緊張の夏、日本の夏って、漢字間違ってませんから。
さらに数日が過ぎ、7月に入りました。最初はいつ、邪なるものがやってくるかと、少し怯えていた私達でしたが、あれからやってこないことで、少し気が抜けています。心配なのは、神様の抜け殻?が一部屋を占有しているということだけです。そしてそれを、毎日甲斐甲斐しくお世話するようになったのが、クイナです。体を拭いたり、寝ている向きを変えたりしています。他の神様曰く、やる意味はないそうですが、クイナは私が時々やっているのを見て、自分からやるようになりました。
このところやってくる神様皆に、邪なるもの退治の方法を聞いているのですけど。だれも、妙案を持ってきてくれません。これまでに来られた方をあげると、
ミチさんが1回ですが、今回は妙案もありませんでした。
クシさんは、6回プラス2やってきましたが、ハナさんが眠ったままと聞いて、むしろ喜んでいました。
「これで、私はじ~ゆ~う♪シャララララ~♪」
って歌っていました。プラス2は、同じ日に3回来たのです。あまりに大声で歌うので、お客さんから苦情が来て、ついに伯母さんにいくら神様でもと、追い出されたのですが、1時間ほどで戻ってきました。今度は歌わなかったのですが、3人組のお客さんと仲良くしようとして、苦情を受けてやっぱり追い出され、その日の営業が終わる直前に、またやってきて、そこでコーヒーを飲みながら私と話していた小山さんに連行されていきました。直君はゼロ回です。本当にトラブルが起きているときには、全く来てくれません。
布袋様は、あの日を境に来ていませんが、弁才様とおね恵比寿様は二人して2回来てくれました。それから、大黒天様が1回です。そして、邪神Jが1度やってきて、ぬいが警戒していました。順調に新しい神様が増えています。そして、この期間にもう一つ、トラブルが起きたのですが、それはまた今度気が向いたらということで。
そんな今日この頃、実は今日はお客さんが3人しか来ていません。それもそのはずで、台風が接近中なのです。伯母さんも今日は、外出するのは危ないということで、昨日のうちに休みにしました。一応お店は開いていますが、この2時間半、最初の15分で3人お客さんが来ましたが、そこから後は誰も来ていません。外はそろそろ雨も風も強くなり始め、ラジオも停電情報を流すようになりました。
だから、今日の営業は切り上げることにしました。流石に今日はお店を開けていても、商売にはなりません。そういう日は早めに閉めた方が良いという営業判断です。光熱費とか、いろいろ掛かりますしね。ということで、今は片付け中です。外の看板ものは全て室内に取り込みました。
「掃除終わりましたですー」
というまこに、
「ご苦労様でした。」
と、私は言葉を返します。
「今日は、奥でゆっくりしようか?」
と私が、提案すると、
「ビデオでも見ましょう。」
と、カリトが言います。そして、
「姉貴、腹減った。」
と、ぬいが言います。今日はまだお昼ご飯を誰も食べていません。だから、まずはご飯です。
「先にご飯を食べて、後は自由時間かなぁ?あ、外に出ちゃダメよ。」
と皆に伝えます。最近、仕事が終わると童達は、先日裏庭の草抜きをして出来たスペースで遊んでいるのです。あまり広くはありませんが、子供が少し体を動かすには良いスペースが出来ました。家の中で暴れ回られると邪魔な場合もあるので、こういう場所が必要になるのです。私も幼い頃にはこの庭で遊んでいましたから。
でも、今日は風が強く、雨も降り始めたので外には出られません。だから、家の中で過ごすことになります。そうすると、最近外遊びに目覚めた、まことカリトの二人がうるさいのです。残りの二人はインドア派なので、困ることはないのですけど。
ひたすら、本を読み続けるぬいと、一人あやとりやけんだまに夢中になっているクイナ。最初は真似しか出来なかったあやとりで新技を編み出して、長く続けられるようになっていました。そして、けんだまは動画で覚えた技以外の技も生み出しているようです。
きっと、インターネットにアップしたら神って言われます。神様のお遣いですけど。
どうも、こういう手でやる技が好きなようです。
食事を終えて2時間ぐらい経った頃から、ビュービューと凄い風で、窓がガタガタと音を立て始めます。少し古い母屋なので、一回は雨戸を閉めても、時よりガタガタ言うのです。お店の方が、静かかもしれません。時々ゴゴゴーという音が聞こえます。
私は、この2時間の間に乾電池と懐中電灯、LEDランタンを用意しておきました。雨戸が閉まっている部屋は暗いですから、きっと大混乱になります。カリトとまこは先ほどから部屋を走り回っています。ぬいは読書中ですが、時よりうるさいのか、二人に怒っています。クイナはハナさんの部屋で一人けんだまか、あやりとをしているはずです。
そして、ついにパチッという音がして、電気が消えました。
「お姉様ぁ~。」という声と、「お~なー」という声と、「あねぇき~」「「「電気点けて」」」
という声が重なります。私は、その声に動じずにLEDランタンの電源を入れます。予定通りなのです。
「停電だから付かないよ。」
と伝えるタイミングで、ゴゴゴーという凄い風音が響きます。その瞬間に、クイナも含めて4人が私の所に駆け寄ってきました。
邪なるもの問題が起きて以来、ぬいとカリトは暗い場所を怖がりますし、まこも、苦手なようです。クイナはそうでもありませんが、今回の音と停電には驚いたようです。
「停電だから暫く、これで我慢して。」
とLEDランタンの明かりを見せ、懐中電灯も点けて見せます。それは間違いでした。私も、幼い頃によくやりましたけど、懐中電灯が新しい玩具のように4人の目には映ったようです。私は
「これは、大人の道具だから勝手に触っちゃだめよ。」
と、いっておきます。が、案の定5分後には、玩具になって10分後には
私が取り上げることになりました。
「お姉様ばっかりずるいですー。」とか、「姉貴、ちょっとだけ貸して…」「オーナーあっちを照らすだけだから」「ちょっと、大事、使う。」
って、4人が口々にいいますが、LEDランタンも含めて、勝手に使うなら明かりを全部消して、真っ暗にするという話をすると、渋々納得する4人でした。
夕食は、冷蔵庫をなるべく開けないために、昼に作り置きしていたサンドイッチと、そうめんという炭水化物セットにする予定です。エアコンも停電で止まり、台風で締め切っていると、だんだん蒸し暑くなるのでやはり冷たいものが食べたいですし、手間が掛かるのも嫌ですから。
私の横に座って、
「姉貴、暑い~。」
というぬいの声を聞きながら、夕食の支度をしています。その横にはカリトもいて同じように、シャツの首元を左手でぱたぱたやって風を送り込んでいます。
「暑いなら、居間にいなさいよ。火を使ってるんだから。」
とさっきから行っているのですが、私の横から動きません。まこは、居間のちゃぶ台を拭いたりして、夕食の準備をしながら、時よりクイナとクスクスと笑っている声がします。
最近は、まことクイナ、ぬいとカリトの組み合わせになることが増えています。
まことぬいはよく喧嘩をしていますが、この組み合わせの時は静かです。クイナとカリトの二人は誰とも喧嘩はしません。
そんな、ちょっと緩んだ今日この頃、いつもより早めの夕食を食べ終えた頃に停電は回復しました。そして、回復した頃に、奴がやってきたのです。そうです。奴です。突然、ガサガサと現れました。奴が、
「きゃあ」
という声が家中に響いたはずです。お皿を落として割らなかった事は褒めてください。
濃い茶色で艶があり、どちらかというと昼間より、夜見ることが多いあいつですよ。Gです。停電で暗かったこともあって、ごそごそと出てきたのでしょう。明かりが戻って来る前の台所で、洗い物をしていたのですが、明かりが戻ってきてふと下を見るといました。
英語ではcockroachだから、GではなくCですけど。日本語はゴキブリなので、Gと呼ばれる昆虫。3億2千万年前からご先祖様がいて、今のゴキブリは2億年ぐらい前から進化を殆どしていないとか、しぶとく生き延びる動きの早い奴です。その昔は、御器嚙りと呼ばれていました。食べ物とか荒らす害虫だから、昔から嫌われ者なのです。
そして、私はゴキブリが人並み程度に苦手です。でも、仕事中に出ると普通に潰すんですけど。大丈夫な風を装って……。
そんな、ゴキブリが足下を走ってくれて、私は一瞬パニックになってしまいました。その声を聞いて、側にいたまことぬいが、
「お姉様どうしました?」「姉貴、何があった?」
と聞いて、私が見ている方を見ます。
「何ですか?」「事件?」と他の二人の声も、こちらに向かっています。
まこは、
「虫ですー」
と言っています。ぬいは、
「なんだ、ゴキじゃん」
とワイルドです。
そして、他の二人も、な~んだという程度です。私だけが、
「殺虫剤。」
と大わらわになっている間、ぬいを除く童たちは「へ?」って顔をしています。ぬいだけが、
「はいはい。」
と言って取りに行きました。何故こんなに違うのかというと、まこ達はゴキブリを、御器噛りという認識はないのです。私は、祖母、や母の影響を受けているのか、人並みに苦手ですけど。ぬいが、動いてくれるのは、一度出てきたゴキを、私が退治した際に、質問されたのです。
「姉貴、無益な折衝はするもんじゃないぞ。」
「これは、害虫で病気を持っていることもあるから、仕方がないの。お店のお客さんの前なんかで出たら、大変なんだから。」
と、ゴキの脅威について教えました。その時に、まこ達は外で遊んでいました。そんなこんなの出来事が過去にあったのです。
そして今、まこは
「捕まえるですー。」
とゴキブリを追っかけ回し始め、それにカリトも加わります。
「止めてー。」
と、言う間もなくゴキブリは、冷蔵庫の下に隠れてしまいました。そして少し遅れて、ぬいが殺虫剤を持って戻ってきます。
「姉貴、ゴキは?」
と聞かれたので、
「冷蔵庫の下」
と答えます。まこやカリトが棒のような物を持ってきて中に突っ込んでいます。
そうこうする間に、冷蔵庫の横からまた黒い影が、ガサゴソと音を立てて出てきました。「あれ、これ?」と思っている間に、ぬいがシューッと成敗します。ゴキブリ専用の殺虫剤でも死ぬまでに時間が掛かるんですよね。あの、とげのある足がもげたりして、
そんな風景をみて、まこが
「殺しちゃ可哀想ですー。」
といっていますが、構わずぬいはゴキブリを倒したのでした。私は、ぬいに
「お手柄。」
とティッシュペーパーか、新聞紙に包んで捨てるように指示します。
この間、私はゴキブリに触れることなく処分を果たしたのでした。
ゴキブリ問題も終わり、私達が片付けを終えてお風呂にでも入ろうかと童達を先に行かせた時に、ふと部屋の入り口上にある時計の横に、黒い影が再び……。
思わず「あっ」っと声が出ました。
何か違う気がしたんですよ。やっぱり、もう一匹いたようです。私はゴキブリバスターズぬいを呼びます。
「ぬい~。また出たから殺虫剤。」
と言ったのですが、ぬいから帰ってきたのは、
「姉貴、もう風呂入ってくるから無理~。自分でやってよ。」
と言われました。私も、殺虫剤で倒したことや足で踏んで殺したぐらい何度もあります。職場でも、出てきていましたから。でも、出来ればやりたくなかったなあ。私は意を決して、先ほどぬいがキッチンに持ってきた殺虫剤を手にします。そして、ゴキブリにめがけて発射しようとしたら、
「ギャあ」
日頃使わない羽を羽ばたかせ、滑空して私の横を通り過ぎて逃げていき、私は思わず変な声を出してしまいました。そして、後を振り向いたとき、ミイがそこにいました。
ミイの顔を見ると口の端からゴキブリのとげのある足が出ていました。
私はもぐもぐしているミイに、
「あ、ありがとう。ミイ。」
と複雑な表情でお礼を言って、お風呂に向かいました。そして、週末に殺虫剤で燻蒸をすることを心に決めました。その日の夜は私の方が、ぬいやまこ達から離れることなく、むしろぴったり寄り添っていました。寝付くまで電気を消すのですけど、どこから奴が出てくるか分かりませんから当然です。
「姉貴、暑い~」「お姉様、離れてください」「オーナー、のいてください。」「邪魔」
と散々文句を4人に言われて、ヘコみながらも、決して4人から離れることなく、耐え抜きました。
こんな話なら、別にしなくても良いって、いやいや本題はここからです。
その日の夜。自宅の方のチャイムがなりました。私とミイはその時間いつもの愚痴タイムで、他の子達は寝ています。私は(ゴキブリが怖いので)ミイを抱いたまま、玄関に言って、
「はい、どなたですか?」
「俺だよ。」
という子供の声がします。
「おれ?」
と私が訊ねると、
「なおだ。」
という声が、
「直君ですか?」
「ああそうだ。」
というので、玄関の扉を開けると、そこには本当に直君がいました。そして、
「夜遅くに悪いな。急ぎなんだ。明日の早朝に4時頃に店を開けて欲しいんだが、頼めるか?」
と直君は頭を下げながら言ってきました。私は、
「何故、そんなに朝早く?」
と訊ねます。すると直君は、
「それは今は言えない。明日になればお前も分かる。それじゃあだめか?」
と、答えにならない答えを返してきます。ただ、ニヤニヤしているので、遊ばれている?
「せめてもう少し後にするか、理由を詳しく教えてくれないならダメです。」
と私が少し真剣な顔で言うと、直君は
「そうか?だが聞いたら店を必ず開けろよ。逃げるなよ。」
と直君は真剣に私の目を見て言いました。くっ、可愛い。じゃなかった。危なく神力に飲まれるところでした。私は、目を少しそらして言います。
「それは、ズルいですよ。聞いたら、言うことを聞かなきゃいけないじゃないですか?それなら、聞きませんし、開けません。嫌です。」
神様のパターンを学習した私が、このように言うと、直君は少しだけ考えてから、言います。
「そうか、じゃあお前、邪なるものの僕になるんだな?」
と、私はその言葉を聞いて、抱いていたミイが「ギャー」と、抗議するほど強くミイを抱きしめてしまいました。