深層の真相(2)
瓦解した建物の上に立つ三人の執行官。それぞれが一様に恐ろしく尋常ならざる気配を放っていた。
「ねぇ、君が人狼だろう?」
三人の中央に立つホルマリン臭のする女性がルゥに指をさしてそう尋ねた。
「だったらどうした──」
「「死ね」」
須臾の間隙。瞬きの間を置かずして、左右から音もなく鋭い攻撃がルゥに迫る。咄嗟のことで、ルゥは右から迫るフラスコの様な兜の男の刃はいなすことが出来たが、左からの大槌の攻撃を避けきれず、ルゥはそのまま廃墟をぶち抜いて吹き飛ばされてしまう。
「え……」
ベレットは一瞬何が起きたのか理解できず、ただ忽然と眼前から消えたルゥを探して騒音を立てて崩れていく廃墟をの方へ目を向け、状況を理解し、ようやく素っ頓狂な声をあげることしかできなかった。
「手応えの程は?」
ホルマリンの香りを漂わせながら女性がフラスコ兜の男の元に降り立ってそう尋ねる。
「掠っただけですね、しかし」
フラスコ兜の男は隣の男を一瞥する。
「脇肋を打ち砕きました。臓腑もいくつか破裂したでしょう」
彼の隣にいた大槌を握る男はそう言って、ルゥが吹き飛んで崩れていく廃墟を睥睨する。
「結論だけでいいよ」
女性が辟易とした声で吐き捨てる。
「ルゥ・ガルーの制圧、完了致しました」
大槌を携えた男が跪礼しそう答えた途端、崩れた瓦礫の山が音を立てながら瓦解する。そして瓦礫の中から蹌踉めきながらルゥが起き上がってきた。
「はぁ……はぁ……、お前らは一体……どうして、何で魔法省が俺を襲う!俺のことを殺したいと考えているのはイゴールじゃないのか⁉︎」
気息奄々、息を荒立ててルゥはそう叫ぶ。それを聞いてか聞かずか、ピンピンしているルゥの様子を見て女性の執行官は首を傾げ
「処理できてないじゃん?」
と二人の執行官の顔を覗いてそう窘める。
「……失礼しました」
大槌を携えた男は彼女に深々と頭を下げた後、土埃の中から現れたルゥを再び睥睨する。
「おい!聞いているのか⁉︎」
相手にされていない様子を察してルゥは苛立ちを隠せずそうがなり立てる。
「あぁ、名告りもせず突然失礼したね。私はレダ。レダ・グレンゾ。こっちのフラスコみたいな鉄兜を被った彼をメンツェルさっき君を吹き飛ばした彼をカルフ。『以後、お見知り置きとを』は言わないでおくよ」
女性の執行官、レダ・グレンゾはルゥに対してそう名告った。そして
「何せ、君と我々に以後なんてものはありはしないからね」
と続け、彼女が踵を返した途端、メンツェルとカルフと呼ばれた二人の執行官が一斉に襲いかかってくる。レダはその戦いを見物するべく廃屋の屋上までひらりと舞い上がっていく。
「待て!何の話だ!何故魔法省が俺を狙う──」
「無駄口を叩けるとは、大した余裕だな」
フラスコ兜の執行官、メンツェルが細身の剣を振り翳しながらそう吐き捨てる。刃はルゥの顳顬を掠め、ルゥは刃をかわした勢いのままに回し蹴りをメンツェルに打ち込むが、その蹴りは大槌の執行官、カルフによって防がれてしまう。さらにカルフは手にした大槌でルゥの蹴り脚に重い一撃を打ち込んだ。
「ぐっ!」
ルゥは顔を歪めながら彼らから距離を取る。カルフの一撃を受け、ルゥの右脚はあらぬ方向に折れ曲がってしまっていた。ルゥは苦悶の声をあげるが、すぐに肉が歪み骨をくっつけて足は忽ちのうちに元通りに完治してしまう。
「そっちがその気なら、こっちも殺す気でいくぞ……!」
執行官達を一睨し、ルゥは自身の手足を獣化させる。その姿を見てレダは目を僅かに見開いた。その目は驚嘆よりも好奇の眼差しに近いもののように思えた。ルゥは四肢を変身させ、フラスコ兜の執行官、メンツェルに迫る。するとメンツェルは空き手だった左手にも剣を携え、二刀でルゥを迎え撃つ。互いが互いの間合いに踏み込んだ瞬間、最初に切り込んだのはメンツェルだった。
彼は右手の剣をレイピアの様に構え、一足、深く踏み込み突く。剣尖はルゥの眉間を捉えていた。しかし、ルゥは撓やかに体躯を屈めて、メンツェルの剣を頬に掠めながらも躱してみせた。そして、その体勢で身体を大きく撓らせて勢いのまま鋭い蹴りを打ち込む。すかさず左手を防御に充てたメンツェル。だか、その威力は凄まじく、彼の左手の手甲が砕け散り、持っていた剣も明後日の方角へ飛んで行った。
(ムーツ鋼の手甲を打ち砕くとは……だが)
メンツェルはすかさずルゥの蹴りを防いだ左手でルゥの脚を掴み、右手の剣を振り下ろす。剣閃はルゥの首筋を撫で、地面に突き刺さる。
──地鳴りの連弾
メンツェルの剣尖が地面に触れた瞬間、地面が大きく揺らいで突如としてルゥの足付けていたコンクリートの足場が大きく迫上がる。その勢いで体勢を崩したルゥにメンツェルの剣が、今度は返しの切り上げで迫る。
ルゥはメンツェルの手を振りほどき、すぐさま距離を取る。しかし、地面が鍵盤の様に迫上がりながらルゥの後を追って迫る。
(埒が明かない……!)
そう考え、ルゥは一気に距離を取るべく今まで以上に大きく飛び退ける。
「──いらっしゃい」
その声がルゥの耳に届いた刹那、彼の腰はあらぬ方向に折れ曲がっていた。もう一人の執行官、カルフの間合いに踏み込んでいたのだ。カルフは手にした大槌でルゥの腰をめがけて打ち込む。そのひと振りは命中し、ルゥは苦悶の表情を浮かべた。
「殺す気ってのはこういうことをいうのだ」
カルフはそう吐き捨てると大槌の柄に取り付けられたレバー。宛ら二輪車のブレーキレバーのようなそれを指で引いた。すると、槌の頭の反対側に取り付けられた複雑な機構、その機構がカチンと甲高い金属音を立てて拳銃の撃鉄の様に大槌の頭を打ち付ける。金属音がけたたましく鳴り響いた刹那、大槌の機構に一瞬、小さく火花が奔り、次の瞬間、火花は凄まじい爆炎に変わる。
──振りかざす憤怒
爆炎は一瞬にしてルゥを火だるまにし、ルゥは火だるまのままコンクリート廃墟に吹き飛ばされ、瓦解す瓦礫と砂埃、そして生き物の焼ける臭いだけが、後に残った。
「無事か?」
カルフはメンツェルの左腕に目を落として尋ねる。
「左はもう使い物になりそうもない。甲と指の骨は粉々、上腕筋も断裂してるな……」
メンツェルは納刀しながらそう答え、ルゥが吹き飛ばされた方角を見やる。
「今ので死んだか?」
同じく吹き飛ばされたルゥを探すような素振りをしながらカルフがそう溢す。
「そういう言葉は言うべきでない。何故なら──」
メンツェルがそう言いかけた時、轟音と土煙を立てながら瓦礫の中から何かが這いずり出てきた。言うまでもなくルゥだ。
「こなるからだ……」
そう吐き捨てメンツェルは一度納めた剣を再び抜く。
「確かに、あの不死性は脅威だな……」
カルフは忌み物を見たように眉を顰めて呟いた。彼の目に映ったルゥの姿は爆炎で皮膚は爛れ肉は裂け、骨が剥き出しになっている箇所だってある。文字通り瀕死の状態のはずだ。死んでたっておかしくない。しかし、ルゥは立っている。立ってこちらに敵意を向けているのだ。
「成程、これがスヌルフィの研究の到達点か……」
ルゥの傷が塞がり、眼球が剥き出しになるほどにずる剥けになっていた顔面の皮膚が徐々に修復されていく。その様子を遠巻きに観戦していた執行官レダは口元を緩める。
(確かに放置しておくにはリスクがでかい上に、教会や倫理委員会に知られれば魔法省の沽券に関わるのも事実……尤も、もう手遅れな気もするがね)
高見の見物を決め込んでいたレダは、何を思ってか徐にコンクリート廃墟から軽やかに飛び降りる。ルゥもそれを気にかけ一瞥するが、脚部の再生が中途半端なまま立ち上がったこともあって、骨が耐え切れず砕け、ルゥの足がまるで枯れ枝のように折れてしまう。体勢を崩し倒れ込んでしまうルゥ。靭帯が切れ、砕けた骨の尖端が肉を貫いて外へ出てきている。その表情も苦痛で歪み、全身の筋肉が彼の意に反して痙攣している。
先の一撃で、いやそもそもイゴールと対峙した時死ねていたら、彼にとってどれほど幸福なことだっただろうか。しかし、驚くべきことに、否、無情にもというべきかルゥの傷はやはり瞬く間に癒えていくのだ。
「ガ……ゴボッ……くそ……」
ルゥは血液混じりの咳きを吐きながら、魔法省の特装執行官二人を強く睥睨する。両者激しく睨み合う沈黙の緞帳
「ベレット!逃げろ!」
ルゥは声を大にして叫ぶ。それは遠巻きでただ呆然と立ち尽くすことでしかこの場に留まれなかったベレットに向けられたものだった。ベレットは気が動顛していたのか、息を、言葉を詰まらせ「で、でも……」とだけ振り絞る。
「特装がこいつらだけとは限らない、お前はお前の母さんを、弟妹を守れ!ペトラに伝えてくれ『特装が迫ってる』と……!」
ルゥにそう諭され、ベレットは浮かべていた涙を拭って目を見開いた後、大きく頷いてルゥに背を向けて走り出す。
(ペトラ……?まさか……)
レダは何を思ってか、突如としてベレットに向かって照準を合わせる。彼女は自身の袖を捲り、死人のように白い腕に刻まれた無数の召喚陣の一つに自らの短刀を突き立てる。
──屍蝋処女の呪腕!
彼女の血に呼応するように、レダの腕から変色した腕が生え、それは宛ら枝のように伸びては増えを繰り返しながらベレットに襲い掛かる。
「──⁉!!」
声にもならない叫び声をあげたのはベレットは、あまりの恐ろしさに足元を掬われ、彼は地面に倒れ込む。そのチャンスを逃すはずもなく、レダの呼び出した無数の腕の一つがベレットを掴むと、腕は次々と彼の身体を覆い、そしてレダのもとまで引き寄せていく。
「おい!!!」
ルゥは地面を蹴鳴らし、凄まじい速度でレダに迫ろうとする。しかし、そんな彼の前にメンツェルが立ちはだかる。
──|汝静物たれ(ヹニタス)
メンツェルが左手をかざすと、ルゥの動きはみるみる緩慢になり、やがてピタリと止まってしまう。
「なっ⁉︎」
「やれやれ、これ以上抵抗されるのも面倒だし、そろそろ君には大人しく死んでもらおう」
ルゥを一瞥しながらレダはそう言って手繰り寄せたベレットの首筋に刃を突きつける。
「やめろ!!ベレットは関係ないだろ!」
ルゥは叫ぶ。
「理解んないかなぁ?君が動かなければ、この刃がこの少年に届くことは永劫にない。理解できたかな?大人しく死ねって言ってるんだよ」
レダの言葉にルゥは鬼気迫る形相で彼女を睨む。しかしやはり身体はピクリとも動かない。
「俺は一度触れた相手にマーキングをすることで、対象の動きを封殺することが出来る」
メンツェルはルゥの右足を睥睨しそう話す。先程メンツェルの手甲と骨を砕いた蹴りを入れた脚だ。その際確かにメルツェルはルゥの足を掴んでいた。狼狽するルゥにメンツェルは淡々と続ける。
「その代償として、相手を拘束している間、俺自身も身動きを取ることが出来なくなる……」
メンツェルが「が、」と付け加えた直後、ルゥの背後に人の気配が。それは言うまでもなくもう一人の執行官、カルフのものだった。
「俺がいる」
そう言って、手にした大槌に魔力を込めるカルフ。ルゥはその犬歯をむき出しにし歯ぎしりを立て力むが、やはり身体は動かない。
──憤怒の衝撃!!
最大限魔力が溜められた大槌がルゥの背面に振り下ろされる。ルゥは血と吐瀉物半々の血反吐を吹き出しながら声にならない叫び声を上げた。しかし、それで終わりではなかった。先ほど同様、カルフは大槌の柄のレバーを引くと撃鉄がハンマーを叩き、その火花が魔力に引火、そして爆炎をなしてルゥを焼き尽くす。
「ルゥさん!!!」
ベレットは身を捩りながらルゥの名を叫んだ。しかし、言わずもがなレダの拘束は一向に解けず、ベレットは必死にもがく。
「おいおい、大人しくしておくれよ」
レダはそう言ってベレットをあしらいながら、鎮まりつつあった爆炎を見やる。やがて火が消え小さく抉れた地面にルゥが横たわっている。全身が炭のように焼け焦げ、腹部にも大きな穴が開いている。しかし、息も絶え絶え、だが確かに彼はまだ息をしていた。
これには流石の執行官二人も動揺の色を隠せず言葉を失う。ルゥは徐々に肉体を再生させていくが、メンツェルの魔法が未だに身体を苛み、動くことができない。
「何を動揺しているんだい?一度で死なぬなら死ぬまで殺せばいいだけだろ?」
レダにそう言われ色めきだっていた執行官たちは冷静を取り繕い、再びカルフは大槌を構える。
(ま……ずい)
ルゥは死ににくい、再生能力があるだけで完全な不死ではないことを無意識ながら理解していた。そして今この状況でまた先ほどのような強力な一撃を受ければ今度こそ死にかねない。そう理解していた。ルゥは全身を力ませメンツェルの呪縛を解こうと足掻く。しかし、抵抗虚しく、カルフの撃鉄が甲高い金属音を立てルゥに処刑の時を告げる。
やがて、空気が静まり返り、意を決したカルフが弾頭斧が如く大槌を降り下した。その瞬間、ある者は天を仰ぎ、ある者は無心で振り下ろし、ある者は泣き叫び、またある者はこれで死なねばどう始末するかと考えていた。しかし、それら一切は驚嘆へと変わる。
「「⁉」」
それは一瞬の出来事だった。執行官二人を目掛け何かが音もなく飛んできた。一本はカルフの腕に刺さりそのせいで振りの速度が一気に低下した。もう一本はメンツェルに迫り彼は咄嗟にそれを紙一重で躱してみせるが、彼自身が動いたことでルゥを縛っていた魔法が解け、ルゥは地を這い転がって大槌の追撃から逃れたのだった。
「これは、医師刀……⁉」
カルフが自分の腕に突き刺さった小さな刃物を抜いて周囲を警戒するよう見渡す。三人の執行官に気配を悟られず手傷を与えることができる存在……少なくともそれは目の前で気息奄々とよろめいている人狼より遥かに脅威であることは明白だった。
「久しぶりだね、ペトラ」
レダは自身の背後に佇む人影に、振り返ることなくそう告げた。そして、そこに立っていたのはレダの言った通り闇医者ペトラだった。




