紐解いた偉大な錬金術師がいた。彼女はこの世界の万理に飽き足らず、その外へと手を伸ばす。それが真理の獲得、賢者の石の誕生である。

 しかし、その業が世界を大きく傾けたのはまた別の話……ともあれ、後に彼女はその石を用い人間に限りなく近い人形を作り出す。それは人に似た何か、心は持たず、血は通わずの肉袋であった。人造人間(レプリカント)……、ホムンクルスとも呼ばれたそれは、教会に引き取られることとなる。そして、これまた運命の悪戯と呼ぶべきか、そんな彼女に死の理を統べる青年が魂を授ける。それもまた別のお話、本来決して交わるはずではなかった、別のお話と、別のお話の話──

 空高い草原、微睡みの午後。青年と少女は歩いていた。泥濘の土を踏めばそれが足取りになる。全く以って素晴らしいことではないか。その足跡が貴方の証明、確かな過去になるのだから。何がさて、常々夢想する。我々は何処から来た、何者で、何処へ行くのか……終ぞ結論に至らずとも、そう思考することにこそ意味があるのだと、若人は嘯くのだ。


「ルゥさん何も持ってないんだからこれ持って下さいよ〜」


 十字架を背負った少女は不満そうに呟く。その手にはアンティーク調のトランクを手にしている。


「知らん、お前の荷物だろうが……それに俺も俺の荷物を背負って居るだろ」


 ルゥと呼ばれた青年は小柄な背嚢を指しそう言う。


「こんないたいけな少女にこんな大荷物を持たせっぱなしで貴方の心は痛まないのですか⁉︎」


「いたいけか、普通魔剣二つ振り回すような輩をいたいけとは呼ばん……」


 ルゥは少女の腰に携えた軍刀を一瞥しそう呟く。


「まぁ、私たち普通じゃないですし」


「また屁理屈を……」


 面倒くさそうにそうにそう呟いた矢先、ルゥの表情が豹変する。彼は何かを感じ取ったように遙か彼方を、道を外れた平原の向こうその先の森を睥睨する。


「どうかしました……?」


 メルシェは不思議そうに尋ねる。


「硝煙の……(いくさ)の匂いだ……」


 遙か先に登る僅かな黒煙を睨みつけながらルゥは唸るように呟く。教会が世界に根を降ろし幾星霜、世界規模の争いは教会の目の光の届く範囲では殆ど起こらなくなった。しかし、内戦や紛争の全てに介入できるほど教会も暇ではない。その為、国によっては未だに戦火の絶えない地域が存在するのが現状だった。


「寄り道ができたようですね……」


 メルシェは小さな溜息を吐き、十字架を背負いなおすと、黒煙の登る方角へ足を進める。


「……おい!」


 ルゥはそれを制止するように、彼女の後を追っていく。


 ──

 ────


 墓を背負う者がいるという。それは彼の咎であり、彼女の運命である。彼らは往々にして己が弔うは全うした生であり、凄惨な死では決してないと嘯いたという。

 それが詭弁であることは言うまでもないが、精悍な使命の前には卒都婆の僭称も赦されよう。

 森を抜けたそこは殺伐とした高原、鉄と血と肉が焼ける臭いが辺りに立ち込める。周囲を見渡すと、無数の骸が転がっている。なんと重く、暗澹とした空気だろうか。ここは岩の国(カルダン)の南西部、国境は近いものの、この戦火は内戦のものだ。カルダンは古来より焔の国(イグレリオ)雪の国(スニークルズ)、と並び列強国としてその名を連ねているが、その成り立ちは大陸中央にあった小国、カルダン帝国が周辺諸国を次々に侵略し築き上げたものであり、その成り立ちゆえ併合から数百年経った今でも国内は戦火が絶えないのだ。

 焦げた指、割れた頭蓋、裂けた腑、押しつぶされた頭が戦車の轍に散らばっている。青空を無理やり黒煙が塗りつぶし、戦火の余燼が雲の高さまで昇ってこの晴天を滔滔と蝕んでいくのだ。それらを前にし、メルシェは(おもむろ)に背負っていた十字架を降ろし、それを地面に突き立てる。


濤声(とうせい)は絶えた、彼岸の扉よ今ここに開き此岸の其れらを連れ帰り給う。我は生に額ずき、死に従う者。声の諸々よ、阿僧祇(あそうぎ)の旅路の果てに無事彼岸に辿り着かんことを……」


 と手を合わせながら口ずさみ祈りを捧げる。すると、辺りに立ち込めていた重く冷たい空気が徐々に和らいでいく。それが意味することは明確であり、彼女の背負うそれと、彼女についてもそうであった。


「メルシェ……お前は……」


 それを漠然と見つめながらルゥは尋ねる。


「私は墓師、世界を巡って死者を弔う者です。(もっと)も、師匠の後を形ばかり継いだだけなんですけどね……」


 口元を緩めながらそう答えるメルシェ、その顔はどこか哀しげであった。


「少し、お話しませんか……?」


 地面に突き立てた十字架にゆっくりもたれかかり腰を下ろしながらメルシェはそう提案する。辺りに立ち込めていた空気こそ和らいだもののここは戦闘地帯、あまり長居はしない方がいいはずだ、しかし、彼女の顔はそれでもここに留まりたいという表情であった。


「あぁ……」


 ルゥもすぐ近くの木陰に静かに腰を下ろす。


「私、元々人柱だったらしいんです」


 人柱とは人身御供(ひとみごくう)のこと、元々心ない生き人形として悪戯(いたずら)(いたず)らに生を与えられた彼女は、人柱として最適だったのだろうと……彼女自身がそう語った。しかし、結局人柱として埋められていた門は水害により(ことごと)く破壊され、彼女が守るはずだった人々は皆死に絶えたそうだ。

 感情(こころ)はなくとも、辛うじて生命活動を続けていた彼女の前に現れたのが、彼女の師匠と呼ぶ人物だったらしい。彼は禁忌を犯し彼女に人形(メルシェ)に心を与えた。

 それから彼はメルシェを自らの弟子とし、世界を共に巡ったそうだ。雪の降る雪原、ひどく死臭漂う荒野、巨大な時計がそのまま都市になったような国に、山脈の連なる国、雨の降り止まない国……旅の途中で仲違いし、騎士の国に捕らえられたこと、そこまで彼が助けに来てくれたこと、それでも、結局本当の意味で仲直り出来ないまま彼はメルシェの前から姿を消したことまで、彼女は懐かしい思い出のように話してくれた。


「前も言いましたよね?この義眼で見たものは記憶から消えることはないって……その記憶、いえ記録に区分はありません……辛い記憶も悲し記憶も、余さず記憶されるんですそして決して忘れることが出来ない。これって贅沢な悩みですよね……」


 少し悲しそうにそう語るメルシェ。暫しの沈黙が流れる。十字架の影はメルシェに覆いかぶさり、正午過ぎのやや短めの影を立てる。


「俺は……自分が何者かわからないんだ」


 次に口を開いたのはルゥだった。彼曰く彼の最も古い記憶は山の国(オリボンボルト)の森林地帯で倒れていたところからで、彼にはここ数ヶ月間の記憶しかなく、それ以前の記憶が全くないらしい、故に自らが何者なのか、何故記憶が無いのか何故そんな場所に倒れていたのか、それらを知るために旅をしているのだと話す。

 やがて時は更け夕の西日が山々にかかり漫ろ、烏合は巣に帰りその鳴き声が山々に谺する。影があまりに長く伸びるから、ひどく戦慄く心に秋風が沁みていく。もう君は、忘れてしまったのだろうか。それとも、初めからそんな記憶はなかったのだろうか。


「そういえば、ルゥさん以前自分は怪物だって言ってましたけど、あれって……」


 不意にメルシェがそう言いかけるが、途端に何かを察したように身構える。それはルゥも同様であり、寧ろ彼の方が過敏に反応しているように思えた。


「メルシェ……お前はここにいろ……」


 そう告げるなり、彼は獣のような速度で近くの藪の中に駆け入っていった。暫くしてようやく彼女も感じ取った、戦車の音、軍靴の音、 行進の音だ、カルダンの軍勢がこちらに向かっている。敵でも味方でも無い、だが旅人が戦時の兵士に襲われるという話は珍しくない。行軍とは即ち野盗の徒党に等しい、旅人にとる体裁など彼らは持ち合わせていないのだから。故にここは博打になるが隠れてやり過ごすか……

 いや待て、何故彼は駆けていった……?そう思考していると、予感は的中する。ここより一つ二つ向こうの藪のその先から巨大な爆発音が響く、砲撃の音だ。思わずメルシェは藪の中に駆け出した。ルゥが戦っているのだ、あの足音の数からして一個中隊くらいはいるだろう……いくら彼が強くともそれだけの数を相手しては流石に分が悪い……

 息を切らしながら藪の中を駆け抜けるメルシェ、藪を抜け目に入った景色に思わず言葉を失う。

 死屍累々、無数の兵士の屍が転がる中、破壊された戦車の上に立つものがいた。夕闇に紛れ血の池にのたうち身体を朱に染めるそれは全身が猛々しい毛に覆われ、厳つい体躯の獣そのものだった。フー……フー……と荒く息を立てながら獣は猛る。

 それは正に伝承にある狼男(ヴェアヴォルフ)そのものだった。


「ルゥ……?」


 メルシェは怯むことなく尋ねる。


「俺は、ルゥ・ガルー……人狼(ライカントロピー)怪物(フリークス)だ……」


 獣の様な声でルゥはそう告げるのだった。

ここまで読んで下さりありがとうございます!

ルゥさんの正体がついにわかりましたね…

もし良ければ次の話でお会いしましょう…


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