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FREEKS  作者: 空原 梨代
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16話:正邪の彼岸(3)

更新遅くて申し訳ありません…気長に待ってやってください…

「かつて我々は、善悪二元の理の下に原初の諸悪を、始まりの黒の復活を目論んだ。その手始めと鳥葬の塔の下に溢れんばかりの血肉を、憎悪を悲壮を捧げ、かの邪竜の召喚を果たした。然し……然しだ……!!あの男が全て済し崩しにしおった!!!」


 塔の中、(おびただ)しい呪詛と魔法陣の張り巡らされた石壁の部屋にて動物面の魔術師たちの密か事。その中でも中央に居座るリーダー格と思われる獅子面の魔術師は忌み嫌うように叫ぶ。


原初悪(アンラ・マンユ)の顕現にアジ・ダハーカの存在は必須。此度こそ、我らの悲願を……」


「セルワ達はどうなった?」


「燭陰は起こした。ただ教会が想像以上に足が速かったと、騎士の連中が粘ってくれたお陰でこちらの駒は殆ど取られた。イゴールも光王に手傷を負わされたらしい」


「なぁに、イゴールなど駒の一つに過ぎぬ……莫迦な男だ、妻子を蘇らせるなどと言う戯言を間に受けおって……」


「しかし、まだ奴は使えるのだろう?奴には最後まで生きていて貰わねば困る、奈落の蓋をこじ開けるには奴の魔法が必要だ……」



「我々を溟い溟い溟渤の底に沈め、過去の遺物と卑下して来た奴らに思い知らせてやる。晩暁(ノクス)は去った、黒い太陽が昇りし時我々は黄金の暁(ゴールデンドーン)を迎えるであろう!」


「見ていろ、代理人(プラクシー)……、見ていろ黒騎士(エドヴァルド)……此度滅びるのは貴様らの方だ……」


 カタカタと面を揺らしながら不気味に笑う魔術師たち、主人公(メルシェ)達の知らぬ仄暗い座標にて、ただ確実に世界は傾いているのだった。




「竜人と岩之国(カルダン)の兵の衝突、並びに乱入した屍人、それを駆除する為に乱入した教会……塔下は混沌を極めています、如何して塔まで向かいますか……?」


 黒煙たなびく鳥葬の塔とその塔下の集落を一瞥しモナドは尋ねる。しかしエドヴァルドはそれを気にも留めないように徐に進み出しそして、4本の片刃剣(サーベル)の中の一本を引き抜くと


黒の踊り娘(ニグルパンドマール)!」


 剣に黒炎を纏わせると、それを塔目掛け降りかざす。刹那凄まじい衝撃波と共に黒色の斬撃は集落を斬り穿ち塔の直下まで伸びると直前で爆散する。


「如何に進む?決まっている、直進だ」


 剣を鞘に納めるとエドヴァルドは歩き出す。モナドはその後を慣れたようについて行くのだった。

  一方、塔下は突如彼方から飛んできた斬撃により動揺はさらに増していた。


「おい、この魔力……」


 トルヒヨは斬撃の飛んできた方角を一瞥し訝しげな表情を浮かべる。


「例の黒騎士さんですかね?」


 クロノは眼鏡をクイと掛け直す仕草をしながら答える。


「可能性としては考えていたが……500年も前の記述に登場しているのだ……」


「まぁ、普通の人間ではないでしょうね」


 アイザックは頭を掻きながら呟く。


「我々はどうしますか?」


 クロノはトルヒヨに尋ねる。銀嶺の魔女、クリスタは単独で活動をしている為、同じ㐂等級魔術師の中でも最も先輩であるトルヒヨが指揮を採っていた。


「屍人の駆除も殆ど終わった、残りは後続の連中に任せよう。俺達はその黒騎士殿に御目通りを願うとしようじゃないか」


 トルヒヨは少し口元を緩め、どこか愉しげにそう呟くのだった。

  その頃、塔にたどり着いていた竜姫アーシャとその近衛マナークは塔の一階にあたる場所から戦場を心配そうに見つめていた。


「ハルワ……」


 アーシャは岩の兵を死力を尽くして凌いでいるハルワタートの名を呟き拳を強く握り締める。ハルワだけではない、隊伍を組み彼と共に戦った同胞の戦士達、彼らもまた落ちぶれた竜人族の復興を切に願った、だからこそ命を投げ出してまで私たちをここへ向かわせたのだ。


「マナーク……」


 アーシャの呼びかけにマナークは姫を一瞥し、そして驚く。彼女の目から今までの迷いが消えていたのだ。


「私は聖竜を、アジ・ダハーカを復活させます。散って行った同胞の為に……なにより彼らの本願、我らの再興の為に……!」


「姫様……、必ずや……!我らの悲願を果たし……「いえ、それはなりません」」


 マナークの声を割いて響いたのは女性の声だった。聞き慣れない声に思わず二人は振り返る。そこには白銀のコートを纏った白皙の女性が立っていた。


「お初にお目にかかります。私の名はクリスタ=アルゲント、教会が金十字の位に座す魔術師の端くれです」


 凛とした声でクリスタは語る。突如として現れた魔術師にマナークは思わず抜刀する。


「教会……!晩暁のやつらの話を耳にしたがやはり来ていたのか……!」


「貴女方の身柄は私達で保護させて頂きます」


「姫様……!ここは私が殿(しんがり)を!姫様は魔術師達の元へ!必ずや聖竜アジ・ダハーカを!」


「聖竜……?やはりと言いますか……かなりの改竄がなされているようですね」


 クリスタはマナークの言葉を聞いて納得したように呟く。



「今、貴女達に真実を伝えたとしてそれを信じることはないでしょう、ならば……」


 クリスタはオーバーコートに隠れていた細い刺剣(レイピア)をゆっくりと抜く。


「「させぬ!」」


 その声は塔の上から響いていた。重なった声の主はクリスタの剣を二人で捌くと、マナークとアーシャを匿うように構える。


「……シグナル、シグナレス・アルペンハイム……成る程、貴方達姉妹はイゴールとは別行動でしたか」


 シグナルとシグナレスの姉妹、イゴールと共に教会から離反した魔術師の二人、等級は銀だが姉妹によるコンビネーションで上階級の魔術師すら食ってかかる程の実力を有する双子の魔術師。


「イゴール様からのお達し」


「この二人、特にお姫様はアジ・ダハーカ復活に不可欠でね……」


「成る程、立ちはだかるのは構いませんが……」


 クリスタは口調を崩さず静かに淡々と呟く


「私は余り器用ではありません。誤って殺してしまうかもしれませんよ……?」


 その声調に変化はない、しかし対するマナーク達はその凍りつくような殺気をひしひしと感じていた。


「聖十字章待つ魔術師……」


「手並み拝見といこうか……」


 シグナルは魔剣に焔をシグナレスは雷を纏わせながらそう呟くのだった。





「というか、クリスタ嬢はどこ行った?」


 黒騎士がいるであろう方向へ走る教会魔術師一行、その最中トルヒヨが口を開く。


「さぁ……と言うか今回の作戦の実質的な隊長はアダシノさんでしょ?あの人こそ何処行ったのよ?私まだ一度も見てないんだけど」


 クロノは訝しげに呟く。


「あの人の昼行燈っぷりはどうにかならんのかね……」


 アイザックは頭を掻き毟りながら呟く


「行燈だからな、」


「えっ?」


 アイザックの言葉を聞いてトルヒヨは口を開く


「適材適所ってやつかな。のほほんとしてるがやるときはやる人だよ……あの人は……


 トルヒヨが言い終わる直前に突如前方より迫り来る細く鋭い刃のうねり。それは3人目掛けて迫るが彼らはそれを容易に避ける。


「これは……糸……⁉︎」


 トルヒヨは魔剣の鞘でうねる刃を絡める。


「う〜ん、やはり衰えましたね……」


 女性の声だ。トルヒヨ達を見上げる形で使用人(ヴァレット)の装いを着こなした女性が立っていた。


「……ってめぇは……モナド⁉︎」


 トルヒヨは目を見開き使用人(ヴァレット)、モナドを凝視する。


「そう言う貴方はトルヒヨ=イヴン君ね。どう?少しは出世できて?」


 モナドはまるで揶揄うようにそう尋ねる。


「やかましい!それよりなんでお前がいる!お前殉職したと聞いたぞ⁉︎」


 トルヒヨの言葉を聞いてモナドは些か訝しげな表情を浮かべるが


「あらやだ……ミラ様ったら、寿退社したと伝えて欲しいと言ったのに……」


 取り巻きの二人、クロノとアイザックは状況が理解できていないようだった。


「えっと、こちらの女性(レディ)はお知り合いですか?トルヒヨさん……」


 アイザックは尋ねる。


「こいつはモナド=スコット、俺の元同期だ!数年前に殉職したと聞いていたが、生きていたとは……」


 トルヒヨは訝しげにモナドを一瞥しそう吐き捨てる。


「聞きたいことは山ほどあるがそれは後でいい、先の騒撃の主を俺たちは探しているどうせお前のことだ何か知っているのだろう?」


 トルヒヨは窘めるように尋ねる。


「ふふっ、少しは感を培ったようね。でも残念、教えてあげれないわ」


 モナドは笑顔を崩さず語る。


「そうだな、残念だ……非常に……」


 そう吐き捨てるとトルヒヨは間髪入れずに剣を鞘から抜きモナドに迫る。モナドはトルヒヨの刃を難なく避けるとトルヒヨに触れようと手を翳す。トルヒヨはそれをいなす。


「……っぶねぇ……」


 トルヒヨの先制から始まった刹那の迫撃に先ほどまで取り巻きでしかなかったクロノとアイザックも戦闘態勢を取る。


「トルヒヨさん、その……この女性(かた)強いんですか……?」


「お前、あの魔力の質を観て弱いと思うか?あいつは約10年前、当時最年少で金十字の座に上り詰めた天才だ。鋼鉄糸(カリュプスメイル)のモナドって言や教会……とりわけ俺らの代で知らない奴はいない……」


「あら、恥ずかしいこと言ってくれるのね」


 モナドは声色を変えずそう返す。


「10年前って……トルヒヨさん10年間も銀十字なんですか?」


 アイザックは驚いた様にトルヒヨに尋ねる。トルヒヨは何も言おうとしないが、彼の代わりと言わんばかりにすかさずクロノがアイザックの頭を殴る。


「アンタ阿保なんじゃないの⁉︎金十字なんてね、なろうと思ってなれるもんじゃないのよ!」


「魔術師において天才と呼ばれる者たち、そんな奴らが血の滲むような努力の末に辿り着ける境地。金十字なんてのは俺みたいな凡人がいくら勤しんでもなれるもんじゃないんだよ」


 トルヒヨはクロノの説明に付け足す。それは自虐ともとれるが彼の顔はどこか清々しくもあった。


「まぁ、だから何だって話よ。元金十字だろうが関係ねぇ、当時は手も足も出なかったが……」


 トルヒヨは携えた魔剣をゆっくり引き抜く。


地裂剣(アスカロン)のトルヒヨ、少なくともこの二つ名はこの10年の賜物だ……」


 トルヒヨはそう呟き剣を地面に突き立てる。すると地面がまるで水面の様に大きく波打つ。


「……!」


 モナドは足場を奪われすかさず彼から距離を取る。


大地隆の大剣(フムスグラディウス)!」


 トルヒヨが剣を振り上げると、地面を裂き巨大な剣が突き上げてくる。


砕縫術刺繍(ブロドレッラ・クトゥール)


 モナドは指で糸を手繰り岩の大剣を糸で絡めると、腕を振りかざす。糸は一瞬にして岩の大剣を締め付けそして砕く。


礫時雨(レキシグレ)!」


 バラバラと崩れていく礫が今度は矢の様にモナドに降り注ぐ。


伽帳繊盾(フィルラ・ブクリエ)


 モナドが指を走らせると彼女の体を覆うように意図が織り込まれ鈍色の衣になる。それは降り注ぐ礫岩の雨を容易に凌ぐ程の硬度だった。


「……糸剣(フィルヌエスパーデ)


 繊維の壁の向こうからうねる刃が再び迫る。


「させん!地殻の隆釜(テラ・オラム)!」


 トルヒヨは地面を強く踏むと、モナドを囲うように大地がめくれ上がり鍋のように彼女を覆う。


「これは……⁉︎」


 すかさずモナドは壁を破ろうと糸の刃を翳す、しかし幾重もの岩の層にモナドの糸刃は弾かれてしまう。


「地層の壁で閉じ込めた、糸ではこの硬度の壁はどうすることもできまい!」


 トルヒヨは勝ち誇ったように嘯く。モナドの応答はなく、ただ小さな呟きが漏れる。


「……空言の賢者は密か事に耽り、故にその魂魄は粋なる力にのみ服する……、混淆を裂き鈍重を砕け、崩れよ(デスルクシオ)


 呟きの後凄まじい衝撃と共に岩の大蓋はいとも簡単に崩れてしまう。


「無属、破壊の基礎魔法。貴方も知ってるはずよ?ルミア魔法学校の同級生だものね?」


「……あぁ、お前が首席で俺が次席、その差は歴然過ぎて忘れたいくら位にな。まぁ、これくらいの檻でどうこうできる相手とは思っちゃいねぇよ……!」


 トルヒヨの何処か勝ち誇った様子にモナドは周囲を一瞥する。彼の後ろに控えていた二人の魔術師がいない。


「……っ!貴方まさか……」


「然り!二人には黒騎士の元へ向かってもらった!お前の相手など俺一人で十分だ……」


 トルヒヨの台詞にモナドは少し顔をしかめる。


「……いけませんわ私ったら、こうも単調な罠に掛かるなんて……直ぐに片付けなければ……」


 モナドは先程の煽りから一転、凄まじい殺気を帯び構える。


「いいぜ、御転婆(ガミーヌ)……10年とは違うってこと思い知らせてやるよ……!」


 互いの闘気と魔力が入り混じり空気が震える。戦場の一端に剽悍な弾琴交わりて今、火花となる。

 一方、塔下の拮抗は一瞬にして決着していた。


ーーー。




「貴女達はそこで大人しくしていて下さい」


 刺剣を納めながらクリスタは俯仰するシグナル姉妹を見下ろす。


「……レベルが違いすぎる……」


「化け物め……!」


「仮にも聖十字を賜った身、格下に下されるつもりはありません……、っ……」


 倒れ伏せたシグナル姉妹にそう吐き捨てるなり、納めかけた刺剣を抜き直しあらぬ方向を凝視する。其方からひしひしと伝わる禍々しい魔力を彼女は感じ取っていた。大通りを闊歩してきたそれの持つ片刃剣は血糊で滲んでいる。黒い外套を纏い、髑髏の頰当で顔を隠した男はゆっくりと塔下の戦場へ足を運ぶ。


「……貴方が、伝承の黒騎士ですが」


 クリスタは髑髏の男、エドヴァルドに尋ねる。彼は答えない。


「退け」


 エドヴァルドはクリスタなどまるで眼中にない様な態度で返す。互いの異質なまでに強大な魔力が二人の間隙でぶつかり合う。須臾の一閃、刹那の間に二人の刃が交わる。刺剣と片刃剣のぶつかり合いとは思えぬほど鈍重な金属音が響く。視認するのが困難な程の剣戟を繰り広げる両者、共に涼しい顔で互いの剣を捌いていく。


肆重の聖縛釘(クワトル・ヘレネ・クラヴィス)


 クリスタは手で宙に弧を描くすると、純白の光で出来た杭が現れエドヴァルドめがけ迫る。


「九葬図、脹葬……」


 そう唱えエドヴァルドが剣を振り翳すと、刀身がみるみる巨大化していく。その一振りは白聖の杭を一薙ぎで払い飛ばし、大量の砂埃を巻き上げる。


硝子の剣幕(スピクロ・グラディウス)


 砂埃を薙ぎ払うようにクリスタは硝子の剣をエドヴァルドに放つ。しかし脆い硝子の剣はいとも容易く砕かれてしまう。


「これで金十字……、笑わせる」


 エドヴァルドは吐き捨てる。しかしクリスタは涼しい顔を崩さない。


「確かに、私に金十字の資格があるか否かは私にも解りかねます。然し、御方が賜われたこの証を誰そに貶されようとも自ずから卑下することは決してありません。これが私の細やかな矜恃であり、誇りです」


 静かに、しかし滾るような口調でクリスタは語る。二人の間に再び静謐が広がる。そして二幕、クリスタの刺撃がエドヴァルドの頰当てをかすめる。


「……⁉︎」


 エドヴァルドは一瞬動揺したようだが、すぐに彼女の次撃をいなし距離をとる。

 

(……一瞬、あの女の速度についていけなかった……あの女が早くなった……?いや、違う……これは……)


「毒か……」


 エドヴァルドは吐き捨てる。


「たった一撃、一瞬の感覚の違いからそれを見出すとは、お見事の一言です。えぇ、私の魔法は最も美しく、最も卑劣な魔法……私の作り出す宝石は脆く簡単に砕けてしまいます。砕けた粒子は魔力の針繊維、大気に漂うそれを生物が吸い込むと……これ以上は説明せずともわかるでしょう……」


「神経に障害をきたすか……」


 エドヴァルドはクリスタの背後を一瞥する。倒れ臥していた双子の魔女、シグナル姉妹が毒から逃れんとばかりに退散している。クリスタもそれに気付いているようだが最早眼中にないようだ。


「その通りです。もっとも本来は一吸いするだけでもまともに動けるものではないのですが……流石と言っておきましょう……」


 クリスタとエドヴァルドは互いに牽制するように剣を構え合う。しかしその間隙を狙ったように倒れていたマナークがクリスタを突破しようと走り出す。


「っ……!大人しく寝ていれば……」


 クリスタは彼に刺剣を向けようとするが、保護対象に刃を向けることに躊躇いを感じたのか彼女の動きが露骨に動きが鈍くなる。それに乗じるようにマナークは懐に忍ばせていたダガーをクリスタの腹部に突き立て彼女を突き飛ばし、そのままアーシャの後を追って塔の中へ消えて行った。


「……失態ですね……」


 クリスタは腹部のダガー抑えながら少し苦しそうにそう呟く。振り返るがエドヴァルドの姿も消えてしまっていた。


「あっ!クリスタ嬢!」


 声に振り返るとアイザックとクロノが駆け寄っていた。


「申し訳ありません、保護対象2名と黒騎士と対峙しましたが取り逃がしてしまいました」


「いやいや、我々こそ駆けつけるのが遅れて申し訳ありません!」


「クリスタ様、ひどい怪我じゃないです!直ぐに治癒を!」


 クロノはクリスタの腹部に手をかざすと淡い光が彼女の傷に触れそれを小さくしていく。


「大した傷ではありません、それよりも今は魔力温存に努めてください……」


 訝しい表情を浮かべる二人を他所にクリスタは一人、塔を一瞥するのだった。



 ……


 石塔の螺旋階段を素足でかける竜姫、その心の内にはいくつもの蟠りができていた。初めは小さな疑問だった。

 かつて一大勢力を築いていた竜人族、それが衰退したのは最近の話ではない、復興を果たそうと幾代を重ねてきた。そんな最中突如現れた動物面の魔術師達彼らは私たちすら知り得なかった一族の伝説をひとりでに語り聖竜(それ)こそが一族復興の鍵なのだと嘯いた。初めは私も含め皆怪訝だった、それでも無知を恥じる私たちは魔術師達の話を鵜呑みにする他なかった……アジ・ダハーカ……彼らが聖竜と宣うそれは本当に……?

 思考が纏まらぬまま気付けば塔の最上階、祭儀の間に着いていた。彼女は両腕で医師の扉に触れる。扉は埃を巻き上げながらゆっくりと開く。

 夥しい呪詛と魔法陣に覆われたその部屋で魔術師達はぶつぶつと呪文を唱えている。


「……おやおや、お姫様お早いお着きで……」


 獅子面の魔術師が嗄れた声で語り額ずく。


「儀式の準備は整っております……さぁさぁ中へ……」


 鳥面の魔術師はそう促す。


「それより教えてください……アジ・ダハーカとは一体……」


「おぉ……竜の姫君よ、我らをお疑いか……?」


 犬面の魔術師が低い声で尋ねる。


「いえ、ただ改めて確認しておきたいのです。私たちの求めるそれが一体何なのか……」


「……来たれ(ヴェニール)……」


 間髪入れず獅子面の魔術師が呟きながら手招きをする。するとアーシャの体が勝手に魔術師の元に引っ張られていく。


「なぁに、簡単なことだアジ・ダハーカとは原初の罪の吹き溜まり、それが形を成したもの……始まりの黒の御使……」


 抵抗するアーシャを他所に獅子面の魔術師は彼女の肌を撫でる。


「おぉ……白桃の如き肌……これはかつてないいい贄になる……」


 魔術師が懐から薄汚れた短刀を取り出す。それを躊躇うことなく彼女の胸元に突き立てようとしたその刹那。二つの刃がそれを阻止する。

 一つは魔術師の持つ短刀を薙落とし、もう一つはその面を切り砕いた。拍子に術が解けたのかその場に崩れ落ちるアーシャそれを間髪入れず抱き抱えたのはマナークだった。


「……魔術師、貴様ぁ……何の真似だ……!」


 マナークは凄まじい形相でそう叫ぶ。マナークはダガーで魔術師の短刀を薙いだ。面を切り崩したのは他でもないエドヴァルドだった。


「……何だ貴様は……」


 エドヴァルドは面倒臭そうな口調でマナークを一瞥する。


「貴様こそなんだ……!」


 しかしエドヴァルドには二人は眼中にないらしく、獅子面をかぶっていた魔術師に再び刃を向ける。


「死にたくないのなら邪魔だ、失せろ」


 エドヴァルドは二人に吐き捨てる。


「……あぁ、来てくれたんだね。エドヴァルド……」


 獅子面をかぶっていた魔術師はゆっくりと起き上がる。それと同時にかぶっていたフードと面が剥がれ顔が露わになる。と同時にアーシャ達は絶句する。

 魔術師の顔は乾涸びたミイラ、若しくは屍蝋そのものだったのだ。


「それが、その様が貴様か。生き恥を晒しこの時までのうのうと生き延びた貴様か、アレイスター」


 エドヴァルドは他の魔術師を一瞥し


「緋叫の魔女、バーバラ・ランゲルハンス。言霊追いのシラ・ベクシンスキー。廃都の宮廷魔術師、アヴェンチェリエ・ゴードン。薄暮の墓守、カリオストロ・ベラスケス……セルワとフゲーレが見当たらんがまぁいい。500年前に死に損なった灰冠りの賢者がよくもまぁ、しこしこと……」




「あぁ、そうだ。500年前、君に討ち滅ぼされたあの時の私だ、私たちだ。君に済し崩しにされたあの日あの時の雪辱を、ここで晴らさせてもらうよ」


 獅子面の魔術師、アレイスターは最早千切れてしまいそうな皺々のか細い腕を合わせる。


忍耐の誓約(ペルデュラボー)……」


 アレイスターがそう唱えた刹那、彼の体に瞬く間に生気が漲ってくる。それは屍蝋の身から老年、壮年とその身は艶めきを帯びていく。先程の骨貼った体躯とは正反対の筋骨隆々へと変貌していた。そして何よりその身からは信じられないほど強大な魔力が溢れていた。


「っ……⁉︎なんだこの魔力は……!」


 マナークは凄まじい衝撃波からアーシャを庇いながら叫ぶ。


「制約により恩恵を得るタイプの呪いか」


 エドヴァルドは臆する素ぶりなど見せず涼しい顔で呟く。



「エドヴァルドよ、これが君がくれた500年の結晶さ。私は君に敗れたあの日以来、一切を口に含まずこの日まで生きてきた!」


 アレイスターは先程とは比べものにならないほど活き活きとした声で語る。


「死に損なってきたの間違……


 エドヴァルドがそう返そうとした刹那、それを遮るように両腕を組みエドヴァルドを地面に叩きつける。その一撃は凄まじく、エドヴァルドは床を突き破っていき最上階から一気に最下層まで叩き落とされてしまう。


「お前達は竜姫を剥いておけ、私はエドヴァルドの相手をしよう……」


「私らにも残しといてよ〜?」


 アレイスターにそう返すのは緋叫の魔女、バーバラである。


「案ずるな、嬲り尽くしてここに持ってきてやる」


 余裕の表情でアレイスターはエドヴァルドを追う形で塔の最下層へ落ちていく。

 エドヴァルドが落とされたのは塔のその地下、本来コンコースから通る大広間の更に下に広がる巨大な空間である。

 凄まじい高さから叩き落されたにもかかわらずエドヴァルドはまるで何事も無かったかのように起き上がり、辺りを見渡す。そしてそのだだっ広い空間に不似合いな遺体がポツンと一つ転がっていた。

 エドヴァルドは遺体(それ)にゆっくり歩み寄る。人とは些か異なる頭骨、竜人の女性の骨だ。遺体は手を組み、その衣装は何処と無くアーシャのそれに近しいものだった。


「こんな所で眠っていたのか……」


 エドヴァルドは淡々としかしすこし悲しげに呟く。


「さぁ、エドヴァルド……ここが君の墓場だ……」


 エドヴァルドを追い落下してきたアレイスターは綽々と言い放つ。


「神は土塊より人を、炎より魔を作ったと……天地開闢以来誰もが騙る説話だ。ならば神を、それに抗う我らを作ったのは誰か、自明だろうに……」


 エドヴァルドはまるで眠る遺体に向けてかのように語る。


「どうした?遺言か?」


「かつて告げたはずだ、使命とは命に使われることだ。そんなもの振り回される謂れはないのだと」


 エドヴァルドは亡骸を撫でる、そして


「それでも貴様は、人柱として眠ることを選んだのか、そうか……。かつて叛逆者として神からも人からも疎まれて尚、貴様はそれらのために生涯を捧げたのか……埃積りの英雄よ、貴様に、貴様の捧げた生涯に賞賛を……」


 剣を掲げそれを振り下ろすと、鞘に納める。


「それともその哀れな髑髏にかつての欲情でも湧き上がってきたのかな?どちらにせよ憐れだ、まぁい……僕が……「少し黙れ」


 間髪入れずアレイスターの隆々とした肉体をエドヴァルドの拳が穿つ。鋼とも形容できるほどの筋骨がまるで独活(うど)のように脆くあっさりと砕かれる。アレイスターは穴という穴から大量の血を吹き出す。


「勘違いするなよ?元より貴様らを脅威などと思ったことは毛頭ない。今現在もな……俺に追いついた……?痴れ言をぬかすな、たった500年で俺に開闢の叛逆者に勝てると思ったのか、この成り損ない共が……!」


 エドヴァルドは更にもう1発拳をアレイスターの腹部に拳を打ち込む。アレイスターは口や鼻から腑を吹き出しそして動かなくなる。


「貴様らなど、剣を使うまでもない……」


 エドヴァルドはアレイスターの頭蓋を踏み潰して吐き捨てるのだった……






「叛逆者」「代理人」っといったキーワードが多く登場した回でしたね…さて物語はどう転ぶのでしょうか、、お楽しみに…!

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