ご都合主義は気持ちが良いが、現実にはほど遠い。
時刻は夜22時30分を回ったところで、童達は眠っています。私は、直君を居間にあげて話を聞くことにしました。
「酒か?俺にもくれ」
という直君に、
「見た目が、未成年なんで飲んじゃダメです。」
というと、
「じゃあ、今回はお前は邪なるものへ嫁入りということでいいな?」
と言われてしまい。渋々、私のTTB《第三のビール》を2本も進呈しました。
「それで、夜分にやってきて、邪なるもので脅してまでなんの話なんですか?」
と私は訊ねます。
「ああ、まず先にあいつを更生させてくれてありがとう。礼を言っておく」
と訳の分からないことを言いだした直君。
「はっ?あいつ?」
と、私が考えていると、
「今、寝てんだろう。童だよ。男の方。あれは俺の遣いだ。」
と、酷い一言を言ってくれちゃいました。
「なっ、なんですとぉ!うぐっ」
私が、大きな声を出したところで、直君に口をふさがれ、ミイがみぞおちに頭突きをしてきました。
「おい、しずかにしろ。あいつらが起きるだろう。」
と注意されました。なんか、嫌な感じです。
私は、みぞおちの痛みを堪えながら、
「うぅう・・・ど、どういうこと・ですか?」
と涙目でにらみつけながら、聞きます。
「姐御には、伝えるように言っといたんだが、聞いてないか?教育して欲しいって、姐御のとは別に俺のも、頼むと言ってくれているものと……」
「聞いてません。」
「そうか、それは今寝ている奴の戯れだろう。一応謝っておくすまなかった。」
と、何とも軽く謝罪されます。あぁ、何か嫌な感じです。そんな私の気持ちも考えずに、直君は話を続けます。
「童は、こっちに降りたがっていたからな。ちょうど良かったんだ。それに、連絡役もちゃんと果たしてくれたからな。……まあ、この話は後だ。」
と、ちょっと直君は、姿勢を正して話を続けます。
「先に、明日の話だな。明日の早朝には○∀×/が必ずここにやってくる。その時に、この店が開いていないと困るんだよ。もし、この店が開いていなければ、奴は神力をなりふり構わず使うだろう。世が壊れるような災いが起きるかも知れない。」
私は、ゴクリとのどを鳴らします。
「でも、私や童達は大丈夫なの?」
「それは、大丈夫だ朝4時の段階ではお前と俺と、カリトがいれば良い。」
「えっ?なんでカリトが必要なのよ。それに本当に――」
と私が話す言葉を遮って、「それは、時が来たら分かるさ。」
と意味深な言葉を残して、子供っぽくない笑顔を見せました。
「俺がやるのは、奴を鎮めて浄化することだ。そのためにカリトを用意した。姐御……ハナと同意の上で、この手段が一番確実に○∀×/を消すことができるからな。ただ誤算だったのは、縛っていたにも関わらずカリトが問題をいくつも起こしたことだ。もし、途中でこっちに戻ってくることになっていたら、計画としては拙かった。」
と、少し苦笑します。
「それじゃあ、ハナさんもこうなることは予想していたのですか?」
私は、少し漏れ出す直君の神力に当てられたのか、敬語になります。
「まあな、本柱以外の神が、別の神の任を解き消すには相手より多くの神力が必要だ。ハナは神力をあまり持っていない。商売とか、恋愛とか学問の神は、絶対的な力より言葉や行動で示すものだ。だから、神としては神力が少ないのさ。
俺のように穢れを払う神や、邪神のような神は違う。豊穣の神も、地に神力を宿し五穀豊穣を捧げるのが仕事だ。しかも、長くこの世に留まっているってことは、相当なものだ。そこで、こっちは裏で準備をしていたのさ。奴がどういうタイミングで来るのか、どこに消えて行くのかを俺が調べていたって訳だ。」
ハナさんがそこまで、考えていたとは知りませんでした。だから七福神の人達も同じように難しいと言われたのでしょう。
「それで、どうやって神様を浄化?するんですか?確か方法はないとか言っていませんでしたか?」
それに直君は笑顔で答えます。
「お前が、この店で神達にいろいろ聞いていたろう。だから、この問題が他の神にも広まったんだよ。それで、過去に神を浄化した神の一人が方法をハナの遣い経由で、受け取った。もしそれがなければ、もっと荒療治でなりふり構わずやるしかなった。それだと、こっちに与える影響が大きいから助かったよ。これもお前のお陰だ。」
と、直君は感謝の言葉?を言いました。それより、私は荒療治というのに、少し寒気を覚えました。もし、そうなると災害でも起きたのでしょうか? そして、もう一つ私が気になったことを訊ねます。
「カリトは?」
「それは、その時になれば分かる。あいつにはあいつの役目があるんだよ。」
と答えました。私は、少し引っかかりを覚えて、嫌な顔をします。すると、直君は頭を搔いて言います。
「まあ、あいつの神力は、仕様、今のこっちの言葉で言えばスペックという力だ。俺たちより遙かに、神の弱点も能力も見えるんだ。だから、その力を借りるだけだ。心配することはないさ……」
と答えました。
何となく信用は出来ませんが、一応頷き納得を示しながら訊ねます。
「それで、何か準備は必要ですか?それに、私あの恐ろしい神様の前では動けなくなりますよ。」
「神力についてはこちらで抑えるから問題ない。準備もオーナーとして酒でも振る舞えばそれでいい。それから、俺を今日はここに泊めて貰えると、ありがたいぐらいだ。ダメなら、明日の朝来る。」
「そうですか。泊まるのはハナさんの部屋かこの部屋なら構いませんよ。それより、本当に大丈夫なんですか?死んだりしませんよね。」
「ああ、部屋はそれでいい。安全性については保証するよ。今回対策を施しているので、邪な神力は感じないはずだ。」
「はず?」
と私は、直君の目を見て聞きます。
「大丈夫だ。絶対に。」
と、直君が言ったとことで、私はそれを聞いて「はぁ」とため息を吐きます。
「なんで、この店なんだろう」
つぶやくようにいった私に
「すまないとは思っている。あの童がこんな爆弾を抱えているとは、俺も知らなかった。だから、今回は絶対にお前を守るつもりだ。本当は直接接触したいところだが、それをやると逃げられた場合に、お前が殺られかねない。それに奴は自分の住処となる場所と、ここの間しか行き来しないんだ。」
と、少し辛そうな顔をして、直君は言いました。
私は、不安を全て話すことにしました。
「その背格好でも、神様らしいし、直君を信用したいのは山々だけど――」
と、直君が心外と「ちびで悪かったなぁ――」と言葉を被せる上に、私はさらに大きな声で言葉を被せます。「最後まで聞いて……」そこで、ミイが再び「にゃあ」と鳴きます。
「ごめん、ミイ、皆が起きちゃうね。」
と私は缶ビールを一口飲みます。それにつられてか、直君もグビグビと飲みます。こうやって見ると、未成年者に飲酒を勧めているようで、罪悪感があります。何故か、「クスッ」と笑えてしまいました。
「なんだよ。」
「お酒を飲む小学生に見えて、」「ふんっ」と直君が、怒った小学生っぽい仕草をすると余計に、楽しくなると同時に不安になります。
「ハナさんが、倒れた後を直君……なおび様は見ていたんですよね。なら、私達がどれほど恐ろしいおもいをしたかは、ご存じだと思います。」
と、いつもとは違って少し低い声で、真剣に私は神様としての直君と向き合います。
「ああ、知っている。」
「もし、あのとき、私が襲われていたら、助けに来てくれましたか?」
と私が訊ねると、
「間に合わなかっただろう。」
と直君は、ビールの缶に目を落として言いました。
「そうですか?それでも今回は、絶対に大丈夫だと?」
「……」
「そうですか。分かりました。私にはどちらにしても、選択肢はありません。邪なるもの、よこしまな力に勝つ方法も、神力もありませんし、妹達、まこやぬい、カリトやクイナ、ハナさんを守ったり、元に戻す力もないんですよ。それで、このお店のオーナーであの子達の姉だったり、目の前にいるあの子達を授けてくれた神様に文句を言っているんだから、笑っちゃいますよね。でも、これだけは言わせてください。もし、私に何かあったなら、あの子達をなおび様が私のかわりに育ててください。お願いします。」
と私は、直君に頭を下げました。
「ああ、分かった。ただ、その前に、お前に何かが起きることはないようにする。」
と直君は、小さいけれどはっきりした声で言いました。
私は、そこでいつもの表情に戻し頭を上げて、質問をします。
「あの、今回の邪なるものに冒された神様の名前って、」
「ああ、○∀×/か?……」
「名前が――」「ははは、分からないんだろう。」
私が聞く前に、直君が笑って答えます。
「それは、忘れられているから、人には名前は分からないのさ。そうだな、これは何に見える」
と、左手の平を閉じた状態で、私の前に出し、ゆっくりと開きます。そこには、何の変哲もない小さな石ころが、一つありました。ぎざぎざに割れた部分と、少し丸み帯びて、平らな部分もありますけど、やはり石ころです。たぶん川か何かで、少し大きな岩が、砕けたのでしょう。
「石?石ころです。」
と私が答えると、
「これは、昔の神石のかけらだよ。だけど、何も書かれていない、しかも断片じゃ神の石なんて誰も思わない。この神石が実は∃〆◇ヤ§と呼ばれていたことなんて、君たちには分からないだろう。どうしてだと思う。」
私は、首をひねります。
「さあ」
「そうか、君は考える気がないな?面白くない。じゃあ、何か思いついたらいつでも言ってくれ。」
とイタズラをする子供のようにニヤリと笑って言います。
「教えてくれても良いじゃない。」
と私が言うと、
「いや、これは特別重要なことでもない。教えなければいけない話でもないだろう。少しは考えろよ。」
「分かりました。じゃあ、実は名前なんかないとか?」
「なんだそれ」
「元々神様の名前はなくて、神様の間だけで呼び名があった。だから私達には分からない。」
と私が言うと。
「惜しいが違うな。神の呼び名というのは間違っていない。現に○∀×/は神の呼び名だ。そして、我々は神の呼び名でしか、相手の事を呼ばない。そして使う呼び名は一つだけだ。」
うん。何かおかしいですよ。それ、
「それは、おかしくないですか?」
「何が?」
「直君は、ハナさんのことを、ハナとも呼ぶし、姐御とも呼びます。他の神様もヒメと呼んでいました。」
呼び名は一つだけというのは、変です。
「そうだな。そこまで分かったなら答えは分かったろう。」
「実はハナさんはハナさんという名前ではない?」
といったところで、ずっこけられました。
「お前なあ、馬鹿なのか?天然か?」
「いえ、普通に考えるとそれしかありませんよ。」
「そうか、じゃあ今後はそれで正解ということにしよう。」
「ええー……うぐっ」私が少し大きな声を上げたところで、ミイの頭突きパートツーがみぞおちに再びヒットしました。
「とにかく今日は、終わりだ。明日は少し早く起きて貰うから、さっさと寝ろ。」
といって、直君は缶ビールを飲み干すと、ハナさんの部屋に手を振りながら、消えて行きました。というか、なんであの部屋だと分かるのでしょうか?神様というのは、不思議です。そして、みぞおちに攻撃が決まるというのは、予想以上に苦しいです。飲んだものを吐きそうです。私は、暫く「うぐぐぅ。」とみぞおちをさすり、回復させて、さらにミイに少し説教をしてから床につきます。
でも、結局興奮してなかなか寝付けません。もし、失敗したらどうなるんだろうか?奴隷?みたいになるのかな。それとも、あの黒い鉄拳を浴びて消えちゃうのかな?といろいろ考えてしまいます。直君が来るまで、恐れていたゴキブリの話なんて、もう頭の隅っこにも残っていませんでした。
私は、~3時間ぐらいゴロゴロして、目覚ましが起こす3時00分頃まで短くて浅い睡眠を取るのでした。
そして、目覚ましで起きられず、3時40分に直君に起こされました。
「おはよう。」
「おや《は》ようございます。今何時ですか?」
と私は、寝ぼけ眼で答えたような気がします。
「3時37分」
「えっ」
当然ですが、完全な寝坊です。準備どころではなくなりました。一気に覚醒しました。
私は、メイクもなしで顔を洗って髪を縛り、着替えてとやっている間に、3時55分です。厨房に火を入れて一品でもしたごしらえする時間もありませんでした。
もうこうなりゃやけです。母屋にある柿ピーとするめみたいな酒のつまみを袋から出して盛る作戦と、缶詰の鰯の蒲焼きを出します。単身赴任のお父さんが、晩酌を飲む時につまみにする食材ですが、もうなりふり構っていられません。
後は、これからやってくる恐怖と戦うだけです。今の段階で足がガクガクしていますが、体に頑張れ、大丈夫大丈夫、神様が二人?(二柱)も付いているのだから……心配しかないけどと、必死に念じてお店の鍵を開けます。明かりはカウンターと厨房周りの最低限だけにしています。
そうこうしている間に、直くんが童を二人連れてやってきました。
「直くん、なんでぬいを連れてきたんですか?」
「起きちゃった。テヘ。ごめんね。」
って、いつもとは違って、本当に子供が謝る時のように、上目遣いで言う姿を見て、私は頭を振りました。
「私とカリトだけだってあんなに言ったのは、直くんですよ?準備で躓いてどうするんですか?」
と私は、不機嫌オーラーを出します。
「いやぁ、それがこいつ聞かなくて……」
とぬいの方に顔を向けると、
「姉貴、私も側にいたい。私は姉貴を守りたいんだ。」
と、しっかりした視線で私を見ます。
「それは、ダメ。ぬいの方が狙われているんだから、だから下がって。」
「でもだけど、これは私が神様の言うことを聞かなかったから、起きたんだ。だから……」
と、ぬいの声が詰まりました。そこでまつ君が真剣な顔をして言います。
「残念だけど、時間切れだ。邪神が奴を連れてそこまで来ている。側に置いてやれ……カリト準備は良いな?」
とまつ君はカリトの方に目を向けます。カリトはうんと頷きました。前回のような恐怖心は全くないのが不思議に思えました。
「ぬいは、私の側から離れないでね。」
と言って私は、ぬいの頭を撫でました。ぬいはそれに頷きます。
そうしている間に、邪神Jと邪なるものになった悪い神様がお店にやってきました。
「い、いらっしゃいま……」
と私が言いかけたところで、雰囲気が違うことに驚きました。邪なるものであるはずの豊穣の神様に、邪な気配はなく、優しい顔をしていました。ハナさんが消そうと尽力した神様の姿だったのです。Jさんが後についてきています。そして、Jさんの顔を見ると、人差し指を立てて、しぃーというポーズをしています。悪い神様にはJさんが一緒にいることにも気がついていないようです。
そして、もう一つ。この神様はカウンターに座ると、
「あなたのお子さんかい。朝早くから起きているねえ。」とぬいに訊ねます。
ぬいは、目を丸くして私の方を見ました。私は、それをJさんや、直くんの方に確認しようと目を向けると、二人とも頭を振って、何か口を動かしました。拙い読心術で考えるに「だめ?合わせて?」かな?
私とぬいは、もう一度顔を見合わせて、頷きます。どうも、この悪い神様は、私達とのこれまでの関係を覚えていないようです。
「どうしたのかい?」
と悪い神様が訊ねてきました。
「いえ、何でもありません。それより、お客さんお酒とか飲まれますか?ちょっと、先ほどのお客さんで材料を切らしてしまって、メニューにはないのですが、お酒とおつまみぐらいしかないので、それでこの子とどうしようと思って目を合わせたのです」
と私は、当たり障りがなさそうな話をしてみます。最近は脳会議なしで、このぐらいなら思いつくようになりました。
「そうかい。別に何でも構わないよ。ただ、あまり持ち合わせはないので、高いものは困るかな、アハハハ」
と笑っています。
「いえ、大丈夫ですよ。お酒は余り物なので、サービスです。」
とお酒と、つまみを出します。
ぬいは、何も言わずに悪い神様を見ています。そのぬいの横に、直くんがやってきて、ぬいに何事かをひそひそと話して、去りました。どうも、直くんの姿は、悪い神様には見えていないようです。
そして、その直後に悪い神様は、
「あら、そこにお嬢ちゃんがいなかったかい」
と私に言いました。ぬいのことですが、私の隣に今もいます。そしてぬいはしぃーと私にポーズを示しました。
「えっ、あ、はい今は奥にちょっとものを取りに行っています。」
と私は繕います。私以外は皆もう見えないようです。
何か、神様と童だけが出来る方法を使っているのでしょう。
その後は、話もなく悪い神様はお酒を飲みながら、鰯の蒲焼きを美味しそうに食べていました。そして、ふと気がつくと直くんが私を手招きしていました。私は、悪い神様に、「ちょっと奥にいますので」といって直くんの側に向かいます。
「何ですか?」
「いや、準備が出来たから呼んだまでだ。君はこから離れて、奥の部屋で待っていてくれ。君の童……まこだったかもだ。」
と直くんはいつもより、少し威圧的に言いました。私も、ぬいも名前のことには触れず、
「わかりました」「分かった」と答えると、居間に戻りました。
直君は私が居間に戻ったのを確認したあと、
「暫くうるさくなるかもしれないが、こっちには絶対に来ないように。」
と残して居間とお店との敷居戸を閉めました。