何でも上手くいくとは限りません。
その日の夜。私は、言いつけを守ったカリトと私とぬいで話をすることになりました。私はカリトとぬいの3人でちゃぶ台に座って話をしています。カリトは、考え方が私達のそれとは違いました。
1.神様に従う
2.上司に従う。
3.後は自由。
見たいなルールがカリトの中にはあり、言われた仕事を終えれば、後は何をしても良いと思っているようでした。そうです、お菓子を散らかそうが、人の家の箪笥を覘こうが、好きなことをしても、大丈夫と思っていたのです。
そこで、私は、神様達から教わった童の縛りについて話しました。
童は、神様の意志に反する行動をすると、神域に戻れなくなる。
童は、人や動物に危害を与えるような行動に、神力を使うと、弱っていく。
童は、神域以外では神力を使える場所が限られている。
童は、氏神の居る場所以外では神力が使えない。
それに加えて、地上では神域とは違って、感情や欲求が生じ、動くにはご飯を食べないといけない。という基本的なところをこの子は知らなかったのです。神域でも我慢が出来ない子が、地上に降りてくるなんて出来るはずもありません。
もう一つ、カリトは他の仕事もしたけど、他の仕事には付けなかったというのも、真実ではありませんでした。カリトには真実だったのでしょうけど。具体的には、彼が、他の仕事と言っていた仕事は全て神域での仕事でした。カリトは地上に降りて働く仕事は一度もやっていなかったのです。
これを、指摘したのはぬいでした。元々地上は、感情に左右されやすいため、上役を務めていた時代のぬいでさえも、数度しか地上に降りたことはありませんでした。まこに至っては一度もありません。それには、自制が効くことが求められていたからです。
それが、全く無いカリトが、選ばれることがあるはずもなかったのです。それを聞いてカリトは、ショックを受けていました。
そして、カリトは、ぬいと一緒の便で、神域に戻って、勉強し直すことに決めたようでした。消えるのは嫌みたいです。
その晩は、その話を終えたら終わるはずでしたが、皆でお風呂に入り、寝かしつけをして、やっと私のミイのリラックスタイムが始まると思った矢先に、その電話が掛かってきました。この時刻にお店の方の電話が鳴るのは、まことぬいの家出騒動以来です。
私は、お店の方に行って電話を取ります。
私が「はい、喫茶店あおばです」と電話に出ると、
男性の声で、「あ、あおばさんですか?夜分すみません。私、駅前交番の尾長と申します。」って、これさっきあんなことを思ったからかな……前にもまことぬいのあれだ。デジャヴ、デジャビュ、Déjà Vuです。
でも、童達は先ほど、絵本タイムを終えて眠りに着きましたよ。私は、
「はい、何の御用でしょうか?」
と私がたずねると、
「いや、それが道ばたで泥酔していた女性がいまして、声を掛けたんですけど、何を言っているかよく分からないんですよ。話を聞いたらあなたの名前が出てきたので、電話を差し上げた次第で……」電話の後ろで、「せんぱ~い。いっしょに……ょ~よ。今夜は月が……すよ~。まお~が……」って、今日は梅雨のどんよりとした曇り空のはずで、まお~って何ですか?
「聞こえますか?こんな次第でして、もしよければお迎えに来て貰えると……」
と言われたのでした。
残念ながら、私はまだ350mlのTTB缶(THE THIRD BEERの略です。/第三のビールです。)のプルタブを開けていません。それは、とっても残念な事に、車が運転できるということです。
「分かりました。迎えに行きます。」
といって、電話を切り、ミイを道連れにしてゆりちゃんを迎えに行くのでした。
ゆりちゃんが、寝ていたのは交番ではなく、駅前のベンチでした。今夜半から雨の予想となっていたので、寝たまま放置という訳にもいかず、最悪なら駅前交番に連れて行く予定だったようです。
私が、来るまで迎えに言ったとき、ゆりちゃんはベンチに座って眠っていました。
交番の人に助けられて、後部座席にゆりちゃんを乗せて、お礼と謝罪をしてから、家に戻ります。家に着いたら、玄関まで運びます。私より、胸がありますが、身長が150cm台で低いので、体重も軽めです。とはいっても泥酔した酔っ払いは、眠っている子供より、達が悪いです。
私が、抱えようとすると、「あぁ、せんぱ~い。一緒にのみましょうよぅ」
って絡んできました。
店を、出るときのキリッとした後輩の姿は、ここには全くありません。決意したように、【だるま】が死んだ理由が分かったとか言っていましたけど、あの決意は何だったんでしょうか?
とにかく、私に抱きつき、よろよろよたよた歩く、酔っ払いゆりちゃんを、玄関の中まで運び、靴を脱がせ、以前、クシさんを泊めた和室の部屋に転がします。上に薄手のタオルケットで掛けておけば良いでしょう。
私は、部屋の明かりを消して、居間にもどり、ミイと一緒にTTBを1缶飲んで眠るのでした。もちろん、愚痴の内容はこの警察沙汰の件です。
翌朝は、ぬいにとって最終日の朝です。お迎えは夕方の予定なので、今日は終日お店をやって、その後お別れです。カリトも今日でお別れの予定です。
クイナはお酒の匂いに気づいたのか、寝ているもう一人の住人を見つけて、
「オーナー、あそこ、人、死んだ」
と言って、ゆりちゃんの居る部屋を指さします。私は、朝食の準備もほっぽり出して、ゆりちゃんを見に行きました。大丈夫です。生きていました。
私は、クイナに
「死んでませんよ。生きてますよ。」
と言って、注意します。
「ごめん、なさい。」
とクイナは謝ります。
「寝てるだけですー。」
とまこも言います。
私はホッとして、とりあえず朝食の準備を続けます。
きっとゆりちゃんは、水と胃薬でしょう。とりあえず、お味噌汁を作っておきます。本当はシジミがあると良いんですけどね。
まこやぬいは、いつゆりちゃんが来たのかを聞いてきます。
「姉貴、あの人いつ来たんだ。」「朝いたです。」
私が、
「昨日の夜お酒を沢山飲んで、警察の人から電話があったの、迎えに来てくださいってね。」
ぬいが、
「小山の親父か?」
と聞いてきましたが、
「いいえ違う人ですよ。」
と答えます。
朝食が終わる頃に、ゆりちゃんは起きてきました。
「う~。頭痛がっぁ痛い。」
まこが、
「起きましたですー。」
という言葉を喋った途端に、
「お願いです、大きな声出さないでくださ~い」
と小さな声で言っていました。
私はまず、ゆりちゃんに
「おはよう。水と薬をここに置いとくね。それから、ホテルはどこ。荷物とか置いているんなら、取りに行くけど。」
と言うと、
「先輩大丈夫です。今日は帰らないといけないので……」と言っていましたので、とにかく具なしのお味噌汁を飲ませて、少し休ませたらホテルに送っていき、荷物を車に乗せて、駅まで送って行くことになりました。
「なんでそんなに、飲んだのよ。」と私が問うと、
「あんまりガンガン言わないで下さい。」
と頭痛と闘っているようでした。
でも、駅に着く頃には薬が効いたのか、だいぶ元気になっていました。
駅前の駐車場に車を止めて、駅の入り口まで歩いて送ります。今日はぱらぱらと雨が降っていますから、東の方は今日は曇りみたいですが、傘を持たないゆりちゃんに、傘を差して送るのです。ひさしのある駅の入り口荷物を下ろすと、ゆりちゃんは、
「先輩、お店があるのに迷惑掛けて、申し訳ありませんでした。」
と言って、少し涙を流していました。わたしは、
「いいよ。ごめんね。私がこっちに戻ったせいで、ゆりちゃんに無理してたんでしょう。それに、本当ならウチに泊まって欲しかったんだけど、泊められなかったし。今度来るときには、先に電話してきなさい。土曜日か水曜日なら、定休日だけど、連絡をくれたら、ウチに泊まっても良いから。私もいろいろ気が利かなくてごめんね。」
と私は、ゆりちゃんに伝えると。
「先輩は悪くないです。私が、何も言わずに来たのがいけないんです。」
私は、
「そうよ。でも、私はお店の時みたいで、ちょっと楽しかった。休みの前日に他の子と一緒に飲みもいったじゃない。あの時は、私の方が酔っ払ってたから、おあいこね。」
と私は、笑います。すると、ゆりちゃんも、笑顔になって
「先輩がそういうのなら、そうします。次に来るときには先に連絡しますから。」
「ええ、じゃあ元気でね。」
「先輩もお元気で」
と言って、元気に駅の中に入っていきました。
ゆりちゃんは、ウチの店で私ともっと話がしたかったのでしょう。私も、本当なら昨夜はうちに泊まって貰いたかったのです。でも、流石にぬいもいて、まこも今日の夕方までですし、問題児も預かっていて、それどころではありませんでした。次に会うのは、いつでしょうか?もしかすると、もう会うことも無いかもしれません。
それでも、細々とメールやSNSでやりとりが続けば、幸せなことです。私は、車に乗って深くため息を吐くと、自宅兼お店へと帰るのでした。
イベントって、暇な時には本当に暇なのに、忙しいときには全部一緒にやってくる気がします。これが、もうちょっと均等にやってきたら、もっといろいろ出来るのに、世の中っって不条理だな~なんて、梅雨空の少し暗く湿った街を走りながら、思うのでした。