10話:交易都市の大喧騒(1)
歪な、というより奇妙な兜の甲冑に身を包んだ騎士は混凝土の建物を一瞥する。ここは焔の国の辺鄙、その鬱蒼と木々の生い茂る森の奥の奥、人どころか亡霊もですら踵を返してしまうほど閑散とした森の中に、全く不釣り合いな建物は建っていた。
「これは一体……」
黄金色の騎士が一歩、建物に歩み寄ろうとした時、彼の背後で僅かに雪を踏む音が立つ。僅かな間隔の後振り返ると、そこにはもう一人、甲冑を纏った人物が立っていた。翡翠にも似た碧光を放つ、黄金色のそれとはまた違った奇抜な嘴の兜を被った人物。ただ、背に剣を背負った黄金色の騎士とは異なり翡翠の騎士はそれらしい武装を施しているようには見えなかった。
「翡翠卿、せめて相方の前でくらい気配を消すのはやめて頂きたい……」
黄金色の騎士は呆れたようにそう懇願する。呼ばれた通り翡翠色の騎士は少し楽しそうに歩み寄り、何らやら酷く傷んだ紙屑を見せつける。雨風に晒された影響だろうか、酷く皺の走ったそれには呪詛で象られた魔法陣が刻まれていた。
「これは、認識阻害の法陣ですか?」
認識阻害の魔法は文字通り対象の存在認識を阻害するものである。言うまでもなく強力な魔法だが、下準備に非常に手間がかかる上に維持するのに必要な魔力も膨大、果てには術師によって斑があるときてしまえば、実用的なものとはとてもではないが言えはしないだろう。実戦では認識阻害とはまた異なるものだが、自身を透明化させる所謂ステルス迷彩や光学迷彩と呼ばれるものを用いる術師や戦士もいる。あれは文字通り光学、即ち光を操作することで肉眼から姿を晦ます手法であり認識阻害とは根本的な部分で異なる。
認識阻害は魔法、光学迷彩は科学にルーツを持ち、今では両者とも両分野で研究開発され、普及しているものの、どちらが優れているかなど不毛な話だが、現場で使われるのは往々にして即効的で応用力のあるものだ。
話が逸れてしまった。兎角、魔法使いの中ではもっぱら認識阻害の魔法は時代遅れの大技の類というのが術師たちの印象だった。
「教会や魔法省の目を盗んでナニかを企むにはお誂向きの場所って訳だ……」
翡翠卿は少し粘つくような、しかし女性らしく透いた声でそう呟く。認識阻害の魔法は決して珍しいものではないが、問題は、そんな手間のかかることをしてまで、何を隠していたかである。
「麓の集落の人間の話では、半年前に突然現れた、気が付いた時にはここにあったと……」
「綴祈卿、君はどう思うかね?」
翡翠卿は黄金色の騎士にそう尋ねる。綴祈卿と呼ばれた彼は訝しむように唸り
「皆目見当も、ただ……」
綴祈卿は唸る様に続ける。
「碌でもないことを企んでいたと言うことだけは確かかと……」
「全く以て同感だ……」
二人の騎士は酷く傷んだ巨大な廃墟を一睨する。さながらその奥に潜んでいたであろう空虚、或いは諸悪を睨みつけるように。
──
────
それが、満月の夜であったことがどれだけ不運なことか。宵の街灯りに照らされて、コンコースをつんざく様に獣は咆哮る。その爪は、牙は、あまりに歪で醜悪で忌避されて然るべきものだ。そしてその獣が何者であるか、少女は否応にも知らざるを得なかった。あぁしておけば、こうしておけば……などと、結果論に過ぎないことなど承知の上だ。だが、悲劇とは往々にしてそういうもので、兎角、少女、メルシェは己の不覚と不注意をただただ悔恨するほか無かったのだった。メルシェは周囲の惨憺たる状況に苦慮の表情を浮かべるが、キッと覚悟を決めた様に獣を睨みつけ、僅かに低く腰を据え剣の柄に手を据えるのだった──
およそ半日前、彼らは山の国の最北端、即ち岩の国と焔の国の二国との国境線である三境嶺最近燐の都市、ロナム。東方はオリボス山脈という大地の背骨と称されるほどの大山脈がオリボンボルトからイグレリオを穿ち、スニークルズに至るまで広大に伸び広がっており、それと対照的に西方は見渡す限りが地平線の、筆舌に尽くし難いほど広大な荒原が広がっているのだった。
ロナムは三国の交易の要所として古くは世界規模でみても大都市の部類に含まれるものだったが、貨物の輸送手段に航空が含まれる様になってからは、その栄華にも陰りが見え初めた。何せ、大型の砦ほどの鉄の船が貨物船として空を飛ぶのだ、それまで馬車馬や貨物自動車をしばき倒して荒野の酷道や険しい山々超えて貨物をしていたのだから、航空船の登場は戦争のみならず、交易にも多大な影響を与えた。しかしながら、ロナムは今尚賑わいの絶えない都市である。航空船が普及した今現在も、その他の貨物手段が衰退したわけではなく、更に当時の酷道も時代が進むにつれて整備舗装されていき、今では問題なく進むことができる。(尤も、西の荒野は気が狂うほど長いし、東は雪崩や土砂崩れでよく封鎖されたりはするが)
では何故、航空船が普及した今なお貿易都市のロナムに航空船の港が置かれていないのかという当然の疑問に帰結する。都市の規模こそ中規模だが、その西側には無駄に広大な荒野が広がっているのだから、そこに作ればいいのではないか?そう思うことだろう。しかし、都市を出て荒野に踏み込もうものならそこはもうカルダンの領土であり、山の国の都市の利潤の為に何も無い国土の端の不毛の大地にわざわざ莫大な資金をかけてまで港を整備しようなんて、賢君にせよ愚君にせよ思うまい。尤も、空港を設置したとしても、空港と都市が別の国では関税の問題も面倒なことになりることが容易に想像できるのでやむなしというのが、公の評価である。あぁ、与太話が長くなってしまったが、そんな諸事情を抱えながらも今なお賑わいの絶えない貿易都市にメルシェとルゥは訪れていた。
というのも、オリボスの山脈は山雲で山頂を拝むことすらできない峰が連なる連峰、その山越えが非常に過酷なものになることは想像に難くない。なるべく山越えのルートは短く楽な箇所を選びたい。そこで案に上がったのが山に敷かれた交易路をそのまま利用するというものだった。国境の検問所がある分正規の手続きで入国しなければならない為、手間こそ増えるが安全に進むに越したことはない。
そんなこんなで、ルゥとメルシェの二人はこの貿易都市を訪れたわけだが……街は動乱にも似た賑わいに沸いていた。右を見ても競売の叫び声が騒がしい、左を見ても紅灯の巷の酒屋で真昼間からおっさん相手にいかにもな女性の嬌声が姦しい。果ては山から荒野に吹き付けるからっ風と、地鳴りにも似た馬車馬や貨物車の駆動音が鳴り響いて二人の鼓膜をつんざく。
「これだけの人混みと喧騒なら敵が紛れてても気付きそうにないな……」
ルゥは怪訝そうに呟く。二人の進むコンコースは白昼の日差しと人や車の闊歩で雪の痕跡もすっかり消えてしまっているものの、裏路地に一度立ち入れば溶けきれない雪が泥濘と混じり、陰湿なロカビリーの音色と得体の知れない何かの肉を焼く屋台の香りが立ち込めるそこはノスタルジーとはまた違う何かが漂う、まぁ土台こんな場所に懐古間を覚える人間はそういないだろう。そんな異質な世界が広がっていた。
「まぁ、この人混みはこちらにも隠れ蓑になりますし……それになんていったって、このロナムで揃わないものはないって話しですから!」
メルシェは快活にそう語る。先述した通り交易の要所であるロナムには食料、衣服、資材資源、薬品に武器、嗜好品、芸術品、果ては違法で取引される諸々まであらゆる、それはもうあらゆるモノが売られている。旅支度を整え直すには打って付けの場所というわけである。二人がコンコースの突き当たりに差し掛かると、そこには人だかりができていた。こういうものに首を突っ込むと面倒なことになりかねない。ルゥは無視を決め込む腹積りだったようだが、時既に遅し、好奇心の塊のメルシェが既にその人混みの中に溶け込んでしまっていた。
人の波の足元を掻い潜り、渦中に向かうメルシェは不意に誰かとぶつかる。ぶつかった相手は、ごめんねと謝罪をしながら尻餅をついたメルシェに手を差し伸べる。顔立ちの整った好青年で、旅人故だろうか草臥れて黒ずんだ外套を纏っていた。メルシェも他愛のない謝辞を述べて、その手をしっかりと取ると。お互いに会釈をして事なきを得る。
とりもなおさず、人混みの中央に辿り着いたメルシェの視線の先には宝石店だろうか、煌びやかな装飾が櫛比された建物とその玄関でオーナーと思しきちょび髭の男性が泣き喚いていたのだ。
「おい、聞いたか……」「また出たんだとよ……」「またか⁉︎今月これで5回目だそ⁉︎」「今回はディヴスのジュエリーか……」
と人だかりの中から聞こえてきた。何があったのかすぐにでも尋ねたい所だが、泣き喚いている被害者(推定)に尋ねるのは居た堪れない。メルシェは周囲の野次馬の誰かに状況を尋ねようとするが声を掛けようとする直前、軍靴にもにた足音が、石畳を叩き近づいてくる。
「なんの騒ぎだ⁉︎」
軍服にも似たブロックコート、首にかけた銅十字が教会の人間であることを明示していた。ロナムの支部の職員だろうか、彼に続くように十字持ちでない職員が次々と現場に駆けつけ、まるで警邏隊の様に現場の処理を始める。
「ほら、君も早く出てってくれ」
教会職員はメルシェに対してまるで子供を相手取るように振る舞う。その対応に心頭がメラメラと燃え燻るものの、それを顔には出さず彼女は満面の笑みを浮かべて
「あの、何があったんですか?」
と不思議そうに尋ねる。
「お嬢さんには関係ないことだよ。さぁ、安心してお家にお帰り」
確かに、街角でいい歳した紳士が嗚咽を響かせながら泣き叫んでいるという異様な光景以外は街が壊されたり、怪我人がいるという訳では無さそうだが、如何とも形容し難いこの状況を以てして、子供に対して安心してなどとと言っていいのだろうか?メルシェは訝しんだ。しかしながら、これ以上粘っても期待する情報は得られないと判断して、メルシェはルゥの元に戻っていく。
「なんだったんだ、あの、なんだっんだ……?」
ルゥは咽び泣きながら教会の職員に事情を説明しているのであろう男を困惑しながら一瞥する。
「さぁ……?」
メルシェは首を傾げながらそうとだけ言う。兎角、この奇妙な事件について二人、特にメルシェは興味を持ってしまったのだった。
ロナムの路地裏は迷路の様に入り組んでおり、先述の通り雪解けの半端な泥濘、陰湿なロカビリー、怪しげな屋台やバーが並び立つ明らかに建蔽率がおかしい商店街に、上や下に伸びていく腐食した鉄階段とそれに連結した鉄路が縦横無尽に伸び広がっており、かの焔の国の八龍の城塞を彷彿とさせた。嘗ては世界最大の魔窟と称された八龍だが、20年以上前に謎の崩落事故がキッカケで全壊している。諸悪は陰湿な処に根付くものである。そういう意味ではロナムも八龍も大した差はない。だが、ロナムには教会の支部が構えている。それだけでも抑止力は桁違いである。そういう面で言えばロナムは比較的穏健とも言える。メルシェは慣れた足取りで路地裏を闊歩する。周囲から飛び交う客引や下品な声を完全に無視しながら、彼女は迷いなく歩を進める。
「一体、何処を目指してるんだ?」
ルゥは周囲を見渡しながら尋ねる。確かにここは少女には些か相応しくない。
「うーん、良いところですよ?」
答えになってないがメルシェはそうとだけ答えるとその後に、一人で来るのは2回目ですけど。と付け加えた。二人が進むに連れて通路の人だかりは絶えて、やがて二人の足音が通路に響くほどに静けさを取り戻す。というよりもまるで路地裏の路地裏とでもいうべきか、廃棄物や排水路の櫛比するそこはおよそ衛生的なところではなかった。尤も、これまで通ってきた通路が衛生的かと言われればそんなことはないのだが。それはさておき、仄暗い通路をどれだけ進んだだろうか、メルシェが突如立ち止まり通路の果てを一瞥する。ルゥは目を疑った。通路の果てには古びた看板がかかっており文字通り今にも果てそうなネオン看板が特有の音を立てており、看板にはBalkanと綴られており周囲の雰囲気から明らかに子供が入る様な店ではないことは明白である。
「おい、あそこに入るのか……?」
ルゥは訝しげに尋ねるが、メルシェは気に留めることなく木製の草臥れた扉を開く。中は予想通りのバーで、客は一人だけだった。
「……いらっしゃい」
店主と思しき強面の男性がぶっきらぼうにそう告げメルシェに目をやるが、特に気に留める様子はない様だった。背後にいるルゥの付き添いと思ったのだろうか。扉の前に佇むルゥに対して
「入るのか入らねぇのか、ハッキリしてくれ」
店主はそう吐き捨てる。ルゥは言われるままにおずおずと扉の奥に消えて行く。中は狭いうえに古いながら趣のある造りの酒場でカウンターの末端に一人の客、制服から教会の人間だろうか、制服を着込んでいるということは勤務日だろうに昼間から何をやっているのだろうか。ルゥはがその人物を呆れた様に見ていると
「何見てんだぁ……?」
と飲兵衛お得意の面倒ないちゃもんをつけ始める。驚いたことにその人物は女性であり、なんと銀十字を首に下げていた。何時ぞや出会ったアルベールの攻撃の鋭さを考慮するに、やはり銀十字クラスが相当な実力者であることは明白である。
「なぁ、聞いてんだよなぁおい、今アタシのこと馬鹿にした様なツラで見てただろなぁ?」
彼女はぐいぐいルゥにすり寄りながら難癖をつけて行く。しかしルゥはあることに気づく、彼女の容姿だ。端正だが中性的なほどまでに切り揃えられた髪と、その間から覗かせる仰々しい角、そしてそのフロックコートの足元から見え隠れする尾が目に入る。
「いや、その……その角が……」
ルゥは波風を立てないように言葉を選びながら必死に取り繕う。彼女は不思議そうに首を傾げる。
「なんだアンタ、竜人を見るのは初めてかい?」
彼女はルゥの初々しい反応が嬉しかったのか、彼に身体を密着させながら快活に話す。過剰なスキンシップに閉口しているルゥの靴をメルシェ不機嫌そうに踏みつけ、悲鳴を上げるルゥを他所に一人カウンターに着く。メルシェは店主と目が合い、僅かな沈黙が流れる。
「生憎ミルクは置いてないんだ」
店主は外連味のある台詞を吐くが、それに対してメルシェは
「柘榴のジュース、それと鉛弾を」
とまるで常連のように、慣れた口回しで注文し、銃の、弾倉だけを店主に差し出す。それを一瞥するなり、店主も銀十字の彼女も何かを察したのかメルシェを見る目が変わる。
「……少々お待ちを」
と店主は赤いカクテルをメルシェに差し出して店の奥に消えて行った。なんとも形容し難い沈黙の中、メルシェはカクテルのグラスを傾ける。ノンアルである。
「チャーリーテンプルなんて、小洒落てんなこのませガキ」
銀十字の女性が今度はメルシェに絡み始める。
「そういう貴女は大人のくせにダラシないんですね……」
メルシェはつまらなそうに吐き捨てる。
「なんだぁ?もしかしてさっき相棒に絡んだこと妬いてんのかぁ?」
女性は茶化し揶揄うようにそう尋ね、メルシェのグラスを持つ手がプルプルと震え出す。
「そんなことないです、断じて……!というか、貴女は教会の人間なら勤務時間中に飲酒なんて……」
ルゥがずっと怪訝に思っていたことをメルシェが口にするが、銀十字の女性は開き直るように
「アタシ、ロナムの支部の人間じゃないし?今日は非番、というより目的地に向かう途中で相方を待ってるだけだし?」
と御託を並べる。教会の職員なら例えそうだとしても、それなりの節度と礼儀は持つべきだと思うのだが、こんな人物でも銀十字になっているのだから、現実はどうも違う様だ。メルシェが納得がいかないとばかりに彼女を睨みつけいると店の奥から暖簾をくぐって誰かが出てくる。店主ではない、長い黒髪を纏めた長身の女性で背中には巨大なケースを背負っている。彼女の首にも銀十字がぶら下がっていた。彼女は飲んだくれている相方を見るなり大きく溜息を吐き
「ミズ・サラマンドラ、勤務時間外とはいえお酒は控えるよう言ったはずですが?」
と刺々しい口調で窘める。
「アンタのお買い物が遅いからだろ?インターセプター」
サラマンドラと呼ばれた飲兵衛の女性はそう吐き捨てる。インターセプターと呼ばれた彼女はメルシェと目が合うと
「お久しぶりですね」
と少し穏やかに声を落とし、口を綻ばせながら言う。メルシェも頭を下げて挨拶を交わす。どうやら顔馴染みの様だ。
「インターセプターさんはこれからお仕事ですか?」
「えぇ、音の国まで。其方にいらっしゃるのは……」
インターセプターは不思議そうにルゥに目をやる。
「相棒です」
とだけ、メルシェは答える。それを聞いて安堵ともとれる吐息を溢し
「そうですか、ともあれお元気そうで何よりです。それでは……」
と、彼女はメルシェの頭を優しく撫でて会釈をし、サラマンドラを連れながら店を出て行く。
「んで、どうするよ。レイヴンの」
「我々が街を出るまでに事件に遭遇すれば話は別ですが、今のところは手を出す必要はないでしょう」
「しかし、広いとはいえこれだけ教会の術師がいる街で怪盗とは太ぇ野郎だ……出会ったら絶対ぶちのめしてやる!」
などといった二人の会話が重い扉が閉まるまでの間、通路のから谺してくるのを聞き届け、やがてカウンターには二人だけが取り残され気まずい沈黙が走る。サラマンドラの飲み残したカクテルグラスの氷がカランと音を立て、グラスの雫が彼女の置いていった札に滴り始める。メルシェは小さく吐息を溢して
「あぁいう女性が好みなんですか?」
メルシェがぶっきらぼうに尋ねる。
「いや別にそういうことは……」
ルゥは短くそうとだけ答える。
「……別にいいですけど」
メルシェはつまらなそうにそうとだけ言うと、ルゥを置いてインターセプターの出てきた暖簾をくぐり店の奥に消えてしまう。ルゥも僅かに遅れて、彼女を追いかけてその暖簾をくぐる。先は人ひとりがやっと通れそうなほど細い通路で少し向こうに淡い光が溢れている。通路の壁には酒や食材が陳列された棚が続くが軈て、その分別もなく様々なものがその壁沿いの棚に溢れてくる。まるで、というより物置そのものだ。
仄かに光の溢れる扉の前でメルシェは立ち止まる。扉の前だけ少し開けておりメルシェとルゥは肩を並べてその扉に手をかけようとするが、扉は一人でに開き中から先程の強面の店主が姿を見せる。彼は二人と顔を合わせると
「話はつけてある。入りな」
とだけ言い放ち、扉を持ちながら二人を扉の中に招き入れる。中に入ったルゥは目を疑った、中は先程の酒場に漂うアルコールの香りのそれとは一転して、鉄と油、それに火薬の香りが立ち込めるその部屋には様々な、本当に様々なものが堆く積み重なっていた。古い型の魔弾が無造作に放り込まれた紙箱がいくつも積まれているかと思えば、炎の魔法瓶(魔法を封じ込めた瓶、封を切ると魔法が自動で発動する)の横に明らかに熟成と称するには時間をかけ過ぎていることは明白な紅茶キノコ、果てはよくわからない何やら怪しい札で封のされた唐棣壺に、トイレットペーパーの用に束巻きにされたスクロールに錆びた剣などなどが犇き櫛比するそれをなんと形容すべきか……
「な、何だここは……」
すわ骨董市かとルゥは目を丸くしながら周囲を見渡すが、メルシェは慣れた様に先程の通路以上に、異常に狭苦しい獣道にも似た通路を進む。負けじとルゥも彼女を追っていく。すると一転、先程までに比べて広い空間に出てくる。巨大な金床の横に熱の燻る巨大な炉と鞴、火床と墨色の水の溜まったバケツが、そこが鍛冶処であることを物語っていた。
メルシェは周囲を見渡すが、お探しの何かは見当たらないようだ。彼女は小さく吐息を溢すと踵を返して品物の樹海に消えてしまう。
「どうしろって言うんだよ……」
ルゥは困り果てたようにそう呟き、無聊、手持ち無沙汰を晴らすようにまじまじと金床や炉の観察を始める。素人目から見てもかなり使い込まれていることがよくわかるほどの金敷、鎚。というよりこの鎚大きすぎないか……?ルゥの身の丈くらいあるぞと、その大鎚に手をかけようとした刹那。
「そいつには触るな」
と嗄れた声が炉の陰から響く。声の主はひどく草臥れた、それはも穴だらけのオーバーオールのみを身に纏ったほぼ全裸の老人だった。ドワーフかと見紛うほどの低身長に不釣り合いな屈強な体躯、オーバーオールから覗く黒焦げとも形容できるほどに、長年火にあたり色のついたであろう肌を見てそんな軽装で鍛治仕事をするのかと、思わず尋ねたくなるような衣服だがそんなことは意にも介さないと言わんばかりに老人はルゥに歩み寄る。
「お前は誰だ?」
蓄えた白髭を摩りながら老人は訝しげにルゥを睨む。
「いや、俺は……」
ルゥはたじろぎながら何と言うべきか言葉を探す。すると、先程通ってきた骨董品の山の中からメルシェが自分の姿が見えない程の品物を抱えて現れる。ルゥは安堵した様に吐息を溢し
「アイツの連れだ」
とメルシェを指しながらルゥはそう告げた。それを聞いて老人は、成程、道理で……とだけ言い虱とフケ混じりの白髪を掻きむしりながら金床の側にパイプ椅子を放り、それに腰掛ける。メルシェは巨大な金床に抱え込んだ品物を広げる。宛らレジカウンターである。
「ずいぶん買い込むな」
老人は並べられた品々を手に取りながら言う。魔弾、銀弾、鉛弾の銃弾各種が数弾倉ずつ。用途のよくわからない呪詛札が数枚、それと榴弾とスラグ弾、武器、武器、武器。少なくとも少女のする買い物の額と品ではない。
「ちゃんと金は払えよ、ツケだって溜まってんだ……」
「もちろんです!今回はツケの分も持ってきました!」
メルシェは意気揚々と話し、懐をまさぐる。まさぐる……が、しばらくそんな素振りを繰り返し、途端に静止。そして
「財布、掏られちゃったみたいです……」
メルシェは涙を浮かべながらそう言葉を振り絞るのだった──




